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第二章~魔女狩りの街で見る悪夢

二章-2

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 夜が更けても、トラストンはホテルに帰って来なかった。
 マーカスの部屋に集まっていたクリスティーナやクレストンは、ほとんど無言でトラストンの帰りを待っていた。
 廊下に置かれた柱時計が夜の九時を報せると、クリスティーナは立ち上がった。


「わたくし、教会までトトを捜しに行ってきます」


「待てよ。もう夜も遅い。今から出るのは危険すぎる」


「でも……あなたは、トトのことが心配ではありませんの? なぜ、一人で――いえ、なぜ引き留めなかったんです?」


 珍しく責めるような口調のクリスティーナに驚きながらも、クレストンは感情を抑え込むように眉間に皺を寄せた。


「あいつは……帽子を返すって約束したからな」


「帽子なんて――」


「二人とも、そこまでにしよう」


 新聞を読んでいたマーカスが顔を上げて、クリスティーナとクレストンの会話を終わらせた。
 クリスティーナは睨むような目を向けながら、マーカスに向き直った。


「こんなときに新聞なんて……トトのことが心配ではありませんの?」


「もちろん、彼の身は案じているさ。だけど、ここで言い争っていても、トラストンは帰って来ない。違うかい?」


「ですから、わたくしが捜しに――」


「いや、それは僕の役目だよ」


 マーカスは新聞を折りたたんでから、椅子から立ち上がった。


「二人は、ここでトラストンが帰ってくるのを待っていてくれ。大丈夫。彼は無事だって、僕も信じている」


 マーカスはそう言うと、上着を羽織って部屋から出て行った。

   *

 目を覚ました俺は、燭台の炎らしい光の揺らめきを映し出す天井に顔を顰めた。
 部屋は、さして広くない。ベッドと洋服を入れておくための棚、聖典の写しだろうか、羊皮紙で作られた一冊の本が置いてあるテーブルと椅子があるだけだ。
 燭台は、棚の上に置かれているようだ。
 ここは何処だ――と考えた途端、後頭部と左側頭部が激しい痛みを主張した。


「いてて……なんだ?」


 頭に手を添えれば、包帯――いや、細く切った布が巻かれていた。
 手で布の感触を確かめていた俺は、教会のシスターたちに殴られたことを思い出した。


「ヤバイ――っつ――! 痛てぇ……」


 頭を抑えながら上半身を起こしたとき、ドアの外から足音が聞こえてきた。
 俺はなるべく音を立てないようベッドから降りると、枕をシーツの下に入れてから、ドアのすぐ横へと移動した。
 少しして、ドアが開いた。
 入ってきたのは、年若いシスターだ。
 手にした燭台の火を消して、先ほどまで俺が寝ていたベッドに近寄った。
 俺はそのシスターの背後から、口を抑え、次に首を掴んだ。


「動くな、騒ぐな――いいですか。できれば、手荒なことはしたくないんで。大人しくして下さい。理解できたら、首を一回だけ縦に振って下さい」


 シスターがぎこちなく首を縦に振るのを待ってから、俺は次の質問をした。


「ここは教会ですか? そうなら、さっきと同じく首を縦に。違うなら、横に振って下さい」


 シスターの首は、縦に一回。


「俺を尋問、もしくは処刑するつもりですか?」


 今度は、首は横に振られた。微かに、しかし怯えたように数回ほど。
 ……となると、目的はわからなくなったな。俺は少しだけ緊張を解くと、首を掴む手の力を少し緩めた。


「いいですか? 少し訊きたいことがありますので、口を塞いだ手は取ります。ただ、叫んだりしないで下さい。そのときは、仕方ないので首を絞めます。いいですね?」


 シスターが首を縦に振るのを見てから、俺は口を塞いだ手を静かに放した。


「手荒なことしてすいません。昨日の、怪我をした子どもの治療はしましたか?」


「……は、はい。お医者様に診て頂いて、薬も塗っています」


 震える声で答えるシスターに、俺は質問を続けた。


「そうですか。その子どもと、悪魔崇拝で囚われた人たちは、どこにいますか?」


「エイヴは、厨房の近くにある倉庫横の部屋です。司祭様たちが捕らえた方々は、教会……礼拝堂の地下です。元はミサに使う倉庫ですが、今は牢になっています。地下の鍵は司祭様しか持ってはいませんから、そこへ行くのは無理です」


「ありがとうございます。それだけ訊ければ、充分です。えっと、俺は今から逃げますけど……出来れば、しばらくのあいだ、静かにして下さい」


「あの――お待ち頂けませんか? わたくしたちからも、お話があります」


 先ほどより少し落ち着いた声で、シスターは俺に言った。
 これは、ちょっと予想外の展開だな……と思っていると、シスターは首を掴む俺の腕に手を添えた。


「ここに、他のシスターを連れてきたいのです。よろしいでしょうか?」


「……わかりました」

 俺をどうこうするつもりなら、気絶してるあいだにできたわけで。
 首から手を放すと、シスターは向き直ってから、俺へと会釈をした。
 

「ありがとうございます。少しだけ、お待ち下さい」


 部屋から出て行ったシスターは、程なく二人のシスターを連れて戻って来た。
 彼女たちを改めてよく見ると、三人とも見覚えのある顔だった。一番年上らしい、三〇代と思しきシスターは、アリサと名乗ってから話しかけてきた。


