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第三章~幸せ願うは異形の像に
三章-4
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集会所で昼飯を食べるついでに、俺はシスター・キャシーと一緒に、マーカスさんにこれまでの経緯を話した。
クリス嬢とエイヴが、水の竜に乗ったティアーンマに連れ去られたことまで話し終えると、マーカスさんは気の重そうな溜息をついた。
「君がついていながら……まったく、最悪の状況じゃないか」
「あの! そうは仰有いますけど、いきなり大量の水に襲われたんです。逃げろって言っただけでも、凄いことじゃないですか?」
シスター・キャシーの俺を庇うような反論に、マーカスさんは目を丸くした。
俺はマーカスさんが余計なことを言う前に、小さく両手を挙げてみせた。
「まあ、言いたいことはわかります。こっちも不意を突かれましたしね」
「ああ……で、どうするつもりなんだい?」
「もちろん。奪還するつもりです。像は渡してもいいですが、あいつだけは、きっちりケリをつけておかなきゃ」
俺が左手に右拳を叩き付けると、マーカスさんは立ち上がった。
「なら、そっちは任せたよ。僕は――少し用事を済ませてから合流しようと思う」
「それは良いですけど、異形の像は置いていって下さいよ。また偽物を造らせるなんて、そんなことする時間なんかないんで」
俺が手を差し出すと、マーカスさんの顔が僅かに引きつった。
まさかとは思ったけど……一応、釘を刺しておいて良かった。
マーカスさんは、ぎこちなく俺を見ると、頭の中をフル回転させているような顔をした。
「え――と、トト。あの像が相手に渡った場合、下手をすれば大勢の人に被害が及ぶ可能性は、考えているかい?」
「もちろん。多くの人が死ぬかもってことまでは、考えてます」
「なら、これは相手に渡さないほうがいいって思うだろ?」
「かといって、クリス嬢やエイヴを見捨てるつもりは、毛頭ないんで。相手はその像の存在を認識できますしね。前回みたいに近くに潜んで誤魔化すとか、今回は無理そうなんで」
「それは、そうかもしれないが――」
語尾を濁したマーカスさんは、しかし異形の像を俺に渡すという素振りや返答はしなかった。立場上、小事より大事なのは理解できるけど……個人的に納得はできない。
俺は少し目をつぶって記憶を弄ると、立ち上がると同時に机を飛び越えた。マーカスさんの横を通り過ぎて、集会所の出入り口へと駆け出した。
馬車から降りたマーカスさんは、確か手ぶらだった。とすれば、あの荷物は馬車のキャビン内にある。
「トト――っ!」
少し遅れて、俺の目的に気づいたマーカスさんが手を伸ばしてくるか、まったく間に合っていない。
俺は集会所から出ると、集落の出入り口前で停まったままの馬車へ向かった。
マーカスさんは追いかけてくるが、元々の脚力が違う。まだ広場の真ん中を過ぎたあたりのマーカスさんを引き離し、俺はキャビンを開けた。
座席の下に置いたままの荷物を手にすると、俺は山道を駆けながら中身を確認した。
――よし、像は袋の中に入れたままだ。
俺は立ち止まると、息も絶え絶えに集落の柵の内側にいるマーカスさんを見た。
マーカスさんは指輪をした手を俺に伸ばしながら、汗の浮いた顔を上げた。
「トトっ!! それを返すんだ」
「いや、これは俺の所有物ですからね。返せってのは、おかしいでしょ」
「あ……いや、それを渡してくれ。頼む!」
必死な顔で懇願してくるマーカスさんに、俺は鷹揚に頷いた。
「いいですよ。すべてが終わったあとなら」
「トト――っ!!」
珍しく怒鳴り声をあげたマーカスさんの雰囲気が、いきなり変わった。
それはなんというのか……幻獣の力を身体に受ける直前に感じる、独特な違和感に近かった。
