転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました(完結)

わたなべ ゆたか

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最終章後編

六章-3

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   3

 風呂や朝食などの諸々が終わったあと、トラストンとクリスティーナは手分けをして、店の開店準備を終わらせた。
 開店時間としては数分ほど遅れてしまったが、客が待っていたわけではないので、問題はなかった。
 そのまま午前十一時になっても開店休業状態であったが、これも相変わらずのことである。


(……もう少し、広告とか宣伝とかしたほうがいいかしら)


 そう考えはしたものの、古物商とはそういうものだ――と、以前にトラストンから言われていたことを思い出し、クリスティーナは静かな溜息を吐いた。
 以前のトラストンならいざ知らず、今は病み上がりで、記憶も曖昧――となると、商売に影響が出るのは確実だ。
 少し相談をしようと、カウンターに近寄ったクリスティーナは、トラストンが街の地図を広げていることに気付いた。


「あら。トト、なにかお探しですの?」


 クリスティーナの声に、トラストンは驚いたような顔をした。何度か瞼をパチパチと瞬かせたあと、地図の上に指を置いた。


「クリス――嬢。ああ、びっくりしました。ええっと……なにか、この地図のことを思い出して、ですね。市長……の家とかを調べていた気が」


「市長って、アントネット市長のことですか?」


「……そうです」


 トラストンは少し自信なさげだったが、クリスティーナは満面の笑みで両手を組みながら、なんども頷いた。


「ええ、ええっ! その通りですわ。市長の屋敷に忍び込む方法を、トトは考えていましたわ。ラーブ……の事件のときですわね」


 ラーブという幻獣に操られ、トラストンの首を絞めた――そんな記憶が脳裏に蘇ったが、それよりもクリスティーナは、この会話に一条の光を見た気がして、すがりつく想いで会話を続けた。


「あのときは結局、外からではなくて、地下を通って侵入しましたわね。懐かしいですわ」


「……地下、水路」


 なにかを思い出したように、トラストンはハッとした表情で顔を上げた。


「地下水路……か。そこで、わ――ガランの身体を見つけた?」


「はい! そうです。ああ、記憶が少しずつでも戻っていますのね」


 神に祈るような仕草で、クリスティーナはカウンターの上に両肘を乗せた。
 しかしトラストンは、記憶のことを喜ぶような表情をしていない。顔に浮かんでいるのは、罪の意識だけだった。
 今のトラストンは、ガランが身体の支配権を得ている。ガランの感情が、そのままトラストンの顔に出ていた。
 なにかを言おうとしたトラストンの口が、すぐに閉ざされた。
 しかし次には、先ほど言おうとしたこととは、別の内容が口から発せられた。


「悪いとは……いや、もしよければ、水路の地図を貸して貰えませんか。それで……その、確認してみたいこともあります……から」


「水路……あのときのですわね? ええ、お爺様に言えば、きっと貸して下さるわ」


 ポン、と両手を打ったクリスティーナは立ち上がると、今にも出て行きそうな勢いで店の出口へと向かいかけた。
 しかし、トラストンが「あ――」と手を差し出したことに気付いて、その足を止めた。


「あら。どうしました?」


「いえ、その……今日は一緒に店をやってくれる、という話でしたから。地図の件は、今日じゃなくてもいいですから」


 そう言われて、ハッとした顔をしたクリスティーナは、次には頬を微かな朱色に染めながら、トラストンのいるカウンターまで戻った。
                                               

「そうでしたわね。今日は一日、御一緒しますわ」


 にこやかに微笑むクリスティーナを見上げながら、トラストンは一瞬だけ辛そうな顔をした。
 本来なら――ガランは地下水路の地図を借りに行くクリスティーナを止めなかっただろう。少しでも早くエキドアとの契約を終わらせ、ゆっくりとトラストンの身体を癒やしたかった。
 身体が癒えてしまえば、今は魂が眠っているトラストンが、無事に目覚めることができる――と。
 そう考えること自体がエキドアの策略であることにも気付けぬまま、ガランは屈辱にも似た日々を送っているのである。クリスティーナだけでなく、トラストンの周囲にいる者たちを騙しながら。
 だから、地図は今日じゃなくてもいい――というのは、贖罪の意味もある。トラストンを愛すクリスティーナに対する、贖罪の意志だ。


(例え、エキドアが目的を果たしたとしても、我とトトなら打ち破ることもできる)


