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一章-5
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ヌアダがサムスの訓練を受ける、その二日前――モミの木が群生する林の中で、猿の群れが移動をしていた。
雌雄の関係無く、群れは林の中にある窪地へと、一直線に向かっていた。木の枝を跳び越えるでもなく、木々のあいだを縫うように進んでいた。
途中、一頭の狼が群れの前方に迷い込んできた。飢えた狼は目の前を通り過ぎようとする猿の群れへと跳躍した。
目の前にいた猿に食らい付いた途端、周囲にいた猿たちが、一斉に狼へと襲いかかった。
爪が身体や目に食い込み、歯に噛みつかれ、そして体毛を掴む手――数体の猿たちによって、身体の至る所を喰われ、傷つけられた狼は、鮮血を噴き出しながら絶命した。
狼に胴を噛みつかれた猿も、身体から血を流しながらも、群れに付いて行く。
猿たちの群れが窪みの中へ入り込んでから、数時間後。窪みの中から、水気のある音が幾つも重なった。
その後に数分ほど続いた静寂のあと、窪地から足音が幾重にも重なって響いた。次第に、野太い唸り声が混じっていく。
しばらくして、窪地から人型の影が幾つも出てきた。爪先や手には鋭い爪、口元からは鋭い牙が覗いている。
一般に、ゴブリンと呼ばれる魔物の群れが、窪地から出てきた。大量の血を身体にこびり付かせたゴブリンたちは、ぞろぞろと林の中を進んでいった。
*
白林の町は、東の都の南方――馬車で三日のところにあるという。
俺は東の都から、馬車でその白林の町へと向かっているところだ。なんでも白林の町の周辺で、魔物が出ているという話だ。今は教会付きの神官戦士や引退した勇者たちが、町の防衛をしているらしい。
俺は聖女のマリアンヌから、その魔物を討伐するよう命令された。サムスは「まだ早い」と言って命令を撤回させようとしたけど、マリアンヌは頑として聞き入れなかった。
「これは、試練でもあるのです。彼――ヌアダが無事に魔物を討伐できれば、あなたがた勇者と肩を並べる第一歩になりましょう」
勇者の中でも、サムスはリーダー格ということだ。そんな彼でも聖女の意志には、表だって逆らえないらしい。
試験官としてレイユとマリルアが、そして――かなり揉めたらしいが――ソノリーが、俺に同行することとなった。
「みんなを説得するの、大変だったんだから」
そう言ってきたけど、別に頼んでないんだけどな……いや、純粋に好かれているのは嬉しいけどさ。なんか、色々とすっ飛ばしているから戸惑うしかない。
昨日とか、ちょっと理由を聞いてみたんだけどな。だけど返答は「そんなの、どうでもいじゃない」と、はぐらかされてしまった。
目的の白林の町に到着したのは、東の都を出て三日後の昼前だった。これでも通常の馬車よりは、半日ほど早い到着――ということだ。
町の教会の前で馬車が停まると、レイユが不機嫌に口を開いた。
「着いたぞ。まずは教会で魔物についての話を聞いて、次に町を護っている元勇者に挨拶してこい。魔物の討伐は、それからだ。理解したら、さっさと動けよ。この、のろま野郎が」
「ちょっと、そういう言い方はないでしょ!? ヌアダだって、初めての討伐なんだから」
ソノリーはレイユに文句を言ってから、俺の手を引いた。
「行こ行こ。ここの神父に、紹介してあげる」
「あ、ありがと……」
「あ、ちょっと。ソノリー、待ちなさい!」
マリルアの制止を振り切ったソノリーに手を引かれながら、俺は教会に入った。
勇者であるソノリーは、この町の教会でも知られているようだ。修道士たちに礼や目礼をされながら、教会の奥にある居住区へと入った。
一番奥にある神父の部屋の前に来ると、ソノリーは軽くノックした。
「どうぞ」
「失礼しまーす」
ソノリーがドアを開けると、スカルキャップを被った中年男性が振り返った。
黒い僧服を着た、やや痩せ形の神父は、ソノリーを見てホッとしたような顔になった。
「ああ、勇者ソノリー様。お会いできて光栄です。此度の訪問は、町を騒がす魔物の討伐でしょうか」
「うん、そうなんです。でも、今回の討伐はですね、あたしよりもヌアダが担当なんですよ」
