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エピローグ
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俺とアリオナさんが《カーター》の隊商と合流した、翌朝。
――準備は、整った。
日が昇る前から、俺は厨房馬車で準備に明け暮れていた。この馬車自体が頑丈な造りだから、天井の補強に縄を結んでも、ビクともしない。
出入り口の側には羊皮紙に書いた、数人に向けた手紙を置いてある。ここに入れば、すぐに見つかることだろう。
天井から吊した縄の下には、小さいけど膝くらいの高さがある木箱を置いてある。日が昇る前にすべての準備を終わらせたかったけど、すっかり朝になってしまった。
……急がなきゃ。
俺は木箱の上に乗ると、天井から吊した縄に手を伸ばした。
背後にある厨房馬車のドアが開いたのは、そんなときだった。
「クラネスくん、もうすぐ朝食にするって――っ!?」
俺の背後で、アリオナさんが息を呑む声がした。
けど押し寄せる感情に心が明け渡していた俺は、構わずに縄を手繰り寄せる。
「だめぇぇぇぇっ!」
もう少しで縄が首に掛かる――というところで、背後からもの凄い力で床に引き倒された。
床に背中を打ち付けた俺は、今にも泣きそうで、でも怒っているアリオナさんから視線を外した。
謝らなきゃ――と思ったけど、口から出たのは、違う言葉だった。
「お願い……止めないで……俺は糞最低なクズなんだよ。身も心も冷酷で、敵対した相手には容赦が無くなるんだ。もう取り返しがつかないほどの、悪党なんだよ。爺さんの世話になっていたにも関わらず、恩を仇で返すような真似をしてるんだ。だから、あとは死んで、あの世で詫びるしかないんだ」
「な、なにを言ってるの? ねえ、クラネスくん! なにがあったっていうの!?」
アリオナさんに激しく身体を揺さぶられ、俺は僅かに目を上げた。
理由を問われてるんだよな……ちゃんと答えたら、俺の好きにさせてくれるかな――という微かな期待を胸に、俺は質問に答え始めた。
「キスーダに使った《力》が原因で、感情が抑制できなくなってるんだ。あの最後の力は、声に宿るもので、前世で言う言霊……みたいな感じなんだけど。相手への強い敵対心からきた言葉が、感情を強く揺さぶるんだよ。まともに受ければ、精神的なダメージを受けるし、揺さぶられた感情に抗えなくなるんだ」
「……よくわからないけど、心を操るとか、そういうこと?」
アリオナさんの問いに、俺は首を横に振った。
「心を操るわけじゃないと思う。多分だけど、罪悪感を刺激することしかできないみたいで。昔、爺さんに〝俺のことが好きなら、貴族の跡取りにしないで〟って言ってみたんだけど……効果なかったし。
逆に三年くらい前、アリオナさんが暮らしていた村で、隊商から商品を盗んだヤツがいて。そいつに向かって、〝盗みをするヤツは糞野郎だ、今すぐ死ね!〟って言ったことがあって。そのあと、その盗人を含めて、村人の三割が自殺しかけたことがあって」
「あ――なんとなく覚えてる。母さんも、自殺しかけたから……。あれ、クラネスくんの仕業だったの?」
「……うん。それ以来、あそこの衛兵から最凶の力とか言わてたんだけど。ただ、この《力》には強い副作用があってね。だいたい翌日くらいに、言った内容がそのまま自分にも跳ね返ってくるんだ」
落ち込んでいたアリオナさんを拐かそうとした二人組にも、この《力》を使っている。
あのときは「怯えてろ」って言っただけだから、副作用もそれに準じたものになっていた。だけど、副作用で酷く怯えてしまって、アリオナさんに俺のことを説明できなくなっていたけど。
アリオナさんは目を丸くしながら、しかし少し呆れた声を出した。
「跳ね返ってくるって……まさか、今も? キスーダに、死ねとかいったの?」
「うん。副作用でこうなってるって、わかっているけど……感情には抗えないんだ。それに実際、その通りだし。さっきも言ったけど、村の人を殺しそうになるし、爺さんから受けた恩を、仇で返してるし……なにより、敵対した人に対して容赦ない言動をしちゃうんだよ、この世界の俺は。
アリオナさんが人の言葉が聞こえないのと、きっと同じなんだ。身体の機能じゃなく、心の一部が欠損してるんだよ。俺だって……憑き人だ」
ここまで説明すれば、きっと納得してくれたと思う。
なにか言いたげなアリオナさんを手で制止ながら、俺は諭すように言葉を続けた。
「これで納得してくれた? きっと俺は、誰からも必要とされてない。この世界から居なくなったほうがいいんだ……だから、俺のことは放って」
瞬間、アリオナさんが息を呑むのがわかった。
それでも、関係無い。立ち上がろうと中腰になったとき、俺はアリオナさんに床へと引き戻された。
「誰からも必要されてないって……この世界から居なくなったほうがいいなんて、言わせないから」
アリオナさんの怒鳴り声が聞こえた次の瞬間、俺の口を柔らかいものが塞いだ。俺の頭を柔らかい手が包み込んでいる。
アリオナさんの顔が、俺から離れた。
「……少しは理解した?」
「ええっと……その」
「……理解したよね? もう死のうなんて、思ってない?」
「……はい」
顔が赤くなるのを感じながらも、頭の芯は酷く冷静になっていた。俺を支配していた感情の波が、すうっと冷えていく。
縄を片付けてもいいよね――と、アリオナさんは天井から吊した縄を、いとも容易く回収した。
その様子を眺めながら、俺は辿々しい口調で問いかけた。
「あ、あの……今、その……なんで、あそこまでしてくれたの?」
唇が重ねられた――キスしてきた理由を問いかけると、アリオナさんは少しだけ目を逸らした。
そして小さく深呼吸をすると、俺から顔を背けた。
「クラネスくんが、あたしのことを大事な人だって言ってくれたみたいに……あたしだって、クラネスくんのことを大事に思ってるから」
「え? 俺……そんなことを言った?」
「うん。二人組のチンピラから、あたしを庇ってくれたときに……覚えて無いの?」
少しだけ振り返ったアリオナさんに、俺はぎこちなく頷いた。あのときは無我夢中で、ほとんど感情のままに言葉を吐いていた気がする。
戸惑う俺から顔を背けると、アリオナさんは厨房馬車のドアを開けた。
「もうすぐ朝ご飯ができるって、ユタさんが呼んでいたから。落ちついたら、出てきてね」
「……はい」
まだ、心臓がバクバクと十六ビートを奏でている。
女の子って、こういう度胸はすごいんだ――そんなことを考えながら、俺はしばらくのあいだ、厨房馬車の中で一人佇んでいた。
*
厨房馬車から出たアリオナは、野宿をしている馬車列の影まで移動した。そこで、ぺたん、としゃがみ込みながら両手で顔を覆った。
(や……やっちゃった。ど、どどど、どうしよう。いきなりキスなんて。あ、色々な男の子と遊んでたんだとか、勘違いされないかな)
顔を真っ赤に染めながら、アリオナは後悔の念に押しつぶされそうになっていた。
クラネスもそうだが、アリオナも恋愛事には疎かった。なにせ、前世ではクラネス――初恋だった音無厚使へ告白するどころか、学校生活では喋ることすらままならなかったのだ。
今回は勢い任せにキスしてしまったが、冷静になった今、自分からリードしていこうという気概すら消えてしまった。
(さ、最初に大事な人って言ったのは、ク、クラネスくんだし。大丈夫よね。きっと、大丈夫……でも、このあと、どんな顔をして会えばいいんだろう。ああ、もう、あたしの馬鹿ぁぁぁぁ……)
照れと後悔と、未だに残っているキスの感触――それらに頭の中を激しく掻き乱されてしまって、しばらくは動けそうにない。
そんな、半泣きで蹲るアリオナに、冷ややかな視線を送る人物がいた。
「あたしたちってしばらくのあいだ、こんな焦れったいのを見せ続けられるわけ?」
半目になったユタの問いに、左横に立っていたフレディは鷹揚に肩を竦めた。
「二人とも、まだ若い。急ぐ必要もないだろう」
「冗談でしょ? ずっとヤキモキするのなんて、精神衛生的にも良くないじゃない。アリオナちゃんが、さっさとクラネス君を襲っちゃえば解決じゃない」
「……そういう下世話なことを考えるんじゃない」
ユタを窘めながら、フレディはアリオナに目をやった。
(でもまあ、確かに先は長そうだな)
二人の将来がどうなるのか――フレディは心のどこかで、ユタの意見に賛同しかけていることに気付いていた。
つまり――アリオナがクラネスを襲えば、それで解決なのは間違いない、と。そしてそれが真実であることを、理解していたのだった
完
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
なんとか予定を崩さず、エピローグまでやってこれました。これも読んで頂いた、そしてお気に入りに入れて頂いた方々のお陰で御座います。モチベの維持ができました。
改めて、ありがとうございます!
次回ですが、これからプロット作成になります。もしかしたら書き溜めを含め、7月中旬以降になるかもしれません。
再開後、お付き合い頂けたら嬉しいです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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