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弟四章『地下に煌めく悪意の星々』
一章-2
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王城の中は、予想よりも外光によって明るさが保たれていた。
城というのは、戦時においては砦の役目も果たす。そのために見た目よりは質実剛健な造りであることが多いが、ウータムの王城は平均よりも短い間隔で、窓が造られているようだった。
護衛の騎士や兵士に護られながら、エルサ姫とエリーたちは王城の廊下を進んでいた。狭い階段を昇って三階に出ると、狭いが窓の大きな部屋へと通された。
部屋の中央には質の良いテーブルと毛皮の敷かれた椅子が四組。部屋の片隅には四人の侍女たちが、ポットや食器、お茶菓子を乗せたトレイを手にしていた。
大きな窓は貴重な透明度の高いガラスが使われていて、レースがふんだんに使われたカーテンが、左右に束ねられていた。
エルサ姫はエリーを中に促しながら、定位置である右側の椅子に腰掛けた。
「さあ、お二人とも、どうかお座りになって」
勧められるまま、エリーとメリィはエルサ姫との対面に腰を落ち着けた。
侍女たちがテーブルにハーブティーやお茶菓子を並べると、エルサ姫は小さく手を挙げた。
それを合図に、侍女たちは部屋から出て行く。最後に兵士の一人が、中に残った三人に一礼をした。
「姫様。御用があるなら外にいる我らに、お声がけ下さい」
兵士が女性の声を発したことに、エリーとメリィは驚いた。兵士というのは一般的に、男性であることが多い。特に王城ともなれば、よほどの信頼がない限り女性の兵士が王家を護ることはない。
そんな二人の視線を気にするでもなく、エルサ姫は小さく頷いた。
「ええ。ありがとう」
兵士が木製のドアを閉めると、エルサ姫は二人に微笑んだ。
「ご安心下さい。ここは、わたくし専用の応接室なんですの。出入り口は騎士に護られておりますが、声はほとんど漏れません。内密の話をしても安心ですわ――エレノア・フォンダント様。ファレメア国フォンダント侯爵家――その御令嬢」
「……エルサ姫様。今のわたくしは、ただのエリーです。どうか、その名では呼ばないで下さいませ」
「あら。エリーという名も、愛称として広く使われておりましたわ。親しい者たちには、エリーと呼ばせておりましでしょ?」
「それは……そうですが」
エリーが目を伏せると、エルサ姫は穏やかな笑みを浮かべた。
「でも、ご無事で良かったですわ。ファレメア国での内乱、王家断絶の報せは、届いておりましたから。二年前に舞踏会でお目にかかっただけでしたけれど、そのときに親しくして頂きましたもの。一目でわかりましたわ」
「このような姿をお見せしてしまい、お恥ずかしい限りです。わたくしは王家や血の繋がりのある貴族たちが囚われ、処刑される中、逃げることしかできなかった臆病者です。こうしてエルサ姫と同席できる立場ではございません」
沈痛な表情のエリーが深々と一礼するのを見て、エルサ姫は首を左右に振った。
「それは違いますわ、エレ――エリー様。真の臆病者であれば、ミロス公爵様が暗殺者に狙われたときに手助けをしたり、不穏分子の情報を伝えたりしませんもの。あなたは危機から生き延びながら、その情報をわたくしたちにもたらした。それは、とても勇気のある行いだと、わたくしは思います。王家を代表して、心から御礼申し上げますわ」
「そんなこ……いえ、ありがたい御言葉でございます」
「あなたも、騎士としてよくエリー様を護って下さいましたね。騎士メレニア様」
「ありがとうございます。ですが、わたくしのこともメリィとお呼び下さい。今は傭兵として、お嬢様を御護りするのが、わたくしの役目なれば」
メリィが立ち上がってから最敬礼をすると、エルサ姫は頷いた。
「ええ。わかりました。それでお二人は今、王都にいる隊商におられるんですのね。確か……《カーラーの隊商》でしたかしら?」
「《カーターの隊商》です。クラネスさんが率いておりますわ。色々と巻き込まれてはおりますが、長さんは頼りになりますから。そこは、安心して身を預けられております」
「あらあら。随分と信用なさっていらっしゃるのね。そのクラネスという長さん、かなりの野望をお持ちのようですが――ご存知でいらっしゃいます?」
「野望……ああ」
エリーは少し前に聞いた話を思い出し、口元を綻ばせた。
「野望というには、気の長い話だと思いました。なんでも、将来的に貴族制を無くすための種まきをするとか」
「ええ。わたくしはミロス公爵様から、そのお話を伺ったんです。これはその……国を滅ぼすための野望ではありませんの?」
不安を露わにするエルサ姫に、エリーは微笑みながら首を振った。
