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第二幕 『黒き山と五つの呪詛』

一章-3

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   3

 黒龍の流姫さんと恋子さんをアズサさんの家に残し、俺たちは人里に来ていた。水御門さんのいう、現地――つまり妖界の協力者に会うためだ。
 アズサさんの案内で人里にある泰山神社を訪れた俺と墨染お姉ちゃん、タマモちゃんは、巫女という凰花さんに社務所に通された。
 それは……いいんだけど。


「わたくしが、泰山神社の宮司を兼任しております、吉備凰花でございます」


 名乗りながら正座の最敬礼をする姿は、巫女さんらしい礼儀正しさと清楚さに溢れていた。まだ十六歳ということだけど、人界で見ていた高校生と比べると、かなり大人びて見えた。自己を律し、一人で責務を全うしている生活が、彼女をそうさせているんだろう――それが、凰花さんに対する第一印象だった。
 ……ただ、なあ。
 凰花さんの前で四人横並びに座っているわけだけど……墨染お姉ちゃんとタマモちゃんの座布団は、一枚ずつ。そしてアズサさんだけは、座布団が四枚。
 お茶や団子は人数分あるんだけど……俺だけ、なぜか座布団がない。
 いや、凰花さんも座布団はないから、俺だけっていうのは語弊があるかもだけど。
 そんな俺を一瞥してから、アズサさんは少し困った顔で凰花さんに話しかけた。


「あたし、こんなに座布団は要らないですからね? 一枚、堅護さんに渡してもいい?」


「アズサお……いえ、アズサ殿がそう仰有るのでしたら。いつもお世話になっておりますから、つい過剰な対応をしてしまいました」


 お世話になっているというのは、俺の座布団がない理由には、ならないと思うんだけど……なぁ。
 ともかく。
 アズサさんが俺と凰花さんに座布団を配ったあと、やっと話は本題に入った。
 アズサさんから状況を聞いた凰花さんは、思案げな顔で少し開けられた障子戸に目をやった。


「人里で陰気が増していたのは、気づいておりました。ただ、今の季節は春。陰陽でいうなら陽中の陰。時間帯や天候によっては、陰気が増す場合もございます。ただ……少し気になるのは、陰気が強くなっただけではなく、陽気が弱くなっている気がします」


「あ、それはちょっと思ったんだな、だな。身体の調子が、前よりも良くなってるし、し」


 九尾という妖のタマモちゃんは、ポンポンと手を打った。
 やっぱり妖は、陰気のほうが調子がいいのか――と思っていたら、墨染お姉ちゃんは「あちきは、少し身体がだるい気がしますもの」と言っていた。
 この辺りは、人と同じでそれぞれ違うのかもしれない。
 俺は、あまりそういうのを感じてない。神通力や黄龍の扱いに慣れていけば、気の変化に気づくようになるんだろうか?
 そんなことを考えていると、アズサさんが口を開いた。


「それで凰花ちゃん。手掛かりでもいいから、異変の原因とか推測できる?」


 アズサさんの問いかけに、凰花さんは答えないまま立ち上がった。そして戸棚から一枚の紙を持って来ると、俺たちの前に広げた。


「これは、人里を中心とした地図になります。人里、そして〈穴〉がここ。この〈穴〉から入り首となる峰を経て、北にあるのは黒水山、東に青葉山、南に赤翼川、西に白鉱山があります」


 凰花さんが示す地図には、どこかタマネギ状に連なった山々と、南側に大河が記されていた。まあ……正確にいえばタマネギというよりは、もっと別の形ではあるけど。
 凰花さんは〈穴〉のある場所から、黒水山に指先を移動した。


