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第六章 忘却の街で叫ぶ骸
二章-3
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クリス嬢とロバートに支えられながら、俺は宿に戻った。
クレストンはともかく、サーシャ嬢とエイヴにはひどく驚かれてしまった。少なくとも二日は安静という医師の指示に従い、俺はすぐさまベッドに寝かされてしまった。
「いや、全然大丈夫ですよ」
と言ってはみたんだけど……女性陣の猛烈な反論に、俺は屈することとなった。
ベッドで寝ている俺の横で、ロバートは皆に状況を説明していた。
「詰め所で、袋が落ちているのを見つけまして。椅子の場所からトラストンさんのだと気づいて、あとを追いかけたんです。そうしたら、裏路地から女性の声が聞こえてきましたので、もしやと思って駆けつけた次第で」
流石、俺。目論んだこととは、違う結果になったけど。でもロバートはちゃんと、俺たちのあとを追ってきてくれた。
そのお陰で、俺は助かったわけだけど……一番の恩人は、きっとあの看護婦さんだ。
今度会ったら、ちゃんとお礼を言っておこう。
そのあと俺の代わりに、クリス嬢がロバートとの事情聴取をしてくれた。似顔絵については、翌日に専門の警備隊隊員が来るという。
ロバートが去ってから、クリス嬢とサーシャ嬢は俺の看病と称して、濡れた布とか食事などを部屋に運んできた。
クレストンは、ローウェル伯爵へ手紙を書いているらしい。内容まではわからない、ということらしいが……金策かな?
オレオレ、クレストンだけど。お金が足りなくなってるから、金貨で一〇〇枚送って。
……とか書いてたらどうしよう。まあ、俺にくれるんなら別にいいけど。
そんな状況を、俺はエイヴから聞いていた。
二人して時間をもてあましているわけだから、暇つぶしに会話が増えるのは当然だ。
「そのおばちゃん、ぜんぶ忘れてたの?」
「そうなんだよ。薬の影響だと思うんだけど……」
話をしながら、俺はゼニクス中央病院から失敬してきた、二つの小瓶のことを思い出した。不法侵入に窃盗と、昨晩はかなりやらかした。だけど、収穫は十二分にあったと思う。
俺はふと、エイヴが持っているユニコーンのことを思い出した。
傷を移す――という、治癒にしては不完全な力を持っている幻獣だ。俺は閃きに似た感覚に従って、質問を投げかけた。
「そういえばさ。ユニコーンって、解毒とかできないのかな?」
「解毒って?」
「ええっと……毒を消すこと、かな? どうだ、ユニコーン」
ユニコーンに話しかけてみたが案の定、返答はない。
俺は溜息を吐いてから再度、問いかけてみたが……結果は同じだ。まったく、この野郎……女としか会話しねぇ。
こういうときに、クリス嬢がいればいいんだけどな。どうやら、外出しているみたいだ。
ユニコーンから強引に情報を引き出すために、エイヴに頼るのも気が引けるし……と思っていたら、ガランとレヴェラーの声がした。
〝ユニコーン。話をせぬか〟
〝そーだぜぇ? だんまりっていうのは、性格の悪さが露呈するってもんだ〟
ガランとレヴェラーの追求されたからか、ユニコーンのか細い溜息――いや、息は吐かないと思うけど――が聞こえてきた。
〝豚もどきはともかく、王のご指示とあればしかたないや。それで、解毒だって? もちろんできるさ。僕のツノは元々、解毒の力があるんだ〟
「本当か? じゃあ――」
〝だけど、今の僕には肉体がないから、ツノが存在しない。だから、その力を使うときは角の代わりの肉体で、毒をろ過しないといけないんだ。これはもちろん、君たち人間ってことになるだろうね〟
ユニコーンの話は淡々としていて、やけに真実味があった。
治癒の力はユニコーンのツノが、かなめとなっていたんだろう。魂だけの存在となった今は、ツノの代わりになるものが必要になる――と。
今回の場合――ナターシャに解毒の力を使うってことだ――、死ぬことはないかもしれないが、俺もすべてを忘れてしまう可能性が高い。
「……ろ過って言ったけど。毒は弱くなっていくのか?」
〝当たり前じゃないか。そうでなければ、解毒なんて言わないよ。毒にもよるけど、徐々に弱くなっていくんだ。それくらい、すぐにわかってよ〟
最後に付け足された、〝バカなの?〟という余計なひと言は、俺のほうで無視する努力をした。
今は、脳みそをそんなことに使っている余裕はない。危険性と安全の確保、それに……一番の問題は、クリス嬢の説得だろう……なぁ。
店に隠した、俺のへそくり――もちろん、税対策の――に誓ってもいい。