「ヌアダ……はて」
そこでようやく、神父の目が俺に向いた。
「こちらは……新しい勇者様ですか?」
「いえ。勇者というわけではありませんが……魔物の討伐と言われてきました」
「勇者ではないけど、解放具を扱えるの。あたしも援護で参加するし、試験官みたいな役回りでレイユやマリルアも来てるから。不測の事態への対策も可能です」
「な、なるほど」
神父はソノリーの説明に、ぎこちない素振りで頷いた。勇者ではない俺が討伐するというのが、よほど不安だったようだ。
俺は内心で複雑な心境というのを誤魔化しつつ、神父へと問いかけた。
「あの、聞きたいことがあるんですけど、いいですか? 魔物についてと、今の状況についてなんですが……」
基本的な質問だと思ったけど、神父の顔はかなり曇った。
「引退した勇者……エリウス様は一昨日まで町を護るために戦って下さいましたが――現在は行方不明になっております」
「……行方不明?」
鸚鵡返しに問い返した俺の隣で、ソノリーが驚いた顔をした。
「うそ? エリウスって今は鍛冶職人をして、率先して戦わないって言ってたはずなのに。どうして戦わせたの?」
「エリウス様が、自ら申し出たのです。詳しいことは、奥様に聞いて頂くほかありません。魔物については、衛兵に聞いて頂いたほうが確実です。ただ、魔物は群れで生息しているようです。彼らの根城がどこにあるかまでは、わかりませんが……」
返答を兼ねた言葉に、俺とソノリーは顔を見合わせた。魔物のことも気になるが、元勇者が行方不明になったことも気がかりだ。
神父の部屋を退室したあと、悩むような顔のソノリーが口を開いた。
「ねえ、ヌアダ。衛兵のところに行く前に――」
「元勇者の奥さんに会いに行くなら、俺も同意見だけど」
「ホント? ありがと、ヌアダ!」
満面の笑みを浮かべたソノリーは、抱き付くように俺の腕に両腕を絡めてきた。
「行こ、行こ。早く早く」
「ちょ……待ってってば」
引っ張られるように教会を出た俺たちは、レイユのいる馬車の前を通り過ぎた。
レイユは面白くなさそうに俺たちを一瞥しただけだが、マリルアは慌てて駆け寄ってきた。
「ソノリー、どこへ行くんです!?」
「引退した勇者の家よ。さっき聞いたんだけど……引退した勇者が、魔物との戦いで行方不明なの。だから、奥さんに話を聞かなきゃって」
「行方不明?」
僅かに目を見広げたマリルアに、俺は頷いた。
冗談でも嘘でもないことを理解したのか、マリルアは俺とソノリーを交互に見ながら、俺たちと歩く速さを合わせた。
「そういうことなら、わたしも同行します」
そう言ったマリルアの顔は、真剣そのものだった。
引退した勇者の家は道行く人に訪ねたら、すぐにわかった。兵舎の近くにある鍛冶屋は、ドアが閉じられていた。
マリルアがドアをノックしてから、十数秒ほど経って声が返ってきた。
「……はい。今は店を開けておりませんが」
「いえ、店に用があるわけではありません。わたくしたちは、東の都から来た勇者です」
マリルアが返答をすると、すぐに閂を開ける音が聞こえてきた。
ゆっくりと内側に開いたドアの隙間から、細身の中年女性が顔を覗かせた。目鼻立ちがスッキリとした、なかなかの美人顔だ。
元勇者とはいえ、鍛冶職人の妻だとは、言われなければわからないだろう。女性は俺たちを見回すと、微かに会釈をした。
「あなたがたが、勇者様ですか?」
「はい。わたくしはマリルア。そして、こちらがソノリーです。この辺りに現れる魔物の討伐に参りました。町の教会で、その――」
「元勇者のエリウス様について、イヤな話を聞いたんです。そこで、奥様から……なにか話を伺えないかと思ったんです」
言葉を探すように言葉が途切れたマリルアに代わり、ソノリーが訪問の理由を告げた。 女性は沈痛な顔をしながら、僅かに視線を逸らした。その瞳には、深い悲しみと諦めの色が濃く現れていた。
震える声で、女性は俺たちに告げた。
「わたしが……お話できることは、なにもありません」
「なんでもいいんです! あの、町の外でよく行く場所とか、安全な場所のこととか聞いていたら……あと、引退したのに町の護りに出た切っ掛けとか、ええっと……もしかしたらエリウス様は手傷を負って、どこかで身を隠しているかもしれなくて。だから、ええっと……探すための手掛かりになればって思ったんです」
