最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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四章-8

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   8

 キスーダがどんな戦技が得意だろうと、ここで引き下がるつもりはない。
 俺は折れた長剣を手に、低い姿勢で駆け出した。折れているとはいえ、相手は鎧の類いを身につけていない。充分に間合いを詰めれば、充分に致命傷を与えられる。
 そう考えて一息で間合いを詰めた俺は、両手で構えた長剣をキスーダの土手っ腹に目掛けて振った。
 杖で防いだり、躱そうとする仕草すらなく、刀身はキスーダに叩き込まれた。
 かなり深く斬りつけたはずの刀身は、キスーダの服を少し揺らしただけで、不可視の圧力によって弾かれてしまった。


「な――っ!?」


 驚きの声をあげる俺に、キスーダは手にした杖の先端で突いてきた。
 咄嗟に避けたつもりだったけど、右頬を掠めたらしい。チクチクとした痛みが、じんわりと頬に広がっていった。


「あら、よく躱したわね」


 余裕のある表情で、キスーダは杖を収めた。俺が距離を取ると、なにごとかを呟きながら、杖の先端を俺へと向けた。


「――ダルシンダ」


 聞いただけでは意味不明な言葉を呟いた瞬間、杖から拳大の火球が放たれた。


「うおっ!?」


 横っ飛びに飛んだ俺の背中を炙るように掠めた火球は、部屋の外へと飛んでいった。膝を突いた姿勢で振り返った俺は、ここで漸くキスーダの正体――彼女が魔術師であることに気付いた。


「魔術師が、なんで山賊なんか」


「あなたには、関係のないことよ。あたしの体はね、魔術無効の結界と物理攻撃無効の結界に包まれているのよ? あなたが何をしようと、あたしには効果がないの。理解できたのなら、武器を捨てて投降なさい」


「物理攻撃無効……」


 キスーダの結界というのは、前世のアニメや漫画で見たバリアみたいなヤツか。
 俺は頭に浮かんだ一つの可能性に、長剣を構えたままで動くのを止めた。そのまま十数秒ほど経ったとき、キスーダが焦れたように口を開いた。


「どうしたの? 決められないってわけじゃなさそうだけど」


「……その結界に包まれても、俺の声が聞こえるのか?」


「……なにを言ってるのよ。当然でしょ?」


「息苦しくもならないのか」


「……だから、当然でしょ? なんなの、その質問。時間稼ぎなわけ?」


 キスーダが怪訝そうに問いかけてきたけど、俺はほかのことを考えていた。

 ……なるほど。そーゆーことか。

 俺は改めて意識を集中させると、折れた長剣に左手を添えた。


「投降なんか、するわけないだろ。そっちこそ、大人しくアリオナさんを返せ。そうすれば、最低でも五体満足でいさせてやる」


 俺の最後通告を聞いたキスーダは、呆れた顔をしながら左手で、腰の後ろに下げていたらしいナイフを抜いた。


「もしかしたら、接近戦に徹すれば勝てるなんて、考えてるのかしら? それが甘い考えだって、教えてあげるわ」


 そう言い終えるが早いか、キスーダはナイフを投げつけてきた。
 飛来してきたナイフを横に跳んで躱した直後、キスーダがなにごとかを呟くと指輪の一つが淡く光った。
 その直後、俺の周囲の床から白光りする四本の刃が突き出してきた。


「うわっ――!」


 身体を捻りながら床を蹴って躱そうとしたけど、左の太股と右肩を斬られてしまった。
 致命傷には遠いが、浅い傷じゃない。服に血が滲み出してから、すぐに滴り落ち始めていた。


「クラネスくんっ!?」


 悲痛な顔のアリオナさんが鉄格子に触れた――その瞬間、鉄格子全体を青白い火花が駆け巡った
 短い悲鳴をあげて、アリオナさんは床に倒れた。


「あ、アリオナさん!?」


「ああ、心配しないで。死ぬような怪我はしないから。中から鉄格子に触れると、雷のような火花が出るのよ。大丈夫だと思うけど、逃げようと試みないようにね。それより、観念する気になったかしら?」


