転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました(完結)

わたなべ ゆたか

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第六章 忘却の街で叫ぶ骸

二章-4

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   4

 日差しが徐々に低くなってきた空は、わずかに赤みを帯び始めていた。気の早い辻馬車は、御者台のランプを灯し始めていた。仕事終わりって帰宅、または飲みに行く者たちが増えてきた。
 包みを持って街の通りを歩いていたクリスティーナは、緊張した面持ちで横を歩くクレストンに、忍び笑いを漏らした。


「そんなに、緊張なさらないで? そうそう、襲われるなんてないと思いますし」


「……そうは言うけどな、クリスティーナ。トトに、あんな大怪我をさせるヤツがいるんだろ? 警戒だってするさ」


 ポケットをもぞもぞと動かしているのは、ナイフを握り直しているからだ。
 クリスティーナは苦笑しながら、今度は微笑んだ。


「今日は、ティアマトも連れてますから。多少のいざこざだって、凌げると……」


 言葉の途中で、なにかを思い出したらしい。語尾を濁してしまったクリスティーナに、サーシャが眉を寄せた。


「どうしたのよ?」


「……トトが怪我をした一因は、わたくしにあると思っていますの。あのとき……急に手首を掴まれて、声を出してしまったから」


 目を伏せるクリスティーナは、沈んだ感情が表に出たのか、歩みが遅くなっていた。
 腕を切られる直前、トトが小さく悲鳴をあげた自分を見たことに、クリスティーナは気づいていた。


「わたくしは……トトを助けるつもりでしたのに。もしかしたら、足を引っ張っているのかもしれませんわね」


「あのな……それ、トトには言うなよ?」


 溜息交じりなクレストンの発言に、クリスティーナは顔を上げた。
 クレストンは少し照れたように顔を背けながら、ワザとらしく盛大な溜息を吐いた。


「あいつ、こういうことを俺たちの所為にするヤツじゃないだろ。発言だけ聞いてると、『こいつ糞野郎だな』って思うときもあるけどさ。でも、他人に責任を押しつけたりはしないって思ってる。
 赤の他人の命を救おうとする理由とか、わからないことも多いけどな。でもさっき言った一点だけは、信じられる」


「えっと、お兄様。それって、正義感ではありませんの?」


 したり顔のサーシャに、クレストンとクリスティーナは首を捻った。それは悩むと言うより、『それは違うんじゃない?』という意味合いが強い。             


「正義感……なのか、あれは?」


「多分ですけど、違いますわ。たとえば……悪人が誰かを殺そうとしているのを見て、『許せない。助けなきゃ』というのが正義感だと思いますの。トトの場合は最初に……トトみたいに言えば『むかつくから悪人をぶん殴って、あの人を助ける』なんだって、わかってきましたわ」


 クリスティーナの例え話に、クレストンは吹き出した。


「ああ、間違いない! そんな感じだな、きっと」


 破顔するクレストンを見て、目を丸くしたサーシャだったが、すぐに少し面白くない顔をした。
 トトのことを理解しているクリスティーナと、それに同調したクレストン。その二つのことを目の当たりにして、再び嫉妬心が沸き上がったのだ。


「もういいもん」


 サーシャが膨れっ面でそっぽを向くと、クレストンは苦笑いで背中に手を添えた。
 長年、兄妹としてやってきただけあって、サーシャがなにに対して不機嫌になっているのか、クレストンには手に取るように分かった。


「むくれるなよ……クリスティーナはここしばらく、トトと色々やってきたんだ。理解の具合が違うのは、仕方ないだろ?」


「……そうだけど」


 膨れっ面で睨んでくるサーシャに、クレストンは苦笑した。


「機嫌を直せよ。今度、タルマンの店に連れて行ってやるから」


 ドラグルヘッドにある、貴族御用達の御菓子屋の名前に、サーシャの顔に朱が差した。
 しかし、それで苛立ちが消えたと思われるのが癪で、サーシャはクレストンを睨み続けた。


「……クリームたっぷりのケーキじゃなきゃイヤ」


「ああ……わかったよ」


 そこそこ値の張る品を指定され、クレストンは苦笑いから一転、やや表情を強ばらせた。
 クレストンの記憶が確かなら、それ一品で平民の日給を軽く超える額だからだ。クレストンの自由にできる私費は、実のところさほど多くはない。
 社交場での付き合いや、私物の購入で大半は消えてしまう。


「言うんじゃなかったかも」


 そんな呟きを聞いて、クリスティーナは微笑んだ。


「兄妹の仲がよろしくて、羨ましいですわね」


「クリスティーナのところは、違うの?」


「そうですね……我が家では、兄や姉たちととは、あまり付き合いがありませんの。二人とも、仕事を持ってますし」


「一番暇だからって、お爺様の世話係……か? そこはうちと一緒だな」


「そうよね。お兄様は、仕事が決まるまで……って話ですけれど」


 サーシャが肩を竦めるのを見て、クレストンは「はしたないぞ」と釘を刺した。
 クリスティーナは、そんな二人の様子に微笑んだ。感情の起伏が激しいが、この兄妹の仲の良さは本物だ。


(でも……わたくしとトトは、どうなのかしら?)


