59 / 179
第三章~幸せ願うは異形の像に
三章-3
しおりを挟む3
ティアーンマがいた集落に残された俺とシスター・キャシー、それにリューンの三人は、途方に暮れる――暇すらなかった。
なにせ、ここには腹を空かせた子どもが、十人以上もいるのだ。
ティアーンマがいなくなったこと、そして水の大蛇を目の当たりにして、ほとんどが泣き喚いているような惨状だ。
子どもたちを宥めるのは、ここで暮らしているリューンに任せて、俺とシスター・キャシーは昼食の準備を始めていた。
リューンは「この時間なら、聖女様が昼食の準備を始めてたはずだ」と言うから、そんなに手間はかからないと思っていたけど……。
まだ温かい鍋の中身を見て、俺とシスター・キャシーは困ったように顔を見合わせる羽目になった。
「……なんだろうね、これ」
「魚の骨とかあるので、白身は魚っぽいですけど……あとのぐちゃぐちゃしたのって、なんでしょうね」
俺は木製のお玉で汁を掬って、中のものを鉄製のフォークで弄ってみた。
そして――悲鳴をあげかけた声を詰まらせつつ、お玉から引きつった顔を遠ざけた。汁の中に、恐らくは潰し残しなんだろうけど、川虫っぽい昆虫の頭部があったからだ。
あ……あの糞聖女は、こんなものを子どもたちに食わせていたのか! っていうか、リューンの阿呆も気づけ!!
虫下しなんか、あるのかこの世界。絶対にヤバイだろ。
シスター・キャシーと相談するまでもなく、鍋の中身は使用不可となった。
とはいえ、集落で備蓄されている食料は――かなり少ない。小麦粉はなんとか使えるが、じゃがいもを始めとした野菜の数々は、大半が腐っていた。
調味料にしたって岩塩と、香草が少ししかない。
腐りきってない野菜をかき集めたが、結局は麦粥くらいしかできない、という結論に達した。
俺が野菜を切り、シスター・キャシーが別の鍋で煮込む。
出来上がるまでのあいだ、俺たちはほとんど無言だった。ティアーンマが異能――つまりは幻獣の能力を自在に操ったこと、そしてまともな人間とは違う価値観を持っていたこと――そして、クリス嬢とエイヴを人質にとったこと。
俺とシスター・キャシーとで理由は異なるだろうが、やはり精神的なショックが大きかった。
残っていた香草なんかも入れたのか、麦粥にしては良い匂いがしてきた。
粥といってもこの世界、いやこの国かもしれないが、オートミールみたいなものだしな……腹の足しにはなりにくい。
ないよりはマシだけど。
そんなとき、リューンが不機嫌な顔で台所に入ってきた。
「おい、飯はまだかよ。あいつら、腹を空かせて――」
あまりにも無遠慮なリューンに、さすがのシスター・キャシーも顔をピクッと引きつらせた。
しかし、そんな彼女よりも俺のほうが動くのは早かった。
先ほどの虫入りスープの鍋から、コップで汁を掬った俺は、それをリューンの鼻面へと突き出した。
「じゃあ、てめーはこれでも食ってろ」
「いや、まて――これ虫入り……虫の頭とか見えてるじゃねーか! わかった、言い方が悪かったって。あの……あとどのくらいで、飯は出来そう?」
「……もう少し煮込めばいいと思う。けど、こんなものしか作れないなんて……ああ、町とか、あたしの村ならなぁ……もっと美味しいものを作れるのに」
「まあ、そこは仕方ないですからね。ないよりはマシですって」
そんな声をかけながら、俺は岩塩の残りと使ってた包丁を手に、台所の出口へと歩き出した。
シスター・キャシーは不安げな顔で振り返ると、俺のところまで駆け寄ってきた。
「トラストン君、どこへ行くの?」
「人質になった二人を、無事に助ける算段を考えてきます。飯が出来たら、食べてて下さい」
「え……あの、危険じゃない? その……下手なことをすると……さあ」
珍しく、シスター・キャシーが語尾を濁しかけた。心配をしてくれているんだろうけど、今はそういう場合じゃない。
