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転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました
二章-1
しおりを挟む二章 強い決意は怒りとともに
1
市長の邸宅にある玄関の内側では、二人の男が無言で佇んでいた。酒場でトトに呆気なくあしらわれた、二人組のごろつきである。床に置かれた荷物と一緒に鎧と火縄銃――マッチロック式の銃――が置かれていた。
酔いが抜けきっていないのか大男の顔面は蒼白で、辛そうに浅い呼吸を続けていた。
二人の前には幅の広い階段があり、その中段にはアントネットと息子であるスコット・サーロンがいた。二人は冷めた目で、男たちを静かに見下ろしていた。
階段を降りたアントネットは、二人の男を交互に見回しながら嘆息した。
「あなたがたは一体、なにをやっているの。まさか街に入った早々に、屋外収容所に収監されているだなんて」
「申し訳ありません……ちょっと食事をと思ったんですが……小生意気な餓鬼の所為で」
痩身の男の言い訳に、アントネットは眉間に皺を寄せた。
「わたくしが聞いた話では、あなたたちから手を出したようですけれど。仕事の前に余計な手間を取らせないで頂戴。あと保釈金の分は報酬から引いておきますから、そのつもりで」
「は、はい――」
二人組の男が、揃って頭を下げた。
冷ややかな目で畏まる男たちを見ていたスコットが、母親を見上げた。
「ねえ。昨日、領主の屋敷で知らない人を見たね」
「……ああ、そういえば、そうですね。なにか気になることでも?」
「うん。なにか、イヤな感じがする。もしかしたら邪魔になるかもしれない」
スコットは嫌悪が滲み出た言葉を吐いたが、その顔は呆けており、感情というものが読み取れなかった。
アントネットは少し考えて、階下にいる二人組へと目を戻した。
「あなたたち、伯爵――領主の屋敷にいる、少年を排除なさい。生死は問いません」
「ですが、名前とか顔を教えて貰わないと……誰だかわかりませんぜ?」
痩身の男に言われ、アントネットは不満げな顔で腕を組んだ。
「名前など、知るわけがないでしょう。そのあたりを調べるのも、あなたがたの仕事ではなくて?」
「俺たちは傭兵ですぜ。探偵――でしたっけ? ああいうのとは違うので」
アントネットは苛立ちを紛らわせるように、溜息を吐いた。相変わらず青い顔をしてる大男を一瞥すると、痩身の男に告げた。
「……わかったわ。名前などは調べておきましょう」
「そうしてくれると、助かりますぜ」
痩身の男が頭を下げると、使用人の一人がやってきて、畏まった顔で市長に最敬礼をした。
「お話中のところ申し訳ありません。お客様がお見えです」
「……ああ、もうそんな時間かしら。構わないわ。通して頂戴」
「はい」
使用人が廊下の奥へと戻ると、入れ替わりに一組の男女が現れた。
男女は玄関まで進もうとしたが、アントネットは片手を挙げて制した。
廊下からでる寸前の二人は、まだ身体のほとんどが影の中だ。顔はほとんど見えないが、アントネットはまったく気にしていなかった。
「そこで良いわ。状況の報告をなさい」
アントネットの指示で、男のほうが口を開いた。
「……はい。伯爵の屋敷ではまだ、古代の遺物らしいものは見つかっておりません。ただ、伯爵しか入れない部屋もございますので、すべての部屋の捜索は困難でしょう」
「そこは、なんとかして頂戴。最悪は伯爵を自殺させる、もしくは自殺にみせかけて殺害する予定です。なにか、動機になるようなことがあれば教えて頂戴」
「――はい。伯爵はタンポポの花の色すら、わからぬようになっている様子です。自殺した理由など、なんとでもなりましょう。例えば、奥方を思い出させるとか」
「もう呆けてきたのかしらね。わかりました。今晩にでも、打ち合わせをしましょう。刻は迫っているのですから、一刻も早く遺跡を見つけねばなりません」
アントネットが告げると、今度は女のほうが口を開いた。
「幽霊騒ぎで使用人は三名ほど辞めましたが、伯爵が避難する様子は見られません。あと、屋敷の外から来た者が、調査を行っています」
「……何者なの?」
「はい。トラストン・ドーベルという少年です」
抑揚のない声の報告に、アントネットは、まだ一階で佇んでいる二人組の傭兵を一瞥した。
「あの少年……ですか。詳細を教えなさい」
「はい――栗色の髪の少年で、古物商を一人で営んでいます。トトという愛称で呼ばれているようです」
「なん――だって? マジかよ」
今まで無言だった大男が、女の言葉に顔を上げた。
痩身の男と顔を見合わせる大男に、アントネットは睨むような視線を向けた。
「なに? 不穏当な態度はお止めなさい」
叱責ともとれるアントネットの声に、二人組は慌てて頭を垂れた。
「す、すいません。その、トトって名前には聞き覚えがあるんで。そいつも栗色の髪だったので、もしや――と」
「覚えがある――ああ、酒場であなたたちを打ちのめした少年というは、彼ですか?」
アントネットが怪訝そうな顔をすると、二人はバツが悪そうに顔を下げた。
その態度で、ある程度は察したらしい。アントネットは首を振ってから、大袈裟なほど大きく息を吐いた。
「なるほど。予想外なところで顔を合わせていたわけね。でも手間が省けたわ。本来の仕事とは少し外れますが、先に少年を排除なさい」
「あの……生死は問わないと仰有っていましたが、本当によろしいので?」
「ええ。ある程度は揉み消せます。人目のないところでなら、ですが」
回答を聞いて、二人組の傭兵は口元をにやつかせた。この機会に、酒場での仕返しをしようという魂胆が見え隠れしていた。
「それでは、早速行って参りますぜ」
「急がないで。そこの二人と連携をしなさい」
「……え? ああ、わかりやした」
「よろしい。では、わたしは警備隊の隊長と話をしてきますから」
アントネットが手を叩くと傭兵たちは玄関から、男女は廊下を戻って行った。
廊下の先にあるドアを抜けて庭に出た男女は、そこで二手に分かれた。女は今は使われていない古井戸の横を通って屋敷の裏手から、街へと出ていった。
*
ドラグルヘッドの西側から領主の屋敷へ向かう道中には、小規模ながら市場がある。市場の出入り口では、新聞売りや靴磨きの少年の声が途切れなく聞こえていた。
その市場の出入り口に、クリスティーナがいた。食材などが入った手提げの籠を抱えるようにして、領主の屋敷へと歩いていた。
やがて、閑散とした広場を通りかかったクリスティーナは、ふと立ち止まった。
「……あら? なんでこんなところにいるのかしらぁ?」
首を傾げながら、クリスティーナは周囲を見回し、そして籠の中身に目を落とした。
「……お買い物、よねぇ」
人差し指を頬に当てて悩んでいたクリスティーナは、広場の隅に見知った顔がいることに気づいた。
「あら、クレストン。そこでなにを?」
「おまえは――俺の勝手だ。なんでもいいだろ」
手にしていた黄色い花――恐らくはタンポポだ――を後ろに隠すクレストンに、クリスティーナは「気を悪くしたら、ごめんなさいね」と、素直に謝罪した。
しかしすぐに気を取り直すと、改めてクレストンに訊ねた。
「今日はサーシャと一緒じゃないの?」
クリスティーナは何気なく訊いただけだったが、なにが気に入らないのか、クレストンは睨むように目を釣り上げた。
「それこそ、どうだっていいだろ! おまえには、関係ない」
そのあまりの剣幕に、クリスティーナは僅かに身体を強ばらせた。
「そうね。ごめんなさい。それはそうと、幽霊騒動の調査に来てるトラストンに、酷いことを言ったんですってね。駄目よ、そんなことを言っては。こちらから依頼したのに」
「あんなやつ、居ても居なくても一緒だ。どうせ、詐欺みたいなものじゃないか」
「そんなことないわ。何件か、幽霊騒動を解決したことがあるみたいなの。昨晩だって深夜まで、色々と調べてたみたいですのよ?」
「昨晩? ああ……また幽霊が出たって、騒いでたな」
「ええ、そうなの。お爺様が幽霊が出た部屋に入ってしまって、昨晩はそれ以上の調査ができなかったみたいなのよ」
「お爺様が――どういうことなんだ?」
「さあ――?」
首を傾げたクリスティーナは、前髪を揺らしながら微笑んだ。
「わたくしたちは、いとこ同士ですもの。もう少し、仲良くやっていきましょう?」
「……知るか。というか、お断りだ」
にべ無く答えると、クレストンはポケットに手を突っ込みながら、足早に去ってしまった。
「あらあら。失敗しちゃったわぁ。もうちょっと仲良くしたいのに」
クリスティーナは肩を竦めると、領主の屋敷へと戻っていった。
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