クリス嬢は俺の案に、断固として反対するだろう。
そのあとで、ゼニクス中央病院から失敬した薬を調べたいし。今はとにかく、情報を集めるための手段を選んでられない。
怒られるのは覚悟の上だ。
俺はユニコーンに渋々、礼を言った。
「だいたい、わかった。ありがとう」
〝なんか、口調が平坦じゃないか? まあいいけど〟
どうやら、棒読みという言葉は知らないらしい。
まだまだ、甘いな――と、根拠のない自己満足に浸ってから、俺は首をエイヴに向けた。
「このことは、クリス嬢やクレストン、サーシャ嬢には内緒にしておいてくれ」
俺はエイヴを見ていたけど、しかし内容的には、ここにいる全員に向けた発言だ。
幻獣の中で、返答があったのは〝……承知〟というガランだけだ。ほかの二体からの返答はなかったけど、まあいいや。
そんな中、エイヴは不思議そうな顔で首を傾げた。
「トト、どうしてなの?」
「うん? ああ、もしかしたら心配をかけちゃうかもしれないし。知らせないほうが、いいんだよ」
「ふぅん。トトがそう言うなら、そうする!」
まっすぐな目を向けてくるエイヴに、俺はかなり強めの罪悪感を抱いた。
まあ、嘘は言ってないけど……けど、伝えた内容に比べて、言ってないことが十倍以上はある気がする。
なんか……純真な目で見つめられるのが辛い。
この一件が終わったら……なにか美味しいものを食べに、連れて行ってあげよう。考えかたに、従姉の叔父さん感が出てるような……きっと気のせいだ、うん。精神的ケアのため、そういうことにしておこう。
血を失っているせいか、どこか身体が重い。それに加えて横になっていることで、睡魔がやってきてしまった。
「エイヴ……ごめ、ん……少し寝る……から」
「うん。おやすみ、トト。エイヴもお昼寝する」
その言葉の意味を理解できないまま、俺の意識は深い眠りに落ちていった。
*
トトとエイヴが昼寝をしたあと。
ベッドの横にある棚の上では、トラストンが竜の指輪と呼んでいるガランの本体から、半透明のドラゴン――ガランが姿を現した。
ガランはすぐ横に置かれていた、メノウのブローチに鼻先を寄せた。
〝レヴェラーよ。姿を見せよ〟
〝はい――わかりやした〟
半透明の太った象――レヴェラーが姿を見せると、ガランは幻獣の王としての威厳を露わに、後ろ足だけで立ち上がった。
〝先ほどは返事がなかったが……不満でもあったのか?〟
〝王よ……黙っていろ、というのは納得しかねるんでさぁ。正しいと思うなら、正々堂々話し合えばいいでしょう? 沈黙は嘘じゃねぇって理屈は、承服しかねますぜ〟
レヴェラーの返答に、ガランは瞼を閉じた。
理屈は正しい――と、ガランは理解していた。だが、トラストンがなにを考えているか、長い付き合いであるガランには予想が付いていた。
〝きっと――レヴェラーよ。おまえのほうが正しいのだろう。だが、今はトトの思うとおりにさせてやって欲しい。これは恐らく、トトなりの男気だ〟
〝男気――〟
レヴェラーは最後の言葉を復唱しながら、どこか遠い目をした。
それは呆れているというマイナスの感情ではなく、どこか恍惚としたような、胸の高鳴りが充ち満ちた感情の表れだ。
〝王よ。そういうことでしたら、仕方ないってもんです。男気! 良い気概じゃねぇですか! よござんす――俺様も一肌脱ぎますぜ!!〟
興奮気味に脚をばたつかせるレヴェラーを、ガランはどこか引き気味に見ながら、こう思っていた。
〝こやつ――予想以上に単純であったか〟
トラストンの考えを尊重したとはいえ、ガランはレヴェラーを焚き付けたことを少しだけ後悔した。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
急に暖かくなりました。ただ、朝と昼間の寒暖差が、17度くらいありまして。
朝に合わせると、10時くらいから暑くなります。でも昼間に合わせると、朝が寒くて、お腹が冷えそうになります。
これ、上着一枚の問題ではなくて、裏起毛のインナーが原因でして。
ちょっと脱ぐって出来ないのが難点です。敷地内や車の中で着替えるにしても、問題が。余所の業者の話ですが、たまたま通りかかった人からクレームが入ったとかで。
世知辛くないですかね、最近。
もうちょい、外仕事の人に優しさをお願いします。特に、○○市北区○○町にお住まいの○じじ○。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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