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第二章~魔女狩りの街で見る悪夢

四章-3

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   3

 マーカスは夕暮れが濃くなる街の中を、教会へと向かっていた。
 先ほどまで警備隊の四人と計画の確認をしていたが、今は別行動だ。そしてトラストンからは、「奥の手も使って下さいね」と言われていた。


「……ヴォラ? やっぱりバレてないかい?」


〝おかしいわねぇ?〟


 そう言って嘯くヴォラに、マーカスは溜息を吐くことしかできない。
 しばらくして教会に辿り着いたマーカスは、見張りの位置を確認した。


(さて……もうすぐかな?)


 マーカスが右手のほうを見れば、建物の壁を利用して教会の柵を乗り越えた警備隊の隊員たちが、見張りを拘束していった。
 マーカスは頃合いを見ながら、教会の敷地内へと足を踏み入れた。
 トラストンからの情報に従い、マーカスは居住棟へと向かった。
 窓の中を見ながら、外周を廻って台所を探したマーカスは、それらしい部屋に三人のシスターがいるのを見つけた。
 マーカスが窓を叩くと、シスター・アリサが振り返った。


「どなたです?」


「トラストン――ここで、頭を殴られた少年の関係者です。少しお話があります。えっと、エイヴという子どものことなんですけど……トラストンが、ドア越しとか壁越しでいいので、少し話をしたいそうで」


「その、トラストン――は、ここに?」


 窓の外を覗き込むシスター・アリサに、マーカスは首を振った。


「いえ、ここにはいませんが……状況によっては、もうすぐ来ると思います」


「中は難しいでしょうが、壁越しであれば話はできると思います」一箇所、壁の薄い場所がありますので……


「そこを教えては頂けませんか?」


「……わかりました。そこで少しお待ち下さい」


 シスター・アリサは頷くと、小走りに台所から出て行った。

   *

 俺とクリス嬢が教会の敷地に入ってすぐ、警備隊の隊員が近寄って来た。


「マーカス殿が、居住棟でお待ちです」


「ありがとうございます。ボルト隊長も、あとで来ると思います」


 俺は礼を述べると、クリス嬢を連れて居住棟へと急いだ。
 柵を伝いに居住棟に近づいた俺たちは、居住棟の影から半身を出したマーカスさんに手招きされた。
 俺たちが近づくと、マーカスさんは「時間がないから、手短にいこう。こっちだよ」と言いながら、俺たちを木材が露出した石壁の一角に案内した。


「ここから、話が出来るそうだ」


「ありがとうございます」


 俺は木材を小さくノックすると、中に居るであろうエイヴに話しかけた。


「エイヴ――聞こえるか?」


「……ぉ兄ちゃん? ホントに来てくれたの!?」


 壁越しだからだろうか、声が聞こえにくいところが出てしまう。だけど、文句を言っている場合ではない。俺は、用件を使えることに専念した。


「ああ……助けに来たよ。だけど、少し手を貸して欲しいことがあるんだ。ユニコーンは持ってるか?」


〝おまえなんかに、気安く呼んで欲しくないね〟

 ……そういえば、あんまり好印象じゃなかったっけ、俺。

 俺は咳払いをすると、ユニコーンに話しかけた。


「文句言わずに、エイヴを救うために、力を貸せよ。傷を癒やすのって、おまえの魔術か? それともガランの封印みたいに、能力そのものか?」


〝両方だけど――エイヴでは魔術のほうしか使えない。治癒の転移の魔術だ。だけど、エイヴになにをやらせるつもりだ、おまえ!?〟


「いや、エイヴにやらせるつもりはない。とにかく、魔術で傷を移してるってわけなんだよな。その魔術、そこから俺に刻――ええっと、俺の身体で使えるようにできるか?」


〝声が聞こえるなら、できると思うけど〟


 ユニコーンの返答に、俺は胸を撫で下ろした。よし。一つは予想通りだ。


「それじゃあ、頼む。一回分でいいから」


 俺の身体には、暗視が三つと精神接続が二つだけ残ってる。俺は最大で六つの魔術を刻めるのだが、一つはトリヌールに対して使ったので、空きがある状態だ。
 ユニコーンは渋っている様子だったが、エイヴに促されて、渋々といった感じで俺の身体に魔術を刻んだ。


