87 / 107
第八章:インナーチャイルド
85
しおりを挟む
おそらくは、このまま待っていても彼女が
中庭に姿を現すことはないだろう。
明日も、明後日も、明々後日も、彼女が
俺に会いにこの場所を訪れることは、きっと、
ない。細く長いため息を吐くと、俺は自嘲の
笑みを浮かべた。
それでも諦められないと思うなら、自分か
ら会いに行くしかなかった。
――明日、彼女の職場を訪ねてみよう。
そう決心すると、立ち上がり空を見上げた。
夕刻まで降り続いていた雨は上がり、雲の
隙間に朧月が見える。いまこの瞬間も、同じ
空の下に彼女がいると思うだけで、重く沈ん
だ胸が僅かに軽くなった。俺はくるりと踵を
返すと、暗闇にひっそりと咲くさつきの花を
横目に見ながら家路についた。
大通りの信号を渡り、三叉路を左に進んで
ゆくと、我が家の二階に灯りが灯っていた。
――父の部屋だ。
母は早朝からフライトに出ていてしばらく
は戻らない。俺がいない間に夕食を済ませ、
さっさと自室に籠ったのだろう。
「カレー、喰ったのかな……」
俺は、めったに顔を合わせることのない同
居人の靴を玄関で確認すると、リビングへと
入っていった。
父は、カレーを食べたようだった。
食べ終わった皿が汚れたままシンクに置い
てあったので、俺はそれを綺麗に洗い、ソフ
ァーに身を投げた。
気分が沈んでいるからか、身体が重かった。
少し休んで睡魔が遠のいたら、風呂に入っ
て勉強を始めよう。そう思い瞼を閉じると、
すぐに浅い眠りが訪れた。
それから、どれくらい時間が過ぎたころだ
ろうか。鼻をつく嫌な匂いに目を開けた瞬間、
部屋中に消魂しいサイレンの音が鳴り響いた。
――ピュー、ピュー、火事です!火事です!
無機質なその声に、びりり、と全身に電流
が流れ、飛び起きる。慌ててキッチンに駆け
て行ってガス台を確認するが、ガスが漏れて
いる様子もなければ火事も起きていない。
「……まさか」
ぞくりと、冷たいものが背筋を撫でた。俺
は流しにあったタオルを水で濡らすと、口を
塞いでリビングを出た。二階に続く階段を見
上げれば、すでにうっすらと煙が漂っている。
本来なら冷たいはずの空気が不気味な熱を
含んでいた。俺は、ぎゅっ、っと何かに心臓
が掴まれるような感覚を覚えながらも二段飛
ばしで階段を駆け上がった。
「父さん!!」
二階の最奥の部屋に辿り着くと、俺はあり
ったけの声で叫んだ。が、返事はない。
躊躇う間もなくタオルでドアノブを掴んで
父の部屋を開けると、恐ろしい光景が目に飛
び込んできた。
黄色い炎が踊るように部屋を燃やしていた。
分厚く閉じられたカーテンも、古い本棚も、
そしてあろうことか父の横たわるベッドにも、
炎が燃え移っている。
「父さんっ!?」
その光景に絶望する余裕もなく、俺は灰白
の煙と炎が立ち込める部屋の中に飛び込んだ。
中庭に姿を現すことはないだろう。
明日も、明後日も、明々後日も、彼女が
俺に会いにこの場所を訪れることは、きっと、
ない。細く長いため息を吐くと、俺は自嘲の
笑みを浮かべた。
それでも諦められないと思うなら、自分か
ら会いに行くしかなかった。
――明日、彼女の職場を訪ねてみよう。
そう決心すると、立ち上がり空を見上げた。
夕刻まで降り続いていた雨は上がり、雲の
隙間に朧月が見える。いまこの瞬間も、同じ
空の下に彼女がいると思うだけで、重く沈ん
だ胸が僅かに軽くなった。俺はくるりと踵を
返すと、暗闇にひっそりと咲くさつきの花を
横目に見ながら家路についた。
大通りの信号を渡り、三叉路を左に進んで
ゆくと、我が家の二階に灯りが灯っていた。
――父の部屋だ。
母は早朝からフライトに出ていてしばらく
は戻らない。俺がいない間に夕食を済ませ、
さっさと自室に籠ったのだろう。
「カレー、喰ったのかな……」
俺は、めったに顔を合わせることのない同
居人の靴を玄関で確認すると、リビングへと
入っていった。
父は、カレーを食べたようだった。
食べ終わった皿が汚れたままシンクに置い
てあったので、俺はそれを綺麗に洗い、ソフ
ァーに身を投げた。
気分が沈んでいるからか、身体が重かった。
少し休んで睡魔が遠のいたら、風呂に入っ
て勉強を始めよう。そう思い瞼を閉じると、
すぐに浅い眠りが訪れた。
それから、どれくらい時間が過ぎたころだ
ろうか。鼻をつく嫌な匂いに目を開けた瞬間、
部屋中に消魂しいサイレンの音が鳴り響いた。
――ピュー、ピュー、火事です!火事です!
無機質なその声に、びりり、と全身に電流
が流れ、飛び起きる。慌ててキッチンに駆け
て行ってガス台を確認するが、ガスが漏れて
いる様子もなければ火事も起きていない。
「……まさか」
ぞくりと、冷たいものが背筋を撫でた。俺
は流しにあったタオルを水で濡らすと、口を
塞いでリビングを出た。二階に続く階段を見
上げれば、すでにうっすらと煙が漂っている。
本来なら冷たいはずの空気が不気味な熱を
含んでいた。俺は、ぎゅっ、っと何かに心臓
が掴まれるような感覚を覚えながらも二段飛
ばしで階段を駆け上がった。
「父さん!!」
二階の最奥の部屋に辿り着くと、俺はあり
ったけの声で叫んだ。が、返事はない。
躊躇う間もなくタオルでドアノブを掴んで
父の部屋を開けると、恐ろしい光景が目に飛
び込んできた。
黄色い炎が踊るように部屋を燃やしていた。
分厚く閉じられたカーテンも、古い本棚も、
そしてあろうことか父の横たわるベッドにも、
炎が燃え移っている。
「父さんっ!?」
その光景に絶望する余裕もなく、俺は灰白
の煙と炎が立ち込める部屋の中に飛び込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
『 ゆりかご 』
設楽理沙
ライト文芸
- - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - -
◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
――――
「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語
『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』
過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、
そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。
[大人の再生と静かな愛]
“嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”
読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。
――――
・・・・・・・・・・
芹 あさみ 36歳 専業主婦 娘: ゆみ 中学2年生 13才
芹 裕輔 39歳 会社経営 息子: 拓哉 小学2年生 8才
早乙女京平 28歳 会社員
(家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト)
浅野エリカ 35歳 看護師
浅野マイケル 40歳 会社員
❧イラストはAI生成画像自作
(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活
まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳
様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。
子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開?
第二巻は、ホラー風味です。
【ご注意ください】
※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます
※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります
※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます
第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。
この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。
表紙イラストはAI作成です。
(セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ)
題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる