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転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました

三章-3

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 いつの間に入ってきていたのだろう――通路との出入り口前で、執事がサーシャの首に腕を回していた。
 執事はサーシャの首に回している腕に力を入れると、俺の持つ遺物へと目を向けた。


「こんなところに――なるほど。見つからないわけです」


「な――き、貴様っ! サーシャを離せっ!!」


 クレストンが飛びかかろうと脚を屈めた瞬間、執事はさらに強い力でサーシャの首を絞め始めた。


「動かないで頂こう。サーシャを無事に返して欲しければ――ですが」


 この脅し文句にクレストンだけでなく、俺も不用意に動けなくなった。
 執事もクリス嬢のように操られているのなら、ガランの封印の力が効くかもしれない――しかし、人質がいる以上は下手に動けない。
 指輪を手の中に隠しながら、俺は執事を睨んだ。


「なにが狙いなんだ?」


「ほお……察しが良くて助かります。その遺物をこちらへ渡して頂きましょう」


 執事の指が、俺の持つ石柱へと向けられた。
 執事の目的がわからないだけに、渡したくはないが――人質の命と天秤にかけるわけにはいかない。


「……渡したら、その子は返してくれる?」


「約束しましょう」


 信じるだけの根拠は皆無だが、俺は床に置いた石柱を執事へ向かって滑らせた。
 執事はサーシャをこちらに押しだしながら、素早く石柱を拾い上げた。この一瞬を待ってた――僅かに出来た隙を狙って、俺は竜の指輪を執事に向けた。


「ガラン!」


〝承知――〟


 指輪から現れた竜の頭部が、執事へ向かって飛び出した。執事は竜の頭部に身体の半身を呑み込まれたが、なんの変化も現れなかった。
 執事はそのまま、素早く横穴へと身体を滑り込ませて、通路へと逃げ出した。


「間に合わなかった――?」 


〝いや。あの男からは、ラーブの力は感じられなかった〟


「自分の意思で――ってこと? でもなんで――って、わかるわけないか」


 俺が自分の判断ミスを悔やんでいると、頭の芯が鈍く痛み出した。このところの寝不足が祟っていたか――と、舌打ちをした俺に、沈んだ表情のサーシャが近づいて来た。


「ごめんなさい。あたしのせいで……あれ、なにか大事なものだったんでしょ?」


「……気にしなくていいですよ。命には代えられないですし」


 答えながら、俺は次第に大きくなっている足音と人の声に気づいていた。まごついているあいだに、警備隊や傭兵たちに追いつかれてしまったようだ。
 まだ気を失っているクリス嬢はともかく、クレストンやサーシャを無事に逃がすためには――俺は覚悟を決めると、石の球体をクレストンに差し出した。


「これを預かって下さい。それで、二人を連れて逃げて下さい」


「え――あなたはどうするのよ?」


 どこか不安げな、そして気遣わしげな声のサーシャに、俺は何でもないという素振りで肩を竦めた。


「どうせやるなら一網打尽。そういうわけで、ちょっと捕まってきます。ああ、考えがあってのことだから、心配しなくていいですよ」


 顔面が蒼白になったサーシャやクレストンを置いて、俺は通路へと戻った。来た道を戻るように進んでいた俺の前方に、ランプの光がいくつも見え始めた。
 俺は足音を大きく立てるように小走りしながら、分かれ道を右に曲がった。


「――に、誰かいたぞ!」


「――え! 追うんだ!」


 幾重にも重なった男たちの声と足音が、次第に近づいてきた。俺は通路の真ん中で立ち止まると、追跡者たちを待つことにした。
 数十秒ほど待っていると、十人を超える警備隊が近づいて来た。警備隊は――こちらの世界でも警棒というのだろうか――棍棒を握り締めながら、俺に迫ってきた。


「トラストン・ドーベルだな?」


「だったらなんです? あれ……ボルト隊長の姿がないですね」


「隊長は上で指揮を執っておられる。市長様の命により貴様を連行する。大人しくしろ」


 市長様、ね。真犯人を教えているようなものだなぁ……この対応。
 肩を竦めてから俺が両手を挙げると、警備隊は二人がかりで俺を両脇から拘束した。来た道を戻るように、俺は警備隊に連れられて屋敷の玄関へと戻った。
 拘束されたまま庭へと連れ出された俺の前に、ボルト隊長が近づいて来た。


「トラストン・ドーベル。貴様を連行する。今後の処遇は市長様にて決められる。裁判は執り行われないから、覚悟をしておけ」


「まったく……どいつもこいつも市長様、市長様か」


 ここに来るまでのあいだ俺は、警備隊から何度も『市長様』という言葉を聞かされていたのだ。いい加減、苛立ちが抑えきれなくなっていた。


「ボルト隊長……俺はさ、あんたのこと嫌ってたけど、権力なんかに屈しない奴って思ってたんだよ。それが、今となっちゃ市長様市長様ときたもんだ」


 両脇を抱えられたまま、俺はボルト隊長を睨め上げた。


「あんな糞ババアに尻尾を振るなんざ、見損なったぜ。これからも精々、涎を垂らしながらケツの穴でも振ってろ。この脳みそまで腐り果てた駄犬野郎――」


 我ながら素晴らしい啖呵と思った瞬間、ボルト隊長の拳が俺の腹部に叩き込まれた。


「ぐはっ――っ!!」


 腹の中のものが口から出そうなほどの衝撃が、俺の腹部を襲った。力が入らなかった両足から、俺は内股気味に崩れた。畜生……警察なんざどこの世界でも同じだな、くそ。
 涎を流しながら咳き込んでいると、ボルト隊長は最後に俺の右頬に平手打ちをしてから、部下に告げた。