ソノリーの説明を聞いた女性の目に、僅かに光が戻った――気がした。
「勇者様たちは、夫が無事だと信じておられるのですか?」
「まだ、諦めてません。だって、行方知れずという話だけじゃないですか。だったら、あたしは諦めません」
ソノリーの返答に、女性は俺たちを家の中に入れた。
ドアの中は石壁に囲まれた工場になっていた。壁際には炉や鍛冶の道具が並び、鋳造し終えた長剣や槍という、衛兵の装備が並んでいた。
俺たちへ来客用の椅子に座るよう勧めると、女性……エリウスの妻、メラニィは丸椅子に腰掛けてから、ゆっくりと口を開いた。
「あの人……エリウスは引退をしてから、勇者としての力を使えなかったようなんです」
「……それは、わたくしも存じております。肉体の老いからか、解放具が使えなくなってしまったと」
「……はい。その通りでした。ですがエリウスが町を護ると言い出したとき、勇者の装備を身につけていました」
「そんな……解放具は使えなくなったはずでは」
「でも、身につけていたんです。それが、切っ掛けだったのかもしれませんが……神の奇跡だと、そう言っておりました」
「……奇跡」
鸚鵡返しに呟くマリルアは、大きく肩を上下させた。
「行方不明になったのは、いつですか?」
「二日前……です。町の西側に出た魔物の討伐に向かったきり……詳しくはわかりませんが、逃げる魔物を追ったっきり、帰って来なかった――と」
そこで小さく首を振ったメラニィに、俺は続きの質問を投げた。
「あの、町の外でエリウス様が行きそうな場所とか、ご存知ありませんか? そこを魔物を斃しつつ、そこを基点に周囲を探してみます」
メラニィは俺を見ると、僅かに首を傾げた。
「あなたも東の都の勇者様ですか?」
「いえ、俺は……勇者じゃありません。その、試しは落ちてしまって。だけど解放具は使えますから、エリウスさんを捜索することはできると思ってます」
「勇者ではない……の? 危険なことをするものではないわ。ご両親だって心配なさるでしょう?」
「母さんは……まあ。でも父親は俺が幼いころ、悪魔に殺されました」
「それは……悲しい話ね。お父様の仇を討つために、戦うというのなら、それは間違いよ。あなたが無事に、そして幸せになることが、お父様の願いだったはずだもの」
「そうかもしれませんけど……俺は悪魔を斃したい。そして、俺みたいに家族を殺されるなんて悲劇を無くしたい」
俺の戦う理由――それを告げると、メラニィは目を見広げた。
ソノリーが柔らかく微笑んでいたけど、マリルアは視線を僅かに下へと向けていた。そんな二人の勇者の反応を交互に見てから、メラニィは小さく頷いた。
「その決意は素晴らしいわ。でも……そうね。わたしが言うべきことでは、ないのかもしれない。でもね、死を賭してという覚悟は持たないで。悪魔を斃すことより、救おうとする人々と自分の命を護ることを優先して下さいね。勇者ソノリーとマリルアもそうですが、それだけは約束をして頂戴ね」
「……わかりました」
マリルアが代表をして答えると、メラニィは小さく頷いた。
「ありがとう。それで、さっきの質問の返答なんだけど……林を東にいった奥に、窪地があるんですって。あそこは、妙に牽かれる場所と言っていたことがあるの。それ以外は、わからないわ」
「ありがとうございます」
元勇者のエリウスを見つけます――という、無責任なことは言えなかった。俺たちはメラニィに御礼を述べてから、レイユの待つ馬車へと戻った。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
音声使いのプロットが完成するまで、こちらを週2でアップしていく予定です。お付き合いいただけたら幸いでございます。
町の中だけで終わってしましました(汗
まだここで書けることが少ないこと……ヌアダが勇者を目指した理由も明らかになったところで、魔物の討伐は次回です。
元勇者のことやらありますが、それらも次回以降ということで。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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