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第三章~幸せ願うは異形の像に
エピローグ
しおりを挟むエピローグ
ドラグルヘッドに戻って来た俺は、その翌日に店を開けた。
普段より少し早めに起きて開店の準備をしてから、俺はカウンターの席に腰を落ち着けた。
背中の傷は、まだ完治していない。力を入れる度に激痛が走るが、生活のためには店を営業しなければならないわけで。
十日以上も休業していたし、今月はマジでヤバイかもしれない。
ティアマトの身体は、集落に戻ってから二日後に息を引き取った。それから葬儀やらなんやらで二日。遺体は集落の側にあった共同墓地に埋葬した。
異形の像のうち五本は、クリス嬢が一時管理という形で預かっている。
集落の子どもたちは、カラガンドの教会が始めた孤児院が面倒を見ることになった。
今までよりも苦労は増えるだろうけど、「責任もって預かるから」と言っくれたシスター・キャシーを信じるしかない。
リューンは――どこかに行った。旅って言ってたけど、悪さをしないか心配ではある。
ちなみに……賠償や弁償は、ついに取れなかった。マーカスさんや俺の秘密――というか、ぶっちゃけガランたち幻獣のことを誰にも漏らさないことの、交換条件になってしまった。
つまり――今回も大赤字である。
店の財政を考えると、頭が痛くなってくる。俺がカウンターに突っ伏していると、ガランが声をかけてきた。
〝大丈夫か? 傷はまだ痛むようだが〟
「ああ……大丈夫とは言い難いけど、怪我だけが原因じゃないから」
〝そうか……あまり無理はしないことだ〟
「うん……できればそうしたい。ありがと」
俺が苦笑しながら礼を言ったとき、二階から軽い足音が降りてきた。
「トト、上の掃除は終わりましたから。朝食はこちらに持って来ますか?」
店舗の中へ入ってきたクリス嬢を、俺は複雑な心境で見上げた。
あの廃墟で、無事を確かめた俺が、自ら……その、クリス嬢を抱きしめちゃってから、なんだけど。
クリス嬢は、甲斐甲斐しいほどに俺にべったりになっていた。なにか進展があったといえば、まったくないんだけど。
「傷もまだ痛むのでしょう?」
と言って、昨日と今日は早朝から馬車をとばして、手伝いに来てくれている。
それはそれで嬉しいんだけど、嬉しいんだけどね。彼女の背後にいるローウェル伯爵の存在が大きくなった気がして、日々の不安が増えた気がしていた。
俺は痛む身体を少し起こした。
「すいません……こっちでお願いします。あと、ティアマトの様子はどうですか?」
「ええ。まだ二人……二体? ですけど、子どもたちと過ごせて喜んでいるようですよ」
現在、ティアマトと子どもたちを封じたものは、クリス嬢が保管している。宝物庫――というより、空室の一つを使っているようだけど、そこでティアマトは母として穏やかに過ごしているようだ。
次の満月に、また儀式を行ってティアマトの子どもを二、三体は召喚する予定である。
すべての子どもたちが揃ったあと、クリス嬢が預かっている五体の異形の像は、マーカスさんのところに送る予定だ。
俺が所持する一体は、そのまま俺の家に保管するつもりだ。一応、そういう話で受け取ったものだから、そこは筋を通すつもりである。
俺にティアマトの状況を話したあと、クリス嬢は思い出したようにクスリと微笑んだ。
「あ、すぐに朝食を持ってきますね」
そう言ってパタパタと台所へ向かうクリス嬢は、両手で抱くように木の枠を持っていた。大きさとしては……ちょっとした本くらいか。
その形状になにかを思い出しかけたとき、店のドアが開いた。
「トラストン、ひっさしぶりぃ」
なんで、ここにいるんだろう?
