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第二章~魔女狩りの街で見る悪夢
二章-4
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翌日の午後二時。
俺は教会の近くに停めた馬車の中にいた。今はクレストンが、午後の礼拝に参加している最中だ。本当は俺も参加するつもりだったが、頭と左腕の怪我を心配され、言わば待機要員のようなことをしている。
クレストンになにかあれば、駆けつけて逃走の手助けをする手筈だ。
手の中にある竜の指輪――ガランの感触に安堵している自分が可笑しくて、俺は小さく笑った。
〝トト――どうかしたか?〟
「ん? ああ、いやさ。昨日は一日、ガランと別々だったでしょ?ちょっと今、ホッとしている自分がいてさ。それがちょっと可笑しくなって。変な言い方だけどさ、友達が近くにいるのって、良いなあって思ったんだよ」
〝ふむ――安心とか、そういう意味合いのことか?〟
「そんな感じかもね。なんか、良い表現が思いつかないけどさ。なにもしてなくても、側にいてくれるだけで安心するっていうか……そんな感じ」
〝なるほど。人間とは面白いものだな。利害を気にせぬ関係に安心するとは〟
「人によると思うけどね。っと、そういえば、昨日はどうだった?」
俺が話題を変えると、ガランは記憶を思い出すように唸った。
〝うう……む。特になにも。クリスといったか。あの娘は終止、トトの心配をしていたが〟
「ああ、まあ……その件は、今日にでも改めて謝るつもりだけど。道具も揃えて貰ったしさ」
腰に下げた袋には、ヘラや針金などの工具が入っている。これで、多少のことはやりやすくなった。昨日は傷のこともあってすぐに寝てしまったから、ちゃんとお礼も言えてない。
俺が工具を確かめていると、教会で鐘が鳴った。
まだ三時前だろうに、中途半端な時間で鳴らすんだな――そんなことを思いながら、俺は馬車の窓から教会を見た。
礼拝堂にある三列に並んだ信徒席の中央付近に、クレストンはいた。
いざとなったらすぐに逃走できるよう、一番端に座っていたクレストンは、押し殺したような溜息を吐いた。
デルモンド司祭は主祭壇にて、聖典についての説教を行っている。幼い頃から、何度も聞いてきたような内容だ。トラストンほどではないが、さして信仰心があるわけではないクレストンは、説教を聞きながら欠伸を噛み殺すのに必死だった。
(暇だな……これでなにもなければ、古物商に文句を言ってやる)
今のところ、礼拝の内容に怪しい箇所はなく。滞りなく進んでいる。
シスターたちが賛美歌を合唱しているのを聞いていたクレストンは、左右から紐で吊された四角い箱――振り香炉――を持つ修道士たちの姿に気づいた。
歩く度に左右に揺れる香炉からは、白っぽい煙が立ち上っていた。
(なんだ……あんなの、礼拝にあったか?)
修道士たちは四方向に分かれ、それぞれのベンチの側を通り過ぎていく。
一人の修道士が、クレストンの脇を通り過ぎた。顔の半分を布で覆い隠した修道士に違和感を覚えたとき、クレストンまで煙が漂ってきた。
(なんだこれ……香油や香炉とも違う)
一般にある香炉はクリーミィさのある穏やかな香りだが、これは木の葉を燃やしただけのような、煙たさがある。
臭いに顔を顰めていたクレストンは、次第に身体から力が抜けていくのを感じていた。
呼吸が浅くなり、寝起きのような感覚になっていく。
(なんだ――?)
