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第四章 円卓の影

三章-3

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 応接室に通された俺は、テーブルを挟んで座っているサーナリア嬢に睨まれていた。ドレスの下で脚を組み、さらに腕を組んだ彼女は、溜息を吐いてから口を開いた。


「色々と訊きたことがありますわ」


「なんです? こちらもお報せしたいことがあって伺いましたが」


「あら。それでは、お先にどうぞ?」


 目線だけで話を促された俺は、包帯代わりに巻かれた頭の布に触れた。


「襲撃されました。恐らくは……警備隊の誰かに」


「なんですって?」


 眉を顰めたサーナリア嬢に、俺は警備隊のケインにしたのと同じ内容を伝えた。
 無言で俺の話を聞いていたサーナリア嬢は、気難しい顔をそのままに、俺から視線を逸らした。
 そのまま数秒ほど無言でいたが、視線を俺に戻すと、静かに口を開いた。


「あなたが怪しいと仰有った……その人物像には心当たりがありますわ。ただ、その前に一つだけ質問をいいかしら?」


「どうぞ」


「あなたは昨日、町の外に出まして?」


「ええ。外の調査もしましたからね。街道沿いから雑木林の中を。もちろん、徒歩ですよ」


 俺の返答を聞いて、サーナリア嬢は静かに、しかし深く息を吐いた。


「そう……なら、先ほどの言葉は訂正させて頂くわ。あなたの言った人物像に、近い者なら知っていましてよ。興味はおありかしら?」


「もちろん――例えば、それがサムって警備隊員でも」


 肩を竦めた俺に、サーナリア嬢は僅かに目を見広げ、しかしすぐに目を剥いた。実に、コロコロと表情の変わるご婦人である。
 俺はもう一度だけ肩を竦めると、ネタ晴らしをすることにした。


「あなたのお父上は警備隊の隊長ですが、あなたが警備隊に所属しているわけじゃない。知ってる隊員なんて、一部でしょう。隊長であるお父上のほかは、数人くらい――例えば隊長と頻繁に行動を共にしている、サムとか」


 俺の明かしたネタに、サーナリア嬢は息を呑んだ。
 その表情を堪能してから、俺は両手を小さく挙げた。


「とまあ、以上の理由が半分くらい。あとの半分は、ただの予想です」


「あなたは……いつもそんな推理をしていますの?」


「推理ってほどのもんじゃありません。推理って言う気もありませんし。ただの、状況判断と可能性の取捨選択です」


 最後に微笑む俺を見て、サーナリア嬢はなにやら納得した顔をした。目は俺を睨むように険しいが、口元に微かに笑みが浮かんでいた。


「……なるほど。クリスティーナの言うとおり、確かに有能ですわね」


「クリス嬢から、俺の話を?」


「ええ。手紙で。彼女と恋仲というのも本当?」


「ええ――クリス嬢とは、恋仲ですよ。この前も言いましたけど」


 俺が答えると、サーナリア嬢はようやく表情を緩めた。


「あなたの評価を変える必要がありそうね。恋人がいるのも、事実みたいですし……こちらの質問は、九割ほど終わってしまったわけですけれど」


「それでは……こちらから、もう一つ質問を。サムはなにか言ってました? その……町から出たことについて」


「そうね。あなたが町から出たってだけ――そういえば馬車でって言ってましたけれど」


「馬車なんか、使ってませんよ?」


「ええ。でも町の出入り口には辻馬車とか多いですから、見間違えた可能性はありますでしょ? サムと長話をしたくありませんでしたし、詳しくところまで聞きませんでしたわ」



 どこか――控え目な表現で言えば、黒い害虫を見るような表情で、サーナリア嬢は小刻みに首を振った。


「もしかしてサムのこと……苦手ですか?」


「そうね……あまり、会いたくは御座いませんわ。あの、ねっとりとした視線! 嫌われまいとして必要以上にへりくだった態度……話をするだけでも、彼を生きたまま棺桶の中に突っ込んで、地中深く埋葬したくなりますわ」


 ……なかなかに、酷いことを言うものである。

 俺も似たようなことを考えるときがあるけど……それは敵意を向けてくるヤツか、怪しい呼び込みくらいなものだ。
 性格きっついわ……この人。
 俺が無言で苦笑していると、サーナリア嬢はなにかを思い出したように、小さく顔をあげた。

「そういえば、わたくしの質問は一つ残ってましてよ……お訪ねしても?」


「どうぞ」


 俺が促すと、サーナリア嬢は組んでいた腕を解いた。代わりに、両手を軽く組みながら微笑んできた。


「わたくしの依頼は、このまま続けて頂けるのかしら?」


「もちろん。こちらとしても、引くに引けない事情と理由ができましたし」


 俺が答えると、サーナリア嬢は俺の真似をしたのか――戯けたように肩を竦めた。


「あらあら。その理由が、殺伐としたものじゃないといいですけど」


 それは気分次第だ。せめて心か骨かを折らない限り、俺の怒りは収まらない。そんな言葉を呑み込んで、俺は立ち上が――りかけて、また座り直した。
 目をぱちくりと瞬かせたサーナリア嬢に、俺は少し悩みながら話しかけた。


