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第三章~幸せ願うは異形の像に

三章-1

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 三章 望めぬ見返り


   1

 異形の像を手に入れた夜、トマラの町に泊まっていた俺たちは、大方の予想通りに一触即発の雰囲気になっていた。
 原因は、俺とリューンとの意見の相違だ。
 俺たちは、リューンの部屋で翌日の予定を詰めていた。床に座りながら壁に凭れている俺に、ベッドに腰掛けていたリューンが睨みを利かせていた。
 俺は溜息を吐くと、そのままの姿勢でリューンを睨み返した。


「もう一度言うぞ。この像は、俺が見つけたんだよな」


「……ああ」


「なら、あの聖女様に渡すかどうかは、俺が決める。なんにも問題はねぇだろ」


「大ありだ! 元々は聖女様に頼まれて、像を取りに来たんだろ!? なんで今更――」


「いや? 俺は元々、こうするつもりだったし。理由は一つ。この像で、なにがどう幸せになるのか、それがわからない」


「なんでだよ? 幸せって言ってるんだから、悪いことはないだろ」


「そうか? 例えば、おまえの考える幸せってなんだ?」


 俺からの問いかけに、リューンは怪訝そうにしながらも、大人しく答えた。


「そりゃ――良いもの食って、何不自由なく暮らすことだろ?」


 おおよそ予想通りの返答に、俺は苦笑しながらシスター・キャシーへと目を向けた。


「それじゃあ、シスター・キャシーの幸せってなんです?」


「あ、あたしの? そうね……穏やかに、そして平穏に暮らしていくことかな」


「なるほど、それじゃあ、エイヴは?」


「エイヴの幸せ? 今は、トトもいるし、大爺ちゃんは優しいし、それだけで幸せだよ? お父ちゃんやお母ちゃんには会えないけど……」


 そう言って、エイヴは俺の右腕に頭を預けてきた。
 リューンの答えを聞いたあとだと、なんか心が洗われる内容だ。
 俺は気を取り直すと、今度はクリス嬢に同じ質問を投げた。


「わたくしは……そうね。好きな人と一緒にいることかしら」


「ありがとうございます。ちなみに俺は商売がそこそこ繁盛して、悠々とした暮らしができればなぁって感じ。言いたいことはわかるか、リューン?」


 今度の問いに、リューンは返答に詰まった。しばらく考えても答えが思い浮かばなかったのだろう、隣にいるシスター・キャシーに救いの目を向けた。
 シスター・キャシーは少し考えてから、「あ」という顔をした。


「つまり、幸せの形は人それぞれってこと?」


「そういうことです。向こうの考える幸せが、こっちに害を及ぼさないって保証がない限り、像を渡す気にはなれない。当然のことだと思うけどな」


「いや、だからって……それじゃあ、聖女様を裏切ることになるじゃんかよ」


「それも一理あるのよね。トラストン君のいうこともわかるけど……騙すみたいなことは気が引けるなあ」


 シスター・キャシーの表情には迷いがあったが、それでも聖職者としての意見を述べてきた。正論だけに、反論しにくいんだよな……まっとうな聖職者というのは、こういうときに厄介だ――言い負かすことに気が引けるから。
 俺は乱暴に頭を掻きながら、この時間を無駄にしている言い争いを、なんとか収める手段を考え始めた。
 明日は早朝から移動する予定だから早めに寝たいし、それ以上に燭台の炎が揺らめく影が視界に入るだけで、背筋に厭な脂汗を掻いている現状から抜け出したい。
 盛大に溜息を吐きながら、俺は異形の像をシスター・キャシーへと差し出した。


「それじゃあこれは、シスターから渡して下さい」


「あたし? 別にいいけど……トラストン君は、それでいいの?」


「まあ、妥協案です。その代わり、俺の持つ最後の一体は、俺の判断に任せて貰います。それに異論はないですよね?」


「うん、まあ。それはいいと思うよ」


 よし、言質はとった。リューンはまだ、納得のいかない顔をしているが、黒狼としての正体を知る俺には、これ以上の追求はしてこないだろう。
 敵意に似た感情を孕んだリューンの視線を真っ向から受けながら、俺は話は終わったと言わんばかりに立ち上がった。


「それじゃあ、俺は早めに寝ます。みんな、明日は早いんで、寝坊は無しで頼みます」


 業務連絡か――と自分自身に突っ込みを入れつつ、俺は部屋から出た。



 自分が泊まっている部屋に戻った俺は、カーテンを閉めてから、大きく息を吐いた。


「ガラン、《暗視》をお願い」


〝――承知〟


 ガランが応じる声がすると、真っ暗だった俺の視界に、部屋の内部がくっきりと見えるまでに明るくなった。
 俺は持ち歩いている背負い袋の口を開けると、衣類にくるんでいた異形の像を確かめた。

 今のところ、盗まれたりしてはいないな……よしよし。

 なにせ、カラガンドでの悪魔崇拝者狩りの一件では、切符を掏られるという失態を演じたのだ。
 慎重にもなるってものである。
 異形の像を元に戻してから、俺はドアに鍵を掛けた。そしてベッドに腰掛けると、竜の指輪を手に取った。


