転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました(完結)

わたなべ ゆたか

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最終章前編

プロローグ

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 転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました
 最終章 二つの魂、一つの体 前編


 プロローグ


「総員、整列!」


 日差しの中、分隊長の号令で、兵士たちが一列に整列した。
 テントの中にある椅子に座りながら、男は直立不動の姿勢で命令を述べる分隊長と、配下の兵士たちを眺めていた。
 将軍の制服を着た、筋骨逞しい大男だ。
 揉み上げから口まわりや顎まで繋がった髭、頭髪は短く切り揃えられているが、頭頂部はやや薄い。
 常時厳めしい表情をしているせいか、配下の者たちは必要なとき以外は近寄ろうともしなかった。
 しかし、それは男にとって都合が良かった。
 テントの中に独りでいた男は、外の景色から目を逸らした。


(戦争を始めれば、もう余分なことをする時間はなくなるか)


 頭の中で、もう居なくなった同胞の姿を思い出した男は、しばし目を閉じた。そのまま数分ほど黙考していたが、ふと目を開けると、テーブルで無地の羊皮紙に名を記した。
 羊皮紙を手にテントから出た男は辺りを見回し、目の前を通りかかった中年の士官を呼び止めた。


「少尉。頼みがある」


「――っ!? ……はっ!」


 畏れに表情を強ばらせた少尉が敬礼する姿を無感情に見ながら、男は羊皮紙を差し出した。


「この名の人物の住まいを探して欲しい。各都市の警備隊を頼っても構わぬ」


「はっ! トラストン・ドーベル……軍属の者ですか?」


「いや」


 短く答えてからテントに入りかけた男は、脚を止めた。
 答えが短かったか――そう考えてから、男は少尉を振り返った。


「彼は、ただの民間人だ」

   *

 俺、トラストン・ドーベルはいつものように、古物商の看板を出している店のカウンターの奥で客が来るのを待っていた。
  少しボサボサ感の残った栗色の髪に、平均的な顔つき。服はいつもの、茶色のジャケットとズボンだ。
 今日は朝から、まったく客が来ない。

 ――暇だなぁ。

 そう思っていたときに来たのは、金髪で勝ち気な顔だちの青年、クレストン・ローウェルだった。
 会うのは、前回の事件から二十日ぶりのことだが――クレストンは無言で小さく手を挙げた俺を見て、目を丸くした。


「古物商……おまえ、なんでそんなにやつれてるんだよ」


「……そんなに、やつれてます?」


「おま……ええっと、これで見てみろ」


 クレストンは、脇にあった鏡を俺の顔へと向けた。
 鏡に映る俺の顔は、以前と比べて頬の肉がごっそりと削げ落ちたように見えた。目の下にも隈ができ、目にも精気がなくなっている――気がする。
 俺が半ば呆然としながら鏡を見ていると、クレストンは小さな溜息を吐いた。


「もしかしたらと思うけどな。おまえら、お盛んな感じなのか?」


「その、〝お盛ん〟って言葉に、突っ込みなんか入れませんよ。そんな色っぽいこと、なんにもしてませんってば」


 クレストンが男女の関係を疑ったことは、理解できるけど。
 前回、ファーラーで幻獣絡みの事件を終えたあと、俺の……恋人でもあるクリスティーナ・ローウェルが、俺の家に引っ越してきたのだ。
 所謂、同棲状態なのである。健全な男女、しかも恋人同士が同じ屋根の下で暮らしているのだから、そっちを怪しんでも仕方が無い。
 いや、仕方が無いんだろうけど……そんな展開は、これまで一度も無かったりする。
 俺の返答に、クレストンは怪訝な顔をした。


「じゃあ、いつも二人で、なにをやってるんだ?」


「……火の恐怖を克服する訓練ですけど」


 俺が答えると、クレストンは少しだけ目を丸くし、そして少し考えてから、本気で同情を露わにした顔をした。


「……なんかその……同情する」


「そりゃどうも」


「あら。二人して酷い言い方ですこと」


 濃い赤色のドレスを着たクリス嬢が、店内に入ってきた。
 美人というよりは愛らしい顔立ちに、くりっとしたエメラルドグリーンの瞳。栗色の髪は、後ろで纏めている。
 クリス嬢はティーカップを乗せたトレイをカウンターに置くと、クレストンに微笑んだ。


「恐怖症の訓練だって、わたくしがいたほうが安全ですもの。それに、ここ数日の訓練で、二〇秒も耐えられるようになったんですのよ?」


 その二〇秒というのは、俺が悲鳴をあげるまでの時間である。


「我を失ったときだって、わたくしがトトを宥めているんですから」


 そう言って、クリス嬢は頬を染めながら柔らかく微笑んだ。
 表情のない顔で俺へと向き直ったクレストンは、首を左右に振ってから言った。


「心の底から、同情するよ」


 まさか、クレストンに労れる日がくるなんて。
 そして、感謝する日が来ようとは。
 俺はティーカップのお茶を飲んでから、ただ乾いた笑いを浮かべていた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

突然の最終章、前編とあいなったわけですが。

話の流れ的に、前後編のほうがいいと思った次第です。
カウントダウンが始まりましたが、お付き合い頂けたら幸いです。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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