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第六章 忘却の街で叫ぶ骸

三章-4

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 翌朝、クリス嬢の機嫌が良く――顔はまだ不機嫌そうだったけど、俺と話をしてくれるようになった程度には回復してた――なってから、俺はみんなを集めた。
 ナターシャやサイクロプスの依頼など、やることは少なくないけど、俺とクリス嬢を襲った少年ギャング団(仮称)の対処を最優先事項に決めたからだ。
 昨晩、ざっくりと考えた作戦……というには、曖昧さが目立つが、一つの案として提示したんだけど。
 予想通りというか、クリス嬢が不満を漏らした。


「トトが囮になるって……また、そうやって自分を危険に。怪我だって、まだ完治していませんのに」


「まだ左腕は痛みますけど……だから、クリス嬢たちの動きが重要になるんです。それに、囮といっても子ども相手ですからね。大物は警備隊に任せるつもりですよ。クリス嬢やクレストンたちは、警備隊でロバートって人に会って、警備隊を動かして下さい。俺はそれを待ってから、動きます」


「それはいいが……向こうが、こっちの予想通りに動くとは限らないだろ。そんときは、どうするんだ?」


「そんときは、子どもらの動きをこっちが逆に利用しますよ……といっても、そこは流れ次第ですけど」


 クレストンへの答えを聞いて、クリス嬢の顔が少し険しくなった気がする……なんとなくだけど、俺の行動の予測がついたのかもしれない。
 俺は誠実な表情を心掛けながら、両手を小さく挙げた。


「無茶はしません。誓います。今日が駄目なら、明日とかに再度挑戦ですね。手始めに……クレストンは午前中に、どこかで手帳くらいの鉄板を二枚ほど、買ってきて下さい」




 とまあ、そんな感じで。昼飯を食べてから、作戦は決行されたわけだ。
 俺は午前中に、ガランの魔術――精神接続を二つに、反応増幅を三つ、残る一つは暗視――を身体に刻んだ。
 これで、荒事になっても時間は稼げる筈だ。
 警備隊の詰め所が見える場所にいた俺は、クレストンとロバートが出てくるのを見てから、街を歩き始めた。
 大通りを歩いていた俺は、囮に使った宿が見えるところで、ジッとこちらを見ている視線に気づいた。
 目の端――大通りを挟んだ右側の路地に、子どもの姿がある。俺は視線に気づかない振りをしながら、やや歩調を遅くした。
 いくつかの路地を通り過ぎたけど、前回のように少年たちは俺を取り囲んではこなかった。
 どうやら、滞在している宿を探す方針にしたようだ――あのボス格の男の考えか、それとも別の誰かなのかまでは、わからないけどな。

 ということは、作戦変更だ。

 俺は細い枝道に入ってから、すぐの角を曲がった。
 ザッと周囲を見回してみると、すぐ右側の壁に取っ掛かりがあるのを見つけた。俺はその取っ掛かりを頼りに、壁を登った。
 二階の窓の辺りまで登ると、ジッと来訪者を待った。
 
 ……っていうか、子どもの足だから遅いな。

 いい加減、つま先や手が疲れてきたと思っていると、帽子を目深に被った少年――まだ五、六歳くらいだ――が路地を曲がってきた。
 かなり走ったのか、息が荒い。周囲を見回すけど、やはりというか、上への注意はおろそかだ。


「どうしよう……いない」


「ねえ、いた?」


 遅れて来た二人目に、最初の少年が首を振った。
 二人とも、どこか顔色に恐怖が滲んでいた。あのボス格の男が、配下の少年たちを恐怖で支配している証拠だ。
 俺のほぼ真下で、二人の少年は顔を付き合わせていた。


「僕は、もう少し探してみる。そっちは、みんなを呼んで来て」


「う、うん。わかった」


 二人目が大通りに戻っていくと、最初の少年は小走りに路地を進み始めた。俺は手を離して飛び降りると、少年の背後へと降り立った。
 着地した音で、少年は立ち止まって振り返りかけた。だが、その前に俺は背後から少年を羽交い締めにした。
 右腕を少年の首に回し、弱い力で締め付ける。


「おいガキ……俺になにか用事があるみてぇだな」


 ドスを利かせた俺の声に、少年の身体がビクッと震えた。
 中々に、効果は絶大――そう思いつつ、俺は脅し続けた。


「俺に用があるのは、てめぇんところのボスか? 答えなきゃ、首を絞める」


 俺の脅迫じみた問いに、少年は小さく頷いた。


「なら、そこへ連れて行け。いいな――下手な動きを見せたら、こいつで差す」


 腰から投擲用のナイフを抜いた俺は、少年の目の前でちらつかせた。すると、少年は怯えながら、ほとんど振動と変わらないような動きで、何度も頷いた。
 あまり気は進まないが、相手方の本拠地で作戦を決行するしかない。俺がゆっくり拘束を解くと、少年は身体を強ばらせたまま、俺を振り返った。


