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弟四章『地下に煌めく悪意の星々』
一章-1
しおりを挟む一章 狙われた姫
1
ラオン国の首都ウータムの市場は、屋根のある市場本体だけでも小さな村くらいはある。行商人や隊商が列をなして商いをしている通りを含めれば、それこそ小さな城塞都市くらいはありそうだ。
そんな通りに、俺――クラネス・カーターが率いる《カーターの隊商》も、朝一から商いを始めていた。
公爵が狙われた暗殺者騒動で商人の数は減っていたけど、それでも五台の馬車が並んで商いができているのは、隊商の長としては大変ありがたい話だ。
かく言う俺自身も、茶髪を布で覆いながら商いをしている最中だ。ガーリックバターを塗ったパンの断面を鉄板で炙りつつ、キャベツの千切りを増産中だ。
俺が売っているのは、その名も〈カーターサンド〉である。開きにしたパンの断面を、ガーリックバターを塗ってから軽く炙り、その中に焼いた干し肉やキャベツの千切り、それに自家製のマヨネーズなどを挟んだものだ。
これは、俺が転生前に暮らしていた世界――地球にある日本という国のある世界だ――で、親戚の叔父さんが、キッチンカーで売っていたキューバサンドとか、ホットドッグを、こっちの世界でも作れるようアレンジしたものだ。
そう。俺は前の世界で死んでから、前世の記憶を持ったまま、こっちの世界で生まれたんだ。所謂、転生者というヤツである。
まさか自分が異世界に転生するなんて、前世では思いもしなかった。それなりに苦労をしながら、これまでなんとか生きてきたわけだ。
完成した品をお客さんに手渡したとき、横から完成が上がった。
――やってるなぁ。
そんな感想とともに視線を向ければ、樽の横でガッツポーズをしている金髪の少女がいた。
彼女の名は、アリオナさん。
実は前世のときの同級生で、俺が遭遇した事故に居合わせた女の子だったりする。
この世界で再会してから、色々なむにゃむにゃした経緯があって、今ではその、近似値的に恋仲っぽい関係になっている。
なんか、ふわっとした言い方になるが、これは数々の足枷が原因である。その一つは、俺の借金だ。
俺が所有する厨房馬車と荷馬車を手に入れるために、父方の爺さんから借金をしているんだ。大半は返し終えたけど、まだまだ少なくない金額が残っている。
それとは別に大きな原因が、もう一つある。
この世界に転生した影響か、俺は特殊な力〈音声使い〉を得た代償なのか、感情の一部が欠けているようなんだ。
顕著な部分としては、敵対した相手への良心が欠如していることだろう。それが将来、どんな結末をもたらすかが、すごく不安になっている。
もちろん、アリオナさんも俺と似たような異変を身体に宿している。アリオナさんの場合は〈怪力〉の代償に、人の声が聞こえなくなっているわけだ。
俺の視線に気付いたのか、アリオナさんは満面の笑顔を向けてきた。そんな彼女に小さく手を振っていると、頬のあたりが熱くなるのを感じた。
ふと視線を彷徨わせたとき、隣の馬車で商いをしていたエリーさんとメリィさんの視線に気付いた。
二人のうち、赤毛で快活そうな少女であるメリィさんは、ニヤニヤとした顔をしていた。剣士らしく長剣を下げた彼女は、俺とアリオナさんのやりとりに、青臭さを感じつつも面白がっているようだ。
そして、メリィさんの雇い主――であるエリーさんは、俺たちのことを見守るような、そんな慈しみを感じさせる笑顔だった。
金髪で質の良い衣服を着ているから、かなり裕福な家柄の出自なのかもしれない。今は行商をしているという話だが、実は魔術師でもあり、中々に秘密の多い人である。
二人の視線から逃げるように、俺は厨房馬車へと引っ込んだ。クスクスという二人の笑い声が聞こえてくると、顔がもの凄く熱くなる。
俺が作り置き分の調理を始めたとき、外からざわめきが聞こえて来た。