「いいえ。王家を残したまま、貴族制を無くすと仰有っておりました。議会制――というものらしいですが、国の方針を王の采配ではなく、議員という多数の人々で、話し合いや投票を以て行うという制度のようですね」
エリーの説明を聞いて、エルサ姫は口元に手を添えた。考えるときの癖らしく、しばらくは無言で空を見つめていた。
やがて顔を上げると、怪訝そうに口を開いた。
「それは……内乱によって引き起こすのですか?」
「武力での変革は、否定しておられましたわ。ですから、種まきという言い方をなさったんだと思います」
「……武力では変えないなんて」
エルサ姫は気の抜けた顔で、ホウッと息を漏らした。
「……呑気ですわね」
その呆れたような口ぶりに、エリーはクスリと笑みを零した。
「ええ、ホントに」
「でもまあ、安心しましたわ。ミロス公爵様も気に入っておいでの様子ですから、物騒な考えをお持ちでないなら、静観で良さそうですわね」
ホッとした表情のエルサ姫は、再び柔和な笑みを浮かべた。
「さあ。それでは、冷めないうちにお茶に致しましょう? かなり質の良いハーブを使ったお茶なんです」
「はい。メリィも頂きましょう」
「わかりました」
三人はしばらく、談笑を楽しむこととなった。
一方そのころ。廊下でエルサ姫らの警備をしていた兵士の中で、先ほどの女兵士がドアの前から離れた。
廊下を歩き出す女兵士に、騎士の一人が声をかけた。
「おい、持ち場を離れるな」
「あ――申し訳ありません。少し……用事を。すぐに戻りますので、少々お任せしてもよろしいでしょうか」
女兵士の発言に、騎士は色々と察したようだ。ある種の符丁――ようするにトイレだ――だと勝手に理解をした騎士は、呆れたように手を振った。
「わかったわかった。行ってくるといい。いつなんとき、姫からお声がかかるやもしれぬ。急げよ」
「畏まりました」
女兵士は一礼をすると、足早に廊下を進んでいった。しかし彼女は王城の隅に備わっている便所ではなく、下男が汚物を処理している部屋を訪れた。
王城には似つかわしくない、薄汚れた中年の男は、無遠慮に女兵士を振り返った。
「……どうしたんで?」
「伝聞を飛ばせ。姫の客は、恐らく故国の生き残りだ」
「故国……ファレメアの貴族だと? そんな莫迦な――」
「声が大きい。もっと静かに喋れ」
女兵士に窘められ、下男は通路を見回した。辺りに誰もいないことを確かめてから、先ほどよりも抑えた声で文句を告げた。
「誰もいないじゃねぇか。まあいい。鳩は飛ばしておく。間違っていたら、ただじゃおかねいからな」
「……間違いがない。髪型や服に飾り気はないが……あの顔には見覚えがある」
女兵士は吐き捨てるように言うと、踵を返した。
「例え間違っていようが、不穏な芽は摘んでおいて損はない。頼んだぞ」
去って行く女兵士を見送った下男は、部屋の隅にある荷物から、一羽の鳩を捕りだした。 親指大ほどの小さな羊皮紙に、下男は最低限の情報を書き記した。そして羊皮紙を小さく丸めると、鳩の前脚に括り付けた。
「……頼むぞ」
下男は囁くように頭を撫でてから、城下の堀が覗き見える廃棄口から、鳩を解き放った。
*
予定していた分を売り終えた俺は、厨房馬車の小窓から王城を見た。エルサ姫に連れて行かれたエリーさんは、まだ戻っていない。
できれば昼前には出たいんだけど――などと考えている途中で、俺はクシャミを連発してしまった。
厨房馬車の中でくつろいでいたアリオナさんが、目を丸くした。
「……大丈夫?」
「大丈夫……とは言い切れないかも。きっと、厄介ごとが来る予兆だから」
「……噂じゃなくって?」
「噂なのかもしれないけど、俺のことを噂にしてる時点で、碌なことを考えてないと思う」
そんな俺の意見に、アリオナさんは呆れ半分といった顔で苦笑していた。
まあ冗談も含んでいたのは事実だが、半分以上は本気だったりする。数値にすれば九割九分くらい。
……まあ半分以上ではあるから、嘘は言ってない。
エリーさんたちが帰ってきたら、すぐにでも出発をしよう。そんなことを考えながら、俺は片付けを再開した。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
エリー中心の話です。姫と令嬢の会話って、ふわふわしてるもんだろう――と思いもしたんですが、それなりに教養もあると推測すると、お互いの腹を探り合うような会話になりそうな気がします。
なので、ちょっとだけ、キャッキャウフフ的な雰囲気にしてみました。平和っていいですね。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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