「あなたは、昨日にお会いした少年ですね? なにかを調べているのですか?」


「えっと……まあ、そうです。昨日の子や、悪魔崇拝者を捕らえた場所を知りたくて。それは、そちらのシスターから聞きました。その、少し手荒なことはしましたけど」


 俺が気まずそうに告げると、シスター・アリサは微笑んだ。


「先に手荒なことをしたのは、こちらですもの。最初は、不届き者かと思いましたが、よく見たらエイヴの止血をしてくれた人でしたから。厨房に運んで侍祭をやり過ごすところまでは良かったのですが……目を覚まさないので心配しておりました。それで、シスター・マリーの部屋に運んで手当を……」


 なるほど……これ、一つ間違ってたら死んでたかもなぁ……。


 俺が冷や汗をかいていると、シスター・アリサは身体の前で手を組みながら、僅かに顔を伏せた。


「……私たちは、教会の現状に不安を感じているのです。話を聞いては頂けませんか?」


 俺が頷くと、シスター・アリサは感情を押し殺しながら話を始めた。

 悪魔崇拝者を捕らえ始めたのは、半年以上も前だという。最初の悪魔崇拝者は、少年の傷を癒やしたという商人夫妻。
 夫妻を絞首刑にした数日後から、悪魔崇拝者の捜索と監禁が過激化したという。
 癒やしの奇跡が起こり始めたのも、同時期だという。指を浅く切ったシスターの傷を、シルドーム侍祭が祈りによって癒やしたのが最初だ。
 これ以降、侍祭が起こす奇跡を信者たちに与え始めたという。


「癒やしの奇跡が起きたあと、必ずエイヴが怪我をしているのです。侍祭様は、前世の汚れを精算するための、神の試練だと仰有るのです。ですが、わたくしどもは、神は慈悲深いと教えられてきました。あなたの言うとおり、エイヴ――あんな幼子を傷だらけにする試練など……わたくしたちも信じたくはありません」


 シスター・アリサが深々と頭を下げると、他のシスターもそれに習った。


「どうかエイヴをお助け下さい。そして、この教会を以前のように、神の慈悲ある教えを伝える場に戻せるよう、ご助力をお願い致します。私たちの問題に巻き込んで心苦しいですが……今は、エイヴの傷を気に掛けて下さったあなたしか、相談できる人がいないのです」


「気にしないで下さい。それに、少し安心してるんです。シスターたちが居てくれて。そんな考えが残ってるって分かって、良かったです。ここに来る前に、神に祈ったおかげかもしれませんね」


 さすが般若心経。効果は絶大だ。
 枕の横に置いてあった帽子を取った俺に、シスター・アリサは手を組みながら頭を下げた。


「ここへ再び入るのは、難しいかもしれません。お願いです。帰る前に、エイヴに会っていって頂けませんか? あなたであれば、今は閉ざされたエイヴの心を、癒やすことができると思うのです」


 少し迷ったが、俺はシスターの願いを承諾した。
 倉庫の奥にある小部屋に案内された俺は、シスターが鍵を開けたドアを開けた。


「あ……」


 幼子――エイヴは俺を見ると、僅かに目を見広げた。


「やあ。怪我はどうだい?」


「うん……少し痛くて、痒い」


「ああ……触るなよ。治りが遅くなるからさ」


 俺がエイヴの横に腰を下ろしたとき、シスターたちはドアを閉めた。彼女たちは、厨房で見張りをしてくれるらしい。
 俺は部屋の隅にある燭台を見ないようにしながら、エイヴの身体を見回した。首や指などに、幻獣が封印されていそうな装飾品は見当たらない。

 こいつが持っているんじゃないのか……?

 俺は気持ちを切り替えて、エイヴに話しかけた。


「あのさ……おまえ、転生者じゃないのか?」


「……てんせい、しゃ?」


 初めて聞く言葉、そして言葉の意味を理解できていない顔で、エイヴは首を傾げた。


「違うのか? それじゃあ、なんでこんなところにいるのさ。親はどうしたんだ?」


「……わかんない。前のおかあちゃんやおとうちゃんも、新しいおかあちゃんとおとうちゃんも、居なくなっちゃった」


「新しい……って、養子とかか?」


「わかんない。前の家は、おにいちゃんやおねえちゃんが、たくさんいたの。テレビの番組は、おとうちゃんがいないと、小学校に入った一番上のおにいちゃんが決めてたし、ごはんは取り合いだったけど……。新しいおかあちゃんとおとうちゃんの家には、テレビもないし、おにいちゃんたちもいないの」