驚いている俺に、シスター・キャシーが俺に手を振ってきた。
「どうして、ここに?」
「え? ああ、この街の教会にお使いで来ててね。今日帰るんだけど、そのまえに挨拶してこうと思って」
にこにことしながら店の中を歩いて来たシスター・キャシーは、カウンターの前に置いてある商談用の椅子に腰掛けた。
「結局、色々と世話になっちゃったよね。聖女様のこととか、子どもたちのこととか」
「えー、いや。埋葬とか孤児院とか、そっちにぶん投げただけですからね。お礼を言いたいのはこっちですよ」
「ううん。そんなことないよ。きっかけは君だし。えっと、マーカス? って人から、君が解決したって聞いてるしね。ホントにありがとう」
シスター・キャシーは言いながら、俺の右頬に手を添えた。なにを――と思った直後、彼女の唇が俺の左の頬に触れた。
柔らかな唇が頬から離れると、シスター・キャシーは潤んだ瞳で俺の目を覗き込んだ。
「なかなか、格好良かったよ? 教会に入ってなければ、絶対に押し倒したもん。あと、略奪愛ってのもガラじゃないしね。だからこれは、純粋にお礼ってだけ」
ちょうどそのとき、後ろでカタッという音がした。
俺の背後を見たシスター・キャシーは、少しバツが悪そうに俺から顔を離した。
「あ、本妻さんがいたんだ。ゴメンゴメン。それじゃあ、邪魔者は帰りマース!」
シスター・キャシーは俺たちに手を振りながら「お幸せにねー。婚礼の際はカラガンドの教会をよろしくぅ」などと言いながら、小走りに店から出て行った。
いやあの……この状態で逃げないで頂きたいのですが。
説明責任とか、色々とあるんじゃ……などと心の中で文句を言っていると、カウンターにパンとスープが乗せられたトレイが置かれた。
恐る恐る振り返ると、クリス嬢が柔やかな笑顔を浮かべていた。
「あの……今のは俺がどうこうということでは、ないですよ?」
「そんなことはわかってます。トトが女性関係で、器用に立ち回れるとは思ってません」
クリス嬢は微笑みながら、冗談っぽく澄ました顔をした。
とりあえず、酷く機嫌を損ねることは回避できたようだ――と思ったとき、クリス嬢がまだ先ほどの木の枠を持っていることに気づいた。
「クリス嬢? それはなんです?」
「これですか? その、商材に良さそうなのを見つけましたの。店頭に並べようかと思いまして」
「あ、いやその……一応の確認はさせて下さい」
爺さんの形見かもしれないし……と、思った俺は、クリス嬢が提示したものを見て、表情が固まった。
クリス嬢が持つ三つの木枠は、俺が保管室の奥底に隠していた裸婦画だった。
「え、あ、その……それは」
「ほら、エイヴも遊びに来たりしますし。こういうのを見られたら良くないと思って。それに、もう必要ないですもの……ね?」
少し頬を染めながら、クリス嬢はのたまった。
それとこれとは、別問題なんですけど……えっと。
色々と言いたいことはあったけど、さっきのシスター・キャシーの一件もあるし、俺に反論するだけの度胸は無かったわけで。
「ええっと、この辺りに置けばいかしら? 一つ……一ポルクでいいかしら?」
あの……その売値は市場価値の三割程度なんですが。
なにも言えぬまま、裸婦画には値札まで付けられてしまった。商人の端くれとして、店頭に売りに出したものを、回収するのは抵抗がある。
……クリス嬢が帰ったら、自分で買おう。
俺はそう決めると、大人しく朝食を食べはじめた。
その後。
クリス嬢が帰宅する夕方――正確には正午過ぎくらいには、すべての裸婦画が完売してしまったことを、最後に付け加えておく。
完
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
第三章は、これにて終劇でございます。
次は……まだプロットも考えてませんので、しばらくお待ち下さいませ。
発掘技師も、このペースだと8月中に終わりそうなんですけど。とりあえず、プロットの優先は、
魔剣士、トトの順にやるつもりです。
しばしお待ちを。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も……宜しくお願いします!
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