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第二章~魔女狩りの街で見る悪夢
二章-1
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二章 聖なる暗部と大罪による守護
1
翌日になり、朝食を終えた俺はホテルを出ると教会へ向かった。
曇り空の下を歩いていると、カラガンドの街並みが色褪せて見えてくる。街全体に漂う不穏な空気が、肌に伝わってくるようだ。
朝から、微妙な疲れが溜まっているのも、一因かもしれないが。
昨晩、クリス嬢との会話を出歯亀された件で、俺はマーカスさんやクレストン、サーシャの三人を問い詰めたのだが――。
クレストンからは「なんであそこでキスしなかったんだよ」と揶揄され、マーカスさんもそれに同調し、サーシャに至っては「ねぇねぇ、あたしのことも好き? 好きだよね?」と、呑気に訊いてくる始末。
俺がクレストンらに対し、逆ギレ気味に「あんたらはキスしたことあるんですか!?」と言ってみたところ、クレストンとマーカスさん――二人揃って「ある」という返答だ。
それを言われちゃうと、もう何も言い返せなくなるわけで。
俺はおめおめと、教会へと向かっているのだった。
溜息を吐きつつ、連なる建物の峰の奥にある教会の尖塔を目指して、俺は大通りを進んでいた。
まだ早い時間だと思っていたが、俺の予想よりも多くの人が、教会に足を運んでいた。
五段ほどある石造りの階段を登った俺は、周囲を見回した。
十字の形になっている教会の奥には、侍祭などが住居にしているらしい建物がある。そのさらに奥には、ひときわ大きな邸宅があるが……教会関係者のか、あれ?
玄関口の左右には、それぞれ尖塔がある。残りの尖塔は、十字の一番奥だ。
教会の敷地の向かって左には墓地、右は布教や宣告をするときに使うのか、一段高い台が置かれていた。
雑務をしている修道士の人数は、屋外ではさほどでもない。
その代わり、敷地の至る所には黒い僧服に身を包んだ僧がいて、何かを見張るように視線を忙しく動かしていた。
散歩のふりをして周囲を見て廻るのは、難しそうだ。
俺は他の参拝客に混じって、玄関口から礼拝堂に入った。前室を抜けると、信者たちが座るベンチが並ぶ礼拝堂がある。
しかし、俺はそれ以上中には入れなかった。
礼拝堂の中では、幾つもの燭台が並び、中を煌々と照らしていた。
つまり……俺は中に入ることはできないのだ。
想定して然るべきな状況なのに……迂闊すぎるだろ、俺。
前室まで戻った俺は、やや過呼吸気味だった。気を落ち着かせようとしていると、横から肩を叩かれた。
「古物商、大丈夫か? 予想通り、中に入れないみたいだな」
帽子のつばを指で弾いたクレストンが、俺ににやけた顔を向けていた。
「な、なんで……?」
「そりゃ、昨晩の様子を見てればな。クリスは買い物に行かせたんだろ? そんなわけで、俺が来てやったってわけだ。ちなみに、マーカスは駅へ用事。サーシャは一度、帰すことにした。爺様に言伝を頼んである。
で、だ。ここでなにをするつもりなんだ?」
「えーと……教会の中をざっくり見て、人数や部屋数とか構造とかを……」
「わかった。それは任せとけ。それであとは――中に入るのに、お手々を引いてやればいいか?」
「……視覚の壁になってくれればいいですって」
クレストンの背を壁にして、俺はなんとか礼拝堂の中に入ることができた。
礼拝に来た街の人たちが、ベンチに座っている。その隅に腰を落ち着けた俺は、祈る振りをしながら、低い姿勢で礼拝堂の中を見回した。
正面には主祭壇があり、主神であるティンガーの像が鎮座している。左右には壇上があり、聖歌隊のような歌を歌う修道士や修道女が並ぶ――はずだ。
礼拝堂の左右には、扉が四つ。確か背後には、二階に行く階段もあったはずだ。
地下への階段とかは、ここからでは見えない。
囚人たちは、どこに捕らえられているのだろう……。
そんなことを考えていると、刺繍の施された法衣を来た司祭が、数人を伴って歩いて来た。その中にいたシルドーム侍祭が、俺を見て不快感を露わにした。
「おまえ……ここに何をしにきた」
「……礼拝ですけど。ティンガー教は国教ですから、俺も洗礼は受けてます。仕事の合間に礼拝に来たら、いけないんですか?」