「エイヴ――あとで、俺の友達の、男の人と女の人が迎えに行くからな。俺は、おまえを利用しているあの侍祭を捕まえに行ってるから」


「……ぁとで来てくれる?」


「ああ。必ずな」


 俺は立ち上がると、マーカスさんとクリス嬢に頷いた。やること、やって欲しいことは、すでに二人には伝えてある。
 あとは、俺がシルドーム侍祭を捕まえるだけだ。

 二人と別れた俺は居住棟へと入ると、そのまま二階へと上がった。


〝少なくとも、幻獣は部屋の中だ。その侍祭という者もいる可能性はある〟


 トリヌールの部屋の前まで来たとき、ガランが忠告してきた。
 俺は無言で頷くと、勢いよくドアを蹴り開けた。鍵の部分や蝶番が弾け飛びながら、ドアが開く――その途端、片刃の短剣が俺の喉笛に伸びてきた。
 ギリギリ――まさしく首の皮一枚のところで刃を躱した俺は、部屋の前から飛び退いた。


「小僧――やはり、貴様か」


 僧服を着てはいるが、片手に片刃の短剣を構えたシルドーム侍祭は、俺を睨めつけてきた。


「トリヌールはどうしたよ?」


「あんたの仲間は、捕まったぜ? 俺を殺すには、少しばかり足りなかったな。あんたと同じで、頭の中身と実力がさ」


 俺の挑発を聞いて、シルドームは床に唾を吐いた。


「襲撃があることは、読んでたって顔だな――まったく、だから言わんこっちゃねぇ。しかし、おまえ――なるほど、こっち側の人間か。人の裏を読み、それを利用し、あげく感情を逆なで、自分に有利な状況を作り出す……裏社会に生きる人間の考え方だ。そうさ、おまえと俺とは同じだ、小僧。わからねぇのは、なぜ俺に楯突く? 分け前を目当てに近づくならともかく……だ」


 シルドーム侍祭の疑問が、あまりにも馬鹿馬鹿しくて、俺は薄笑いで答えた。


「まあ、まったくの否定はしないさ。ただ違うのは、俺はあんたみたいに、弱いヤツを傷つけ、利用してのし上がろう――ってヤツを見ると、虫唾が走るんだよ」


「ああ――なるほど。要するに、単に青臭い餓鬼ってことか。つまらねぇな――アルプアム! 幻覚の視界」


 〝承知した〟


 シルドーム侍祭の指示に応じた幻獣――アルプアムの声がした瞬間、俺の視界が一瞬、揺らいだ。
 揺らぎが収まったとき、俺は十三人のシルドーム侍祭に囲まれていた。


「幻覚――か?」


〝幻獣の力だ。トト、気をつけろ〟


 ガランの忠告に、俺は答える余裕がなかった。姿はそうだが、影一つ見ても、怪しいところが見当つかない。
 まさに現実そのもの――。


「そうか。あの悪夢も、この力――」


「「そうさ――幻覚の力を寝ている人間に使うと、思い通りの夢を見せることができるってわけだ」」


 十三人が一斉に喋る声まで再現されると、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。そんな中で、俺は推測だったことから、確信に変わったことを口にした。


「なるほど。俺たちや街の人には悪夢、司祭には神託ってわけか」


「「そこまで分かるとは、つくづくこっち側の人間だな!」」


 そう怒鳴りながら、十三人のシルドーム侍祭が俺に飛びかかってきた。

   *

 二階でトラストンとシルドーム侍祭の格闘が始まったころ。クリスティーナとマーカスは、台所に入っていた。


「エイヴって子はどちらにいますか?」


「は、はい――こちらです」


 シスター・アリサが手で行き先を示しながら、二人を倉庫の隣の部屋へと案内した。食事のためか、鍵はシスターたちも持っている。
 シスター・アリサが鍵を開けると、部屋の隅で座っていたエイヴが顔を上げた。