「それじゃあ、案内しろ」


 俺が顎で歩くよう促すと、少年はトボトボと歩き始めた。
 三歩分だけ後ろを歩く俺は、周囲を見回した。通行人に紛れるように、数人の子どもたちの姿があった。それとは別にクレストンとロバートが、俺の姿を目で追っていた。
 少年の先導で俺は街の端っこにある、倉庫が立ち並んだ一角に辿り着いた。倉庫街――というには、やや寂れている。
 どうやら、今では使われてないようだ。
 その中にある、白い塗装がほとんど剥がれかけた倉庫の前に、十人ほどの少年たちと、この前の襲撃者の姿があった。


「行っていいぞ」


 俺の声に一度は足を止めたものの、少年は仲間たちの元へと駆け出していった。子どもたちの年齢は、五歳くらいから、上は一〇歳くらいか。
 俺は襲撃者を睨みながら、口元に薄ら笑いを浮かべた。


「ガキしか相手にできねぇ、ヘタレ野郎がいるって聞いたんだけどな。てめえのことだったか」


「あ? この前は手も足も出なかったヤぁツが、大口を叩きやがる。わざわざ殺されに来るとはな……これはなんだ、手間ちぇまが省けていいってもんだ。
 大体なあ……真面目に働いて、普通に生きてますって顔しやがって! てめぇみたいな真面目馬鹿は、愚かで、愚鈍ぐどぉんで、間抜けなんだよ! 格好悪いったらねぇぜ? なあ、おまえら!」


 襲撃者が笑い声を上げると、周囲の子どもたちも笑い声をあげた。だけど、その笑い方はどこか――無理矢理な気がする。
 ひとしきり笑ったあと。
 舌なめずりをしながらナイフを抜く襲撃者は、周囲の子どもたちへと顎をしゃくった。


「てめぇら、あいつをぉ、取り押さえろ」


 その言葉で、子どもたちが一斉に俺を見た。
 さすがに、これだけの数が一斉に来たら厄介だ。俺は短く息を吐くと、素早く周囲を睨んだ。


「ガキども……一つ言っておく。もし俺を取り押さえようとしてきたら、こっちも容赦なくぶっ飛ばすからな。目が潰れようが、鼻がひん曲がろうが、関係ねぇ。ガキだからって手加減しねえから、その覚悟で来い!」


 俺が怒鳴ると、子どもらの動きが止まった。
 それを見て内心ホッとしながら、俺は襲撃者へと余裕の笑みを浮かべた。


「そんなガキを使わないと、なにもできないのか。まあ、そうだよな。ボクちゃんは、一人じゃ怖いんでちゅよねぇ。怖くて、おちっこもらちてまちぇんかぁ?」


「てめぇ、ぶっ殺す!!」


 よし――ヤツの注意を引きつけた。あとは時間を稼いで、警備隊の到着を待てばいい。


「ガラン、精神接続。レヴェラーは黙ってろ、いいな」


〝承知〟


 ガランの声が聞こえたが、それをまともに聞いている余裕はなかった。
 猛烈な勢いで間合いを詰めてきた襲撃者が、ナイフを二度も突いてきた。守りに専念していたお陰で躱せたが、僅かでも反撃の意志があったら、やばかった。
 それほどに、鋭い斬撃を繰り出してくる。

 ……野郎、言うだけのことはある。

 ナイフの間合いから外れた俺に、襲撃者は残忍な笑みを浮かべた。


「どーしたよ! 口先だけの、真面目な庶民馬鹿が!!」


 俺の左胸を狙いながら、襲撃者は罵倒を繰り返した。


「真面目野郎が! 世の中をずる賢く、手柄を横取りしながら生きていけねぇヤツは……搾取されて死んでいけ!」


 ナイフの斬撃を躱しながら、俺の中で苛々が募ってきた。
 それが怒りに変わるのに、さほど時間はかからなかった。クリス嬢には悪いけど――こいつはちょっと許せない。
 俺はナイフを避けつつ、襲撃者の腕を掴んだ。
 ナイフを持つ手を身体の横へと流しつつ、俺は襲撃者の横腹に蹴りを喰らわせた。そのとき、腕を思いっきり俺の後方側へと引っ張った。


