天狗の転生と言われて、何故か妖怪の世界を護ることになりました

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
56 / 63
第三幕 『呪禁師の策と悲恋の束縛』

三章-3

しおりを挟む

   3

 夜になり、人里のあたりは空が曇っているのか、星や月などは一つも浮かんでいなかった。一歩前すら覚束ないほどの暗闇に、辺り一帯は包まれていたが、人間はともかく妖たちには、あまり関係のないことだった。
 そもそも、妖の大半は闇の世界に生きる存在だ。昼間よりも夜の方が調子が良く、夜目も利くために不自由はしない。
 そしてそれは、黒水山にいる、流姫も同様だった。
 艶やかな黒髪を龍の身体のように伸ばし、黒に金色の竜の模様が施された着物に身を包んだ美女である。
 そんな彼女の本性は、黒水山を守護を担う、黒龍王の眷属である。それだけに流姫は、妖とは基本的な性質は異なるが、それでも人間よりも夜目は利く。
 そんな彼女だが、最近ではアズサと、同性愛的な春画を愛好する仲になっていたりするから、世の中はわからない。
 流姫は真っ暗な空を見上げて、憂鬱そうな顔をした。


「まったく……厭な天気だねぇ」


 掘り返したような土の上に、要石が無造作に置かれている。やや歪な岩ではあるが、その表面には呪言らしき文字列が刻まれていた。
 要石のすぐ近くまで近寄ると、怪異避けの呪術によって身体が少しピリピリとする。しかし黒龍の眷属である流姫だからこそ、その程度で済んでいる。並の妖であれば、近寄ることすら出来ない。
 その要石を手で擦りながら、流姫はつまらなさそうに口元を曲げた。
 沙呼朗から話を聞き、そして使いからの報せで、ここ二日ばかり、襲撃者から要石を護るための準備を行ってきた。


(こんなもの……龍脈への影響なんて、微々たるものなのにさ)


 四神相応の地と呼ばれる土地に必要なのは、均整の取れた〈砂〉と呼ばれる山や河の存在である。
 その〈砂〉こそが要であり、後付けのように置かれた岩など、悠々と流れる大河に柄杓で水を注ぐ程度の役割しか無い。
 青葉山の発光現象も、龍脈と繋がっていた要石が失われたことで、一時的に力が山の表面に溢れ出しただけに過ぎない。
 発光現象が短時間で収まったということは、影響が軽微だったという証拠だ。


「まったく……四神相応の地を護り、妖界と人界の平穏を護る――か。妖が、人間みたいな考え方をするんじゃないよ」


 流姫は人里の方角を一瞥し、その気配を探った。
 人里の佇まいや雰囲気は、人間の造る集落や町とよく似ている。しかし、そんな型に填められた生活など、妖本来の姿ではない。


「……昔みたいに、もっとおおらかに、そして無邪気でいればいいのに。なあ、あんたもそう思うだろ?」


 流姫は冷ややかな笑みを浮かべながら、暗がりに向かって声をかけた。
 少しして、草が鳴る音を立てながら、二つの影が流姫の前に現れた。一人は、武士の姿をした男――安貞。そして彼の傍らには、普段の明朗さが失せた墨染が控えていた。
 流姫は安貞や墨染のいるほうへ向き直ると、腰に手を当てた。


「おや、墨染。なかなかの色男じゃないか。烏森から、鞍替えでもしたのかい?」


 その問いに、墨染の身体がビクッと震えた。
 振り返る安貞の横で、墨染は恨むような視線を流姫に送った。


「……あちきを責めているのですか?」


「いいや? 色恋は個々の自由! あんたは妖なわけだし、それこそ人とのしがらみなんざ気にせず、好きにやればいい。ただねぇ……どうせなら、そんな死霊じゃなく、生きた人間とおやりよ。あたしだったら、まだ烏森を選んだかねぇ」


「……ご婦人。墨染を困らせるのは、やめてもらえるか?」


 刀の鞘に左手を添えた安貞に、流姫は皮肉交じりの笑みを浮かべた。


「へぇ……困るのは墨染だけかい? あんたのほうが、困っているような気がするんだけどねぇ。あと、死霊の分際で、あたしに近寄れるとでも? ここは怪異避けの呪術に囲われてるんだ。死霊如きが入って来られるわけないだろ」


「拙者は、ただの死霊などではござらん。この身体は、そのようなもの通用せぬ」


 摺り足で間合いを計る安貞に、流姫は笑みを消した。
 敵対するものに対し、流姫は手加減などするつもりはない。黒龍王の眷属としての誇り故に、容赦という言葉はない。
 両手を龍の手に変化させた流姫は、腰を低くして安貞を待ち構えた。
 あと数歩で、互いの間合いに入るところで、流姫の両手に数本の蔦が絡みついた。


「これは――墨染かい!?」


 強い力で引っ張られ、流姫は怪異避けの結界の外へと引きずり出された。
 抗おうにも、青龍の加護を得た墨染の妖力は、流姫に匹敵するほどにまで強い。蔦を引き千切ろうとしたが、妖力で強化されているためか、それも叶わない。
 要石から距離を離された流姫に、墨染が近寄った。