「お兄ちゃんのおともだち?」


「……ああ、そうだよ」


「あなたが――エイヴ?」


 クリスティーナの言葉に、エイヴはぎこちなく頷いた。
 マーカスより、エイヴはクリスティーナが気になるようだ。


「……お姉ちゃんも、お兄ちゃんの友達?」


「そう……ね。その話は、あとにしましょう? 今は、トトが心配だもの。ねぇ、エイヴ。ユニコーンを貸してくれないかしら?」


「トトって……お兄ちゃんのこと?」


 ユニコーンが宿ったネックレスをクリスティーナに渡すと、エイヴの手をマーカスが掴んだ。


「あとは、このお姉ちゃんに任せるんだ。君は、僕と一緒にここから離れよう」


 マーカスはクリスティーナに頷くと、エイヴを連れて部屋から出て行った。
 クリスティーナは、ネックレスを掴むと、恐る恐る話しかけた。


「ユニコーン、でいいのよね?」


〝やあ。お姉さんに協力すればいいの? だったら、大喜びで力を貸すんだけど〟


 トラストンのときとは真逆の反応に、クリスティーナは返答に戸惑った。しかし、トラストンのことが心配だったため、そのまま手の中にネックレスの飾り石を収めた。


「手を貸して、ユニコーン。トトのために……お願い」


 片手でドレスの裾を僅かに上げながら、クリスティーナは二階へと急いだ。




 シルドーム侍祭の斬撃は、周囲から一斉に繰り出され続けた。
 幾度となく行われた攻防の中で、俺の身体には六箇所以上の切り傷が刻まれていた。なにせ、十三体のシルドーム侍祭は、どれが実体かわからない。
 精神接続をしたガランでさえ、判別不可能ときた。
 その精神接続は、先ほど切れた。あと一回分はあるが――使うわけにはいかない理由があった。


〝ははは――王よ! いや、もはや王という呼び名すら価値は無い! 弱い、弱い、弱い、弱いぞ! さあ、負けを認め我が下僕となれば、魂は助けるように進言してもよいぞ!〟


 ガランを完全に小馬鹿にしたアルプアムに、俺とアランは言い返す余裕すらない。
 そしてついに――シルドームの侍祭の刃が、俺の顔面を切った。額から右目、頬にかけての鋭く激しい痛み、俺は絶叫していた。


「うがああああああああああっ!!」


 顔を押さえて、床の上をのたうち回る。
 傷の深さから、俺は直感的に右目が潰れたことを悟った。


「まあ、この程度だ。てめえなんざ――餓鬼がいきがりやがって」


 シルドーム侍祭のつま先が、俺の腹を蹴った。
 しかし今の俺には、それに耐えるだけの体力は残っていない。身体をくの字に曲げて苦しんでいると、階段側から足音が聞こえてきた。


〝トト! 来たぞ!〟


「あ……あ、ああ……精神接続、だ。ガラン」


〝承知した。気合いを入れろ、トト!〟


 ガランの𠮟咤に、俺は痛みを堪えながら起き上がった。
 クリス嬢の声が聞こえたのは、その直後だ。


「トト――っ!! う、受け取って!」


 クリス嬢が、ネックレスを俺へと投げたのがわかる。


〝トト、左腕を挙げろ――もう少し左だ!〟


 俺がガランの指示で手を動かすと、その先にシルドーム侍祭の手が伸びた。ネックレスは、シルドーム侍祭が難なく受け止めてしまった。
 俺の手には、シルドーム侍祭の手首を掴んだ感触だけがある。


「ああ? なにをするつもりかはしらんが、こいつを渡すわけにはいかねぇ。これはあれだ、あの餓鬼のネックレスだろ? 幻獣が封じられたやつだ。あの餓鬼とこいつには、俺の道具として、今後も働いて貰わなくちゃいけねぇからな」


 今の言葉で、俺の中にあった躊躇いが、一気に失せた。


「ゆ、ユニコーン! 治癒の転移」


〝……エイヴのためだ。仕方ないね〟


 ユニコーンの言葉を聞いた瞬間、俺の身体から痛みが消えた。右目も――よし、ちゃんと見える。
 傷が癒えたのと同時に、俺の身体に鮮血が降りかかった。


「があああああああああああああああっ!! な、なんだあああっ!?」


 体中に切り傷、そして顔には額から右目を通って頬までの傷を生じた、シルドーム侍祭の絶叫が廊下に響き渡った。
 俺は立ち上がると、のたうち回るシルドーム侍祭の衣服を探った。