「効率だけ考えれば、やはり原因となるものは黒水山にあると思います」


「どうしてですか? なんか、〈穴〉が重要だって思ってましたけど」


 俺の疑問に、凰花さんは微かに眉を寄せてから、黒水山のさらに北へと指を移動させた。


「龍脈の気は、北から流れ込んで来ます。人間で現すなら黒水山が頭、赤翼川が胴体の一番下。龍脈を食べ物で考えれば簡単です。口から入った食べ物が、全身を巡って心の臓である〈穴〉を活性化して、水によって流される。それに北は、陰陽でいえば陰中の陰。これらのことから、原因を探るなら黒水山から調べるのが妥当、となるわけです」


 ……正直に言って、よくわかりません。

 だけど墨染お姉ちゃんだけでなく、タマモちゃんも納得した顔をしていたから。凰花さんの意見は、合ってるんだろうって思うことにした。
 俺は理解をしないまま、顔を上げた。


「それじゃあ――」


「方針が決まったのなら、さっさと行くよ」


 俺の言葉を遮った流姫さんが、勢いよく開けられた社務所の引き戸のところに立っていた。後ろには恋子さんもいることから、二人してここまで来てしまったらしい。
 いきなりのことに驚いて、なにも言えなかった俺に代わり、アズサさんが流姫さんたちに近寄った。


「あの、どうしてこちらに……恋子ちゃんも」


「……暇を潰せるものが、なくなってしまったのです」


「まあ、そういうことさね。でも丁度、見当がついたところで良かったよ。皆で行くとしようかね」


 流姫さんはすうっと息を吸うと、瞬く間に黒龍の姿へと戻って行った。
 俺たちは、それを見ている余裕はなかった。すうっと身体が浮いたと思ったら、俺や墨染お姉ちゃんは左手、アズサさんは右手、そしてタマモちゃんと恋子さんは背に――それぞれ、黒龍に運ばれながら、空へと浮かんでいった。
 眼下では、凰花さんが俺たちを見上げていた。
 俺たちを運ぶ黒龍の流姫さんは、真っ直ぐに北――黒水山へと向かった。
 黒水山まで、歩いて行けば丸一日という話だ。だが、黒龍はたった二、三〇分で黒龍山の麓に辿り着いた。
 そこで降ろされた俺たちに、人間の姿となった流姫さんが「さて」と言ってきた。


「それじゃあ、よろしく頼んだよ」


 ……え?


 まだ、黒水山が怪しいという話があったばかりだ。投げっぱなしにされた俺たちは、山の頂を扇ぎながら、少し途方に暮れていた。

   *

 黒龍に拉致された堅護たちが黒水山へ向かう、少し前。
 黒い翼を羽ばたかせながら、山伏のような服装に濃い茶色の髪の少年が、嶺花の屋敷に舞い降りた。
 木の葉天狗の次郎坊は庭の中を見回してから、眉を顰めた。
 神通力の訓練を行う時間なのだが、堅護の姿はどこにもない。


「まったく……ここのところ、真面目に修練をしておると思えば」


 堅護の住まいである小屋へ向かおうとした次郎坊だったが、ちょうど縁側に出てきた嶺花に呼び止められた。


「次郎坊、どうしたんだい?」


「これは嶺花様。烏森殿の修練に参ったのですが、まだ来ておらぬので、これから呼びに行くところでございます」


「ああ、烏森なら出かけてるよ」


 丁度このとき、人里から黒龍が飛び立った。
 嶺花は飛び去っていく黒龍を見てから、次郎坊に告げた。


「これは、今日の修練は中止だねぇ。次郎坊、ちょいと頼まれてくれないか。今から〈穴〉の様子を見てきておくれ」


「は――仰せのままに。しかし……」


 ……修練がないのであれば、前もって教えて欲しかった。
 そう思わずにはいられない次郎坊であった。

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本作を読んで頂き、誠にありがとう御座います。


わたなべ ゆたか です。

今回は、補足を少しだけ。

本文中、地図にある連なった山の形状を『タマネギ状』と書きましたが、地形を元にした風水では、女陰信仰の影響が強いです。
なので、形状もそれに近い……みたいな。吉兆を見るのは、それだけでは駄目なんですが、基礎としてはそんな感じで御座います。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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