そういえば、マーカスさんも転生者だったな。とすれば最悪、幻獣の持つ魔術を使ってくる――その可能性は否定できない。
向こうは、やる気だ。
俺は喧嘩をする前の緊張感に身を包みながら、マーカスさんを注視した。
「……ガラン、警戒をよろしく」
〝《精神接続》がない。出来る範囲になるが、いいか?〟
「もちろん」
答えた直後、俺の周囲がざわめき始めた。なにかが近づいて来るような、しかし小さな音がいくつも聞こえてきた。
マーカスさんに、動く気配はない。俺は音の正体を見極めようと、油断無く周囲を警戒した。
〝トト、来るぞっ!!〟
ガランの声を聞いたのと同時に、木々の隙間から黒い影が現れた。
小さなその姿は、トカゲ――しかし、一匹や二匹じゃない。数十匹にもなるトカゲの群れが、俺の周囲から現れたのだ。
「うおっ!?」
真っ直ぐに向かってるトカゲたちは、俺のブーツや脚に噛みついたり、身体を這い上がってこようとしてきた。
俺は手でトカゲを払いのけるが、なにしろ相手の数が多すぎる。踏みつぶして殺すというのも……動物虐待みたいで躊躇われた。
トカゲたちから逃げるように山道を駆け出す俺に、マーカスさんの声が飛んできた。
「トト――像を渡すんだ」
「そうは、いくかぁ!!」
俺は覚悟を決めると、マーカスさんへと進路を変えた。
異形の像を入れてある革袋を右手に持ちかえてから、集落の柵を跳び越えた。マーカスさんは身構えるが、俺から見れば隙だらけだ。
しかし、そんなことは当人も承知のはず。
俺は走りながら、思考能力を総動員させた。格闘戦の不利を覆す手段があるとすれば――あのトカゲたちを操る幻獣の魔術、もしくは力しかない。
今の状態でそれを使わないのは、きっと効果範囲が狭いとか、射程が短いとかだ。違うかもしれないけど、俺はその考えに賭けた。
「頼みます!」
マーカスさんの背後へと大声で頼みながら、俺は異形の像が入った袋を空高く放り投げた。もちろん、そこには誰もいない。
俺の予想どおり、マーカスさんは異形の像を奪うべく背後を振り返った。
「――っ!!」
しまった、という顔で目を戻したときには、俺はもうマーカスさんの懐に入っていた。
「すいま――せんっ!!」
謝りながら、俺はマーカスさんの腹部へ、渾身の力を込めた拳を叩き付けた。狙い通りみぞおちに拳が食い込むと、マーカスさんは苦悶の表情で身体を曲げた。
「おっと」
少し狙いを外して落ちて来た袋を、手を伸ばした俺はギリギリのところで受け止めた。
腹を押さえながら、マーカスさんは両膝を地につけていた。俺はマーカスさんの背後に廻ると、強引に右腕の関節を背中側で極めた。
トカゲたちは、マーカスさんが戦意を喪失したことで支配から脱したのか、それぞれ思い思いに彷徨ったり、立ち止まったりしている。
「ギリギリで力か魔術を使うつもりでした? あの距離で使わなかったのは、効果範囲がよほど狭いんでしょうね」
「ほかの魔術なんか、準備してないよ。使い道が……あまりないからね」
その返答に目を瞬いていると、マーカスさんは苦悶を浮かべた顔で、無理矢理に微笑んだ。
「あそこで身構えたら、君が躊躇すると思ったんだけどね……」
「まさか、ただのはったりだったんですか? なんて無茶な」
「君みたいに立ち回ろうと思ったんだけど……ね。慣れないことはするもんじゃない」
「――俺って、そんなことしてますっけ?」
マーカスさんに言われた内容に、俺は身に覚えがない。俺がきょとん、としていると、マーカスさんも同じような顔をした。
「もしかして、自覚がない?」
「いやいや、俺ははったりとか使わないですよ?」
使っているのは戦略だ……と思う。少なくとも、俺はそう思っている。
俺が空いた手を左右に振っていると、マーカスさんは少し疲れきった顔で、頭を地面に付けた。
「無意識か……身に染みついた言動ってやつだね」
呆れたような、観念したような――そんな口調だった。
そこで言葉が途切れると、マーカスさんは改めて俺を見上げてきた。