「えっと……すいません。一つだけ気になることが。さきほど、お父上と口論なされていませんでしたか? 訪問前に、声が聞こえてきて……少し待ったもので。その、少し気になって。不都合があるのでしたら、答えなくて構いません」


 俺の問いに、サーナリア嬢は表情を曇らせた。
 そりゃまあ……もしかしたら、単なる家庭の事情かもしれないわけで。本当にそうなら、他人にあれこれ聞かれるのはイヤだよなぁ。
 しかし、サーナリア嬢は溜息を吐くと、怒りの浮かんでいない目で俺を見た。


「そうね……その状況でしたら、お気になりますわよね。お父様が……明後日、囚人の護送をいたしますの。それだけならいいんですが……無届けの娼婦を捕らえたいそうで、わたくしに囮をと言ってきましたの」


「それは……その、お父上は頻繁に娼婦も捕まえておられる?」


「いいえ。今回が初めてですわ。ただでさえ、詰め所の牢は満杯ですのに。治安に関係のないところまで手を入れるのは、流石にやり過ぎですわ」


「それで口論……ですか。なるほど。警備隊の詰め所の牢は、見ましたよ。あれ以上の囚人を入れるのは無理でしょうね」


「ええ。ですから、質の悪い犯罪者を優先するべきですわ。まったく……なんだって娼婦なんか」


 サーナリア嬢は口論したときの苛立ちを思い出したのか、鼻息荒く言い捨てた。
 ドレイマンが幻獣に憑かれてるかの判断材料になると思ったけど……これじゃあ全然わからない。
 これ以上の滞在は、双方にとって時間の無駄だ。
 俺は立ち上がると、軽く一礼をした。


「それでは、そろそろ行きます。最後の無遠慮な質問にも答えて頂き、ありがとうございました」


「いいえ。久しぶりに楽しいお喋りができた、お礼ですわ」


 仕事の話を『楽しいお喋り』というのも、なんだかなって気がするけど……話に飢えているのかもしれないな。
 俺は改めて暇を告げると、屋敷から出た。
 幻獣に憑かれた人間は、ドレイマンかサムのどちらかに絞れそうなんだけど……前みたいに、ベヒーモスが片方を操っている可能性もあるからなぁ。


「さて……どうやって見極めるかな」


〝ベヒーモスの本体が憑いた人間のことか?〟


「うん。この前の二人のどちらか――って線で考えてるけどね。両方当たってみるしかないかな?」


〝それも一つの手だな。それで、どちらから行くのだ?〟


「そりゃもちろん、サムからでしょ。サーナリア嬢から話を聞いて、個人的に怪しさ爆上げ続行中だよ」


 俺の返答に、なにかを感じたらしい。ガランから、すぐの返答がなかった。
 数秒の間をおいて、やや力のない声が返っていた。


〝問答無用で暴力に訴えるのは、感心しないが……〟


「やだなぁ。人違いだったら困るし、ちゃんと自白はさせるつもりだよ。もしそれで襲撃犯だった場合は、容赦しねーけど。どっちにしても、サムを見つけないと……こればかりは運かなぁ? まずは、商店の多い通りへ行ってみるつもりだけど」


〝商店――なぜだ?〟


「そりゃ、あの体型を維持してるなら、買い食いの常習だと思うんだよ。あの辺を見張ってれば、そのうち来るでしょ」


 ガランに答えると、なるべく周囲に溶け込むように歩きながら、俺は移動を始めた。まだ、サムやドレイマンに俺が生きている――もしくは町にいることを悟られたくない。
 上着の襟を立てて歩いていると、俺の腹から空腹を訴える悲鳴が聞こえてきた。

 ……そーいえば、まだ昼飯を食べてないか。

 通りに行ったら飯を食おう。昨日行ったときに見つけた飯屋に入ろう――そう決めた俺は、少しだけ歩く速度を速めた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

そして、新年あけましておめでとうございます!
旧年中はお世話になりました。本年も、どうか宜しくお願い致します。


わたなべ ゆたか です。

こちらでは、新年のご挨拶は初ですしね。

ちなみに、かじんだ手でタイプしていると、そこそこの頻度で「新年」を「深淵」とミスタイプします。
……こっちを覗いてくる新年ってイヤですね、なんとなくですが。

お正月の三日間、初詣ついでのマクドへ行ったっきり、引きこもってます。
うーん……少し散歩でもしようかな? 明日から仕事です……し。ああ、仕事かぁ……(絶望

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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