頭が呆けてきたとき、デルモンド司祭の説教が再び始まった。
「皆様――この街には、悪魔崇拝者が潜んでおります。彼らは巧みに民の中に紛れ、わたくしたちに悪意を向けているのです。ですが、ここに居られる方々は、神の信徒とて信頼できると、わたくしは信じて止みません。さあ、隣に座っておられる方と、頷きあいましょう!」
デルモンド司祭の言葉で、信徒席にいる信徒たちが、左右の者たちと頷き合った。
怪しまれてはいけない――と、霞がかった頭で考えたクレストンは、言われるままに隣にいた老人に頷いた。
「あなたの側にいる人、そして教会に集まった人々は、信仰心に厚い、神を敬う方々であると、わたしは信頼しております」
(まあ……礼拝に来るくらい……だから、な)
再び修道士が横を通り過ぎたあと、クレストンは頭の芯が重くなったのを感じたが、それに違和感を覚えなくなっていた。
そんなクレストンの耳に、デルモンド司祭の声が異様に大きく聞こえてきた。
「皆様方に、お教え致しましょう。街に悪魔崇拝者が潜んでいることを、神は怒りを抱いておられます。我々は、怒りを鎮めなければなりません。そうしなければ、神の怒りが街全体を包み込むでしょう」
司祭の言葉に、信徒たちはどよめきだした。
「お静かに! 案ずることはありません。神の怒りを鎮めればよいのです。神は、私に神託を下されました。悪魔崇拝者を捕らえよと! 彼らの魂を清めよと! わたくしたちは、神の御意志を遂行しなくてはいけません」
デルモンド司祭の言葉に、信徒たちは感嘆の息を吐いていた。
クレストンも司祭の言葉に疑念を抱くことなく、呆けた表情ではあるが、真剣に耳を傾け始めていた。
教会の鐘の音が、不意に鳴り始めた。
「皆様、悪魔崇拝者は恐ろしい存在です。そして、邪悪で卑怯で、害悪です。忘れないで下さい。これほどまでに邪悪な存在が、街に潜んでいることを! 皆で悪魔崇拝を拒絶いたしましょう。皆様もご唱和下さい――悪魔崇拝は邪悪だ!」
鐘の音に合わせるように司祭が拳を振り上げると、信徒たちは一斉に声を挙げた。
「悪魔崇拝は、邪悪だ!」
「よろしい。悪魔崇拝を撲滅せよ!」
「悪魔崇拝を撲滅せよ!」
「すばらしい! すばらしい! 神はきっと、あなたがたの意志の強さをご覧になり、お喜びになるでしょう!」
この言葉で、信徒の中には感涙の涙を流し始める者が出始めていた。
涙こそ流していないがクレストンも、司祭の言葉に共感し始めていた。
(ああ――こんなに昂ぶった気持ちは……初めてだ)
どうして今まで、この街の礼拝に来なかったのか。後悔の念を抱いたクレストンだったが、「もう一度、悪魔崇拝への意志を唱和いたしましょう」とデルモンド司祭が腕を振るうころには、もう全身が高揚感に包まれてしまっていた。
*
鐘が鳴り終わってから、しばらくしてクレストンは礼拝堂から戻ってきた。
どこかふらついた足取りで、しかし満ち足りたような顔のクレストンは、馬車に戻ってくるなり俺に、ある意味では気味の悪いほどの親しげな笑顔を見せた。
「古物商ぉ……戻ったぞ?」
「……クレストン? あ、ええっと……礼拝の様子はどうだったんです?」
「礼拝……ああ、素晴らしい礼拝だった……おまえも、一度は行ったほうがいいぞ?」
そう言って、俺の肩をポンポンと叩くクレストンの袖から、煙の臭いがした。彼の顔を覗けば、瞳孔が開ききっていた。
恐らく、視界の異変にも気づいてないのだろう。
俺はクレストンの腕を払いのけると、半目で訊いた。
「それで、礼拝の内容は? 覚えてきてくれたんですよね?」
「内容……ああ、素晴らしかった。あの一体感も素晴らしい……」
「いや、そうじゃなくて。悪魔崇拝の悪夢についてですね」
俺は話題の訂正を試みたが、クレストンの様子は変わらない。
「悪魔崇拝は、許せないものだ。撲滅するべき所行なんだ!」
……ああ、駄目だ、これ。
俺は大きな溜息を吐くと、拳を固く握った。
「ちょっと、ごめんなさい」
「……え?」
きょとん、とするクレストンの頭頂部を目掛けて、俺は拳を叩き付けた。
ごちん、という音がしたあと、クレストンは尻餅をつくようにして倒れた。
「いたた……な、なに――?」
「ちったぁ、目が覚めましたか?」
俺が睨むと、クレストンは頭を振りながら立ち上がった。
「いてて……な、なんだよ」
「なんだよ、じゃあ、ないでしょう? 礼拝の内容は、覚えてますか? 思い出せますか? なにをしに行ったか、覚えてます?」
「あ、ああ……覚えてる。少し虚ろなところはあるが、覚えてるさ」