「冗談。あんたは絶対に、許さないからな」


 俺が長剣を構え直すと、キスーダは余裕がありながら焦れたような顔をした。


「……まだ抵抗する気? 諦めが悪いわね。その脚じゃもう、魔術を躱せないでしょうに」


 キスーダは杖の先端を俺に向けながら、魔術の詠唱を始めた。
 それに少し遅れて、俺は連続で舌打ちを始めた。その音が、徐々に小さくなっていくと、部屋の中から音が消えた。
 潜入のときに使い続けていた、〈消音〉だ。魔術の詠唱をしていた声が消えたことに、キスーダは驚いた顔をした。
 詠唱を止め、『なに?』という感じに口が動いた。
 もちろん、そんな問いに答えはしない。その代わり、俺は脚の痛みを堪えつつ、キスーダとの間合いを詰めた。
 ただ、この一撃は身体への打撃を狙っていない。俺は、キスーダの持つ杖を狙って長剣を振るった。
 てっきり杖で打撃を受けるか、受け流そうとすると思っていた。だけど、その予想に反してキスーダは杖を後ろに下げ、左腕で剣撃を受けた。
 確かに剣撃を防ぐ結界があるなら不可能じゃないけど――普通は咄嗟に杖や剣で受けるものじゃないのか!?
 杖で打ってくるのを後ろに飛び退いたときに、思わず普通に舌打ちをしてしまった。
 それで〈消音〉が消えてしまうと、キスーダは俺を睨めつけた。


「そういう手が使えるのね。どんなカラクリかは、わからないけど。でも、もう使わせないわよ? 次に音を消すようなら、あの子を殺すから」


 再び左手にナイフを持つと、キスーダは俺を睨めつけた。
 正直、〈消音〉が使えないのは辛い。俺は忙しく頭をフル稼働させながら、打開策を考えていた。
 一つの違和感は、杖を庇った行動だ。あんな古びた杖なんか、いくらでも換えが利きそうなものなのに……咄嗟に護ろうとする行動の根幹はなんだ?
 そんな思考の途中で、不意にユタさんの言葉が蘇った。


『よく考えて。アーウンさんの日頃の言動から、推測するの』


 行動から推測……古い杖。きっとあれは、キスーダが生まれる前から使われていたものだと思う。俺だって、商人としての目利きを鍛えたから、この程度の鑑識眼はある。
 そんなに古い杖を庇う理由――完全に推測の域を出ないけど、それに賭けてみる価値はある。
 問題は俺が攻勢にでるためには、一瞬でいいからキスーダの隙が必要ってことだけだ。
 俺が沈黙したまま動かないでいると、キスーダの顔に笑みが広がった。


「そうそう。そうやって大人しくしてないさいな」


 杖を俺に向けながら、キスーダが魔術の詠唱をし始めた。




 電撃のような衝撃から床に倒れたアリオナは、起き上がりながらクラネスとキスーダのやりとりを観察していた。
 クラネスからキスーダへの攻撃が止まっている。
 対するキスーダは、忙しく口を動かしながら、杖の先端をクラネスに向けている。魔術を使うつもりらしいが、クラネスに対抗措置を行う気配はなかった。


(どうして)


 と、クラネスが動かない理由を考えたアリオナは、太股と肩の傷で目が止まった。


(きっと、あの傷の所為よね。素早く動けないから、攻撃できない……とか)


 二人の会話が聞こえていないうえ、戦力分析もおろそかだったが、それ故にアリオナの思考は素早かった。
自分を閉じ込めている檻は、四方の壁や床と一体になっていない。しかし檻自体は、かなりの重量がありそうだ。男性とて、一人で動かすのは無理だろう。


(でも……今のあたしなら、できるかも。足なら……素肌じゃないから、大丈夫)


 肝心なのは、勢いと度胸。
 アリオナは大きく息を吸うと、助走の準備をするように両脚に力を溜めた。
 杖の先端が光を放ち始めた瞬間に、アリオナは勢いよく一歩を踏み出しつつ、キスーダのいる方向へと、内側から檻を蹴っ飛ばした。




 キスーダの持つ杖の先端が光り始めたのを見て、俺は飛びかかりたい衝動に駆られた。
 しかし、魔術の特性がよくわからない以上、迂闊に飛び出すのは危険すぎる。火球とかを撃ち出す魔術なら、飛び出したら避けきれない。
 かといって、さっきみたいに真下からの攻撃や、不可視の力で身体を束縛、もしくは昏倒させるような魔術に対して、避けるという選択肢は不可能に近い。
 迫られた選択に、一か八かの賭けに出ようとしたそのとき、アリオナさんの入っていた檻が、キスーダにぶつかっていった。


「あっ! つぅ――っ!!」


 衝撃としては、横から勢いよく押された程度だったかもしれない。だけど、その衝撃でキスーダは尻餅をついたと同時に、詠唱が中断された。
 なんて無茶を――と思ったけど、これで精神を集中させる時間ができた。
 俺は使う《力》をイメージしながら、指で長剣の刀身を思いっきり弾いた。〈範囲指定〉と〈固有振動数の指定〉を混合させた《力》が、キスーダへと放たれた。
 だけど、これはキスーダの身体の表面を狙ったものじゃない。魔術の結界で、この手の攻撃が利かないことは理解している。
 俺が狙ったのは、別のところだ。
 立ち上がりかけたキスーダは、俺からの《力》を受けた直後に、身体をくの字に曲げながら、膝から崩れ落ちた。


「な……こ……。ゲホッ――な……たの……ケホッ」


 息苦しそうに、しかし聞かずにはいられないのか、途切れ途切れに言葉を発するキスーダに、俺は《力》の準備をしながら一歩前へ出た。


「胸の中が苦しいだろ。呼吸も碌に出来ないし、喋るのも辛いから、もう魔術だって使えないんだよな?」


「だ……ケホッ……なに……たの……カハッ!!」


 最後には血を吐き出すキスーダに、俺は長剣を鞘に収めながら告げた。


「教える義理はないね」


 前の世界で小学校を出てさえいえれば、理屈としては単純だ。音は、空気の振動だ。そして人間が生きていくためには、呼吸をして空気を取り込む必要がある。
 俺が《力》で狙ったのは、キスーダの肺や気管支だ。結界をしていても息苦しくない、しかも声が聞こえるということは、キスーダを護る結界が、空気を体内に通している証左に他ならない。
 だから俺は、口や鼻の奥へと《力》をぶち込んでやったってわけだ。恐らくだけど、致命傷ではないにしても、キスーダの肺はかなりの損傷を受けたはずだ。
 俺は最後の仕上げに、キスーダが手にした杖を掴んだ。


「この杖……形見なんだよな。祖父か祖母かは、わからないけどさ」


 このひと言で、キスーダの顔から血の気が引いた。忘れていた思い出――いや、あえて考えないようにしていた記憶を呼び覚まされた、という顔だ。
 そんな表情に、推測したことの確信を得た俺は、《力》を全解放した。


「小さい頃は、さぞかし爺さん婆さんに期待されてきたんだろうね! それが今では、山賊なんかの首領かよ。もしかして、周りの魔術師たちより実力が劣ってて、落ちぶれちゃったってわけ!? それで跡取りにもさせて貰えず、その杖も取り上げられそうになって、家出したんじゃないだろうね。
 どちらにせよ、今の姿を見たら、杖の持ち主だった人は嘆き悲しむんじゃない!?」


「や……め……御婆……まッ――ああ、言わ――ケホッケホッ」


「なにが、言わないで、だよ。糞最低なクズだって理解したところで、もう遅いさ! 身も心も悪党に成り下がったんだ。取り返しの付かないほどの、悪党じゃないか! 先祖はきっと、あんたなんか生まなきゃ良かったって、心から思ってるだろうさ。婆さんから受けた恩を仇で返すような真似をしたんだ。生き残ったって、あんたを必要とする人は、今後現れないと思うしさ。あとはあの世で、その婆さんに詫びるしか、できることはねーよ!!」


「ああ……今の……死ねな……い。死ね、な……身体――ケホゲホッ」


 まるで、見えない先祖たちを前にしているように、頭を抱えて蹲ってキスーダを横目に、俺は檻へと近寄った。
 檻には、頑丈な錠前がかけられていた。俺は半分に折れた長剣と《力》を使って、その錠前を叩き壊した。長剣の刀身は完全に砕けたけど、こんなのは構わない。
 檻の扉を開けると、アリオナさんが抱き付いてきた。


「クラネスくん!」


「アリオナさん、大丈夫だった?」


 俺はアリオナさんを抱きとめながら、見える範囲で全身を確かめた。
 最悪の事態になっていても、受け入れるつもりでいたけど……とりあえず、無事そうに見えることに、俺は安堵した。
 そんな考えを読んだかのように、アリオナさんは俺の顔を覗き込んできた。


「あたしは、大丈夫だよ? なにもされてないから。クラネスくんの怪我は、大丈夫なの?」


「ん――ああ、まだアドレナリンが出てるから、痛みはあまり感じないよ。もう少ししたら、凄く痛くなりそうだけ――」


 返答の途中で、俺は自分の両手、そして身体に柔らかいものが触れていることに気付いてしまった。それはもちろん、アリオナさん以外にないわけで――。
 アリオナさんも、今の状況に気付いたようだ。
 二人で硬直した次の瞬間――体感的に音速を超えたんじゃないかって速さで、俺たちは二ミクン(約一メートル九六センチ)ほど離れた。


「ご、ごご、ごめんなさい! なんか勢いで、つい……抱きしめちゃって」


「ううん。こっちこそ……その、感激の余りに、その……」


 二人とも顔を真っ赤にさせたまま、しばらくは沈黙していた。だけど、廊下の奥から幾つもの足音が聞こえてくると、俺たちはハッと顔を見合わせた。もしかしたら、砦の中に山賊が残っていた可能性だってある。
 俺はアリオナさんの前に立ちながら、いつでも《力》を使えるよう身構えた。
 足音は、四人分。体格はバラバラで、軽装備なのが一人いる。
 駆け足で部屋に飛び込んできたのは――俺の知っている顔だった。


「なんだ、終わってるじゃねーか」


 先陣を切って部屋に入ってきたアランが、俺とアリオナさんを見て、気の抜けた声を出した。ほかの冒険者だちも入って来ると、蹲ってるキスーダを縛り上げた。


「これが山賊の頭か。賞金首かもしれねぇから、このまま連れて行くぜ」


「ねえ、こっちは誰? クラネス君の知ってる人?」


 マリーに問われて、俺はもう一つの檻を覗き込んだ。


 ……そういえば、こっちにも誰がいたっけ。すっかり忘れてた。

 檻の奥で震えるように蹲っているのは、無精髭だらけで、少し痩せてるけど……間違いなく、アーウンさんだ。
 なるほど、アリオナさんの情報や俺の行き先なんかは、アーウンさんから聞きだしたわけか。
 キスーダを除いた山賊は、アランたちがしばき倒したらしい。
 俺たちは助け出したアリオナさんと、山賊の頭であるキスーダ、そしてついでのアーウンさんと共に、山賊の根城である砦を出た。



 それからは正直、目の回る忙しさだった。
 アランたちに約束の報酬を支払ったあと、俺たちは夜通しどころか、貫徹のままカマーゴまで移動した。
 街の衛兵にキスーダを引き渡した俺たちは、ちょっとした英雄扱いを受けることとなる。
 アランの予想通り、《血の女豹》とキスーダには、かなりの賞金がかけられていたらしい。
 厨房馬車で隊商を追いかけようと街を出る直前に、俺はアランから大きな革袋を手渡された。


「キスーダを捕らえた報酬だ。俺たちと、おまで半分ずつにしてある。なんだかんだ言って、山賊の大半を戦闘不能にしたのは、おまえだしな」


 革袋の中身には、俺がアランに渡した報酬の三倍以上も入っていた。俺の稼ぎの……約一ヶ月分以上が、ここにあるなんて。

 ……正直、ちょっと複雑なんだけど。

 だけど俺には、そっちに気を取られている余裕なんてなかった。
 移動中、湧き上がる感情を抑えるのに必死だったんだ。厨房馬車の手綱を操っているあいだ、俺はずっと(まだ駄目だ。まだ――感情に負けられない)と、まるで念仏のように唱え続けていた。
 そして二日目の昼、俺たちはようやく《カーターの隊商》に追いついた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

だから、長いんですって(汗

まだエピローグが残ってはいますが、本編として最後の最後で長いんです。悪い癖といいますか、やっちゃった感はありますね。

ええっと……無理せず、二回とかに分けて読んで下さいませ。

先ほども書きましたが、次回はエピローグとなります。どうか、最後までお付き合いのほど、宜しくお願い致します。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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