ガヤガヤとした話し声に混じって、蹄の音が聞こえてきた。さらに〈音声使い〉としての《力》を使って周囲の状況を確かめると、話し声の中に「兵士」とか「どこの貴族」という言葉が、そこそこ混じっていた。
兵士を連れた貴族――となれば、連想されるのはミロス・カーター・グレイス公爵だろうか。前にも、兵士を引き連れて〈カーターサンド〉を食べに来たことがある。
だから俺は、ぱっぱと一品を調理して、その来訪を待つことにした。
ついでに〈舌打ちソナー〉を使って、周囲の状況を感知してみた。俺の居る場所から、少し離れた通りに、十数騎の騎馬に囲まれた馬車があった。
御者も騎士らしく、光を反射する甲冑に身を包んでいた。馬車の上部には旗が掲げられ、その存在を周囲に知らしめているようだ。
かなり豪華な造りみたいだが、俺の知っているミロス公爵の馬車は、もう少し地味だった気がする。
少し違和感を覚えながら待っていると、その馬車は厨房馬車の前で停まった。客車のドアが外から開かれ、騎士の一人が巻かれていた絨毯を厨房馬車の前まで敷いた。
馬車からドレス姿の女性が出てくると、控えてきた侍女たちが、花びらを巻き始めた。
予想外の展開に呆然としていると、馬車から出てきた女性は、かなりゆっくりとした即で近づいて来た。
艶やかな金髪を緩やかに束ね、薄緑色のドレスに身を包んでいる。頭にある銀製と思しきティアラのほかに、全身を貴金属の装飾品で彩られていた。
エリーさんたちの馬車を一瞥したあと、優雅な所作で一礼をした貴族の女性は、たおやかに微笑んだ。
「ごめんください。なんでしたかしら――そう、〈カーターサンド〉というのを頂けますか?」
「はい。畏まりました。それであの――お代のほうは、どうなされますか?」
俺から訊くのは、少し間抜けではあるんだけど……相手が貴族の令嬢、しかも首都住まいともなれば、こうした庶民の常識を持っているかは、かなり怪しい。
そんな俺の予想通り、この御令嬢は目を瞬かせた。
「お代ってなんですの?」
……予想通りの展開に、俺は目眩を覚えた。しかし、侍女の一人がにこやかな顔で、御令嬢に「商品を買うときに支払う、金銭のことですわ」と説明をしてくれた。
御令嬢は嬉しそうにポンと手を叩き、嬉しそうに微笑んだ。
「そういえば! わたくし、金銭を払って買い物をするなんて初めてですから、ちょっと楽しみなんですの。それで、店主様。お代金は、これだけあれば足ります?」
御令嬢が促すと、侍女が革袋を俺に差し出した。
あきらかに、一個分としては過剰な金額が入っている。俺は念のため、御令嬢に確認をすることにした。
「あの……〈カーターサンド〉はいくつご所望でしょう?」
「一つですわ。それ以上は、食べられると思えませんもの」
「……そうですか」
俺は革袋の中をしばらく弄って、金貨の山の中から銀貨を見つけた。俺は銀貨を一枚だけ受け取ると、おつりの銅貨をごそっと革袋に入れてから、侍女に返した。
その様子を見ていた御令嬢は、目を訳がわからないとばかりに、目を白黒とさせた。
「あの、今はなにを――?」
「代金のおつりを入れておきました。銅貨ばかりですが、そこは御容赦を」
「銅貨? 金貨を銅貨に?」
「いいえ。銀貨を頂きまして、商品の代金との差額を銅貨でお支払いしました」
「ええっと……一つよろしいでしょうか? あなたの売っている品は、そんなに安いんですか?」
「一つ、四コパになります」
四コパ――銅貨四枚という金額を聞いて、御令嬢は目を何度も瞬かせた。
「そんなに、お安いの?」
「それくらいですよ。庶民の方々にも売っているものですから」
「あらあら。美味しいって聞いてましたのに」
この発言に、俺は御令嬢がここに来た経緯を理解した。恐らく、ミロス公爵から、前に食べた〈カーターサンド〉のことを聞いたんだろう。美味しいものは高価という漠然とした印象だったのに、銅貨四枚という金額は、あまりにも安すぎ――つまり、美味しくないのではという疑念を抱いたに違いない。