「安貞様の邪魔は、しないで下さい」


「墨染。あんた、人里を裏切ったというのは本当なのかい」


「裏切り……そう思われても仕方がありません」


 表情の失せた顔で答える墨染は、手に桜の枝を生み出した。


「やる気満々なくせに、裏切ってないとか無理があるだろ!?」


 蔦をそのままに、流姫は墨染へと飛びかかっていった。龍の手を両手の桜の枝で受けた墨染は、そっと流姫の耳に口を寄せた。


「あちきたちを待ち構える準備は、していたんですか?」


「は――色んなやつに言われて準備はしたけど、あんたには関係ないだろ」


「そうですか」


 墨染は流姫から身体を離すと、安貞へと声をかけた。


「安貞様。流姫殿は、あちきに任せて下さい。安貞様は、要石を」


「墨染、助かる」


 安貞が要石へと向かうのを止めようとした流姫だったが、まだ手には蔦が絡みついてるままだ。墨染を睨みつけながら、流姫は先ず問いかけた。


「墨染……あんたは、なにを考えている」


「それは……ここでは、言えません」


「それで、はいそうですかと、済む訳がないだろう!」


 本性である黒龍の姿に戻ろうとした流姫だったが、急に身体から力が抜けていくのを感じた。                                     


(なにかが、おかしい)


 ふと視線を左右に向けた流姫は、両腕に絡みついている蔦に紛れている赤い蔦が、自分の手首に刺さってることに気付いた。蚊のように、刺された場所の痛覚が麻痺しているせいか、赤い蔦の存在に気付くのが送れてしまった。
 麻痺の毒気は、すでに全身に廻っている。今更、赤い蔦を引き抜いたところで、結果は変わらない。


「墨……染っ!」


 声も絶え絶えに怒鳴ろうとする流姫に、墨染は静かに目礼をした。そこに贖罪の意図があったかまでは、わからない。


「墨……ぞ、め……あんたは――」


 ――本当に、これでいいのかい?


 その問いのすべてを告げることができぬまま、流姫の意識は闇に落ちていった。
 流姫が動かなくなるのを見届けてから、墨染は要石の結界に近づいた。いかな剣技の持ち主とはいえ、刀で岩を破壊するのは、かなりの難題である。
 安貞も要石に数度斬りつけたようだが、うっすらとした傷を付けただけに止まっていた。
 墨染は周囲に数十を超える蔦を生み出しながら、安貞に声をかけた。


「安貞様。あちきがそれを壊してもよろしいでしょうか?」


「墨染が……か? そうだな。刀では、どうにもならぬと思っていたところだ。すまねぇが、頼めるか?」


「……はい」


 墨染は頷くと、蔦を操って要石を絡め取った。


「これは……どういうことだ?」


「あちきの操る植物は、怪異そのものではありませんから。このような呪術など、なんの効き目もございません」


 驚く安貞に答える墨染は、蔦を操って要石を数メートルほど上へと持ち上げた。
 周囲を見回した墨染は、数メートルほど右にある、岩が露出した地面へと目を向けた。その次の瞬間、蔦は一斉に動き出し、地面の岩場へと要石を叩き付けた。
 地響きと勘違いするような音が周囲に響き、空気が震えた。
 衝撃に身を竦ませた安貞が顔を上げたとき、粉砕された要石の破片が、岩場の周囲に飛び散っていた。
 安貞は最初こそ呆けたようだったが、次第に顔に笑みを浮かべ始めた。


「こいつは凄い……やはり大した女だぜ、墨染は」


「とんでもございません。あちきは――安貞様に褒められるような、価値のある女ではありません……から」


 少し陰り気味に微笑む墨染に、安貞は大きく首を振った。


「そんなに謙遜するもんじゃない。まあ、そういうところも気に入ってるんだが」


 墨染の目に宿った哀しみに気付かないまま、安貞は墨染を褒め千切っていた。
 そのことが重荷になりつつあるのだが、墨染は引き裂かれそうな自身の心から、目を逸らし続けていた。

-------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

要石絡みの設定ですが、ほぼでっち上げです。本来はピラミッドとか、ある程度の大きさ……という漫画や小説が多いですね。
日本の場合、ピラミッド=自然の山であることも多いですね。山自体が要石――風水においても山は重要ですからね。
呪法的には、安易に山を削ったり、木々を伐採してはいかんのですけど……ね。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

精霊に愛される(呪いにもにた愛)少女~全属性の加護を貰う~

如月花恋
ファンタジー
今この世界にはたくさんの精霊がいる その精霊達から生まれた瞬間に加護を貰う 稀に2つ以上の属性の2体の精霊から加護を貰うことがある まぁ大体は親の属性を受け継ぐのだが… だが…全属性の加護を貰うなど不可能とされてきた… そんな時に生まれたシャルロッテ 全属性の加護を持つ少女 いったいこれからどうなるのか…

その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。 貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。 元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。 これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。 ※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑) ※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。 ※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...