転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました(完結)

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
58 / 179
第三章~幸せ願うは異形の像に

三章-2

しおりを挟む

   2

 ティアーンマ・トウは昼食の準備をしている最中だった。
 川岸から木製のバケツを手に集落まで移動すると、子どもたちに見られないよう、元々は教会だった集会所の台所へと入った。
 台所のテーブルに置いたバケツの上に、ティアーンマは手をかざした。それだけでバケツの中身が、ぐちゃぐちゃとかき混ぜられる。
 ティアーンマは、灰色に染まった汁を鍋に入れると、竃の火にかけた。
 臭い消すための香草や、野草を入れると、鍋の内縁に焦げができないよう、ゆっくりとかき混ぜ始めた。
 そこへ、お下げ髪の少女が台所へ駆け込んできた。


「聖女様! リューンたちが帰ってきたの」


「あら、そうなのね。モリーン、今行くわ」 


 ティアーンマは鍋を竃から下ろすと、蓋をした。
 モリーンを連れて台所から出ると、集落の外に一台の馬車が停まっていた。



 俺たちが聖女の住む集落に戻ってきたのは、正午になる少し前だった。
 荷物の一つを馬車に置いた俺は、小さなメモをクリス嬢に手渡してから、集落の中を見回した。
 相変わらず、子どもたちは仕事をせずに遊んでいる。聖女の姿は見えないが、集会所から煙りが上っていることから、きっと昼飯の準備でもしているんだろう。
 俺たちが全員降りると、馬車はシスター・キャシーの故郷である村へと向かった。馬車は、夕方に迎えに来る手筈になっている。
 リューンを先頭に集落に入ると、子どもたちの警戒する目が俺たちを出迎えた。唯一、笑顔を向けられてているリューンが、陽気に手を振った。


「おまえら、ただいま! 聖女様は?」


「モリーンが呼びにいったよ」


 男の子が答えたとき、集会所――元は教会らしい――から、その聖女様が一人の少女と出てきた。
 リューンは今までにない笑顔で、聖女に手を振った。


「聖女様、手に入れてきましたよ!」


 リューンの声が届いたのか、聖女は微笑みながら近づいて来た。
 最後の数歩は小走りになって、俺たちの前で立ち止まった聖女――ティアーンマ・トウは、胸の前で両手をポンと合わせた。


「まあまあ。リューン、お疲れ様。皆様も。お話は、集会所で」


 聖女が笑顔で頭を下げると、リューンは俺たちを促すように、集落の中へと手を振った。集会所までお連れしてくれるようだが……俺は正直、気乗りしなかった。
 建物の中に入れば、そこは檻の中と同義だ。なにかを仕組まれていたら、抜け出すのにかなりの苦労を要する。
 とはいえ、今の状況では行かないわけにもいかず――俺たちは、聖女とリューンに連れられて、集会所へと入った。
 先日と同様の席順で長テーブルに座ると、まずはリューンが口を開いた。


「聖女様、あの像はシスターが持ってます。見つけたのは……その、そこの古物商が」


 リューンの説明を聞いて、聖女は俺に笑顔を見せた。


「まあ。流石ですわ。カラガンドで活躍した――という噂は本当でしたのね」


「そこで、そんな噂を聞いたのか知りませんけど、活躍は大袈裟ですね」


 溜息交じりに肩を竦めた俺は、目線だけを動かして周囲を見回した。
 なんとなく――本当になんとなくだが、なにかに見られている気がする。厭な予感――喩えるなら、無頼者のアジトに連れ込まれたときのような、そんな気配がヒシヒシと伝わってきていた。
 俺は沸き起こる不安を抑えながら、頭の中は冷静になろうと、精一杯の労力を割いた。


「……話を先に進めませんか?」


「そうですね。像はシスターが?」


「はい、聖女様。ええっと……ここに」


 シスター・キャシーは荷物から異形の像を取り出すと、僅かに目の色を変えた聖女へと差し出した。


「お約束ですから。これは、お渡しします」


「ええ。確かに頂戴いたしました」


 まるで我が子を抱くような顔で、聖女は異形の像を抱きしめた。
 像を両手で抱きながら、聖女は俺を見た。


「それで……最後の像は、今すぐ渡して頂けるのかしら? トラストン・ドーベル」


 聖女の視線を真っ向から受けながら、俺は素知らぬ顔を続けていた。


「今すぐは無理ですね。像は――」


「ご自宅にはありませんね。どこかに預けるにしても、商人としての誇りが、一度託されたものを他人に任せるのを拒んでいる――違いますか?」


 聖女の推測――いや、この場合は推理といったほうが正しいかもしれない。とにかく、その言葉を聞いて、俺は息を呑んだ。
 聖女の推理は、ほぼ当たっている。だが、逆に言えば全部は当たっていない。
 深呼吸をしてから、俺は強引に笑みを作ってみせた。


