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第三章~幸せ願うは異形の像に
四章-2
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馬車で移動したあと、俺とマーカスさん、そしてリューンの三人は、山道を歩いていた。
山道といっても、獣道に毛が生えたようなものだ。頭上には枝葉の天蓋――といえば聞こえはいいが実際は、頭上近くの枝に蜘蛛の巣なんかが張られていたりする。
もう日が沈んでいるため、足元どころか目の前も真っ暗だ。
「ったく、ランプとか持って来てないのかよ」
「いらねぇだろ。月明かりがあるし」
本当のところを教えるつもりなんか、ない。俺は答えをはぐらかしたあと、歩く速度を速めた。腰のベルトに、小振りのハンマーを挟んでいるせいか、少し歩きにくい。
リューンなんかに、俺の恐怖症を教えるつもりはない。
俺はマーカスさんを無言で急かしてから、先頭になって山を登り始めた。
それから、感覚で二〇分ほど登っただろうか。俺たちの前に朽ちかけた建物が見えてきた。
「トト――」
「マーカスさん、言わなくてもわかってます」
マーカスさんより少し前に、俺は立ち止まっていた。
建物の前に、巨大な水のドラゴンが佇んでいた。その目は俺たちが近づくより、ずっと前からこっちを向いていた。
気配や音に気づいていた――わけじゃない。俺は木々が開けてきたおかげで、月明かりで照らされはじめた木の幹や枝を見上げた。
そこには、無数の水の蛇が巻き付いていて、俺たちをジッと見ていた。
人前で喋らないようにしているとはいえ、敵が近ければガランは忠告してくれる。それが無かったのは、こうした無数の水の蛇が、気配を拡散していたからに違いない。
俺が舌打ちしながら前方を睨んでいると、周囲から幾重にも響く女の声が聞こえてきた。
「心配しなくてもいいわよ? それらは、わたしの一部。道案内を――と思ったのだけれど、その必要はなかったみたいですね」
ティアマトの声に、俺とマーカスさんは目配せをした。
こちらの動きは、すべて把握されていたわけだ。二手に分かれて潜入とか考えなかったのは、予想を超える形で正解だった。
迂闊なことをすれば、ティアマトはすかさずクレア嬢とエイヴを人質にするか、もっと糞みたいな手段に出たかしただろう。
俺とマーカスさんが歩き出すより速く、リューンが建物の前に飛び出した。
「聖女様! あの、一緒に帰りましょう! あの、子どもたちも心配してますし……」
「そうね。それも考えてはいるのよ、リューン」
「本当ですか?」
ホッと胸を撫で下ろすリューンだったが……こいつ、状況とか理解してるのか?
俺とマーカスさんが遅れて木々のあいだから出ると、リューンはこっちを指さしながら、ティアマトに手を振った。
「あの像は、こいつが持ってます! おい、トラストン。はやく像を出せって」
急かしてくるリューンに、俺は顔を顰めながら背負った袋を降ろし、中から異形の像を取り出した。
俺は右手に持った異形の像を頭上に掲げながら、ゆっくりと、そして慎重に前へ歩み出た。
取り引きは、最後の最後まで油断をしてはいけない。俺は自分にそう言い聞かせながら、ティアマトを睨み付けた。
「……二人はどこに?」
「安心して頂戴ね。無事よ」
「無事かどうかじゃない。取り引きなんだ。二人を出せ」
俺が異形の像を真上に挙げたまま、立ち止まった。左手で腰のベルトに挟んでいた小振りのハンマーを握ると、異形の像の真横に持っていった。
「二人を出せ」
「二人は、あの建物の中よ。好きに連れて行くといいわ。その代わり、像はそこへ置いていきなさい」
「像は二人が無事に、あの建物から出たあとだ。マーカスさん、頼みます」
「……わかった」
マーカスさんが、建物の中へと入っていく。その様子を横目で見た――その僅かな隙に、背後から接近していたリューンが、俺から異形の像を掻っ攫った。
「聖女様、取りましたよ!」
「あ、この――っ!!」
あんの色ボケの馬鹿野郎がっ!!