「頼む。異形の像を渡してくれないか。大勢の人に、被害を被らせたくはないんだ」
「だから、クリス嬢とエイヴを助けたら渡しますって」
「大勢の人を救うためには、少数の犠牲が必要なときもあるんだ。わかってくれ」
理屈的には理解はできる。だけど、やはり納得はできない。俺は溜息を吐いてから、マーカスさんの腕を極める力を弱めた。
「そういう犠牲は、役人や軍人だけでやって下さい。エイヴはともかく、クリス嬢は……一般市民とは言い難いかもしれませんけど。でも、か弱い女性を犠牲にするのは、納得できませんね」
俺の返答を聞いたマーカスさんは、なにかを思い出しているような顔で目を閉じた。
きっと、なにか思うところがあるのだろう。俺が姿勢を維持したままで返答を待っていると、マーカスさんは静かな溜息をついた。
「……確かに、君の言うとおりかもしれない。なんの努力もせずに、他者に犠牲を強いるのは身勝手って言いたいんだろ? それでトト、彼女たちを救出する算段はあるのかい?」
「成り行き任せしかないんですよね。まあ、対抗手段は考えてますけど、即効性がないですから。人では多い方が助かります」
俺はマーカスさんから離れると、まだうろちょろしているトカゲを一瞥した。
「ところで、どんな幻獣と一緒にいるんですか? 紹介して下さいよ」
「いや……かの――あれは、人見知りが激しいというか、君らとはあまり会いたくないみたいなんだ」
俺は正直、「なんのこっちゃ」という気持ちだった。
カラガンドの教会に忍び込んだとき、俺を地下牢に案内したのはマーカスさんと一緒にいる幻獣だと思うんだけどな……。
まあ、紹介できないのなら仕方ない。
俺はマーカスさんに手を差し伸べると、色々な相談をするべく、集会所へ行くことを提案した。
*
「やばかった……」
ヴォラはマーカスから離れた場所で、ホッと胸を撫で下ろしていた。
周辺のトカゲを魔術で操作し、トラストンを襲わせるように仕向けたあと、ヴォラはマーカスの身体から離れて、茂みに身を潜めていた。
ヴォラから見ても、マーカスがトラストンに立ち向うかうのは無茶だ。身体の動きはもとより、瞬間の閃きみたいなものが、トラストンには備わっている。
これは、これまでの人生で培ってきたもので、一朝一夕で身につく物ではない。
「だから止めときなさいって言ったのに」
結果的に和解――というか、マーカスが譲歩する形になった。
トラストンがマーカスに言った言葉、それをヴォラは思い出しながら、意味ありげに微笑んだ。
「犠牲ね……その言葉が、自分を締め付けることになると思うけど。あの子は、どうするのかしらね」
集会所へ向かうトラストンとマーカスを見送ったヴォラは、自分は茂みに潜みながら移動を始めた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
最近、ひっそりとやってるスマホゲーで、サービス終了の告知がありまして。
まあ、無課金でやってましたので、なにがどうってわけじゃありませんが、やはり終わるというのは寂しいですね。
まだ、あれもこれもやり尽くしてないのに……地味にながらで戦争できてたので、お手軽感はあったんですけどね。
欠点は、イベントでマップをオート周回していると、タブレットが高熱になることでしょうか。
マジ機械の寿命を縮めるゲームでした。
ただ、理不尽さはない(育成の差がもろに出るタイプ)ので、ストレスは少なめでした。
こういうゲームって、あまり無いんですよね……。
数年ほどですが、いい暇つぶしでございました。
次回は、火曜日か水曜になると思います。間話の予定です。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
応援ありがとうございます!
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