「買いかぶり過ぎですね。あなたの言うとおり、自宅にはありませんけど……誰かに託すのを拒むほど、俺は真面目な人間じゃない」


「そうかしら。話を戻しましょうか……像は、渡していただけますか?」


「質問をいいですか。あなたが口にする、幸せってなんです? あの像で、なにがどう幸せになるんですか?」


 俺の問いに、聖女が浮かべていた笑みの種類が変わった。


「わたしとわたしの子どもたちが末永く、共に暮らすことです」


「それじゃあもう一つ。俺の家に像がないって、まるで見てきたように言いましたけど、まさか見に行ったんですか? ここから、汽車を使っても二日くらいかかる距離を、往復で。一体、どんな力を使ったんです?」


「さあ? なんのことかしら。それより、像は渡してもらえる?」


「あなたがさっき言った子らというのは、この集落の子じゃありませんよね。一体どこの誰で、あなたたちが幸せになったとき、この集落の子らの身体と魂はどうなるんです?」


 俺の問いに、聖女の笑みが人外のそれになった。


「この集落の子らの身体は無事よ? 魂は、わたしの子らと入れ替わってしまうけれど。だって、孤児というのは親は周囲の者たちから、見捨てられた子なんでしょ? 要らない子なら、魂が消えても問題ないじゃない」


 聖女の答えに、シスター・キャシーとリューンは驚愕の表情を浮かべていた。クリス嬢は俺が渡したメモ通りに、エイヴを引き寄せるながら、いつでも動けるよう立ち上がった。
 俺はテーブルに拳を叩き付けながら、怒鳴っていた。


「ふざけるな!! あの子の身体と命は、あの子らのものだ。てめえが好きにしていいわけねーだろ!!」


「あら? どうして怒るのかしら。ああ、魂が消えるのがいけないのね? なら、儀式をする前に殺してしまえば、問題ないのかしら」


「ふざけんなっ!! てめえなんかに、像を渡してたまるか!」


 俺が立ち上がると、聖女の前にある像を奪うべく手を伸ばした。
 しかし、床の隙間から吹き出した水流に、椅子ごと身体を吹っ飛ばされた。床の上に転がった俺の前に、この前の夜に現れた水の大蛇が鎌首をもたげていた。


「像は渡さないですって? そうはいかないわ!」


 聖女――いや、ティアーンマが叫ぶと当時に、水の大蛇が転がっていた俺の荷物を奪っていった。


「させるか!」


 俺は荷物に手を伸ばすが、僅かに届かなかった。荷物はそのまま、ティアーンマの手に渡ってしまった。


「最初から大人しく、渡していれば良かったのに――え?」


 ティアーンマの顔に、戸惑いの色が浮かんだ。


「ない――そんな! トラストン、像をどこにやったの!?」


「だから、持ってないって言ったろ? 人の話は、ちゃんと聞くもんだ」


 俺が持ってる異形の像は今頃、馬車とともにシスター・キャシーの故郷の村へと向かっているはずだ。あんなものを持ったまま集落に入るほど、俺は素直な性格じゃない。
 俺の荷物を捨てたティアーンマは、初めて怒りの形相を見せた。


「おのれ!!」


 ティアーンマの叫びに呼応するように、集会所の至る所から、水が噴き出した。
 俺は水流を躱しつつ、ガランの力を使う対象を探した。本体は聖女か、それとも水の大蛇か――もしかしたら、集会所のどこかに置いてあるかもしれない。
 ガランの力は、一日に一度。それ以上は、俺の身体が保たない可能性がある。正確に本体を見極めなければ使えない。


「みんな、逃げろ!!」



 俺が叫ぶのとほぼ同時に、クリス嬢たちは集会所から出ようとした。しかし、シスター・キャシーとリューンはギリギリのところで外に出られたが、クリス嬢とエイヴは、まるで意志をもつ縄のような水流に、身体を拘束され、大蛇へと引き寄せられていった。


「きゃっ――!!」


「トトっ!! トトぉっ!!」


 それぞれに叫ぶクリス嬢とエイヴを交互に見たティアーンマは、水の大蛇の上に乗ると、俺を睨み付けてきた。


「取り引きしましょうか? この子たちを返して欲しければ、異形の像を渡しなさい。ここから北にいった山の中腹で待っているわ」


「おい待て――」


 俺はティアーンマを追いかけたが、水の大蛇はその体躯から想定するよりも速かった。
 ひと息に集落を飛び出すと木々のあいだを抜けていき、川を遡っていった。


「くそっ!!」


 完全に置いて行かれた俺は、川岸から遠ざかる大蛇とティアーンマを、ただ見ていることしかできなかった。

-------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

七月も終わりですね……明日から八月(書いているのは7月31日です)。

まだまだ暑い日が続きます。


書きたいことはありますが、ネタバレになりそうなこともありまして。

今回は簡潔に終わりたいと思います。
近況は明日の更新で……サボってるというか、もう寝ないと辛いんです……。

次回は、多分……多分、水曜日以降に。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。

さら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。 だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。 行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。 ――だが、誰も知らなかった。 ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。 襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。 「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。 俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。 無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!? のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!

処理中です...