さつきの花が咲く夜に

橘 弥久莉

文字の大きさ
106 / 107
エピローグ

104

しおりを挟む


――キッ。


 白いタイル張りの公民館の駐輪場に自転車
を停めると、俺は前カゴから菓子が詰まった
ビニール袋を取り出した。それをひょいと肩
に背負い、建物へ向かう。

 『休んでるところ悪いんだけど、生徒さん
に出してあげるお茶菓子、テーブルに置いて
きちゃったのよ』

 そう、婆ちゃんから電話が来たのはほんの
少し前のことで、自宅から自転車をすっ飛ば
して来れば、ぽかぽかと暖かな春陽が駐車場
の白線を照らしていた。

 入り口をくぐり、やや薄暗い建物内に入る
と、俺はホールの中央にある階段を上った。
 休日の公民館は、さまざまな講座や体験講
習が開かれていて、それほど広くない施設内
は賑わっている。二階の廊下を幾人かの人と
すれ違いながら手芸教室が開かれている和室
へ向かうと、ふいに廊下の窓から爽やかな風
が吹き込んできた。その風と共に足元にひら
りと紙が舞い落ちる。


――公民館のチラシか何かだろうか?


 そう思いながら紙を拾い上げると、それは
一枚のピンクの折り紙で、すぐにパタパタと
足音が聞こえてきた。顔を上げれば、つぶら
な瞳をした可愛らしい女の子が立っていて、
俺は黙ってそれをその子に差し出す。

 「ありがとう、お兄ちゃん」

 折り紙を手に、にこりと笑った少女に俺は
「ん」と鼻を鳴らして頷いた。そして、和室
の隣にある図書コーナーを見やると、その子
に話しかけた。

 「折り紙で遊んでるの?」

 「うん」

 「一人で?」

 「そう」

 「お母さんは?」

 「あっちにいるよ。いまね、先生から編み
物教わってるの」

 そう言ってその子が指差したのは、婆ちゃ
んが手芸教室を開いている和室で、その子が
生徒さんのお子さんなのだとわかる。俺は、
「そっか」と呟くと、何となく図書コーナー
に戻ってゆくその子の後について行った。

 フロアの一角に設けられた図書コーナーに
は、木製の小さな机と可愛らしい椅子がいく
つか並んでいて、そこで子どもが時間を潰せ
るようになっている。

 俺は机の側にしゃがみ込むと、椅子に座っ
て折り紙で遊び始めた女の子に話しかけた。

 「可愛いキツネさんだね」

 ぴょこん、と耳が立っている水色の動物ら
しきそれを手に取って言うと、ふるふると首
を振ってその子が否定する。

 「ちがーう。ウサギさんだよ。お耳長いで
しょ?これから女の子のウサギさんも作るの」

 「ウサギさんかぁ。ホントだ。耳が長いや」

 感心したように頷くと、その子は「へへっ」
と得意そうに笑った。

 「これね、手が動くんだよ。ほら」

 ウサギの前足を持って上下に動かして見せ
てくれたので、俺は「おぉ」とちょっと大げ
さに驚いて見せる。

 「すごいな。よく出来てる。折り紙が得意
なんだ」

 そう言うと、その子は花が咲くような笑み
を向けてくれた。

 「うん!ママがね、いつも折り紙博士みた
いねって褒めてくれるの。お家にもいっぱい
折り紙が飾ってあるんだよ」

 「そっかぁ。お兄ちゃん、ひとつも作れな
いから羨ましいな」

 こんな子が妹だったらきっと毎日が楽しく
て、寂しいと思うこともなくなるんだろうな。

 ちらり、とそんなことを思いながら頭を撫
でてやると、ぽん、と誰かが俺の頭に手を置
いた。振り返ると、にんまりと笑った婆ちゃ
んが立っている。

 何だか照れ臭くて俺は慌てて、すっく、と
立ち上がった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...