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第三章~幸せ願うは異形の像に
三章-2
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ティアーンマ・トウは昼食の準備をしている最中だった。
川岸から木製のバケツを手に集落まで移動すると、子どもたちに見られないよう、元々は教会だった集会所の台所へと入った。
台所のテーブルに置いたバケツの上に、ティアーンマは手をかざした。それだけでバケツの中身が、ぐちゃぐちゃとかき混ぜられる。
ティアーンマは、灰色に染まった汁を鍋に入れると、竃の火にかけた。
臭い消すための香草や、野草を入れると、鍋の内縁に焦げができないよう、ゆっくりとかき混ぜ始めた。
そこへ、お下げ髪の少女が台所へ駆け込んできた。
「聖女様! リューンたちが帰ってきたの」
「あら、そうなのね。モリーン、今行くわ」
ティアーンマは鍋を竃から下ろすと、蓋をした。
モリーンを連れて台所から出ると、集落の外に一台の馬車が停まっていた。
俺たちが聖女の住む集落に戻ってきたのは、正午になる少し前だった。
荷物の一つを馬車に置いた俺は、小さなメモをクリス嬢に手渡してから、集落の中を見回した。
相変わらず、子どもたちは仕事をせずに遊んでいる。聖女の姿は見えないが、集会所から煙りが上っていることから、きっと昼飯の準備でもしているんだろう。
俺たちが全員降りると、馬車はシスター・キャシーの故郷である村へと向かった。馬車は、夕方に迎えに来る手筈になっている。
リューンを先頭に集落に入ると、子どもたちの警戒する目が俺たちを出迎えた。唯一、笑顔を向けられてているリューンが、陽気に手を振った。
「おまえら、ただいま! 聖女様は?」
「モリーンが呼びにいったよ」
男の子が答えたとき、集会所――元は教会らしい――から、その聖女様が一人の少女と出てきた。
リューンは今までにない笑顔で、聖女に手を振った。
「聖女様、手に入れてきましたよ!」
リューンの声が届いたのか、聖女は微笑みながら近づいて来た。
最後の数歩は小走りになって、俺たちの前で立ち止まった聖女――ティアーンマ・トウは、胸の前で両手をポンと合わせた。
「まあまあ。リューン、お疲れ様。皆様も。お話は、集会所で」
聖女が笑顔で頭を下げると、リューンは俺たちを促すように、集落の中へと手を振った。集会所までお連れしてくれるようだが……俺は正直、気乗りしなかった。
建物の中に入れば、そこは檻の中と同義だ。なにかを仕組まれていたら、抜け出すのにかなりの苦労を要する。
とはいえ、今の状況では行かないわけにもいかず――俺たちは、聖女とリューンに連れられて、集会所へと入った。
先日と同様の席順で長テーブルに座ると、まずはリューンが口を開いた。
「聖女様、あの像はシスターが持ってます。見つけたのは……その、そこの古物商が」
リューンの説明を聞いて、聖女は俺に笑顔を見せた。
「まあ。流石ですわ。カラガンドで活躍した――という噂は本当でしたのね」
「そこで、そんな噂を聞いたのか知りませんけど、活躍は大袈裟ですね」
溜息交じりに肩を竦めた俺は、目線だけを動かして周囲を見回した。
なんとなく――本当になんとなくだが、なにかに見られている気がする。厭な予感――喩えるなら、無頼者のアジトに連れ込まれたときのような、そんな気配がヒシヒシと伝わってきていた。
俺は沸き起こる不安を抑えながら、頭の中は冷静になろうと、精一杯の労力を割いた。
「……話を先に進めませんか?」
「そうですね。像はシスターが?」
「はい、聖女様。ええっと……ここに」
シスター・キャシーは荷物から異形の像を取り出すと、僅かに目の色を変えた聖女へと差し出した。
「お約束ですから。これは、お渡しします」
「ええ。確かに頂戴いたしました」
まるで我が子を抱くような顔で、聖女は異形の像を抱きしめた。
像を両手で抱きながら、聖女は俺を見た。
「それで……最後の像は、今すぐ渡して頂けるのかしら? トラストン・ドーベル」
聖女の視線を真っ向から受けながら、俺は素知らぬ顔を続けていた。
「今すぐは無理ですね。像は――」
「ご自宅にはありませんね。どこかに預けるにしても、商人としての誇りが、一度託されたものを他人に任せるのを拒んでいる――違いますか?」
聖女の推測――いや、この場合は推理といったほうが正しいかもしれない。とにかく、その言葉を聞いて、俺は息を呑んだ。
聖女の推理は、ほぼ当たっている。だが、逆に言えば全部は当たっていない。
深呼吸をしてから、俺は強引に笑みを作ってみせた。
「買いかぶり過ぎですね。あなたの言うとおり、自宅にはありませんけど……誰かに託すのを拒むほど、俺は真面目な人間じゃない」
「そうかしら。話を戻しましょうか……像は、渡していただけますか?」
