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最終章後編
六章-4
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昼を少し廻ったころ。
ローウェル伯爵の屋敷にいたクレストンは、サーシャやエイヴとともに、伯爵の部屋を訪れていた。
ベッドの上で上半身だけを起こしたローウェル伯爵の横には、マーカスの姿もある。二人からは和んだ雰囲気が感じられず、揃って険しい顔をしていた。
クレストンたちは、そんな空気を感じ取って一様に神妙な顔をしていた。
「皆さん、すいません。急にお呼び出しをしてしまって」
「いや……それはいいですけど。もしかしたら、トラストンのことですか」
溜息混じりのクレストンに、マーカスは「まあ、そうです」と肩を竦めた。しかし、戯けている表情ではなく、口にはどこか自嘲的な笑みを浮かべていた。
気分の良くなる話ではない――そんな空気を感じて、クレストンは横にいる二人を横目に見てから、マーカスに話しかけた。
「あの……二人は外させたいんですけど」
「いえ。二人にも聞いて欲しいんです。その……クリスティーナ嬢についても、ご協力して頂きたいことがありまして」
「……クリスティーナ?」
怪訝な顔をするクレストンの横では、ようやく話の内容を察してきたサーシャとエイヴが、不安げな表情を浮かべ始めていた。
「あの……トト、なにかあったの?」
やや上目遣いで問うエイヴに、流石のマーカスも少し困った顔をした。その様子から、一方的に話をし、ローウェル伯爵の力も借りて、三人に協力を求める腹づもりだったようだ。
助力を求めるよう、一度だけ視線を向けたローウェル伯爵からは、無言で話をするよう促されてしまった。マーカスは諦めたように、深く息を吐いた。
「明日、トト――トラストン・ドーベルを捕縛します。お三方にはご協力をお願いします」
「……いきなり捕縛なんて、穏やかじゃないな。こっちの二人が驚きすぎて、声を失ってしまったぞ」
息を呑んだ姿勢のまま、サーシャとエイヴは硬直していた。そんな二人から、罪悪感のある顔を逸らしたマーカスは、やや姿勢を正した。
「今のトラストンは、トラストンではない可能性があるんだ」
「すまん、意味がわからない」
怪訝な顔をするクレストンに、マーカスは両手を小さく挙げた。
「すまない。つまり……君たちなら理解できると思うから話すが。トラストンは幻獣に身体を乗っ取られている可能性があるんだ」
「……いや、ねーだろ」
「そ、そうよ! だって、ええっと……ガランっていうのが、一緒なんでしょ? さすがに、そんなことはないんじゃ」
クレストンに続いて、サーシャが恐る恐るといった声を出した。
しかし、マーカスは首を左右に振った。
「そのガランが、力を貸している――その可能性もあります」
マーカスが自らの推理を述べると、クレストンとサーシャは表情を強ばらせた。これまで幻獣絡みの事件に関わってきた二人は、ガランとトラストンが友人関係というのは理解している。
しかし、幻獣というものについての知識は、転生者であるトラストンやクリスティーナたちよりも乏しかった。
そんな二人の横で、エイヴは眉を寄せながら一歩前に出た。
「……そんなの、ないよ。だって、ガランはトトの友だちなんでしょ?」
「そうだ。だが、彼も幻獣であることには、間違いがない。残念だが、今は無条件に信じることなどできない」
〝ちょっと――マーカス!?〟
「ああ、すまない。文句はあとで聞くから」
ヴォラへの言葉を聞いて、転生者ではないローウェル家の者たちが訝しがる。ヴォラの声が聞こえているのは、マーカスとエイヴだけだ。
マーカスは咳払いをすると、姿勢を正した。
「申し訳ない。つまり、まだ確証があるわけではありません。それを確かめるために、トラストンを捕縛したいのです。そのために、お三方にもご協力をお願いしたい」
「なんだって? 俺たちに、捕り物へ参加しろっていうのか」
「いいえ。明日、クリスティーナ嬢を屋敷から出さないよう、施錠や時間稼ぎをお願い致します」
マーカスの返答に、クレストンは険しい顔をした。
「そのあいだに、そっちで古物商を捕らえるってわけか?」
「詳細は伏せますが、そう思って下さい」
「クリスティーナは……このことを知らないのか?」
「はい。報せたら、トラストンと逃亡する可能性が……あります。現に、いくつかの貴金属を売って、その資金にしているみたいで」
「うそぉ……駆け落ちじゃない」
頬を染め、少しばかり乙女らしい表情を見せるサーシャに、ローウェル伯爵は咳払いで窘めた。
そういう問題では無い――と言いたそうなのは、伯爵の表情が物語っていた。
マーカスは複雑そうな顔で、話を続けた。