 互いに好意を持っているのは、間違いがない。店で過ごしている時間だって、和やかに過ぎている。
 しかし、進展としては遅々としているし、トトからもう一歩を踏み出す気配が感じられない。
 これは、ローウェル伯爵を警戒してのことだろうが……クリスティーナにとっては、不安を覚える理由でしかない。
 暗い予感が頭を過ぎったクリスティーナは、軽く頭を振った。


「……どうした?」


 そんな様子に気づいたのか、クレストンが怪訝な顔をした。
 クリスティーナは首を振ると、無理矢理に笑顔をつくった。


「……いいえ。なんでも」


「なにかは知らないが、気にしすぎるなよ?」


「……ええ」


 クリスティーナが頷いた横で、サーシャが「あ!」と声を挙げた。
 サーシャの視線の先にあるパン屋から、クルミの香りがしていた。どうやら、クルミを練り込んだパンを売っているらしい。


「ねぇ、これも買っていかない? トトも変わったものを食べたいと思うの」


 サーシャの意見に、クリスティーナとクレストンに異論はなかった。

   *

 熟睡していた俺は、若い女の悲鳴に似た叫び声で目を覚ました。
 誰か部屋に入ってきたのかと、鉛のように重い頭で考えながら、俺は起きようとして――指先に柔らかいものが触れた。


 ……なんだ?

 俺はかなり苦労をして瞼を開けると、横でエイヴが眠っていた。

 ……数秒の思考停止。

「あ……れ?」


「あれ、じゃなーい!!」


 部屋に飛び込んできたサーシャ嬢が、ベッドのシーツを剥ぎ取った。その下では、俺の見舞いに来たままの格好で、エイヴが呑気に寝息を立てていた。

 ……そういえば、昼寝をするって言ってた気がする。

 ぼんやりとした目でドアを見れば、顔面蒼白となったクリス嬢と、目頭を押さえて嘆息しているクレストンの姿があった。
 なにがどうしたんだ――と思っていたら、クリス嬢が目に涙を浮かべながら俺を見た。


「トト……そんな若い子がいいのですか?」


「……なにを言ってるんです?」


 腕の痛みを堪えながら身体を起こした俺に、クリス嬢は今にも泣きそうな顔でのたまった。


「関係も進展しようとする気配がありませんし、なにか……おかしいと思ってましたの。まさか、そんな幼い子が好みだったなんて」


「あ、いや、言ってることが意味不明で」


 尋常では無い雰囲気と状況に、俺は鈍くなった頭をフル回転させた。
 泣き始めるクリス嬢と、喚くサーシャ嬢をなだめすかして、発言の内容を確認した。そして、それらを頭の中で咀嚼し、結論を下した。


「なんで俺が、エイヴに対して欲情するって思うんです!?」


 俺の怒声に、クリス嬢とサーシャ嬢はしおらしく頭を下げた。
 まだ傷口が痛むのに……。
 クレストンとサーシャ嬢が部屋から出て行ってから、俺はベッドの上でクリス嬢の横に座った。


「まあ、進展が遅いと思うのは、申し訳ないですけど。でも、婚姻もまだなのに、これ以上のことは出来ないじゃないですか」


「それは……そうですけど」


 先ほどの言動の影響か、クリス嬢の頬は赤く染まっていた。
 俺の意気地がないから心配させたようだ――というのは、流石に理解できる。俺はまだ照れを感じながら、クリス嬢に口づけをした。
 このあと……別のことで心配させることになると思うと、胸の奥が痛んだ。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

とうとう、花粉がキターーーーーーー(大泣

鼻水はそこまでひどくありませんが、目が痒いです。
喉もイガイガしますし、現場仕事へのやる気も出ません。花粉恐るべし。全部花粉が悪いんです。

そんな言い訳を先輩にしたんですが、仕事は休めませんでした。

世の中って、世知辛いですね。

次のアップは日曜日になると思われます。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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