そんな御令嬢の態度を目の当たりにすれば、俺だって自尊心が燻られるってものだ。
俺は出来たばかりの〈カーターサンド〉を御令嬢に手渡した。
「美味しいか拙いかは、食べてみてから判断して下さい」
手渡された〈カーターサンド〉を両手で受け取った御令嬢は、まずは形の良い鼻から香りを確かめた。
目を瞬かせた御令嬢は、〈カーターサンド〉の端っこに口をつけた。
時間をかけて三の一ほどを食べてから、口元に笑みを浮かべた。
「あら。本当に美味しい」
「ありがとございます」
礼を述べると、御令嬢は俺へと笑みを向けた。
「ねえ、あなた。王城で働く気はないかしら? わたくしのために、料理をして下さらない?」
俺は一瞬、御令嬢の発言が理解できなかった。
じっくりと聞いた内容を咀嚼し、ゆっくりと言葉を解きほぐす。それだけの行程を経て、俺はようやく意味を理解した。
王城に――王族に仕えろと言った、のか? とすれば、彼女は――王族の姫?
俺は恐る恐る、御令嬢に質問をしてみた。
「あの……失礼ながら、王族の御方なのでしょうか?」
「あら、これは失礼をしましたわ。わたくし、ラオン国王家、エルサ・ドミニク・カーターと申します。どうぞ、よしなに」
ドレスの裾を指で小さく上げながら、御令嬢――いや、エルサ姫は優雅に御辞儀をした。
まさか、王族の姫が〈カーターサンド〉を買いに来るとは思わなかった。その事実に愕然としながら、俺は(不敬罪とかにならないよな)という不安に駆られながら、あくまでも慇懃な態度で返答をした。
「申し訳ありません。隊商に参加をしてくれている、仲間を見捨てることになりますので……王城に勤めることはできません」
「あら……お給金も悪くないと思いますのよ? それでも王城勤めはできませんの?」
「申し訳ありません。仲間への不義理となりますので」
「あら……それは仕方がありませんわ。あまり強引に誘うと、ミロス公爵様に叱られてしまいますし」
残念そうに言いながら、エルサ姫は大事そうに〈カーターサンド〉を手に持った。
それでは、ごきげんよう――そう言って馬車へと戻りかけたエリサ姫は、俺の横の馬車へと歩き出した。
エリーさんたちは馬車の中なのか、姿が見えない。しかしエリサ姫は構わず、馬車を覗き込む。
「ごめんください。これから、お茶会にお誘いしたいのですが、よろしいかしら?」
王族の姫様が、どうしてエリーさんを――と思ったが、エリーさんはエリーさんで、秘密の多い人だしなぁ。
しばらくは返答がなかったみたいだが、やがて観念したように、エリーさんが顔を見せた。
「……流石に、お断りするわけには参りませんね。御招待、お受け致しましょう」
「ええ。それではこちらに――護衛のかたも、御一緒にどうぞ」
エルサ姫に促され、メリィさんも同行するようだ。
二人は俺に馬車のことを頼んでから、エルサ姫とともに王族の馬車に乗り込んだ。あとで話を聞かせてもらえるんだろうか――そんなことを思いながら、俺はユタさんにエリーさんの馬車の見張りを頼んだ。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
一章の始まりです。とはいえ、説明文ばかりになっておりますが……(滝汗
いきなり王家の姫が絡んできましたが、これからの展開でどう関わっていくか……というところですね。やはり深窓の御姫様は、少々浮き世離れしているのが鉄板かもと思うんですが。少数派でしょうか。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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よろしくお願いします!
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