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最終章前編

三章-3

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   3

 レイモンドの家は、サンドラの街の西側にあった。平屋の住宅が並ぶ地区で、レイモンドの家も周囲にある家屋の例に漏れず、庭のない一階建ての家だった。
 とはいえ小屋という印象はなく、かといって屋敷でもない、平均より少し広めの家だった。
 小屋を出てから、一時間ほどでレイモンドの家を見つけたその手腕に、俺は素直に驚いていた。
 けど、今はそれよりも人質だ。俺は家を見回すと、溜息を吐いた。


「二階がないのか……潜入するのは面倒ですね」


「間違ってはいないが……そういう意見は、俺たちのあとで言ってくれ」


 金髪の男――面倒だから〝金髪さん〟が、呆れたような顔をした。
 ちなみに、マーカスさんの部下たちの名前は、訊いてない。諜報機関の人間の名前を聞いたって、どうせ嘘だし。それに、知ったら知ったで、面倒なことになりそうだし。
 俺は金髪さんに肩を竦めているあいだに、〝中肉〟と〝赤毛〟は姿勢を低くして家の左右へと移動した。
 最後の〝お姉さん〟は俺の側で、周囲を警戒していた。


「俺と、あの二人で侵入する。騒動が起きたら、家の中に踏み込み、人質を確保しろ」


「ちょっと待って下さい。それだと、人質の安全が確保できなくないですか?」


「そういう場合もあるだろう。あくまでも優先順位は工作員の確保、人質は次だ」


 俺はまったく意見の変わっていない〝金髪さん〟に、怒りを覚えた。
 まったく!
 元の世界とは違い、民間人と貴族とで人の価値が異なっている。文明として近代になっていないから、仕方が無い――で、済ませるわけにはいかない。
 俺は盛大に息を吐くと、〝金髪さん〟を睨め上げた。


「違うでしょうが。第一の目的は人質の確保。工作員は次。終わったあと、両国間で〝なにも問題はなかった〟って状態にしないと、意味が無いでしょうが」


「しかし、状況によっては無理な作戦になる」


「無理って言うなら、俺もやりますけど? こういうのは、何回かやったこともありますしね」


「何回か……って、おまえ」


「つべこべ言っている時間もないので。俺がやりますけど、いいですか?」


 俺が詰め寄ると、〝金髪さん〟と〝お姉さん〟は顔を見合わせた。
 しばらく無言でいたが、〝お姉さん〟は諦めたように肩を竦めた。


「トラストン君にも、やってもらいましょ」


「いいのか?」


「マーカスは、何度かやらせてるみたいだもの。いいんじゃない?」


 〝お姉さん〟は、俺に向き直ると小さく頷いた。


「いいわ。任せるけど、いい?」


「もちろん。人質が家から出たら、保護をお願いします」


 俺はレイモンドの家に近づくと、窓に近寄った。
 雨戸は、しっかりと閉じられている。俺は裏口に廻ると、針金やヘラを手に鍵穴を調べ始めた。
 十数年前の型か……ちょっと音が響くかもな。
 俺は鍵穴に針金とヘラを差し込み、なるべく音を立てないよう、慎重にヘラと針金を動かした。
 重い金属音とともに、解錠は終わった。
 俺はジャガイモに差し込んだ鉄板と銅板に、針金を括り付けた。そこから出た二本の針金の先端に、投擲用ナイフを括り付けた。
 針金は数インテトしかないけど、なんとかなるだろう。


「さて……ここからが本番だ」


 ゆっくりと裏口のドアを僅かに開けると、素早く中に入った。

   *

 内部で起きた一騒動については、流石に本職だけあって、締めくくりの手前までは、あっさりとしたものだった。
 ただ、その締め括りが問題だ。
 台所で、口を真一文字に結んだ男が、レイモンドの妻と思しき褐色の髪をした女性へ、マスケット銃の銃口を向けていた。
 その男の左腕は、幼い少女の首に廻されていた。
 状況としては五対一。睨み合いになっているわけなんだけど、相手に人質がいる分、俺たちのほうが分が悪かった。


「貴様ら……スコントラード軍の者か?」


「いいや? ブーンティッシュ国の機密部隊ってヤツ」


 俺が答えると、〝金髪さん〟を初めとしたマーカスさんの部下たちは、一様に「うっ」という顔をした。
 対する男は、俺たちがブーンティッシュ国の人間と知って、怪訝そうな顔をした。だけど様子を見るに、男は俺の言葉を疑ってはいない。
 俺の言葉にはブーンティッシュの訛りがあるし、それは他の四人も同じだ。
 男は俺たちを睨むと、視線を忙しく彷徨わせた。


「なんで、機密部隊がここにいる?」


「貴殿の行為は、越権行為だ。大人しく人質を解放し、我らとともに来い。これ以上は、国際問題に発展する」


 〝金髪さん〟の説得に対し、男はただ歯を剥いただけだ。
 やや下がりかけていた銃口をレイモンドの妻に向け直し、緊張で荒くなった息を大きく吐き出した。


「国際問題が、なんだというのだ。我々の使命に比べれば、些末なことだ」


「……本気か?」


「もちろんだ。ことの是非は、歴史が証明してくれる」


 ……こいつ、俺の嫌いな言葉を吐きやがった。

 こういう、何かに心酔して行動を起こすヤツに、説得なんか無意味だ。どんな状況だろうと――例え、親兄弟、妻や子どもを巻き込むことになっても――、喜んで自爆テロをするだろう。
 俺は頭の中で、身体に刻んだガランの魔術を思い出していた。
 精神接続に、暗視が二つ、反応増幅が二つ、隠行が一つ。こうなるなら、隠行を三つくらいにしておけば良かったな。
 俺は大きく息を吸い込むと、横にいた〝お姉さん〟に「大きな声で説得を続けろって、あの金髪に伝えて下さい」と囁いた。
 訝しみながらも、〝お姉さん〟の目が〝金髪さん〟に向けられた。そして、なにやら指と口パクで、なにかを伝えた。
 〝金髪さん〟は僅かに口を歪めてから、男への説得を続けた。


