転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました(完結)

わたなべ ゆたか

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第五章 飽食の牢獄に、叫びが響く

二章-1

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 二章 渦巻く感情、そして板挟みの日々


   1

 俺が宿に帰ってきたのは、朝の七時過ぎだった。正確にいえば、宿の近くまでは来ていたんだけど、カウンターの燭台が消えるまで待っていただけである。
 宿泊者の証である割り符を合わせて、預けていた鍵を受け取ると、俺は速攻で部屋のベッドに潜り込んだ。
 廃工場の調査からこっち、ほぼ貫徹だったんだ。朝飯は早朝からやってくれていた屋台のソーセージを、たらふく食って済ませてある。
 湯浴みはしたかったけど、今は睡魔が勝っていた。
 冬だからか、シーツは三枚も重ねてある。羽毛だとか毛布なんて代物は、こういった宿では期待できない。しかし、冬でもシーツが一枚しかない宿もあるので、無いよりはマシだ。
 せめて、昼過ぎまでは寝ていたい。
 シーツに潜り込んだ途端、俺は熟睡した。

   *

「トラストン――起きて下さいまし」


 女の声で、俺は目が覚めた。とはいえ、まだ頭の芯が鉛のように重くて、思考は定まっていない。聞き覚えのある女の声の正体すら、判別できないほどだ。
 さらにいえば、今の俺は女の正体を探るより、熟睡するほうを優先したかった。シーツ三枚だけとはいえ、もうベッドも俺自身の体温で温まっているし、なにより睡魔が俺と仲良くしたいらしい。
 開きかけた瞼が再び重くなり、俺を心地の良い睡眠の世界へと誘った。


「トラストン――もう昼ですのよ!? 起きて、下さいまし!」


 少し不機嫌になった女の声で、睡魔が少しだけ晴れてしまった。
 誰だ――と思ったけど、俺を起こしに来る、こういった貴族口調の女性は一人しか思いつかなかった。


「すいません、クリス嬢……もう少し、寝かせて下さい」


 俺はシーツを被りながら答えたけど、女が短く息を呑んだ気配が伝わってきた。
 違和感を覚えたけど寝不足の頭では、その正体を掴めなかった。シーツに潜ったまま鈍い頭で考えていると、いきなりシーツを剥ぎ取られた。


「いい加減にしなさい、トラストン・ドーベル!!」


 いきなり冷えた空気に襲われ、室内の明るさが瞼を通して目に入り込むと、俺は一気に覚醒した。
 重い瞼を開ければ、ベッドの横でサーナリア嬢が憤慨していた。
 両腰に手を当てたサーナリア嬢は、柳眉を逆立てた顔で、半ば呆然としていた俺を見下ろした。


「先ほどの名は恋人? ただれた生活を送っておりますのね」


「いや、まあ……恋人……ではありますけど。ただれたと言われるほど、色々とやってません。ところで、なんで俺が宿泊してるところまで?」


 サーナリア嬢は『色々とやってません』というところで「まあっ!」と声をあげたけど、一先ずは話を先に進めるのを優先したようだ。
 腕を組みながら、窓の外を顎先で示した。


「先ほども伝えましたが、もう昼を過ぎているんですのよ? あなたの宿泊先を人に探させたんですの。鍵は、ここの店員に開けさせましたわ。まったく……昨晩の調査結果を報告に来るのかと、待っておりましたのに」


 この人……行動力だけは、とんでもないな。
 俺は上半身だけを起こすと、頭を掻いた。


「……夕方には伺うつもりでしたよ。徹夜明けでしたので、昼過ぎまでは寝ていたかったんですよ」


「徹夜……廃墟で一晩過ごしたんですの?」


「いえ? 何時間かはいましたけど、深夜には出ました。幽霊の噂が出そうな現象は、まったくありませんでしたよ」


 ニータリやアルミラージのことは、伏せておくことにした。
 説明するのもややこしいし、なにより面倒くさい。それに、昨晩会った二人の警備隊――恐らく、ドレイマンと、サムという名の青年――は、どちらかが幻獣に身体を乗っ取られている可能性が高い。
 もし本当にあの隊長がドレイマン、つまりサーナリア嬢の父親だとしたら、ここでニータリたちのことを話すのは危険だ。
 サーナリア嬢からの話が、どこをどう巡って幻獣に伝わるか、わかったものではない。
 俺の話を聞いて、サーナリア嬢は少し怪訝な顔をした。


「徹夜と仰有いましたけれど、廃墟を出てなにをしてましたの?」


「ほかの場所で、なにか異変はないかの見回りと、町中の道を覚えてました。夜に動くような人たちを見てみたり、夜中までやってる店を見たりとか」


 それらをした主な目的は、寒さを凌ぐためだけど。まあ、このあたりは言わなくてもいいだろう。
 サーナリア嬢は小さく頷くと、僅かに表情を和らげた。


「お話は、納得致しましたわ。幽霊を見ていないというのであれば、手掛かりもまだ――ということですわね?」


「まあ、仰有るとおりで。こればかりは、実際に見ないと手の出しようがないですから。とりあえず、今晩も廃墟――というか、廃工場ですよね、あそこ。また見回ってみます」


「そう……でも、廃工場でしたの? あそこ」


「ええ。八つの炉がありましたよ。石炭で燃やすヤツ……だと思いますけど。石炭は見つけてませんけどね。なにを作ってたんですか?」


「さあ? もう十年以上、使われておりませんから。工場だとして……廃業した理由も存じ上げておりませんわ」


「そうですか」


 欠伸を噛み殺しながら襟元を整えたとき、俺は袖口が白く汚れていることに気がついた。
 あそこにあった樽に触れたときに、付いたのだろうか? まだ眠くて、記憶を遡ろうとしても曖昧な感じになってしまう。
 とにかく、経過報告としては夕方前に伝えに行く――という取り決めをして、サーナリア嬢は帰っていった。