 確信はない。それは幻獣王であるガランが、初めて頭に思い浮かべた、希望に似た想いだった。
 クリスティーナがトトの顔に手を触れようとしたとき、胸元からガサリという、紙が鳴る音がした。その音に気付いたトラストンが胸元に目を向けると、クリスティーナは照れ笑いをしながら、身体を離した。


「……あら。ごめんなさい。わたくしったら、はしたない」


「なんの音、ですか?」


「これは……大事なものです。いざというとき、あなたを護るための、大事なもの」


 胸元から皺の寄った白い紙を取り出すと、クリスティーナは微笑んだ。宝石商で手に入れた手形だということは、まだ話すつもりはなかった。もし話をしたら、トラストンなら大慌てをしながら、宝石商に返してくるよう言うはずだから。


「うちの家族や、マーカスさんには内緒でお願いしますね?」


 トラストンが頷くと、クリスティーナは店の中を見回した。
 外にも客らしい姿がないのを認めると、おっとりとトラストンに訊ねた。


「ねえ、トト。あなたの旅行鞄は、どこにありますの?」


「鞄――ですか? 二階の物置に、あったはず……ですけど」


「二階ですわね。それでは、わたくしは物置に行ってますから。なにかあれば、大声で呼んで下さいね?」


「……はい」


 クリスティーナが階段を上がる音を聞きながら、トラストンは静かな溜息を吐いた。
 罪悪感があるためか、ガランはクリスティーナたちと喋ることに苦痛を感じていた。この時代での生活を始めてから、こうした騙し合いや腹の探り合いは、トラストンの役目だった。
 だからガラン自体は、他者を騙すことや虚偽を見抜くことに慣れていなかった。
 深い溜息を吐いたとき、店にコートを着た男が入って来た。薄汚れたコートの襟を立てて、小さな穴や毛玉のある、前にしか鍔のない黒い帽子を被っていた。
 手に包みを抱えた男は、まっすぐにカウンターへと近寄った。


「トラストン――というのは、おまえで間違いがないな?」


「そう、ですが?」


 トラストンが答えると、男は包みをカウンターの上に置いた。


「さっきまで女が居たから、店に入れなかった。これを地図の場所に持ってこい――というのが、ミス・エインからの伝言だ」


 ミス・エイン――エインというのは、Eに相当する文字のことである。つまり、エキドアの頭文字をもじった、仮の名前だ。
 受け取った包みをカウンターの下に入れながら、トラストンは男に頷いた。


「わかった……地図は包みの中か?」


「そうだ。これで、残すは三つ。そのうちの一つは、この街の地下――なんだな?」


「……その通りだ」


 トラストンが答えると、男はホッとしたような息を吐いた。


「わかった。こっちも、もうすぐこの仕事を終えられると思うと、気が楽になる。ミス・エインは美人で金払いもいいんだが……どこか怖いんだ」


 エキドアが使っている男たちは、地方からかき集めた者たちだ。食いぶちに困っていたものばかりで、金銭のほかにエキドアが憑いた女性の身体を使って、男たちを支配している。
 この男のように、勘の鋭い者は最初は喜んでいたが、そのあとは一度も身体を重ねていないという。


「とにかく、次の満月まで十日ということだ。それまでに、街にある分を見つけ出してくれ」


「わかった」


 トラストンが頷くと、男は早足に店から出て行った。
 カウンターの下にある包み――魂器召喚の祭器の欠片に触れたトラストンは、悲しげな顔をした。


(肉体に執着するな、エキドア)


 ラーブを封印したときのことを思い出して、トラストン――いや、ガランは静かに目を閉じた。
 憐れみ、そして後悔――様々な感情が渦巻き始めた中、階段を降りてきたクリスティーナの声が店内に響いた。


「トト! あなたって、着替えが三着しかありませんの!?」


「……いや、ええと……それが普通です」


 感傷的な気分に浸ることもでなかったガランは、トラストンの気持ちが少しだけ理解できた気がした。

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本作を読んでいただき、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

プロット作成中、この内容で3000文字は辛いかと思っていたんですが。意外となんとかなりました。
少し余談かもですが、この時代に着替え三着は多い方だと思います。大体は二着くらいかなーと。
大量生産の技術も未熟な時代。衣類というか、布自体が貴重品です。
リボンで頭を着飾るのが裕福の証――という設定は、ここから来ています。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしく願いします!
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