頭を振りながら答えるクレストンを、俺は馬車に押し上げた。
「話は、移動しながら聞きますよ。先に病院のほうがいいかもですけど」
キャビンの中でクレストンから話を聞いた俺は、途中で馬車を停めた。
御者にクレストンのこととマーカスさんへの伝言を頼んでから、俺は馬車を降りて教会へと戻る道を駆け出した。
〝トト――どうした?〟
「ちょっと調べたいことができたんだよ。教会に戻る」
〝ふむ――その場合、我が共にいても問題はないのか?〟
おおっと――ガランの指摘に、俺は立ち止まった。
振り返ったが、馬車の姿はもう見えない。仕方なく、俺はガランと共に教会へと向かった。運任せなのは好みじゃないが、幻獣がユニコーン以外にいないことを祈るばかりだ。
教会に近づいた俺は、まず敷地の周囲を見てまわった。建物を迂回する箇所もあったが、礼拝堂からみると裏側――居住区のさらに後ろにある剛健な造りの邸宅の近くで、チロチロという水の音が聞こえてきた。
塀があってうまく見られないが、邸宅の裏側に草が群生していた。
茎の高さは大体、膝下から脹ら脛くらい。長楕円形の葉っぱを多く生やしていた。
雑草……かもしれないが、だとすると違和感がある。記憶をたぐる限り、ここの教会の敷地内は雑草などは刈り取られ、綺麗に整備されていた。
ここだけ雑草が生えているというのは、少し考えにくい。
群生する草の姿を記憶した俺は、そのまま教会から離れた。
ふと教会の敷地を見れば、背の高い修道士を連れた侍祭が、俺を睨んでいた。教会の中には入っていないし、俺としては文句を言われる筋合いはない。
だから、無視をして立ち去るべき――だったが、俺の中で鎮まりかけていた怒りが、侍祭を見た瞬間に沸き起こった。
視線を向けただけだったが、俺はヤツを睨め上げていた。
僅かに表情を歪めた侍祭から視線を逸らすと、俺は歩く速度を変えずに、教会から立ち去った。
*
シルドーム侍祭はトラストンに睨まれたあと、大きく息を吐いた。
そこそこの距離が離れていたにも関わらず、トラストンから滲み出ていた殺気に似た圧を感じ取っていた。
頬を伝う汗を拭ったとき、横にいた修道士がにやついた。
「どうしたよ、侍祭様? あんな餓鬼に睨まれて、ぶるっちまったか?」
「そんな口調で喋るな――トリヌール。誰かに聞かれたらどうする?」
「へいへい。気をつけましょう、侍祭さ、ま?」
声を殺して笑うトリヌールに、シルドーム侍祭は苛立たしげに咳払いをした。
「迂闊なことはするな。折角、教会っていう権力の中に潜り込めたんだ。利用し、成り上がっていかなきゃ損だろうが?」
「俺はそんなもんに興味ないね。まったく、女は抱けねえし、飯は質素だしよ」
「女も飯も、教会の外で満たしているだろうが。お互いにな。それより、あいつのあとを追え。なにか嗅ぎ廻っている気がしてならねぇ」
「いいけどよ。ただの餓鬼だぜ?」
「いいから、行け。念には念を入れておきたい。だが、銃は使うなよ」
シルドーム侍祭の指示に肩を竦めたトリヌールは、トラストンのあとを追い始めた。
一人残ったシルドーム侍祭は、僧服のポケットに手を入れると、黒曜石の腕輪を取り出した。
「気配はしたか?」
〝なにも――距離が遠かった可能性はあるがな〟
頭の中に直接響く声に、シルドーム侍祭は腕輪を鳴らした。
「おまえが言ったんだぜ? 怪しい気配がするってな」
〝気配があった気がした、と言ったまで。確かなこととは言っていないが〟
「どっちでもいい。俺の邪魔するやつは、許しておけねぇ」
シルドーム侍祭は腕輪をポケットに入れると、司祭の元へと向かった。
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本作を読んで頂き、ありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
急に暑くなりましたね……仕事での体力の消耗が大きくなってきました。
余談、というわけではありませんが、煙はタイマでもコカでもケシでもありません。それ以外ってことで。
六月に向けて、色々と私用が増えてきました……面倒くさいと言ってられないのが、なんとも……。
次回は恐らく土曜にアップします。間話の二つ目になります。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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