「なにを――」
「侍祭、お待ちなさい。お仕事の合間に礼拝に訪れるとは、若いのに感心ではありませんか。その敬虔さに、神の祝福があらんことを」
祈りの所作をする司祭――デルモンド司祭だろう――に、俺は頭を下げた。
「ありがとうございます。それで、あの……このまま、礼拝を続けてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。お続けなさい」
「……はい」
シルドーム侍祭が睨んでいるのは見えたが、俺は構わずに礼拝のふりを続けた。
祈るふりをして頭を下げたとき、侍祭の後ろにいた修道士――らしい男が、俺を興味深そうに眺めていることに気づいた。
がっしりとした体付きの、中年の男だ。フードを被っていて頭髪はわからないが、体毛を剃っている事の多い修道士にしては髭が濃く、そこらのチンピラが震え上がりそうなほどの鋭い眼光だ。
身体の前で合わせた修道服の隙間から、腰紐に下げた細長い棒状の袋が見え隠れしていた。よく見れば袖口から覗く前腕には、大きな傷跡があった。
司祭たちが去ったあと、俺は大きく息を吐いた。
今の俺に確認できることは、もうほとんどない。燭台に火が灯っている以上、周囲をくまなく見渡すなんて、できっこないのである。
これ以上のことを諦めた俺は、折角なのでお祈りをすることにした……んだけど、正式な作法とか祈りの言葉とか、まったく覚えてない。
まあ、こういうのは気持ちが大事っていうし……適当にやっておくか。
……。
仏説摩訶般若波羅蜜多心経、観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時、度一切苦厄、舎利子、是諸法空相――。
前世のときにネタで覚えた、般若心経である。
といっても、途中までしか覚えてない。覚えている範囲を二周したあと、俺はクレストンと礼拝堂から出た。
直接は炎を見ていないが、あの光の揺らめきのせいで、俺は船酔いのように頭がくらくらとしていた。
教会の敷地の端に腰を下ろした俺は、項垂れながらクレストンに訊いた。
「それで内部を見た感じは、どうでした?」
「そうだな……装飾が一々豪華だったな。燭台とか、銀製品だぜ?」
「ああ……お布施か寄付が多いんじゃないですか? 献金かもしれませんけど、今は証拠になるものも、疑う材料もないですし。修道士とか、関係者っぽい人数は?」
「司祭と侍祭っていうのか? あの取り巻きを含めて十二名。造り的には、典型的なものだと思うけどな」
「……そうですか。どうも、ありがとうございます」
俺がふと顔を上げたとき、雑用係の少年らを連れた荷馬車が、教会の脇に停車した。
商人らしい男が指示を出し、少年たちに奥にある教会の居住区へ、小麦や野菜の詰まった袋を運ぶよう指示を出し始めた。
その様子を眺めていた俺に、クレストンは「で?」と訊いてきた。
「これからどうするんだ、古物商? なんだっけ、魔法っていうので潜入でもするのか?」
「えーと……ガランは、クリス嬢に預けていますので、魔術は使えません」
前回の事件で分かったことだが、幻獣同士は互いの気配を感じ合うようだ。そのおかげで、敵に命を狙われもした。
この件に幻獣が絡んでいたとすれば、敵と思しき懐に飛び込むときは、ガランとは別行動の方がいい。
俺は、クレストンの頭へと手を伸ばした。
「とりあえず、こいつを貸してくれたら、それでいいです」
俺はクレストンの帽子を取り上げると、自分で被って見せた。
「ちょっと、あっちも見てきます」
「おい――まさか」
クレストンは息と共に言葉を呑んだ。それから、腰に片手を当てると、俺が被る帽子を指でさした。
「あのな……そいつは、見た目よりも高額なんだぞ。貸すのはいいが、絶対に、無事に返せ。わかったな」
「そりゃまあ……借りたままには――」
しませんよ――と言いかけた俺は、その言葉の意味するところを理解して真顔になった。
クレストンは、そんな俺に小さく笑った。
「……なんて顔をしてやがる」
「いえ。そういうことを言われるとは、思わなかったもので」
「そうか? ならもう一つ。俺は泣いてる女を宥めるのも得意じゃない。帽子もそうだが、こっちも忘れるな」
「……確かに承りましたよ、お客さん」
クレストンと別れた俺は、帽子を目深に被ると、荷馬車と教会の住居を往復する少年たちの列に混ざった。
