転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました(完結)

わたなべ ゆたか

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第五章 飽食の牢獄に、叫びが響く

間話 ~ 穏やかな昼下がりに、迷い込む翡翠

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 間話 ~ 穏やかな昼下がりに、迷い込む翡翠


 階下からバタバタという足音が響いてきて、サーナリアは顔を顰めた。
 読んでいた歴史書を閉じて廊下に出ると、エントランスの手摺りから顔を出して一階の廊下を覗き込んだ。
 睨むような視線で左右を見回すと父親であるドレイマンが、小走りにエントランスを通過するところだった。


「お父様。なんですか、騒々しい」


「おお、ナリア。ナターシャが熱を出したようなのだ」


「――また?」


 眉を顰めたサーナリアは横にある階段を降りると、ドレイマンの近くへと駆け寄った。
 ここ一ヶ月ほど、母親のナターシャは微熱を出すことが多くなった。一日――長くても三日もあれば熱が下がるため、あまり大事にはなっていない。


「お医者様を呼んで来ますわ」


「あ、いや……それには及ばんと。その、また二、三日もあれば下がるだろうし」


「お父様!?」


 柳眉を吊り上げながらサーナリアが詰め寄ると、ドレイマンはたじろいだ。愛娘の気性から、下手は反論は逆効果であると理解していた。
 ナターシャの寝室のある方角を一瞥してから、ドレイマンはゆっくりとした口調で、語り始めた。


「あ、いや……ナターシャがそう言っていてな。とりあえずは、水桶を――と」


「お母様が――だとしても、お薬は必要でしょ? いいですわ。お父様は水桶と冷やすための布を準備して下さいまし。わたくしは、お医者様を連れて参りますわ。わたくしが勝手にしたことでしたら、お父様が非難されることはありませんし」


「あ、ああ――そうしよう」


「まったく――」


 溜息を吐いたサーナリアだったが、この生真面目な父親のことを愛していた。
 優しさが前面に出すぎている性格なのに、どうして警備隊の隊長などに抜擢されたのか――親子共々、今でも理解に苦しんでいる始末だ。
 サーナリアは玄関に向かいかけて、ふと立ち止まった。


「そういえば、お父様」


「なんだね、ナリア――」


 振り返ったドレイマンの頬に、サーナリアは軽く口づけをした。
 きょとん、とした顔をするドレイマンを見て、サーナリアは口元を綻ばせた。


「出かける前の挨拶ですわ。それでは――お母様を頼みましたわよ?」


「あ、ああ――わかった」


 玄関から出て行ったサーナリアを見送ったドレイマンは、困惑の混じった笑みを浮かべた。


「なんでこう――あの子は天然ジゴロの資質があるんだ?」


 自分が女なら、今ので惚れている――かもしれない。
 もう少し、淑女らしく育って欲しかったが……ドレイマンはそんな想いを断ち切ると、水桶を探しに台所へと入った。
 去年辺りから、ドレイマンは家政婦を雇うのを止めている。騎士というものが形骸化して、貴族らしい暮らしから遠のいていた。なにより、雇い続けるだけの財産もない。
 今はドレイマンと妻のナターシャ、それにサーナリアの三人だけで暮らしている。サーナリアの兄であるクレイマンは、兵士として遠方の街へと移ったばかりだ。
 この質素な生活にも慣れてきたが、細かい家財がどこにあるか、ドレイマンはまだ把握しくれていなかった。
 例えば――水桶の置き場所とか。
 台所を探したものの、水桶は見つからない。


「困ったな。どこにあるんだ?」


 サーナリアに聞いておくんだった。そんな後悔を抱いたとき、玄関のノッカーが打ち鳴らされた。
 水桶の捜索を中断したドレイマンは、玄関へと移動すると扉を開けた。


「どちら――なんだ、サムか」


「ドレイマン隊長――」


 ふっくらとした体付きのサムが、直立で敬礼をした。
 そんな部下の行動に苦笑しながら、ドレイマンは敬礼を返した。


「今日は非番だったはずだが――なにか用かね?」


「はい。あの、これを、その――」


 顔を赤くしたサムは言葉の途中で、ドレイマンに茶色の小さな包みを差し出した。包みを受け取ったドレイマンは、中身を確かめた。
 包みの中にあったのは、主に装飾に使われるピンの一種だった。表になる部分に翡翠が填め込まれた、中々に高価な品だった。
 ドレイマンは怪訝そうな顔で、サムに問いかけた。


「あ、あの――もうすぐ、お誕生日だとお聞きしまして!」


 緊張を露わに、頬を赤く染めたサムが答えた。
 あと二日で、サーナリアの誕生日だ。サムは彼女の誕生日プレゼントにと、半年貯めた貯金で買った品だった――が。


「ああ、わたしの誕生日が明日だと、よく知っていたな」


「……え?」


 サムの不幸は、サーナリアとドレイマンの誕生日が、一日違いだったことだろう。あと、緊張し過ぎで、説明が足りなかったこと――かもしれない。
 ドレイマンはピンを胸元に付けてみせると、サムに微笑んだ。


「ありがとう、サム。いいプレゼントだ」


「え? あの――隊長」


「ああ、折角来て貰ったのに申し訳ないが、妻が熱を出してね。この礼は、またの機会にさせて貰っていいかな?」


 唖然としたサムを残して、ドレイマンは扉を閉めてしまった。
 サムは立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。


 ――まあ、いい。


 そんな想いがサムの中に沸き起こったが、しかしすぐに消えていった。
 まだショックを引きずってはいたが、サムは夢遊病者のような足取りで、ドレイマンの屋敷から去って行った。



 ドレイマンが事故で生き埋めになるのは、この日から一ヶ月あとのことである。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

仕事が繁忙期に入りました……これはあれです。全部クリスマスが悪い。
少なくとも中の人の周囲では、そんな意見が多い状況。しばらくは、無意味に忙しい日々でございます。

24日に実家へ行ったとき、晩のおかずを一品貰ったんですが……タッパーを開けた瞬間、「ペミカン?」と思った次第です。
いや、豚の角煮だったんですが、油分が完全に固まってましたね……。
レンチンするのも怖かったので、湯煎で油を溶かしました。
真面目な話、本当にペミカンだったらどうしようかと思いました。
いくら冬だからって、ガチな保存食はいらねーですのよ……。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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