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魔剣士と光の魔女 第四章 帝都に渦巻く謀みの惨禍
二章-4
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昼食が終わったあと、俺は部屋に戻ろうとしたステフを呼び止めた。
昨晩から今の今まで、お披露目会へ向けたダンスの稽古どころか、まともな会話すらできていない。
こんな状態で心配するなというほうが無理だし、お披露目会の開催日も迫っている。段取りなんかも決めなくてはいけないし、なにより――ステフと普段通りのお喋りをしたい、という気持ちだってある。
ステフの横に座ると、俺は「怒ってるわけじゃないんだけどさ」と前置きをしてから、質問をした。
「昨日の夜、なにかあったの? なんだか、塞ぎ込んでるように見えるんだけどさ……」
俺からの問いかけに、一瞬だけど身体を強ばらせたステフは、すぐに取り繕うような笑顔で首を振った。
「あ――その、ジンが気にするようなことは、なにもないよ?」
「それじゃあ、俺がなにか怒らせるようなことをしたとか?」
「そんなの、全然ないよ! なんでそんな――もしかして、あたし、少し変?」
ようやく気づいた――そんな顔をしたステフに、俺は頷いた。
「えっと――ぶっちゃけると、露骨にね。俺でもすぐに気づくくらいに、様子がおかしいからさ、気になるよ」
俺の返答に、ステフは表情を曇らせながら視線を逸らした。
なにかを考えているようだったが、浮かんでいる表情を見る限り、その内容は言い訳にしか思えなかった。
「ステフ――隠し事をしないって約束は覚えてる?」
「覚えてる。けど、口止め……そう、口止めをされていてるから」
ステフが口にした言い逃れに、俺は宙を仰ぎたい衝動にかられた。
こうも頑なに黙秘されると、情けないことではあるが、俺の話術では切り崩すのは不可能だ。
俺は乱暴に頭を掻きながら、話を切り出してから初めて視線を逸らした。
「……俺ができることは、なにもない?」
「あ……その、ごめんね」
ステフは辛そうに、そして泣きそうな顔をしながら立ち上がると、早足に立ち去っていった。
ステフを追おうとしたとき、今まで黙っていたクレアさんが俺の行く手を遮った。
「ジン、あなたはここで待っていなさい。あたしが話を聞いてくるわ」
「あ、いや、でも……」
「こういうのは、女同士のほうがいいときもあるの。それに、あたしはあなたたちの後見人ですものね。ここはきっと、あたしの役目よ」
……ただの居候じゃなかったクレアさんは、ゆっくりとした足取りでステフのあとを追った。
なんか……サイテーな一日になりそうな予感だ。
部屋に戻ってから、ベッドに腰掛けたステフは両手で顔を覆っていた。
罪悪感と後悔で、冷静に考えることができなかった。ただ。ジンに救いを求めるには、すべてが手遅れだという想いが、胸中で渦巻いていた。
(レオナード皇太子と密会していたなんて……こんなこと知られたら、軽蔑され――ううん、きっと嫌われちゃう)
ジンが入門試験後に、領主として現れた自分へと向けた顔。驚きで固まった、そして落胆の入り交じった表情が、ステフに恐れを抱かせていた。
だから言えない。知られたらと思うと身が竦むし、それ自体が恐ろしく、そんなことしか考えられない自分がたまらなくイヤだった。
乱れ狂う感情が全身を巡り、人目もはばからずに号泣したくなった。すべてのものに怒りをぶちまけたくもなり――それ以上に、今すぐにここから逃げ出したい!
ドアが控えめにノックされたのは、そんなときだった。
「ステフ、入るわよ」
穏やかだか、相手の意志を確かめる意志を感じられない声とともに、クレアが部屋に入った。
ステフは顔を上げないまま、顔を覆っていた手を下ろした。
「……来るのは、ジンだって思ってました」
「ジンはそのつもりだったみたいよ。あたしが止めたけど。女同士のほうが、話しやすいこともあると思って。なにがどうなったのか、話してみなさいよ」
ステフの右隣に座ったクレアは、それっきり話を促すでもなく、ただ黙ってステフが話し出すのを待った。
根負けした形でステフが口を開いたのは、それから数分後のことだ。
「あたしは……ジンを不幸にするかもしれないんです。このまま一緒にいたら、ジンはあたしのために、ずっと料理をしなくちゃいけない。領主のしての努めを負いながら、身体の不調があっても、ずっと」
「それを女帝に指摘されたの?」
「いいえ……レオナード皇太子です」
「……ああ、なるほど。それが、ジンに相談できない理由ね」
クレアに頷いてから、ステフは僅かに顔を上げた。
「あたし……無意識下でジンに毒味役をさせてるかもしれないって。ジンを幸せにするなら、あたしはジンから離れて――妃になって忌み子の差別を禁止する布告をすればいい――って言われました」
「まさか――それを承諾したの!?」
目を見開いて腰を浮かしたクレアは、ステフが首を左右に振りながら「回答は明後日までに……という約束です」と言うのを聞いて、安堵しながら勢いよくベッドに腰を下ろした。
「それで、あなたはどうしたいの?」
「……わからないんです。ジンと一緒にいたい……好き……好きなのに、あたしじゃ幸せにできないなんて言われて……でも、あの皇太子に嫁ぐのはイヤなんです。けど、ジンの幸せのためには、それが一番の方法かもしれなくて。
今なら、ジンが感情を押し殺していた気持ちが、全部わかります。あいての幸せを願って、どれだけ自分の気持ちに蓋をしてたのか……全部、理解できるんです」
顔を上げたステフの瞳からは、涙があふれていた。
泣きながら、すべてを諦めかけた顔で、声を震わせながら言葉を続けた。
「あ……あたしたち、そんなに悪いことしてるんですか? 関わる人たちはみんな、あたしたちは一緒になってはいけないって……あたしたち、ただ一緒にいたいだけなのに。
一緒に食事して、お話して、笑い合って――子どもを育てて、孫の顔を見て、一緒に老いていきたいだけ。権力も財産も、そんなの望んでいないのに!