「彼女はまだ、手形としてしか代金を受け取ってません。念のため、銀行にも部下を見晴らせていますが……こちらも人手が足りませんから。ご協力をお願いします」
これ以上の話はありません――マーカスが両手を挙げて、その意志を示したとき、部屋のドアがノックされた。
「旦那様……クリスティーナ様が、お戻りになりましたが、如何致しましょう」
使用人の声に、ローウェル伯爵は口を真一文字にした。
予め、クリスティーナが戻ったら報せるよう言いつけてあった。
「よりによって、今とはな」
「お爺様。俺が行きましょう」
溜息を吐きながら小さく呟くローウェル伯爵に、クレストンがそう申し出た。
小さく頷くことで許可を出した伯爵に一礼をしてから、クレストンは急ぎ足で部屋を出た。
廊下を進んで階段へと出たところで、クリスティーナが玄関から入って来た。少し急いで来たのか、うっすらと額に汗が浮かんでいた。
早足にホールを歩いていたクリスティーナは、階段の手前でクレストンに気付いた。
「あら、クレストン。そんなところで、なにをしていますの?」
「……いや、ぼんやりとしていただけだ」
クリスティーナが昇り始める前に、クレストンは階段を降り始めた。一階まで降りたクレストンは、クリスティーナの様子を伺うようにしながら、控え目に声をかけた。
「古物商のところは、もういいのか?」
「あ、いえ。また戻るつもりなんですけれど。それより、聞いて下さい! トトの記憶が、少しずつ戻っているようなんです。今朝も……この屋敷で幽霊騒ぎがあったときのことを話してくれて」
「……それは、本当か?」
「ええ! ああ――この調子で、早く元のトトに戻って欲しいですわ」
感極まったように、少し早口になっているクリスティーナは、ふと我に返って、恥ずかしそうにポンと合わせた手の平を口元に添えた。
「わたくしったら、ついはしゃいでしまって。あ、そうだ。クレストン、お爺様はお部屋にいます?」
「いると思うが……」
クレストンは視線を上に伯爵の部屋に向けてから、咳払いをした。誤魔化す言葉を考えつつ、咳払いをもう一度。
「さっきは、眠っていたからな。会うなら、起きてからのほうがいい」
「あら……そうですか」
「なにか用事か?」
目を伏せていたクリスティーナは、トラストンの問いに視線を彷徨わせた。
「地下水路の地図をお借りしたくて……あのときの品とかを見せれば、記憶を戻すための手助けになりそうじゃありません?」
「ああ……そういうことか」
クレストンは曖昧に頷きながら、ふとトラストンのことを考えた。
(こういうとき、あいつならどんな答え方をするんだろうな)
きっと、小憎らしい呆れ顔を見せながら、
「そんなくだらねぇことで、悩んだりしませんって」
とか言って、溜息を吐くに違いない――と、そんな言葉を思い出して、クレストンは苦笑した。
トラストンがそんな顔をする度に何度、殴りたいと思ったことか。
苦笑していることを怪訝そうに見るクリスティーナに、クレストンは気付いた。慌てて手を振りながら、誤魔化すように後頭部を掻いた。
「ああ……と、そうだな。お爺様が起きたら、聞いておいてやるよ。だから、トラストンのところに戻ってやれ。あいつもまだ、一人じゃ大変だろうしな」
「そうですわね。それでは、お願いしてもいいかしら」
「……ああ」
クレストンがクリスティーナに頷いたとき、奥から使用人の一人がやってきた。
「クレストン様、お客様のお茶は如何しましょう」
「いや、必要ない」
答えてから、クレストンは(しまった――)と表情を強ばらせた。
クリスティーナが使用人から目を戻して、首を傾げている。
「お客様がいらしてますの?」
「あ……ああ、俺とサーシャにな。サーシャもそろそろ仕事を覚えなきゃいけない年だから、今は接客を任せてるんだ。俺はその、席を外した振りをしてる最中だ」
クレストン自身でも、少し苦しいと感じていた返答だ。しかし、クリスティーナは少し怪訝な顔をしただけで、それ以上は訊かなかった。
軽い挨拶をしてから、クリスティーナはクレストンと別れ、玄関から外に出た。
その左手が、胸元に入れてある手形に触れたことに、この場をやり過ごせたことに安堵していたクレストンは、ついに気付かなかった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
今回、ここで本編について書くことが見当たらず……強いて挙げれば、クレストンがトラストンの言葉を想像した内容が、間違ってることくらい。
トラストンなら、とりあえず自分で受け答えをしたあと、「これくらい、自分で考えてくれよ」って顔をします。
……実際にやられたら、助走をつけて殴りたいですね。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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