小麦らしい袋を担ぐと、背骨と膝に重みがかかった。俺は少しふらつきながら、教会の住居へと歩いた。
一階にある扉から中に入ると、そこは厨房だった。
「荷は、あちらの倉庫へ」
シスターの指示で、俺や少年たちは倉庫へと荷を持って行った。
他の少年たちが、ぞろぞろと倉庫から出て行く中、俺は靴紐を結び治すふりをして、倉庫に残った。
少年たちが居なくなると、姿勢を低くした俺は倉庫を出ると、石造りの廊下を進んだ。
悪夢の原因なんかわからない。
俺が探したいのは囚われの人々がいる場所と、昨日の幼子がいる場所だ。
昨日聞こえてきた、ガランと同じような、頭の中に直接話しかけてくるような声。あの声の主は、幼子を心配していた気がしてならない。
幼子のことも心配だが、あの声に気になる。
現状では最大にして、唯一の手掛かりかもしれないからなぁ。
上の階への階段を無視して、俺は地下への階段を探した。
囚われた人は、およそ五〇人。小さな部屋では収容しきれないし、なにより地上では業者や礼拝に来た人々に、所在が知られやすくなる。
収容するなら、地下だ。
確信があるわけじゃない。俺が同じ立場なら、地下に牢屋を作るという考えだけが。
修道士や侍祭など、関係者は礼拝や日々の仕事のためか、住居の中はほぼ無人だ。一階の通路をほぼ廻ったが、地下への階段は見つからなかった。
宛てが外れか……厨房の近くまで戻ってきたとき、俺の背後から足音が聞こえてきた。曲がり角の向こう側に、誰かいるようだ。
通路には、身を隠す場所がない。厨房では三人のシスターが昼食の準備をしているから、外へ出るのも難しい。
ガランがいない今、魔術は使えない。
どうやって乗り切るか――足音のする方角を見ながらジリジリと後ずさっていると、すぐ横でなにかが動く気配がした。
振り向こうとした直後、なにか固い物で後頭部を殴られた。
――つっ!?
目の前で火花が散ったようになった俺が振り返ると、薪だろうか、木の棒を持っているシスターがいた。
彼女の視線が僅かに動いた。
その視線を追うと、顔が青ざめた若いシスターが、薪を振りかぶったところだった。
側頭部に強烈な一撃を受けた俺は、そのまま意識を失った。
--------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、ありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
もし実社会に信仰心というパラメーターがあれば、0か1だって自信があります。
いやあ、般若心経って便利ですね、ネタ的に。
次回は日曜が月曜に……頑張ってます。書いてます。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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翌日になり、朝食を終えた俺はホテルを出ると教会へ向かった。
曇り空の下を歩いていると、カラガンドの街並みが色褪せて見えてくる。街全体に漂う不穏な空気が、肌に伝わってくるようだ。
朝から、微妙な疲れが溜まっているのも、一因かもしれないが。
昨晩、クリス嬢との会話を出歯亀された件で、俺はマーカスさんやクレストン、サーシャの三人を問い詰めたのだが――。
クレストンからは「なんであそこでキスしなかったんだよ」と揶揄され、マーカスさんもそれに同調し、サーシャに至っては「ねぇねぇ、あたしのことも好き? 好きだよね?」と、呑気に訊いてくる始末。
俺がクレストンらに対し、逆ギレ気味に「あんたらはキスしたことあるんですか!?」と言ってみたところ、クレストンとマーカスさん――二人揃って「ある」という返答だ。
それを言われちゃうと、もう何も言い返せなくなるわけで。
俺はおめおめと、教会へと向かっているのだった。
溜息を吐きつつ、連なる建物の峰の奥にある教会の尖塔を目指して、俺は大通りを進んでいた。
まだ早い時間だと思っていたが、俺の予想よりも多くの人が、教会に足を運んでいた。
五段ほどある石造りの階段を登った俺は、周囲を見回した。
十字の形になっている教会の奥には、侍祭などが住居にしているらしい建物がある。そのさらに奥には、ひときわ大きな邸宅があるが……教会関係者のか、あれ?