「ガラン、どう思った?」


〝――なにに対してだ?〟


 少し戸惑った様子のガランに、俺は大きく溜息を吐いてから、質問に答えた。


「異形の像を渡すのを渋ってること。もしかしたら、リューンの言っていることが正しくてさ。あの聖女様は、ホントにあの集落の子たちの幸せを信じているかもしれない」


〝しかし、トトの直感は違うのだろう? なら、それを貫くのも間違いではないと思うが〟


「ああ、俺の意見のことじゃなくて……ガラン自身はどう思っているのか聞きたいんだ。あの聖女様を信じて渡したほうがいいか、それとも渡さないほうがいいか」


〝珍しいな。トトがそこまで悩むなど〟


「まあ、ね。迂闊に人を信じて騙されたことも多いけどさ、考え過ぎて失敗したこともあるしね。今回は正直、情報が少なすぎてさ。色々考えるけど、自信を持てる結論がでないんだよね。さっきの幸せ論も、時間稼ぎのためにそれっぽいこと言っただけだし」


 少し自嘲気味だったかもしれない。そんな俺の言葉を聞いて、ガランは長考に入った。こうなると、下手をすれば二、三時間は回答が無かったりする。これは思考が遅いというわけではなく、幻獣としての時間感覚が原因だと、今では理解している。
 俺が気長に待つ体勢になったとき、ガランの声が再び聞こえてきた。


〝我がトトなら、異形の像を破壊する〟


「あれ? 意外だね。そういう、ド派手な手段を口にするなんて」


 普段ならもう少しシンプルな意見を言うのにな――そんな感想を抱いた俺に、ガランは実体を見せていたら目を瞬いたような雰囲気の声を出した。


〝そうか? 諍いや問題を引き起こす元があるなら、排除したほうが簡単だと思っただけなのだが……〟

 あ、意外とシンプルな理由だった。

 しかし、破壊したらしたで、あの水の大蛇がどう出てくるかわからない。いや、間違いなく敵対はするんだろうけど、奇襲でくるか、それとも搦め手で来るのか――間違っても真正面から来ないであろうことがわかるだけに、破壊したあとのことも考えないと、迂闊なことはできないわけで。

 ……いっそ奪わせてから、それを口実に破壊するほうが、後腐れないかなぁ?

 俺は異形の像になにか細工できないか――たとえば、裏面に釘でも打ち込んでおくとか、そういうことを――頭の中で考え始めた。
 無言で考えていたとき、不意にガランが声をかけてきた。


〝クリスティーナには、こういう相談はせぬのか?〟


「クリス嬢? ああ……ちょっとね。まだちょっと、裏切られるのが怖くて」


 そんな感じに答えたが、まあ理由としては半分くらいだ。
 残り半分は、自分でも下らないと思うけど、かっこわるいところを見せたくないという、男子にありがちなものだったする。
 それなりに意識はしちゃってるんだよな――と理解はしているが、まだ踏ん切りというか、こういうのって勢いが大事なんだと思う。多分。
 クリス嬢に、ほんのちょっぴりの罪悪感を抱きながら、俺はこの質問の答えを打ち切った。

   *

 クリスティーナはエイヴを寝かせようと、部屋に戻っていた。
 シスター・キャシーは、酒場にいる御者に、明日の旅程の話をすると言って、下の階に降りていった。
 エイヴを寝かせてから、クリスティーナはエイヴの持つペンダントの飾り石に触れた。
 トラストンがガランにしているように、誰もいない刻を狙って、幻獣と会話をするつもりなのだ。


「ユニコーン、わたくしの声が聞こえまして?」


〝もちろん! お姉さんの声なら、喜んで聞くってものだよ!〟


 明るいユニコーンの声に若干気圧されながらも、クリスティーナは会話を続けた。


「この辺りに、幻獣の気配はあるのかしら?」


〝王様以外は、よくわからないね。ただ一度、どこかで近いものを感じたんだけど……〟


「それはどこですの?」


〝よく覚えてないんだ。ごめん。あの変な像の力を誤認しただけかもしれないけどね。でも、どうしてそんなことを訊くの?〟


「トトが、どうしてあそこまで慎重なのかしらと思って」


 クリスティーナの疑問に、ユニコーンは〝ああ〟と短い相づちを打った。


〝あの像の力を感じていると、厭な予感がするんだ。エイヴの身に危ういことが起こるような……そんな予感。あいつも王からそれっぽいことを聞いたかもね〟


「でも、それなら……わたくしに教えてくれたっていいと思いますの」


〝そこは、当人に訊いてみたらいいんじゃない? 教えてくれると思うよ。っていうか、女性に問われて教えないって、信じられないんだけどね〟


 そうだといいんだけど――クリスティーナは、深い溜息を吐いてから、ペンダントをエイヴの服のポケットに入れ直した。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

少し遅れ気味……なアップとなりました。

今の今まで、ディーラーで車の修理をしてました。昨日(7/27)の通勤中に、いきなり車内に振動がし始め、さらに加速がかなり悪くなる、という症状が出まして。

昨日のうちにディーラーに見せたらイグニッションコイルの不良ということでした。今日、帰宅してから治しに行ってました。

修理費合計20800円。二桁万円行かなくて良かった……。

パソコンに車、最近壊れすぎて泣いてます。機械ものは仕方ないですね……。


次回は日曜か月曜あたりを目指します。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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