「質問をいいですか。あなたが口にする、幸せってなんです? あの像で、なにがどう幸せになるんですか?」
俺の問いに、聖女が浮かべていた笑みの種類が変わった。
「わたしとわたしの子どもたちが末永く、共に暮らすことです」
「それじゃあもう一つ。俺の家に像がないって、まるで見てきたように言いましたけど、まさか見に行ったんですか? ここから、汽車を使っても二日くらいかかる距離を、往復で。一体、どんな力を使ったんです?」
「さあ? なんのことかしら。それより、像は渡してもらえる?」
「あなたがさっき言った子らというのは、この集落の子じゃありませんよね。一体どこの誰で、あなたたちが幸せになったとき、この集落の子らの身体と魂はどうなるんです?」
俺の問いに、聖女の笑みが人外のそれになった。
「この集落の子らの身体は無事よ? 魂は、わたしの子らと入れ替わってしまうけれど。だって、孤児というのは親は周囲の者たちから、見捨てられた子なんでしょ? 要らない子なら、魂が消えても問題ないじゃない」
聖女の答えに、シスター・キャシーとリューンは驚愕の表情を浮かべていた。クリス嬢は俺が渡したメモ通りに、エイヴを引き寄せるながら、いつでも動けるよう立ち上がった。
俺はテーブルに拳を叩き付けながら、怒鳴っていた。
「ふざけるな!! あの子の身体と命は、あの子らのものだ。てめえが好きにしていいわけねーだろ!!」
「あら? どうして怒るのかしら。ああ、魂が消えるのがいけないのね? なら、儀式をする前に殺してしまえば、問題ないのかしら」
「ふざけんなっ!! てめえなんかに、像を渡してたまるか!」
俺が立ち上がると、聖女の前にある像を奪うべく手を伸ばした。
しかし、床の隙間から吹き出した水流に、椅子ごと身体を吹っ飛ばされた。床の上に転がった俺の前に、この前の夜に現れた水の大蛇が鎌首をもたげていた。
「像は渡さないですって? そうはいかないわ!」
聖女――いや、ティアーンマが叫ぶと当時に、水の大蛇が転がっていた俺の荷物を奪っていった。
「させるか!」
俺は荷物に手を伸ばすが、僅かに届かなかった。荷物はそのまま、ティアーンマの手に渡ってしまった。
「最初から大人しく、渡していれば良かったのに――え?」
ティアーンマの顔に、戸惑いの色が浮かんだ。
「ない――そんな! トラストン、像をどこにやったの!?」
「だから、持ってないって言ったろ? 人の話は、ちゃんと聞くもんだ」
俺が持ってる異形の像は今頃、馬車とともにシスター・キャシーの故郷の村へと向かっているはずだ。あんなものを持ったまま集落に入るほど、俺は素直な性格じゃない。
俺の荷物を捨てたティアーンマは、初めて怒りの形相を見せた。
「おのれ!!」
ティアーンマの叫びに呼応するように、集会所の至る所から、水が噴き出した。
俺は水流を躱しつつ、ガランの力を使う対象を探した。本体は聖女か、それとも水の大蛇か――もしかしたら、集会所のどこかに置いてあるかもしれない。
ガランの力は、一日に一度。それ以上は、俺の身体が保たない可能性がある。正確に本体を見極めなければ使えない。
「みんな、逃げろ!!」
俺が叫ぶのとほぼ同時に、クリス嬢たちは集会所から出ようとした。しかし、シスター・キャシーとリューンはギリギリのところで外に出られたが、クリス嬢とエイヴは、まるで意志をもつ縄のような水流に、身体を拘束され、大蛇へと引き寄せられていった。
「きゃっ――!!」
「トトっ!! トトぉっ!!」
それぞれに叫ぶクリス嬢とエイヴを交互に見たティアーンマは、水の大蛇の上に乗ると、俺を睨み付けてきた。
「取り引きしましょうか? この子たちを返して欲しければ、異形の像を渡しなさい。ここから北にいった山の中腹で待っているわ」
「おい待て――」
俺はティアーンマを追いかけたが、水の大蛇はその体躯から想定するよりも速かった。
ひと息に集落を飛び出すと木々のあいだを抜けていき、川を遡っていった。
「くそっ!!」
完全に置いて行かれた俺は、川岸から遠ざかる大蛇とティアーンマを、ただ見ていることしかできなかった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
七月も終わりですね……明日から八月(書いているのは7月31日です)。
まだまだ暑い日が続きます。
書きたいことはありますが、ネタバレになりそうなこともありまして。
今回は簡潔に終わりたいと思います。
近況は明日の更新で……サボってるというか、もう寝ないと辛いんです……。
次回は、多分……多分、水曜日以降に。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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