玄関口の左右には、それぞれ尖塔がある。残りの尖塔は、十字の一番奥だ。
教会の敷地の向かって左には墓地、右は布教や宣告をするときに使うのか、一段高い台が置かれていた。
雑務をしている修道士の人数は、屋外ではさほどでもない。
その代わり、敷地の至る所には黒い僧服に身を包んだ僧がいて、何かを見張るように視線を忙しく動かしていた。
散歩のふりをして周囲を見て廻るのは、難しそうだ。
俺は他の参拝客に混じって、玄関口から礼拝堂に入った。前室を抜けると、信者たちが座るベンチが並ぶ礼拝堂がある。
しかし、俺はそれ以上中には入れなかった。
礼拝堂の中では、幾つもの燭台が並び、中を煌々と照らしていた。
つまり……俺は中に入ることはできないのだ。
想定して然るべきな状況なのに……迂闊すぎるだろ、俺。
前室まで戻った俺は、やや過呼吸気味だった。気を落ち着かせようとしていると、横から肩を叩かれた。
「古物商、大丈夫か? 予想通り、中に入れないみたいだな」
帽子のつばを指で弾いたクレストンが、俺ににやけた顔を向けていた。
「な、なんで……?」
「そりゃ、昨晩の様子を見てればな。クリスは買い物に行かせたんだろ? そんなわけで、俺が来てやったってわけだ。ちなみに、マーカスは駅へ用事。サーシャは一度、帰すことにした。爺様に言伝を頼んである。
で、だ。ここでなにをするつもりなんだ?」
「えーと……教会の中をざっくり見て、人数や部屋数とか構造とかを……」
「わかった。それは任せとけ。それであとは――中に入るのに、お手々を引いてやればいいか?」
「……視覚の壁になってくれればいいですって」
クレストンの背を壁にして、俺はなんとか礼拝堂の中に入ることができた。
礼拝に来た街の人たちが、ベンチに座っている。その隅に腰を落ち着けた俺は、祈る振りをしながら、低い姿勢で礼拝堂の中を見回した。
正面には主祭壇があり、主神であるティンガーの像が鎮座している。左右には壇上があり、聖歌隊のような歌を歌う修道士や修道女が並ぶ――はずだ。
礼拝堂の左右には、扉が四つ。確か背後には、二階に行く階段もあったはずだ。
地下への階段とかは、ここからでは見えない。
囚人たちは、どこに捕らえられているのだろう……。
そんなことを考えていると、刺繍の施された法衣を来た司祭が、数人を伴って歩いて来た。その中にいたシルドーム侍祭が、俺を見て不快感を露わにした。
「おまえ……ここに何をしにきた」
「……礼拝ですけど。ティンガー教は国教ですから、俺も洗礼は受けてます。仕事の合間に礼拝に来たら、いけないんですか?」
「なにを――」
「侍祭、お待ちなさい。お仕事の合間に礼拝に訪れるとは、若いのに感心ではありませんか。その敬虔さに、神の祝福があらんことを」
祈りの所作をする司祭――デルモンド司祭だろう――に、俺は頭を下げた。
「ありがとうございます。それで、あの……このまま、礼拝を続けてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。お続けなさい」
「……はい」
シルドーム侍祭が睨んでいるのは見えたが、俺は構わずに礼拝のふりを続けた。
祈るふりをして頭を下げたとき、侍祭の後ろにいた修道士――らしい男が、俺を興味深そうに眺めていることに気づいた。
がっしりとした体付きの、中年の男だ。フードを被っていて頭髪はわからないが、体毛を剃っている事の多い修道士にしては髭が濃く、そこらのチンピラが震え上がりそうなほどの鋭い眼光だ。
身体の前で合わせた修道服の隙間から、腰紐に下げた細長い棒状の袋が見え隠れしていた。よく見れば袖口から覗く前腕には、大きな傷跡があった。
司祭たちが去ったあと、俺は大きく息を吐いた。
今の俺に確認できることは、もうほとんどない。燭台に火が灯っている以上、周囲をくまなく見渡すなんて、できっこないのである。
これ以上のことを諦めた俺は、折角なのでお祈りをすることにした……んだけど、正式な作法とか祈りの言葉とか、まったく覚えてない。
まあ、こういうのは気持ちが大事っていうし……適当にやっておくか。
……。
仏説摩訶般若波羅蜜多心経、観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時、度一切苦厄、舎利子、是諸法空相――。
前世のときにネタで覚えた、般若心経である。
といっても、途中までしか覚えてない。覚えている範囲を二周したあと、俺はクレストンと礼拝堂から出た。
直接は炎を見ていないが、あの光の揺らめきのせいで、俺は船酔いのように頭がくらくらとしていた。
教会の敷地の端に腰を下ろした俺は、項垂れながらクレストンに訊いた。
「それで内部を見た感じは、どうでした?」
「そうだな……装飾が一々豪華だったな。燭台とか、銀製品だぜ?」
「ああ……お布施か寄付が多いんじゃないですか? 献金かもしれませんけど、今は証拠になるものも、疑う材料もないですし。修道士とか、関係者っぽい人数は?」