 エイヴの話を聞いているうちに、俺は合点がいった。
 前世のエイヴは、幼い頃に死んだのだ。魂は転生したが、エイヴの持っている知識では、転生という現象は理解できないようだ。
 胸の苦しさを覚えながら、俺はエイヴの頭を撫でた。


「そっか。辛かったよな」


「泣きたいけど……ここの人たちはね、神の試練だから泣いちゃダメだって。試練は辛いかもしれないけど、頑張って耐えなさいっていうの」


「試練って……そんなの」


 胸の奥に刺さっている棘が疼くような感覚に、俺が歯を食いしばっていると、不意に例の声が聞こえてきた。


〝エイヴ……誰といるの?〟


 声は、エイヴのほうから聞こえていた。
 俺が驚いた顔をしていると、エイヴは俺に丸くなった目を向けた。


「お兄ちゃん……聞こえるの?」


「ああ。もしかして、幻獣がいるのか?」


「幻獣? あのね、声はこれなの」


 エイヴが服のポケットから出したのは、翡翠のペンダントだった。
 エイヴの手の平に乗せた翡翠から、拳大の馬のようなものが姿を現した。半透明のそれは、額から一本の鋭利な角を生やしていた。


「……ユニコーン?」


〝そう言う転生者もいるけど。おまえ、誰だ?〟


「トラストンっていう転生者だよ。おまえと同じ幻獣のガラン……の友人だ」


〝ガラン? そんなヤツは知らない〟


「そんなことねーだろ。幻獣の王って言ってたし。破滅のときに、おまえたちを封印した王だよ」


〝ガラーンニードアーマルクドムン様!? 嘘だ! 王様が、おまえなんかと友達になるはずないじゃないか!〟


「だったら、なんで俺は封印のこと知ってるんだ? ガランに直接、聞いたからだろ」


〝それは――〟


 黙ってしまったユニコーンに、俺は苦笑しながら質問をした。


「それで、悪夢の正体はおまえの力か?」


〝悪夢――なに、それ? 僕の力は、治癒。でも、人間――の身体を借りて使う魔術だと、傷を移すのがやっとなんだ〟


 ユニコーンの力の説明を聞いて、俺の中で情報の歯車が噛み合った。
 治癒の奇跡、そして奇跡が起きると怪我をするエイヴ――。


「この教会で起きてる奇跡の正体って、おまえか!? 神の試練って……おまえたちを利用する方便ってだけじゃないか」


「方便ってなあに? 怪我を治さないと、ご飯が食べられなくなっちゃう。それに、ここから追い出されたら、また家がなくなっちゃうし……だから、我慢しなくちゃいけないの。試練に耐えていれば、ご飯にも困らないから」


 ほとんど無表情のエイヴの目は、俺を見ていなかった。こんな小さな身体で色々なことを我慢して、心が摩滅してしまっている。


「エイヴ。俺も親がいないから、辛いのはよく分かるよ」


 俺の言葉に、エイヴの目が僅かに見開かれた。その反応に手応えを感じながら、俺は喋り続けた。


「親が死ぬなんてさ、辛いよな。他のヤツには内緒だけど……俺さ、親の葬儀のとき、ちょっと泣いたんだ」


「……泣いた、の? お兄ちゃんが?」


「ああ。泣いちゃった」


 片目を瞑りながら、俺はエイヴの頭を撫でた。


「だからさ……辛かったら、泣いていい。泣いたり、悲しんだりしていいんだよ。そんな風に、心を殺しながら生きないでくれよ」


 最初はきょとん、とした顔だったエイヴの瞳に、涙が浮かんできた。俺の服を両手で掴んだエイヴは、涙をポロポロと流しながら、俺の胸に顔を埋めた。


「う――うあ……うわあああああっ!!」


「辛かったよな。俺に、おまえを救わせてくれ。絶対に、こんな糞みたいな環境から助けてみせるから」


 泣き出したエイヴを抱きしめながら、俺は決意を新たにしていた。
 幼くして親が死ぬなんて、当事者にしたら最悪の不幸だ。試練なんて、そんな安っぽい言葉で終わらせて欲しくない。
 乗り越えるのは神の試練ではなく、決意と生き抜く意志――それと独り立ちできるまでのサポートだと、俺は思う。
 シスター・アリサは、シルドーム侍祭の祈りによって、奇跡が起きていると言っていた。
 なら、エイヴとユニコーンを利用しているのは、ヤツだ。
 シルドーム侍祭への怒り――憤怒そのものだ――の感情を抱きながら、俺はエイヴが泣き止むのを待っていた。

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本作を読んで頂き、ありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

ひっそりと、二章のサブタイトルをちょこっと変えています。正義じゃだめじゃん、と朝起きてから気づきました。

寝不足はやっぱりダメですね……。

普段が四時半起きですので、7時間睡眠を確保しようとすると、九時半には寝ないとダメなのか……という感じです。


次回は火曜日か水曜日になると思います。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


次回もよろしくお願いします!
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