俺が「心配しないで」と言おうとした直前、リューンが戯けるように言った。
「なんだ? つまり、恋人を助けたいってだけなんだろ? 素直に像を渡せばいいじゃん、そんなのさ」
リューンは大袈裟に肩を竦めてみせたが……こいつ、状況を理解してねーな。
異形の像をティアーンマに渡すのは、簡単だ。だけど、それで素直に二人を帰してくれるかどうかは、別の話だ。
こんな取り引きが成立するのなんて、元の世界でも中世期前までだろう。もちろん、この世界でだって成立したことなんか、一度だってない。
「それで数万とか死ぬ羽目になったら、どうするんだよ」
「別に関係ないじゃんか。おまえは人質さえ戻って来ればいいんじゃねーの?」
そんなリューンの発言に、シスター・キャシーは絶句した。
俺は絶句こそしなかったが、リューンを睨み付けていた。
「その死ぬ人間に、おまえが含まれるかもしれないけどな」
「な――なんだよ。そんなことまで、気にしなきゃいけないのか?」
「そういう代物なんだよ、あれは」
少し大袈裟に言ってはいるのだが、まったくの嘘でもない――と、俺は想定していた。
二人を置いて台所から出た俺は、食料貯蔵庫へと向かった。小さな小屋だが、この中に先ほどの腐った野菜が保管されている。
腐った臭いが充満した小屋を開けた俺は、なるべく腐っている箇所の少ないジャガイモを六つほど、小屋に置いてあった革袋に入れた。
空き家っぽい家屋に入った俺は、とりあえず中を物色した。置き捨てられた棚や椅子の状態を確認しながら、俺は包丁の背を使って釘を抜き始めた。
数本の釘を抜いたところで、俺は首から下げた竜の指輪に触れた。
「ガラン――あいつ、どんな幻獣かわかる?」
〝ふむ――水を操り、大蛇――いや、あれは竜の姿とみるべきだ〟
「竜って……ガランと同じ?」
〝同族に間違いはない。水を操る竜――恐らくはティアマトだろう。子どもたちとの幸せ――という言葉から推測するに、太古に失われた子どもらの魂を、現世に召喚する気なのかもしれぬ〟
「まさか――その触媒が、ここの子どもたち?」
〝魂の憑依先かもしれん〟
ガランの推測に、俺は背筋が寒くなるような気がした。
ティアーンマが言っていた内容を照らし合わせると、ガランの推測に信憑性が増していく。自分の子どもの魂を宿すために世話をしていたとすれば、仕事を教えない理由や、殺してしまってから――と言ったことに辻褄が合う。
「……冗談じゃない。ガラン、あいつの本体は、あの女が持ってるのかな?」
〝幻獣としての存在は感じたが――その正確な場所は、掴みきれなかった。水からも魂そのものを感じた。恐らく、あの水の竜はやつの魂を宿していたのだろう。そして、ティアーンマだったか? あの人間からもティアマトの魂を感じた〟
「どういうこと?」
それだと、魂が分裂していないと説明ができなさそう――に感じる。
首を傾げる俺に、ガランも自信の無さそうな声で言ってきた。
〝わからぬ。もしかしたら、あの女にティアマトの魂が宿っているのかもしれぬ。そうすれば、魂の力で水を操るなど、ヤツなら容易いだろう。まあ、逆の可能性もあるが……〟
「要するに、どっちかを潰さなきゃわからないってことか。厄介だね」
俺は答えながら、クレア嬢とエイヴの身を案じていたた。
もし、ティアーンマ――いや、ティアマトが約束を違えた場合、あの二人に子どもの魂を憑依させる危険性が高い。
俺は金属の留め具を椅子や棚から剥がすと、真っ直ぐに伸ばした。 釘と留め具だった金属の板。それをジャガイモに差し込むと、以前にも作ったジャガイモ電池の完成だ。
俺はそれを四つほど作ってから、最後の一つは釘と金属の板をハの字になるよう、そして隙間の感覚は触れない程度に開けておいた。
大体、マッチの棒くらいの隙間だ。
「まだ、反応はしてないな……」
俺は五つのジャガイモ電池を袋に入れると、小屋のドアを閉め、内側から閂をかけた。
