最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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弟四章『地下に煌めく悪意の星々』

四章-4

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   4

 王城の廊下を、俺たちは歩いていた。ミロス公爵と親交の深い騎士に連れられて王城に入ったのはいいが、なにが何処にあるのかが、まったくわからない。
 唯一、エリーさんがエルサ姫の部屋だけは知っているだけだ。
 衛兵の装備を身につけたフレディが、俺を振り返った。


「それでは、我々は兵舎側を調べます。若たちもお気をつけを」


「わかった。そっちも気をつけて」


 俺の返答に、フレディは慇懃に会釈で返したけど……クレイシーはなにかを堪えるように、肩を振るわせながら俺から背を向けた。
 その態度に解せないものを感じながら、俺はアリオナさんとエリーさんを振り返った。


「それじゃあ俺たちは……エルサ姫の部屋へ」


「……は、はい」


「そ、そうだね」


 エリーさんとアリオナさんも、俺から目を逸らすようにしていた。

 まあ、うん。わかってる。わかってるんだけど。

 俺は溜息を吐きながら、廊下を歩き始めた。
 その途中、衛兵の一人が近寄ってきた。


「待て――おまえたち、見ない顔だな」


「……はい。わたくしたちは、ガーンズ伯様の紹介で、奉仕に入ったばかりでして」


 俺の口から中年女性のような声が出た。
 その返答に、衛兵は少し困った顔をする。


「また、か。しかも、今度は下女を三人もか」


 衛兵の言葉を聞きながら、俺は悟られぬよう顔を顰めた。
 そう――俺はフレディたちとは異なり、下女として潜入している。化粧と付けぼくろ、それに薄汚れた黒髪のかつらで中年女性に変装……というか、ほぼ仮装に近いんじゃなかろうか。
 なんでも下女と衛兵にわけてしまうと、アリオナさんやエリーさん――女性陣だけで王城を動くことになる。それは危険ということで……その、俺が一緒に行動することに、なった、わけ……なんだけど。

 でも、なんで俺が女装をせにゃならんのかと。

 声は《力》で女性の声に寄せてある。個人的には平均的な女性の声よりは野太いように思えるが、衛兵程度なら騙せている。
 まあ、うら若き乙女に変装するのは体格的に無理がある――ということで、少し太めになるよう、着膨れさせられている。
 もちろん、下はスカートだ。だけど、その下にはちゃんとズボンを履いている。ミロス公爵からは、どこをどうみても中年女性にしか見せない――と称されたが、女性陣とクレイシーから、大いに笑われてしまった。

 俺だって、やりたくてやってるわけじゃないのに。

 そんな記憶に気の重い溜息を吐いていると、衛兵も盛大な溜息を吐き出した。


「まあいい。使用人として入ったのなら、まずは調理場での下働きからだ。厨房はわかるか?」


「……いえ。ガーンズ伯様には、エルサ姫の侍女様の手伝いだろうと、そう言われておりました」


 もちろん、ガーンズ伯云々というのは、まったくのでまかせだ。長居をするつもりなどないから、嘘や誤魔化しで乗り切ろう――というつもりでいる。
 しかし、衛兵は首を横に振った。


「新人なのだろう? ガーンズ伯爵様がどういう考えかは知らぬが、ほかの侍女や下女たちに顔合わせをしたほうが良いだろう」


「……ああ、そうですねぇ。案内をお願いできますでしょうか?」


「それくらいなら、お安い御用だ。ついてくるといい」


 俺たちの目的を考えれば、衛兵に従うことなく、エルサ姫の自室へ向かうべきだ。だけど、衛兵生真面目さと親切心からきた意見は正論だから、断り憎い。
 それに侍女などに面通しを済ませていれば、王城を動いていても怪しまれることは減るかもしれない。
 衛兵に連れられて、俺たちは王城の炊事場へと入った。
 衛兵から炊事場の責任者へ紹介された俺たちは、まずは夕食の下ごしらえを指示された。
 七面鳥の丸焼きに、かまどではウサギの肉を使ったシチューが煮込まれている。まな板ではニンニクや香草が切られている。
 炊事場の隅っこに案内された俺たちを、中年の女性が出迎えた。


「おや、新人かい?」


 タマネギの皮を剥きながら、小太りな中年女性が俺たちに声をかけてきた。
 栗色の髪を束ね、頭巾――いや、ギンプという布巾で頭を覆っている。アマンサと名乗った下女は、俺たちにタマネギの入った籠を指し示した。


「まずは皮を剥きな。包丁役に籠を渡したら、あたしらはゴミ出しに行くからね」


「はい」


 アマンサさんと一緒に、俺たちはタマネギの皮を剥き始めた。そんな中で、アマンサさんはちょくちょく、話しかけてきた。


「へえ、ガーンズ伯様の紹介で? それはまた……なにか聞いてるのかい?」


「いえ。わたしは夫が……その異国の民だったんですが。それが、なんの繋がりがあったんでしょうか。ガーンズ伯様からお声がかかりまして。夫に先立たれたばかりで、まさか伯爵様のお知り会いだったことすら知らず……」


 我ながら、咄嗟にここまでの作り話が出たことに驚いている。
 アマンサさんは「そうなのかい。なるほどね……」と、数回ほど頷いてから、俺たちを見回した。


「そっちの二人は、あんたの知り合いかい?」


「娘ですよ。一人は、耳が遠いですので、会話は難しいですが」


「あらあら、それは大変だねぇ」


 アマンサさんが、少し驚いた顔をしながら、タマネギの皮を剥くアリオナさんを見た。
 なにかを言おうと口を開きかけたとき、炊事場に女性の衛兵が顔を出した。


「アマンサ――ちょっと」


「はいよ」


 衛兵へと顔を向けたアマンサさんに、俺は首を傾げた。


「あの人は、ここの担当さんですか?」


「いや、姫様付の衛兵だね。侍女は……ほかにいるからねぇ。姫様だから、女性の衛兵もいるんだろう……ねぇ。ああ、すまない。ちょっと呼ばれたから、あとは頼むよ」


 俺たちに謝ってから立ち上がったアマンサさんは、衛兵のほうへと歩いて行った。
 姫様付の衛兵……か。俺は《力》を使って、アマンサさんと衛兵の話を盗み聞きすることにした。


『怪しまれてはおりませんか?』


『ああ、それなら大丈夫だろ。それより、ガーンズ伯の紹介で下女が三人も勤めに来たんだが……なにか聞いているかい?』


『いいえ。同胞……でしたか?』


『その判断に困っているところさ。なんでも夫が異国の民という女でね。もう死別したということなんだが、ガーンズ伯と知己だったことも知らなかった――と言ってるからね。同胞ではないんだろうが、どう扱えば良いかわからなくてさ』


『そうですか……わたくしのほうから、伯に確認をしてみましょう。チャーンチのことを知らないなら、あまり話はしないほうが良いでしょう。それよりもアマンサ殿は、地下の星座を。王の星座が判明したからには、計画を次の段階へ移すよう急かされております』


『わかってるよ。まったく、忙しないことだねぇ』


 二人の会話は、そこで途切れたが――これだけで、充分過ぎることを聞くことができた。
 あんな普通のおばさ――中年女性がチャーンチだったなんて、予想外過ぎた。それに会話に出てきた『星座』という言葉。
 それは――前に魔術師の怨霊が使っていた、人の精神を操る魔術を連想させた。
 いつの間にか、俺の手は止まっていた。握力に気をつけながらタマネギの皮を剥いていたアリオナさんが、僅かに顔をあげた。


「クラネスくん、手が止まってるよ?」


「アリオナ――ここでは、お母さん、ですよ」


 小声でエリーさんが訂正をするけど、アリオナさんには聞こえない。俺はタマネギの皮剥きを再開しながら、まずはアリオナさんにエリーさんの忠告を伝えた。
 それから二人と顔を寄せると、アマンサと女衛兵の会話のことを伝えた。


「星座――まさか、ギリムマギの」


「それと、同種の魔術である可能性もあります。それなら、エルサ姫が操られた理由も――原因にも整合性がつきますね」


「でも、それをチャーンチがやったの? 王城にどうやって……」


 首を傾げるアリオナさんに、俺は自分の胸に親指を当てた。


「俺たちだって、公爵が用意した裏口から王城に入ったんだよ? 例えばガーンズ伯の紹介で、チャーンチの職人が王城に入れば……細工をするくらいできるだろうね」


「あ、そっか」


「これで……二人。あと、怪しいのはエルサ姫の侍女――かな。なにか指示を出すには、丁度良い立場だからね」


「三人……だけとは思えませんが。連絡役など、あと数名はいると思うべきです」


 エリーさんの意見に、俺は頷いた。


「そうですね。さっきの衛兵のあとを追っていけば、すぐに二、三人は見つかるかもしれませんね。でも……ちょっと今すぐは無理そうですね」


 炊事場は、まさに修羅場だ。
 タマネギの皮を剥くだけとはいえ、不用意に抜け出したら怪しまれてしまう。俺は《力》で出来る範囲だけど、二人の声を拾い続けた。
 だけど石造りの王城の内部では、音が反響し、雑音が混ざってしまう。予想以上に厄介な状況に、俺は焦れったさを押さえるような溜息を吐いた。

   *

 衛兵の装備に身を包んだクレイシーとフレディは、一階を巡回するフリをしながら使用人たちの会話に聞き耳を立てていた。


「……なかなか、情報なんか拾えないもんだな」


「だろうな。こういうのは、若が得意なのだが」


 フレディの返答に、クレイシーは気むずかしい顔になった。


「そういうのが得意……か。あの不思議な力ってわけか」


「不思議な力、か。そういう言い方は好まぬが、そうなのだろう」


 二人が歩いていると、右側の壁から出てきた若い衛兵とぶつかりそうになった。まだ若い女の衛兵は、寸前で避けたクレイシーに軽く頭を下げた。


「すまない。急いでいたもので」


「いや。ぶつかってはいないから、大丈夫……だ」


 驚いた拍子に、クレイシーは衛兵としての喋りを忘れそうになってしまった。慌てて喋り方を訂正するが、女の衛兵はそんなことには気付かず、「では」と目礼した。
 手にしたランプの灯りを消しながら、女の衛兵は去って行った。


「なんだったんだ?」


 女の衛兵が出てきたところを覗き見たクレイシーは、「へえ」と声をあげた。


「こんなところに、地下への入り口か」


「……好奇心を満たしている暇はないぞ。我らは情報収集を続けねば」


「はいよ。まったく、お固いことで」


 フレディに軽く睨まれたクレイシーは、肩を竦めると再び廊下を歩き出した。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

なにげに主人公初の女装回。癖にならないといいなぁとか思いつつ、声が変えられるのは利点ですよねと思った次第。

ほんとに癖にならないといいなぁ。

あと業務連絡ですが、次回の土曜日のアップは夜七時になる予定です。

午前中から、実家を含めて諸々の用事のためです。ご了承のほど、よろしくお願い致します。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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