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第三章~幸せ願うは異形の像に

間話 ~ 十一の子

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 間話 ~ 十一の子


 空は荒れていた。
 太陽は雷が鳴り響く厚い雲に隠れ、地では暴風が吹き荒れていた。森を形作る木々からは枝葉が舞い上がり、一部では火災が起き始めていた。
 その森のそばに、濃緑色の小高い丘を思わせる巨体が横たわっていた。
 鱗に覆われ、蝙蝠に似た翼を持つそれはドラゴン種――であったが、サソリに似た尾に六を超える乳房、そして異形ではあったが人間の女性の特徴を備えた頭部と、かなり特殊な種だ。

 その異形の顔が、哭いていた。

 ドラゴン種の前には、身体の大きさは十分の一に満たない、十一体ものドラゴンの幼生体が倒れていた。それらすべては藻掻き苦しんだ表情を浮かべたまま、しかし暴れた様子もなく事切れていた。

 この幼生体たちは、なにかに襲われたわけではない。産まれて間もなく、呼吸が苦しくなるような、原因不明の咳に似た声を出すことが増え始めてはいた。
 それが十数年ほど続いたあと、今日になって一斉に倒れだしたのだ。その様子はまるで、毒に侵されていたようだった。

 そして似たような異変は、丘のようなドラゴンにも起きていた。
 息苦しさに呼吸を増やすが、まったくの逆効果だ。空気を吸う度に、頭の芯が重くなるような感覚に襲われてしまう。


〝どうして――〟


 自分と我が子がこんな目に。ドラゴンは嘆きながら、天へ吼えた。
 子どもらが産まれる前、まだ苔に覆われた大地に、突如植物が芽吹き始めた。それが草花となり、または木々となり始めたのは、数十年ほど前だ。
 当時はまだ少なかった植物も三、四十年経つと、大地のほとんどを覆い尽くすようになっていた。
 海や川から這い上がってきた生き物は、餌に丁度良かった。
 空気がおかしくなり始めたのは丁度、そのころからだったか――ただ、すでに成長しきっていたこのドラゴンには、ほとんど影響が無かったのだ。

 しかし――長年この空気に身体を晒していた影響が、このドラゴンにも出始めていた。
 四肢や翼に力が入らず、子どもの亡骸を肉食の小動物が喰らっているのを目の当たりにしても、追い払うことすらままならない。


〝そうだ。王なら――王であれば、我らを救って下さるはず〟


 四肢を振り絞って身体を起こしたのは、子を思うが故の最後の力だった。


〝王――王よっ!!〟


 ドラゴンは翼を広げるが――そこで力尽きた。全身から力が抜け、大地を揺らしながら胴体を横たわらせた。
 薄れていく意識の中、ドラゴンは上空で威厳を漂わせながら飛ぶ、王の姿を見た。その身体は、ドラゴンよりもかなり小さいが、身体から放たれる存在感というか、生命力の大きさは、すべての生命を遙かに凌駕していた。


〝お――王……〟


 先ほどよりか細くなったドラゴンの声が奇跡的に届いたのか、王が降下を始めた。
 その光景に、ドラゴンは希望を抱いた。

 ――これで、我と我が子は救われる。

 そう思ったのもつかの間、王は己の持つ封印の力をドラゴンに使った。
 ドラゴンの身体から魂が離れ、近くの岩に埋もれた結晶に封印されてしまった。


〝ティアマトよ――許せ。我らの世が終わりを告げようとする今、これしか手立てはないのだ〟


 王の声を、ドラゴン――ティアマトはどこか遠くで聞いていた。
 封印されたまま周囲を探ったティアマトだったが、子らの気配はまったく感じなかった。


〝王よ。我が子らは――我の子らをお救い下さい〟


 ティアマトの懇願は、しかし聞き届けられなかった。
 王は子の亡骸をしばし注視してはいたが、なにもせずに飛び去ってしまった。


〝なぜだ――王よ!〟


 ティアマトの絶叫が届いたのか届かなかったのか――王は翼を羽ばたかせながら、空の彼方へと飛び去ってしまった。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

本文を書き始めようとして、「予定は火曜日だから、今日明日で2000文字づつでいいかな……」と思った直後、プロットノートを見て目を丸くしました。

……次、間話じゃん。

1500文字前後でいいなら、今日中に行けるんじゃ。
そう思って書き始めたら、本当に書き終わりました。

前倒ししちゃった……と、ウマムスメをキドウしたりは……(黙秘権)。


次のアップは木曜日前後になると思います。今度は本当です。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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