「こんなことをしても、なにも変わらん。後世の歴史に埋もれて、消えるだけだ」


「そんなことはない! 我々の一撃は、後世に語り継がれる一撃だ!」


 全員の意識が、〝金髪さん〟と男に注がれた。
 その隙をついて、俺は針金を結んだ投擲用ナイフを抜きながら、一歩だけ横にずれた。


「ガラン……隠行と暗視を」


〝承知した〟


 ガランの声と共に、見えない力が俺の身体を包み込む。それを肌で感じながら、俺は息を押し殺した。
 今の俺は隠行の魔術によって、他人から姿が見えない状態だ。
 ただ、この状態も万能ではなく、手足を動かすだけで魔術は解けてしまう。だから、機会は一瞬、しかもたった一回だけだ。
 そんな俺の目の前で、〝金髪さん〟は手を挙げた。


「俺たちは、貴殿を説得に来た……だけだ。ほら、武器だって持ってない。ただ、このままでは貴殿の罪が重くなる。その前に、投降して欲しい」


「五月蠅い! 罪など畏れぬ。貴様らこそ、国のことを思うなら我らの邪魔をするな!」


 男が叫んだとき、レイモンドの妻に向けていた銃口が、僅かに逸れた。これは男の癖なのか、右腕が大きく揺れたんだ。

 機会は、今だ。

 俺は投擲用ナイフを、男へと放った。


「ガラン、反応増幅。対象はジャガイモの電荷移動」


〝承知した〟


 ガランの声がした直後、針金の結ばれたナイフは、男の右肩に突き刺さった。ガランの魔術が発動すると、男に突き刺さったナイフの刃から、ジャガイモ電池から増幅された電気が流れた。 
 例によって、ジャガイモ電池を使ったスタンガンなんだけど。これはどちらかといえば、射出式のものに近いかもしれない。


「が――っ!?」


 男の腕が、硬直した。電気が流れた衝撃で大きく開いた手から、マスケット銃が落ちた。
 俺はガランの魔術が発動した直後に、駆け出していた。マスケット銃を落とした男から、人質の少女を引き剥がした。


「人質の確保を!」


 俺はマーカスさんの部下たちに告げながら、男に殴りかかっていた。
 容赦や手加減なんか、するつもりはない。女子どもを人質にするような糞野郎に、情けなんかくれてやる義理や人情はない。
 顔面を殴打した男が、俺の拳を腕で防いだ。


「やめろ、貴様っ!!」


「やめるか、糞野郎っ!!」


 怒鳴りながら、俺は男の股ぐらを蹴り上げてから、蹲ったところを顔面に膝を喰らわせた。
 大きく仰け反って壁に凭れた男の頬に、俺は殴りかかった。
 あとはもう、一方的だ。自分を護ることすら出来ない男へ、俺は延々と殴り続けた。


「お、おい! もういい。これ以上は、死んじまうぞ」


 羽交い締めにしてきた〝赤毛〟の言葉で、俺は我に返った。
 荒い息をつきながら男を見ると、無残なまでに腫れ上がり、血を流す男は、か細い呻き声を漏らしていた。


「あーあ。尋問とか、どうするんだ、これ」


「五日後……くらいに。こいつの身元と家族を調べることできます? できれば、家族の外見とか住まいも調べて欲しいです」


「五日……いやまあ。やって、できねぇことはないけどさ」


「それじゃあ、お願いします」


 俺は〝赤毛〟から解放されると、〝お姉さん〟に声をかけた。


「あの、よくこの家を見つけましたね。一体、どうやって?」


「酒場でね。レイモンドに懸想をしてるって話をしたら、ちょっと盛り上がって。一目だけでも会いたいって言ったら、親切なお爺ちゃんが教えてくれたわ」


 そう言って〝お姉さん〟は、少しだけ襟を捲ってみせた。

 なるほど、色仕掛け――か。

 それは真似できないわ、俺。
 縛り上げられる男を見ながら、俺は次のことを〝金髪さん〟に告げた。


「今度は、塹壕に行きましょうか。そこで、こいつの仲間が潜んでいるかもしれませんし」


「……おいおい。本気で言ってるのか? どれだけ軍の動きを把握してるんだ、おまえさんはよ」


「ほとんどは、想像と予測です。こっちは任せて、俺たち二人は塹壕ってことで」


 俺が促すと、〝金髪さん〟は頭を掻きながら溜息を吐いた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

途中まで書き上げたところで中断。昼間の現場で熱中症になりかけた中で、「あ、書き直したい」と、半分以上書き直した今回です。

もしかしたら、憑かれているのかもしれません。
どうせ憑かれるなら、ハイヒールの似合う美女の霊がいいので、どうかよろしくお願いします。

本編のことを書いてませんが、良くあることですので、お察し下さいませ。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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