「――ぐっ!」


 襲撃者が苦悶の表情を浮かべると、俺は手を離し、素早く間合いを広げた。
 今の一撃で、肘や肩を痛めたはずだけど……そんな俺の思惑通り、襲撃者は右肘を手で押さえていた。


「てめぇ……巫山戯やがって」


 これで、ナイフも躱しやすくなる――しかし、襲撃者は再び笑みを浮かべた。
 ズボンのポケットから見覚えのある小瓶を取り出すと、それを一息に飲み干した。瞬間、白目を剥いた襲撃者だったが、すぐに喜悦に似た笑みを浮かべた。


「っはぁ! 最高だぜぇ――阿片でも最高なのに、その改良だ! 脳みそから滴る鼻水が、俺の内臓で空を飛ぶ目玉だぜぇ! 血の色が地獄ひぎょくに行っちまって、全部ぶっとべらぁ!!」


 襲撃者は訳の分からぬことを叫びながら、痛めたはずの右腕を振り回しはじめた。
 俺が身構えた直後、その狂気が浮き彫りになった笑みの襲撃者が迫って来た。無茶苦茶に振り回されるナイフは、先ほどまでとは比べものにならないほど迅い。

 さっきの……薬の影響か?

 上着を掠めるスレスレでナイフを躱すが、それもいつまで保つか――薬で理性を欠如させながらも、性格に左胸を狙う襲撃者に対し、俺は最後の手段を使う決心をした。
 機会は一瞬、これを逃せば、きっと次は無い。


「ガラン――補助よろしく」


〝あ、ああ〟


 ガランの応答を聞きながら、俺は身構えた。
 足を止めた瞬間に、ナイフが俺の左胸に突き刺さる。しかし……その切っ先は、上着を貫通しなかった。


「ああっ!? 赤い糞が雨にならねぇ!?」


 襲撃者の動きが止まった瞬間、俺はヤツの手を両手で掴みながら、素早く後ろへと廻り込んだ。あとは――勢い。
 俺は右手でナイフを持つ腕を掴んだまま、左の前腕を襲撃者の右肘に叩き込んだ。
 バキ――という音が、襲撃者の腕から聞こえた。


「あ――?」


 痛みを感じていないのか、襲撃者は不思議そうな顔で地面に落ちたナイフを見た。
 俺は手を離すと、こっちへと向けた襲撃者の顔に殴りかかった。丁度、右の眉あたりに拳を受けた襲撃者は、勢いを殺しきれずに仰け反った。
 その一撃を皮切りに、俺の反撃が始まった。


「さっき、真面目馬鹿とかほざいてたな! 自分が真面目にやっても成果があげれねぇからって、普通に生きてる人間を馬鹿にするんじゃねえ!!」


 襲撃者の顔面を殴り続けたあと、俺は靴底で膝の下あたりを蹴った。
 その一撃を受けて片膝を付けた襲撃者の顎を狙って、俺は左脚を軸にした蹴りをお見舞いした。


「それにな、正直者が格好悪いとか、てめえの決めた価値観だろうが! そんなものを他人に押しつけるヤツは、人間性の根底から糞野郎なんだよ!!」


 両目を酷く腫らし、鼻血に口も僅かに歪んだ襲撃者が振り回す左手を払うと、俺はヤツの頭を右手で掴んだ。


「ガラン、反応増幅。対象は――阿片の作用」


〝承知した〟


 ガランの声が聞こえた途端、襲撃者の動きが止まった。
 両手をだらんと垂らし、口は虚ろに開けていた。


「あ……あ……ウヒャ……アヘェ……あはぁ……フヒヒャァ……」


 脳内で阿片の成分が増幅されたのか、襲撃者は意味不明の声をあげながら、口元に笑みを浮かべはじめた。
 俺が軽く胴体を蹴ると、襲撃者はそのまま地面に倒れた。
 俺は左胸に触れると、仕込んでいた鉄板を突いた。クレストンに手に入れてもらった鉄板は、上着の左胸と左の袖に仕込んである。
 防具のつもりだったけど……まあ、想定外のところで役に立った。
 周囲の子どもたちが唖然としている中、ようやく駆けつけた警備隊の姿が見えてきた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

今回の話は、所謂あれです。

違法薬物駄目絶対。

以下余談。

中の人の地域は、昨晩からずっと雨です。
そのせいか、今日はここ最近と比べると、気温が低めです。こういうときに体調を崩しやすいですので、皆様もお気をつけ下さい。

これで花粉をすべて洗い流してくれたらいいな、と思いつつ……杉が終わっても、檜が待ち構えているという絶望感で一杯です。
これを解決するには、悪魔召喚くらいしかないかも――最近、ちょっとそんなことを考えます。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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