なんで、あたしたちが一緒になるのが駄目なんですか!?」
最後は怒鳴るように言ってから、ステフは両手で顔を覆った。
「なんなんです、この世界。こんな冷酷な世界なんか、いっそ滅びちゃ――」
「ステフ! それ以上は、やめて」
クレアは優しく、しかし簡単に振り解かれないよう、両手でステフの肩を抱いた。ステフに嫌がる様子がないことを見てから、耳元へと囁くように告げた。
「あなたの好きなジンが、一生懸命に生きている世界でもあるのよ? お願いだから、見捨てるようなことを言わないで」
「でも……だって!」
「そうね。みんな好き勝手に言うわよね。でも、それらはみんな、ジンの言ったことじゃないわ」
僅かに顔を上げたステフに、クレアは微笑んだ。
「だって、そうでしょ? ジンが、あなたに不幸なのはステフのせい、なんて言ったことある?」
「……それは、ないです」
「でしょ? ステフ、あなたがするべきことは、この件について納得がいくまで、ジンと話をすることよ。レオナード皇太子と会ってたことに罪悪感があとしても、そのことでジンが怒ったりはしないと思うわ。別に接吻をしたり、肌を許したわけではなんでしょ?」
「それは……そうですけど」
「なら、大丈夫でしょ。もっと、あなたが好きになった人を信用しなさい。それとも、このまま諦める?」
「それは――その……」
「あら。まだ悩んでる? それじゃあ、あたしがジンを奪っちゃってもいいわよね」
「そんなのダメです!」
勢いで言ってから、ステフは自分の発言に気づいてハッとした顔をした。クレアは満足げに微笑みながら、ステフの身体から手を放した。
「ほら。それが、あなたの素直な気持ちでしょ? ジンを離したくない、嫌われたくないなら、話をしてらっしゃいな」
クレアに背中を軽く叩かれたステフは、ベッドから立ち上がった。
「あの、ありがとうございます。ジンと、話をして……きます」
笑顔で手を振ったクレアは、ステフが部屋から出て行くと、静かな、それでいて大きな溜息を吐いた。
「まったく……あたしもすっかり、ここでの生活に染まっちゃったわね」
少し前までなら、この機会にジンをステフから奪っただろうに――そんなことを想いながら、クレアは自分に残された時間が少ないことを察していた。
*
これまでの経緯を俺に話したステフは、「黙っていて、ごめんなさい」と言って俯いてしまった。
こめかみのあたりを指で掻いていた俺は、その指をステフの頭頂部から僅かに上の位置で止めた。
「ステフ、顔を上げてくれる?」
感情を押し殺した俺の声に、ステフは肩をビクッとさせてから、恐る恐る頭を上げ――ようとした。
しかし、少し動いた頭は俺の指に阻まれて、そこから上げることができない。
俺の握力は、迷宮での戦いで鍛え上げられ、クルミの殻程度なら、楽に割ることができる。ステフの筋肉では、俺の指を押しのけることは無理だ。
「う、うう――ん!」
渾身の力を込めて頭を上げようとするステフだったが、俺の指を押しのけることができない。その状態を数秒だけ維持してから、俺は指を退けた。
勢い余って後ろに仰け反りそうになりながら、ステフが少し非難するような目を向けた――しかし、その顔もすぐに怯えたように竦んだ。
それはきっと、俺が少し怒った顔をしていたからだ。
俺はステフに、普段よりも低い声で問いかけた。
「ステフ、もしかして料理のこと馬鹿にしてる?」
「え? してない……よ?」
「それじゃあ、舐めてる?」
「え? えっと……」
まったく予想してなかった話の流れに、ステフは戸惑った様子だった。
だが、俺にとっての本題はこれである。有無を言わさぬ圧をかけながら、俺はステフが喋るよりも先に話を始めた。
「あのね。同じ食材に見えても、まったく同じ味とは限らないんだよ。料理をする度に味見をして、調味料や食材の分量を調整しながら、自分の作りたい味にしていくんだ」
「え? あの……ジン、なんの話――」
「まだ俺が喋ってる途中なんだけど。ちょっと黙って」
「――はい」
僅かに姿勢を正したステフが黙ってから、俺は話を再開した。
「毒味だかなんだか知らないけど、そんなの味見をする過程でしかないんだよ。たしかにステフの分は、ちょこっとつまんだりしてるけど。それで安心できるなら、俺は喜んで続けるさ」
「……ジン。でもそれは――」
「俺は前世で喫茶店の手伝いをしてたって、そんな話したことあるよね。個人でやってた店だけど、食品衛生法とか、色々な決まりがあったんだよ。ステフにしているやつだって、それの延長みたいなものだよ。
安心に、安全に食べてもらうため。それに加えて、作ったご飯を美味しく食べて、そのあとも元気に過ごしてくれれば、それでいい」
そんなことを言いながら、俺はステフと目線を合わせた。
「俺がステフに求めるのは、いつも通りに美味しいって言ってくれて、一緒にいてくれること――かな?」
「でも、将来のことは? 年老いてからとか」
「あのね……大抵の家庭では、夫婦のどっちかが飯を作ってるでしょ。まあ、一つだけ考えてることはあるけど」
「どんな内容なの?」
ステフからの問いに、俺は返答を躊躇した。
そんなに変なことではないんだけど……まだちょっと照れてしまう。だけど、ステフに縋るような目を向けられている今、答えないわけにはいかないんだよなぁ。
俺は頬が真っ赤になるのを感じながら、少し小声になりつつ答えた。
「あの……さ。子どもができたら、料理を教えようと思ってて。俺たちの子どもが作った料理なら、ステフも安心できるかな……って。あ、でも、まだ、どうなるかわからないけどね。どうなるかわからないけどさ、今はこれが――」
精一杯なんだ――と俺が言う前に、ステフが抱きついてきた。
少し鼻を啜りながら、嗚咽を我慢したような震えが、声にも現れていた。
「ほんとうに、ずっと一緒にいてくれる? 迷惑をかけちゃうかもしれないよ?」
「それは、こっちの台詞でしょ……俺からお願いしたいくらいだよ」
ステフを抱きしめ返した俺は、少し冗談交じりに言葉を続けた。
「レオナードより、俺のことを信じてよ。特に、料理についてはさ」
「くすっ――そうだね。その通りだったよ。悩んでたのが、馬鹿みたい」
「俺たち、オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダみたいに生きてかなくっちゃ。でしょ?」
俺がそう言うと、抱きついていたステフの手が強くなった。目に涙を浮かべながら、ステフは嬉しそうな笑顔を俺に向けてきた。
「それじゃあ、幸せな家庭を築かなきゃ。子どもも沢山、欲しいよね」
本当に久しぶりに、ステフは、にひひと笑った。
――とまあ、この件は丸く収まったわけだけど。
夕食の準備のことを考えながら、廊下を歩いていた俺は、木製のドアを開けた。さて中へ入ろうとした俺は、ふいに足を止めた。
「あの――ステフ、ちょっと訊いても良い?」
「なにかななにかな? なんでも訊いて?」
「あ、うん。それじゃあ遠慮無く。俺さ、今から便所に入るんだけど」
「うん。知ってるよ」
――そっかぁ……知ってたか。
どことなく既視感のようなものを覚えつつ、俺はゆっくりと背後にいるステフを振り返った。
「えっと、なんで一緒に入ろうとしてるの?」
「だって……ずっと一緒にいてくれるって訊いたら、俺からお願いしたいくらいって、言ってくれたじゃない」
……いやまあ、確かに言ったけど。言ったけれども!
俺はステフの両肩に手を添えつつ、自分はすり足で便所の中へと移動した。
「あのさ、ステフ。やっぱり便所に御一緒はやめとこう? 見られてたら、出るものもでないから。ね?」
そう言うが早いか、俺は素早くドアを閉めた。
「ジン! ジンってば! あーけーてーっ!!」
ステフの絶叫を聞きながら、俺はこの件もしっかりと話をしなきゃ――と心に誓ったのだった。
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本作を読んで頂き、ありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
絶賛、両脚が筋肉痛&背中がバキバキ中です。
アン○ルツだけが、唯一の希望です。塗りまくりなのはいいんですけど、汗をかくと熱をもった感覚になるのが辛いです。
ちなみに食品衛生法とか、よくわかってません。とりあえず清潔にして、腐ってない材料使えやってことかな……と思ってますが、どうなんでしょう?
次回ですが、間話ではなく、二章-5 となります。
アップは月ー金内のどこかで……になると思います。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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