俺は慌てて手を伸ばすが、リューンはすでに一歩半以上も前にいた。
しかし、ティアマトはなんの反応もない――と思ったら、リューンの足元から七体の水の大蛇が飛び出し、身体に巻き付いた。
「な――聖女、さま!?」
「……ありがとう、リューン。その子はなにをするか、わからないから。手を出すのを迷っていたの。おかげで助かりました」
水の大蛇の一匹がリューンの手から、異形の像を奪い去った。
「あ――」
というリューンの声と、建物から飛び出してきたマーカスさんの叫び声が重なった。
「トト――二人は水の檻に閉じ込められてる!」
やっぱり、なにか企んでやがった。
俺が異形の像を諦めて建物へ行こうとしたとき、水の膜みたいなものによって、マーカスさんが建物から押し出された。
なにが起きたのかと脚を止めてしまった俺に、ティアマトが微笑んできた。
「トラストン? わたくしの邪魔をしないで下さいね。大人しく下山するのであれば、手荒なことはしませんよ」
「俺たちには――か? クリス嬢とエイヴをどうするつもりだ!?」
「しかたないじゃない。今夜は満月。儀式が行える、絶好の機会ですもの」
「理由になるか! 二人を返せ!」
〝トト――下から来るぞ!〟
俺が怒鳴り声をあげたと同時に、ガランの警告が聞こえた。考えるよりも先に横に跳ぶと、先ほどまで俺がいたところに、地中から一〇を超える水の大蛇が表れた。
あの水のドラゴンだけでも厄介なのに、水の大蛇がどこからくるか分からないとあっては、攻めに転じる余裕がない。
リューンは水の大蛇から解放されていたが、蹲るような姿勢で、呆然とティアマトを見ているだけだ。
俺たちの邪魔――というか裏切り行為を働いた以上、リューンを気遣うつもりはない。それに、もとよりそんなことをする暇はない。
俺が大蛇に苦戦しているあいだにも、ティアマトは異形の像を持って朽ちかけた建物へと向かっていた。
ユニコーンが起死回生の一撃を――いや、無理だ。あいつの力や魔術で、どうこうできる相手じゃない。
「マーカスさん! トカゲのあれ!」
俺が叫ぶと、マーカスさんは指輪を填めた手を突き出した。
十数秒ほど経過すると周囲の草葉がざわめきだし、無数のトカゲたちが一斉にティアマトへと突き進んだ。
「な――」
流石に驚いたのか、ティアマトは水の大蛇を引っ込めると、自身を護るように先ほど木々に巻き付いていた蛇の群れを出現させた。
その数、パッと見で五〇前後。
水の蛇によって、トカゲたちは次々と斃されていく。だけど、これでなんとなくティアマトの力が把握できた。
水をただの水として操ることの制限は、ほぼないようだ。それは集落での一件や、ここで見た水の動きから、そう推測できる。
ただ、水の大蛇や水の蛇には、その数に制限がある。
大蛇で大体、一〇匹程度。小さい蛇でも、今みたいに五〇匹程度が限界に違いない。トカゲの群れに対抗するために、大蛇をすべて引っ込めたのがその証拠だ。
あとはティアーンマの身体と、あの水のドラゴン――どっちが本体か、ということだ。
「マーカスさん! そのまま頼みます!」
「こっちも限界はあるからね。早く頼むよ!」
マーカスさんの返答を後ろで聞きながら、真っ直ぐにティアマトへと駆け出した。水のドラゴンは、まだ動く気配がない。理由はわからないが、決着をつけるなら今だ。
俺はトカゲの群れに気を取られているティアマトに詰め寄ると、左脚を軸にした真っ直ぐな蹴りを食らわせた。
全体重をかけた蹴りを受けたティアマトは、建物の壁まで吹き飛んだ。右手で抱きかかえている異形の像は、残念ながら落ちなかった。
ならば、追撃するまで。
ティアマトは、まだ起き上がっていない。俺は異形の像を持つ腕を狙って、今度は振り切る蹴りを放った。
しかし、狙い通りの軌道を描いたこの蹴りは、上から振り落とされた水の尾によって防がれてしまった。
足の裏に伝わる感触は水面に足をつけたときと同じだが、膝に伝わってきたのは、パンパンに膨らんだバルーンを蹴ったときに似ていた。
堅さはないが、脚が尾の中に食い込んでもいない。
舌打ちと同時に、俺は素早く水の尾から離れた。起き上がったティアマトが、水の尾に触れた。
「女性に対して、乱暴なことをするのね」
「うるせぇ。男女平等なんだ、俺は」
そう嘯いては見たが、俺は軽い絶望感とともに少し上を見上げていた。
ティアマトを護るように、水のドラゴンが動き始めていた。長い首を俺へと向けた水のドラゴンは、鼓膜まで響くような咆吼をあげた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
お盆休み真っ只中――という方も多いかもしれませんね。
安定の土日休みで、普通に家事やら月ー土の作り置きなどをしながら、書いてます。
そういえば、台風は大丈夫でしたか?
こちらは暴風とか大雨という予報でしたが……特に大雨や暴風はございませんでした。
昨日今日はニュースとか見てませんので、災害とかは把握してませんが……被害が少ないことを祈るばかりです。
お昼に部屋でニンニクチャーハンを作って食べてたら、そこからずっとニンニク臭がします。
ニンニクの香りのする作品に――はなってませんが、気分だけでも是非。
次回は……ちょっと迷ってます。多分、木曜以降になると思います。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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