今からするのは、ガランの魔術の刻み直しだ。
「ガラン、《暗視》と《反応増幅》を五つ」
〝ブレスはどうするのだ?〟
「相手は水でしょ? ブレスは相性が悪いよ。それより、本体がどっちにあるか炙り出すほうが、効率がいい」
〝さきの魔術で、それができる――と?〟
「そのつもり。ちょっと形振り構わない手段だけどね」
それに、まだ炎は克服してないし――という言葉を呑み込んで、俺は床に座った。
今刻んでいる《精神接続》などをすべて使い切り、新たに魔術を刻み直したときには、もう一時間以上も経っていた。
もうシスター・キャシーは、子どもたちに昼食を食べさせ終えたころだろう。
俺も腹が減っていたけど……残ってるかどうか、だ。あまり期待はしないほうが、いいかもしれないな……。
俺が小屋から出たとき、広間で周囲を見回しているシスター・キャシーの姿があった。
「どうかしたんですか?」
「あ、トラストン君! 探したよ……ご飯、残してあるけど、どうする?」
「ああ、すいません。食べます」
「うん。それじゃあ、温め直して――」
シスター・キャシーの声に被さるように、馬の嘶きが聞こえてきた。それと同時に、車輪が地面を進む音も。
俺が集落の出入り口に目を向けると、俺たちが雇っている馬車が、だく足で進んでいるのが見えた。
約束の時間には、まだ二時間以上もあるのに……。
俺はシスター・キャシーを残して、馬車のほうへと駆け出した。考えられるのは、なにかアクシデントがあって報告に来たことだが、それにしては進みが遅すぎる。
腰の投擲用ナイフに手を伸ばしながら走るのをやめた俺は、停止した馬車のキャビンを注視した。
不意に、キャビンの扉が開いた。
「やあ、トト。やっと追いついたよ」
艶やかな金髪には癖がなく、女性受けするであろう甘い顔立ちに、ブルーアイ。品の良い紳士服を着たマーカスさんは、俺を見るなり呑気に手を振ってきた。
……。
無言で睨むような視線を送る俺に、マーカスさんは目を瞬いた。
「……どうしたんだい?」
「来るのがおせえ」
怒気を孕んだ俺の声に、マーカスさんは戸惑いの表情を浮かべた。
-------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありごあとうございます!
わたなべ ゆたか です。
やっとのマーカス登場です。そんな回。
今日は久しぶりに涼しい――というか、暑くなかった一日でした。
そんなさなか、会社の人が現場で釣り竿を貰いまして。現場からの帰り道は、トラックのキャビンの隙間に置いてあったのですが、振動で釣り竿が跳ねたり動いたり。
貰った人は運転中で、動かないように持っているわけにもいかない。
道中で、こう言ってきました。
「誰か、俺の竿を握っててくれ!」
今まで和やかだった車内が、一瞬にして静まり返ったことを、ここに御報告させて頂きます。
「いやwww俺ら、そっちの人じゃないんでwww」
「奥さんに頼んで下さいよwww」
そんな感じに皆で返答していたところ、「んな訳あるか! てめぇら説教だ説教!!」
と怒鳴ってきましたが、顔は恥ずかしそうに照れてました。少しやんちゃ系のおっさんが照れる様は、見ていて――なんも嬉しくない光景な訳です。
そんな月初めの水曜日で御座いました。
閑話休題
本当は、この作品を対象用に――と思ったんですけど、残り話数を考えると五万字には届かなにことが判明。
新作のほうが、やりやすいというわけで、新作で大賞用とした次第です。
そちらもよろしくお願いします。
次回は、土日のどちらかで。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
58
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる