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弟四章『地下に煌めく悪意の星々』
プロローグ
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弟四章『地下に煌めく悪意の星々』
プロローグ
ラオン国の首都であるウータムの中央には、国王が住まう王城が聳え立っていた。そのウータム王城で、職人たちを引き連れた一人の兵士が、通路を歩いていた。
地下への階段へと続く回廊へと差し掛かったとき、数人の護衛を引き連れた男が通りかかった。
「――そんなところで、なにをしておる? 名を名乗れ」
金髪に金色の髭を生やした中年の男である。快活そうな緑色の瞳に、陽気さが滲み出た顔つき。
ラオン国の王家に連なる公爵家の家長である、ミロス・カーター・グレイス公爵である。
ミロス公爵は兵士の前で立ち止まると、後ろに続く職人たちを見回した。ウータムに住む職人――しかも王城に出入りしている者ばかりだ。顔を知っているから、誰何する言葉とは真逆に、声音は穏やかだ。
兵士は畏まった姿勢で、ミロス公爵に最敬礼をした。
「わたくしは、サマンサと申します。この者たちは、地下の修繕のために集められた職人で御座います」
「ほお、貴殿は女性であったか」
女性の兵士というのは、ラオン国でも数名ほどしかいない。
珍しさも相まって目を見広げたものの、ミロス公爵はすぐに話を元に戻した。
「そんな話があったことは、聞いておる。呼び止めてすまなかった。諸君、王城の地下はなかなか修繕ができぬのでな。この機会に、心置きなく弄り回してやってくれ。健闘を祈っておるぞ」
冗談めかしたミロス公爵の激励に、職人たちは笑顔で一礼をした。
ミロス公爵が護衛と共に去ったあと、松明を灯した兵士は職人を地下へと入れた。
「こりゃ――随分と酷いですな」
職人の一人が、天井から滴る水滴を見て溜息を吐いた。
弧を描くようにして石材が積まれた地下の通路は、かなり劣化しているようだった。この水滴も先日に降った雨が、地中で溜まったもの――だと職人たちは推測していた。
とはいえ、ここは元々地下牢として使われていた場所だ。現在では監獄自体がウータムの外れに建てられているため、地下を使うことは滅多にない。
今回の水滴が見つかったのも、たまたま――ということである。
兵士は一番近くに
「……そのくらいで修繕できる?」
「詳しく状況を見てみぬことには、なんとも言えません。水滴が滴る辺りのみ、新しい石材を積み直す程度なら、十日前後。通路全体の修繕を行うなら、何年かかるか」
「……わかった。そのあたりは、エルサ姫から国王に相談して頂くとしよう。おまえたちは先ず、状況の確認を急いでくれ」
「……畏まりました」
職人たちが梯子を地下に入れる準備と地上へと戻っていった。最後まで残っていた兵士は、かざしていた松明だけを数段上の階段に置いた。
一気に薄暗さが増した地下通路を見回した兵士は、ほうと息を吐いた。
「星々が綺麗に見える。ここが修繕できれば、もっと――綺麗になるだろう」
地下通路で松明の灯りを鈍く反射しているのは、床にできた水たまりと、天井から落ちようとしている水滴だけだ。
だが、兵士の目はまったく異なる場所を見ていた。しばらく地下通路を見回していた兵士は、階上からの音で我に返ると、職人たちのいる王城の地上階へと戻って行った。
*
ウータムに来た二日目の朝、俺――クラネス・カーターはゆっくりと背伸びをしていた。
ミロス公爵の計らいで、二日間も旅籠屋に宿泊していた。しかも、無料で。暗殺者騒動に巻き込んだ詫びと謝礼を兼ねて、隊商の全員がゆっくり休めるような部屋と護衛が手配されたわけだけど、隊商にいるみんなの慰労も兼ねて、俺はその厚意を受けることにした。
しかし、ダラダラと二日も過ごすと、手持ち無沙汰というか。はっきりいって暇になってきた。
俺は商人たちの泊まる旅籠屋を訪れると、酒場に顔を出した。
「長、どうしたんです?」
テーブルを囲む商人たちに、俺は小さく手を挙げた。
「明後日くらいに次の街へ出ようと思うんですが、明日は商売をしませんか? そろそろ、稼ぎたくってウズウズしてきちゃって」
俺の提案に、商人たちは一様に笑顔を見せた。
さて、俺も商売の準備をしないと――ユタさんたちにも手伝って貰うとして、材料をかき集めないと。
本業のことを考えながら、俺は数日ぶりにちょっぴりワクワクとした気分になっていた。
--------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
こちらでは、お久しぶりでございます。以前と同様、毎週土曜日のアップとな……るよう、頑張ります(滝汗
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします!