「司祭と侍祭っていうのか? あの取り巻きを含めて十二名。造り的には、典型的なものだと思うけどな」
「……そうですか。どうも、ありがとうございます」
俺がふと顔を上げたとき、雑用係の少年らを連れた荷馬車が、教会の脇に停車した。
商人らしい男が指示を出し、少年たちに奥にある教会の居住区へ、小麦や野菜の詰まった袋を運ぶよう指示を出し始めた。
その様子を眺めていた俺に、クレストンは「で?」と訊いてきた。
「これからどうするんだ、古物商? なんだっけ、魔法っていうので潜入でもするのか?」
「えーと……ガランは、クリス嬢に預けていますので、魔術は使えません」
前回の事件で分かったことだが、幻獣同士は互いの気配を感じ合うようだ。そのおかげで、敵に命を狙われもした。
この件に幻獣が絡んでいたとすれば、敵と思しき懐に飛び込むときは、ガランとは別行動の方がいい。
俺は、クレストンの頭へと手を伸ばした。
「とりあえず、こいつを貸してくれたら、それでいいです」
俺はクレストンの帽子を取り上げると、自分で被って見せた。
「ちょっと、あっちも見てきます」
「おい――まさか」
クレストンは息と共に言葉を呑んだ。それから、腰に片手を当てると、俺が被る帽子を指でさした。
「あのな……そいつは、見た目よりも高額なんだぞ。貸すのはいいが、絶対に、無事に返せ。わかったな」
「そりゃまあ……借りたままには――」
しませんよ――と言いかけた俺は、その言葉の意味するところを理解して真顔になった。
クレストンは、そんな俺に小さく笑った。
「……なんて顔をしてやがる」
「いえ。そういうことを言われるとは、思わなかったもので」
「そうか? ならもう一つ。俺は泣いてる女を宥めるのも得意じゃない。帽子もそうだが、こっちも忘れるな」
「……確かに承りましたよ、お客さん」
クレストンと別れた俺は、帽子を目深に被ると、荷馬車と教会の住居を往復する少年たちの列に混ざった。
小麦らしい袋を担ぐと、背骨と膝に重みがかかった。俺は少しふらつきながら、教会の住居へと歩いた。
一階にある扉から中に入ると、そこは厨房だった。
「荷は、あちらの倉庫へ」
シスターの指示で、俺や少年たちは倉庫へと荷を持って行った。
他の少年たちが、ぞろぞろと倉庫から出て行く中、俺は靴紐を結び治すふりをして、倉庫に残った。
少年たちが居なくなると、姿勢を低くした俺は倉庫を出ると、石造りの廊下を進んだ。
悪夢の原因なんかわからない。
俺が探したいのは囚われの人々がいる場所と、昨日の幼子がいる場所だ。
昨日聞こえてきた、ガランと同じような、頭の中に直接話しかけてくるような声。あの声の主は、幼子を心配していた気がしてならない。
幼子のことも心配だが、あの声に気になる。
現状では最大にして、唯一の手掛かりかもしれないからなぁ。
上の階への階段を無視して、俺は地下への階段を探した。
囚われた人は、およそ五〇人。小さな部屋では収容しきれないし、なにより地上では業者や礼拝に来た人々に、所在が知られやすくなる。
収容するなら、地下だ。
確信があるわけじゃない。俺が同じ立場なら、地下に牢屋を作るという考えだけが。
修道士や侍祭など、関係者は礼拝や日々の仕事のためか、住居の中はほぼ無人だ。一階の通路をほぼ廻ったが、地下への階段は見つからなかった。
宛てが外れか……厨房の近くまで戻ってきたとき、俺の背後から足音が聞こえてきた。曲がり角の向こう側に、誰かいるようだ。
通路には、身を隠す場所がない。厨房では三人のシスターが昼食の準備をしているから、外へ出るのも難しい。
ガランがいない今、魔術は使えない。
どうやって乗り切るか――足音のする方角を見ながらジリジリと後ずさっていると、すぐ横でなにかが動く気配がした。
振り向こうとした直後、なにか固い物で後頭部を殴られた。
――つっ!?
目の前で火花が散ったようになった俺が振り返ると、薪だろうか、木の棒を持っているシスターがいた。
彼女の視線が僅かに動いた。
その視線を追うと、顔が青ざめた若いシスターが、薪を振りかぶったところだった。
側頭部に強烈な一撃を受けた俺は、そのまま意識を失った。
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本作を読んで頂き、ありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
もし実社会に信仰心というパラメーターがあれば、0か1だって自信があります。
いやあ、般若心経って便利ですね、ネタ的に。
次回は日曜が月曜に……頑張ってます。書いてます。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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