〝トト――なにやら揉め事のようだったが、大丈夫か?〟


「んあ? ああ……大したことじゃないよ。それより、まだ昼過ぎなんだよな……」


 もう一眠りしたいけど、話をしている最中に、ベッドはすっかり冷えてしまった。
 心の中でサーナリア嬢への罵倒を散々述べてから、俺はベッドから起き上がった。湯浴みのための湯を貰って、身支度だけしてしまおう……。
 ストーブに火を入れると、俺は湯浴みをした。
 余った湯で着ていた服を洗い、着替えた。着替えは二組しかないので、こうやって洗いながら使っていくしかない。
 ジャケットに愛用の荒事用のベルトをすると、俺は部屋を出た。
 まずは昼食。それからのことは、飯を食いながら考えよう。階段を降り始めたとき、俺の頭に、人の安眠を妨害した者は処罰される法律が出来ればいいのに――という強い想いが浮かんだ。

 これは……まだ寝ぼけてるわ、俺。

   *

 屋敷に帰る馬車の中で、サーナリアはトラストンとの会話を思い出していた。


「クレア、クレア……なにか引っかかりますわね。トラストン・ドーベルは、確かドラグルヘッドに住んでおりましたわよね」


 自問するように「クレア」の名を繰り返すサーナリアは、ふとある人物の顔を思い出した。


「クリスティーナ……でも、あの子はローウェル伯爵の孫娘ですもの。あんな小汚い庶民の子と恋仲になるなんて、許すはずがありませんわ」


 トラストンの身なりは、商売をしているだけあって清潔感は保つようにしている。しかし、それは平民としては、というだけだ。
 やはり上流階級――領主や貴族、元貴族などの人種に比べれば、その身なりは数段落ちる。
 サーナリアは頭の中で、ジョーンズ伯爵からの手紙を反芻した。
 その文面には、幽霊騒ぎを解決するための人を送ること。そして、その人物が様々な事件を解決してきた人物であり、ジョーンズ伯爵も救われたことが書き記されていた。


「トラストン・ドーベル……調べる必要があるかしら。本当に信頼に足る人物かどうか。それによっては、少し考えを改めたほうがいいでしょうし」


 プアダの町のためではあるが、詐欺師に手を貸す危険性は犯せない。
 庶民ということで、サーナリアはトラストンのことを信用しきれていなかった。しかし、クリスティーナやジョーンズ伯爵に深く関わっているとなれば、話は変わる。

 状況によっては、彼への援助も考えるべきでは――。

 思案をしていると、馬車は自宅である屋敷の前に到着した。
 馬車から降りたサーナリアは、玄関の前に警備隊のサムが佇んでいるのを見た。サムはサーナリアの姿を認めると、笑顔で駆け寄った。


「お嬢さん、どちらへ行かれていたんです?」


「あなたに説明する義務はなくてよ、サム」


 冷たく言い放たれた言葉に、サムは恐縮したように首を竦めた。
 サーナリアはそのまま通り過ぎようとして、ふと足を止めた。


「お父様のからの伝言なら、ここで聞きますわ」


「い、いえ……その、様子見を――と」


「そんな監視みたいな真似をしなくとも、おいたなどしませんわ」


「そ、そんなつもりじゃ……」


 今にも泣き出しそうなサムに、サーナリアは半ば呆れつつ顔を背けた。しかし、すぐに向き直ると、人差し指でサムの胸部を突いた。


「サム――あなた、トラストン・ドーベルという男のことを調べてきなさい。できるだけ詳細に、交友関係なども」


「トラストン……あ、あの、その男に興味が……おありで?」


「そうね……興味があるといえば、あるかしら。まだピチピチの十六……十七歳だったかしら? 彼に、幽霊屋敷の調査を依頼していますの。ドラグルヘッド市に住んでいるという話ですわ。人を使ってもいいですから、調べておいて頂戴」


 反論などさせる余裕すらなく、サーナリアは屋敷の中に入っていった。
 しっかりと閉じられた扉を見ながら、サムは拳を固く握り閉めた。普段は少し気の弱そうな印象を与えるその顔が、今は嫉妬に歪んでいた。


「トラストン・ドーベル。そいつが……俺の邪魔をするやつってことなのかな? お嬢さんは、絶対に渡さない――誰にも渡すもんか」


 暗い目をしたサムは、踵を返すと警備隊の詰め所へと戻っていった。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

毎日が寒いですね。電気代の節約のために、エアコンはギリギリまで使わないように頑張っているのですが……手が悴んじゃいますね、これ。

手袋をするとタイピングに支障がでるし、スマホ触りにくいし……あ、調べ物とかするのに。決してゲームとかでは少しあります。

なんで地熱発電とか、もっとやらないんでしょうね。技術は他国に売ってるのに。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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