プロローグ
ラオン国の首都であるウータムの中央には、国王が住まう王城が聳え立っていた。そのウータム王城で、職人たちを引き連れた一人の兵士が、通路を歩いていた。
地下への階段へと続く回廊へと差し掛かったとき、数人の護衛を引き連れた男が通りかかった。
「――そんなところで、なにをしておる? 名を名乗れ」
金髪に金色の髭を生やした中年の男である。快活そうな緑色の瞳に、陽気さが滲み出た顔つき。
ラオン国の王家に連なる公爵家の家長である、ミロス・カーター・グレイス公爵である。
ミロス公爵は兵士の前で立ち止まると、後ろに続く職人たちを見回した。ウータムに住む職人――しかも王城に出入りしている者ばかりだ。顔を知っているから、誰何する言葉とは真逆に、声音は穏やかだ。
兵士は畏まった姿勢で、ミロス公爵に最敬礼をした。
「わたくしは、サマンサと申します。この者たちは、地下の修繕のために集められた職人で御座います」
「ほお、貴殿は女性であったか」
女性の兵士というのは、ラオン国でも数名ほどしかいない。
珍しさも相まって目を見広げたものの、ミロス公爵はすぐに話を元に戻した。
「そんな話があったことは、聞いておる。呼び止めてすまなかった。諸君、王城の地下はなかなか修繕ができぬのでな。この機会に、心置きなく弄り回してやってくれ。健闘を祈っておるぞ」
冗談めかしたミロス公爵の激励に、職人たちは笑顔で一礼をした。
ミロス公爵が護衛と共に去ったあと、松明を灯した兵士は職人を地下へと入れた。
「こりゃ――随分と酷いですな」
職人の一人が、天井から滴る水滴を見て溜息を吐いた。
弧を描くようにして石材が積まれた地下の通路は、かなり劣化しているようだった。この水滴も先日に降った雨が、地中で溜まったもの――だと職人たちは推測していた。
とはいえ、ここは元々地下牢として使われていた場所だ。現在では監獄自体がウータムの外れに建てられているため、地下を使うことは滅多にない。
今回の水滴が見つかったのも、たまたま――ということである。
兵士は一番近くに
「……そのくらいで修繕できる?」
「詳しく状況を見てみぬことには、なんとも言えません。水滴が滴る辺りのみ、新しい石材を積み直す程度なら、十日前後。通路全体の修繕を行うなら、何年かかるか」
「……わかった。そのあたりは、エルサ姫から国王に相談して頂くとしよう。おまえたちは先ず、状況の確認を急いでくれ」
「……畏まりました」
職人たちが梯子を地下に入れる準備と地上へと戻っていった。最後まで残っていた兵士は、かざしていた松明だけを数段上の階段に置いた。
一気に薄暗さが増した地下通路を見回した兵士は、ほうと息を吐いた。
「星々が綺麗に見える。ここが修繕できれば、もっと――綺麗になるだろう」
地下通路で松明の灯りを鈍く反射しているのは、床にできた水たまりと、天井から落ちようとしている水滴だけだ。
だが、兵士の目はまったく異なる場所を見ていた。しばらく地下通路を見回していた兵士は、階上からの音で我に返ると、職人たちのいる王城の地上階へと戻って行った。
*
ウータムに来た二日目の朝、俺――クラネス・カーターはゆっくりと背伸びをしていた。
ミロス公爵の計らいで、二日間も旅籠屋に宿泊していた。しかも、無料で。暗殺者騒動に巻き込んだ詫びと謝礼を兼ねて、隊商の全員がゆっくり休めるような部屋と護衛が手配されたわけだけど、隊商にいるみんなの慰労も兼ねて、俺はその厚意を受けることにした。
しかし、ダラダラと二日も過ごすと、手持ち無沙汰というか。はっきりいって暇になってきた。
俺は商人たちの泊まる旅籠屋を訪れると、酒場に顔を出した。
「長、どうしたんです?」
テーブルを囲む商人たちに、俺は小さく手を挙げた。
「明後日くらいに次の街へ出ようと思うんですが、明日は商売をしませんか? そろそろ、稼ぎたくってウズウズしてきちゃって」
俺の提案に、商人たちは一様に笑顔を見せた。
さて、俺も商売の準備をしないと――ユタさんたちにも手伝って貰うとして、材料をかき集めないと。
本業のことを考えながら、俺は数日ぶりにちょっぴりワクワクとした気分になっていた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
こちらでは、お久しぶりでございます。以前と同様、毎週土曜日のアップとな……るよう、頑張ります(滝汗
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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