「減らず口が叩けなくなるまで、たっぷりと教育しておけ」


「は――っ!!」


 敬礼とともに俺の両腕が自由になった。しかし立てるだけの力が入らない俺は、そのまま地面に横たわった。
 そこへ――警備隊の面々が、一斉に俺を足蹴にし始めた。
 頭、腹部、腕、脚、背中――全身を余すところなく、警備隊に蹴られ続けた。とはいえ、俺も黙って蹴られてはいない。腕や脚で蹴りを受けつつ、身体の位置や向きを変えながら急所を護った。
 足蹴は、数十秒ほど続いた。
 全身の痛みに呻き声をあげている俺に、ガランが話しかけてきた。


〝トト――やはり、余計なことを言うのは、控えた方がいいのではないか?〟


「……奇遇、だね。俺も、そうしたほうが、いいかなって、考え……始めてたところ」


 喘ぐように答えながら、俺はジッと待っていた。警備隊は軍隊ではないが、軍隊の色はまだ色濃く残ってる。ならば、最大の好機は訪れるはずだ。
 屋敷に来ていた警備隊員が、徐々に庭園に集まってきていた。
 もうすぐだ――と、頃合いを伺っていた俺は、表情を引きつらせた。
 門の方から市長とその息子、そして執事の三人が歩いてくるのが見えたのだ。アントネット市長は、俺の姿を一瞥してからボルト隊長へと近づいた。


「隊長。まだ少年が生きているようですが? 理由を聞かせて下さい」


「はっ。まずは市長様にお伺いをと」


「そんなの必要ありませ――スコット、どうかしましたか?」


 どこか表情を固くしたスコットは、俺を指さしながら叫んだ。


「あいつは、危険だ! 早く殺してっ!!」


 あの餓鬼っ!? 
 今の状況で全員にガランの力が届くかわからないが、悠長に待っている時間はない。市長の言葉を待っていたらしい傭兵たちが、にやつきながら銃を構えるのが見えた。
 ずっと握り締めていた竜の指輪に意識を集中させながら、俺は叫んだ。


「ガラン、対象は全員だ!」


〝承知〟


 指輪から現れた巨大な竜の頭部が渦を巻くように、近くにいた警備隊員から体内へと呑み込んでいく。その度に幻獣の姿を伴った力を吸い取られ、隊員たちが気を失って倒れていった。
 竜の頭はボルト隊長を呑み込んだあと、少し離れた場所にいる市長たちへと向かった。


「危ない!」


 執事が市長とその息子を遠ざけた。竜の頭部は執事の身体を掠めはしたが、それ以上は俺――竜の指輪――から、離れることができないようだ。
 竜の頭が消えたとき、俺は激しい頭痛に襲われていた。立ち上がろうしたが、跪いた姿勢で動けなくなった。


 傭兵の二人組といえば、尻餅をついたまま放心していた。


「ば、化け物……」


 大男の呟きをかき消すように、俺を睨む市長の絶叫が響いた。


「小僧っ!!」


 市長が手を突き出すと恐竜のかぎ爪を思わせる、巨大な半透明の手が俺に向かって放たれた。
 これを受けたらどうなるのか。それを考えるよりも前に、ガランの叫びが聞こえた。


〝トト、逃げろ! あれは肉体を切り裂くぞ!〟


 速く逃げようという意識に反し、俺の身体は全身に走る激痛から、転がるようにしか動けなかった。
 やっとの思いで三歩ほど動いた俺の左腕を、幻獣の手が掠めた。たったそれだけで、左腕には深い傷が刻まれ、辺りに鮮血が飛び散った。
 激しい痛みに頭の中を真っ白にさせながら、俺は叫んでいた。


「うがぁぁわぁぁっ――ガランっ!!」


〝承知っ!!〟


 竜の頭部が放たれるや否や、市長とスコットは執事に押しやられるように、屋敷の外へと逃げていった。
 俺はこのとき、もうなにもできなくなっていた。
 ガランの力が発現した直後、頭の芯に激痛が走った。痛みに耐えきれずに倒れた俺は、視界と同時に意識も暗闇に包まれた。

   *

 トラストンが意識を失ったあと、二人組の傭兵は目の前で繰り広げられた戦いに呆然としていた。


「なんだったんだ……」


 周囲を見回す痩身の男の横で、大男が銃を手に立ち上がろうとしていた。


「……どうした?」


「あいつを殺すなら、今のうちだぜ」


 大男は火薬と弾丸を銃口から込め終えると、トラストンへと慎重に狙いを定めた。
 銃声が、庭園内に響き渡った。銃声の余韻が残る中、銃を落とした大男の右肩から、鮮血が滴り落ちていた。


「誰かは知らんが、動けば撃つ」


 寝間着のままではあるが、火縄銃を構えたローウェル伯爵が、二人組の傭兵へと銃口を向けていた。
 その傍らには使用人とクレストンが、それぞれ火縄銃に火薬や弾丸を込めていた。
 痩身の男が立ち上がろうとすると、ローウェル伯爵は問答無用で引き金を引いた。
 右肩に弾丸を受けて、痩身の男が尻餅をつくように倒れた。ローウェル伯爵は火縄銃を交換しながら、二人組に告げた。


「わたしの屋敷で、勝手は許さぬ。二人とも、大人しく縛に就くがいい」


 ローウェル伯爵の勧告に、二人組の傭兵は迷いを見せなながら銃を放して、両手を真上に挙げた。
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