〝トト、今触れたものだ。それが、アルプアムだ〟


 ガランの指示に従ってポケットを弄った俺は、黒曜石の腕輪を取り出した。他には、めぼしいものないから、これが正解に違いない。

 正直、かなりやばかった。

 ラーブに操られた市長は、ラーブを封じたネックレスをしていなくても半透明の爪で攻撃してきた。
 つまり、幻獣の魔術なり力を使うときは、幻獣本体と接する必要がないのだ。
 元々、俺が刻んでいる魔術は、ガランのものだ。つまり、人は身体を貸しているだけで、魔術なり力そのものは、幻獣の意志で使う代物なのである。
 だから今回、シルドーム侍祭がユニコーンのネックレスを奪われても、魔術を刻んでいた俺が『治癒の移動』を使えた――というわけだ。


「さて――完全に形勢逆転だな。侍祭さんよ。エイヴは……あの子は、おまえには渡さない。エイヴを利用させねぇぞ、この寄生虫が! てめえは牢屋行きだ、回虫野郎。そして……だ」


 俺は掴んでいた腕輪に目を落とした。


「アルプアム……だったっけ。おまえも、終わりだ」


〝ま、待て――我の力を、おまえに貸してやる。だから、魂を消さないでくれ。王よ! 同じ肉体の滅びた種である我を、完全に滅ぼすのか? そんなことはしないと、心からの臣下である我――〟


〝黙れ〟


 珍しく、怒りの籠もったガランの声で、アルプアムの戯れ言は止まった。
 俺は苦笑してから、腕輪を睨めた。


「えーっと、やっても良いのかな?」


〝ああ――我もそれを望む〟


 そりゃ、あれだけ侮辱されたら、怒るわ。
 俺は右手で掴んでいる腕輪へと、意識を向けた。なにせ、日に一度という制限付きの封印の力だ。こういう、確実に仕留めることのできる瞬間までは、使えなかった。


「ガラン!」


〝応っ!!〟


 俺の右手から、半透明のドラゴンの頭部が放たれた。腕輪から悪夢で見た毛むくじゃらの異形が姿を現した。
 アルプアムは声もなく藻掻きながら、ドラゴンの頭部の中で、その姿を消した。
 これで、悪夢を見る原因の一つが、この街から消えたのだ。

 さすがにホッとしてしまったのか、少しだけ身体から力が抜けた途端、俺の身体がふらついた。怪我は治ったが、失った血液までは回復しないようだ。
 壁に手をつこう――とした俺の身体が、やわらかいものに支えられた。


「トト、大丈夫ですの? 怪我は?」


「まあ、こんな感じです。保険が利きました」


 俺は床に倒れているシルドーム侍祭を気にしながら、クリス嬢の肩を抱きつつ、顔を寄せた。


「……心配かけて、すいません」


「本当です。どうなることかと思いましたわ」


 俺たちがほとんど抱きしめ合っている姿勢になったとき、周囲の扉から修道士たちが出ていた。


「あの……これは、なんだったんですか? あの、あなたの傷が侍祭に移ったようにも見えましたが……」


 俺は掻い摘まんで、事情を説明した。そして、この傷の移動こそが、奇跡の正体であり、エイヴがその犠牲になっていたことまで話すと、修道士たちはどこか沈んだ顔で、だが納得はしたようだ。


 あとは、大詰めが一つ残っている。
 それに対処する前に、俺はクリス嬢に警備隊を呼んでくるように頼んだ。

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本作を読んで頂き、ありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。


「今日はやり仕舞いでいいよ」と言ってくれたので、少し早めに進みました。
おかげで、なんとかアップできるところまで書けました。

もう5月も終わりで……と思った瞬間に、様々な驚きとショックに襲われました。月日の経つのって早いですね。

なんかもう色々ヤバイ。やばいです。とりあえず、自動車税は今日払い終えました。本当にやばかったです……ギリギリ過ぎてやばかった。完全に忘れてました。


次回はちょっと未定です。会社の講習次第で、明日か明後日かが決まります。


少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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