最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』

二章-1

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 二章 領主と娘と――歴史の破片


   1

 戦いのあと、俺たち四人は兵士たちの隊長に声をかけられた。
 魔物たちを一度凌げば、翌日までは襲撃はないって話だ。だけど、守備隊は日の出になるまでは、城塞の外で夜警をするのだという。
 戦いの疲れから地面に座り込んでいた俺たちは、不必要なほど上から目線な隊長を、黙って見上げた。


「貴様たちの働き、見事であった。まだまだ油断は出来んが、またの襲撃の際も、先ほどと同様の活躍を期待する」


 こっちとしては、曖昧な返事をするしかない。
 呆れたと言うより、まだまだ疲れが残っているからだ。言い返したり、なにかを訊いたりする気力がない。
 隊長が去って行くと、メリィさんが俺やアリオナさんを順に見回した。


「あなたたち、何者なの? ただの商人が、あんな凄い力を持っているなんて……とても思えないんだけど?」


「いえ、ただの商人なのは、間違いがないんですけどね。俺とアリオナさんは、ちょっと特殊な《力》を持って生まれてきたんですよ」


「特殊な《力》……それが、あの魔術みたいな、破壊の力や怪力みたいなもの?」


「まあ、そー思って下さい。俺の《力》は、破壊だけじゃないですけどね」


 メリィさんはなにかを考える素振りを見せたが、それ以上の追求はなかった。
 と、そこへ数人の民兵が近寄って来た。俺たちが振り返ると、先頭の男が疲れ切った顔で微笑んだ。


「あんたたち……さっきは助かったよ」


「いえ。あなたがたは……街の民兵ですか?」


 俺からの問いに、男は首を横に振った。


「いや……俺は元々、行商人だったんだ。街に来たら……ま、あんたたちと似たような目に遭ったってわけさ。ここから出たいが……俺たちは衛兵に見張られてるからな。逃げ出そうとしても、すぐに見つかっちまう」


 沈痛な顔の民兵は、俺たちの近くで腰を降ろした。


「領主のボロチンは、俺たちを使い捨てにしてるんだ。このままじゃ、いずれは魔物に殺される。あんたたちの力で、なんとかできないか?」


「なんとかって……」


「そう言われても、あたしたちはここに来たばかりで、なんの状況もわかってないんですよ? なんとかって言いますけど、なにをどうすればいいんですか」


 言葉を濁した俺のあとを引き継ぐように、メリィさんが捲し立てた。
 民兵の気持ちも、理解はできる。だけど、なんとかしろって言われたって、こっちだってなにをどうすればいいか、わからないのが現状だ。
 マルドーもそうだが街を護れって言われても、このまま防戦一方では、近い将来に疲弊するのは目に見えている。
 かといって、街から逃げ出そうとしても、衛兵のいる門を強行突破したら、お尋ね者の仲間入りだ。
 八方塞がり――今の状況を単刀直入にいれば、そのひと言につきる。
 メリィさんに反論されて、民兵は困ったように視線を下に向けた。


「……そうだよな。正直、俺たちもなにをどうすればいいのか、わからないんだ」


「失礼。魔物の出所とか、誰も調べてはいないのですか?」


 フレディの質問に、民兵たちは顔を見合わせてから、それぞれバラバラに首を横に振った。


「そんな話もあった気がしたが……」


「なにもわかっていない、としか言えなくてね。少なくとも、俺たち民兵には、伝わっていないんだ」


「そうですか……困ったな」


 黒幕がわかれば、そこを攻めるという手もあるんだけど……なあ。
 民兵たちが去ったあと、俺たちは身体を休めることに専念した。夜明けまでは、まだかなりの時間がある。
 交代で仮眠を取ろうかって話もしたんだけど、近くを通りかかった衛兵に、眠りかけた民兵が叩き起こされる姿を目撃してしまった。
 仮眠すら許されない現状に、俺たちはなんとか起き続けるべく、他愛もない話をし続けるしかなかった。
 けど、話に入れないアリオナさんは、どうしても眠りそうになってしまう。
 なんとか身体を揺することで全員が起き続け、それでもそろそろ限界が近いとなった頃、空が白ばんできた。
 魔物の死骸は、衛兵たちで片付けるようだ。最前線で戦う民兵と比べて、随分と楽な仕事だ――と、思う。
 だけど、それについて文句を言う気力なんか、ない。
 眠気と空腹……そして疲労感。
 これを毎日かって思うと、もうイヤになってきた。時間を見て、なんとか解決の糸口を見つけるべく行動をしないと、身体を壊してしまう。
 兵舎へと向かう途中、俺はそんなことを思いながら、大欠伸を繰り返した。

   *

 早朝――街の中央にある領主の砦で、ボロチンは下男からの報告を受けていた。


「ほう……犠牲者がおらぬか」


「はい。負傷者が数名出たのみ――ということです」


「ほほう……ということは今回、民兵になった者たちは、掘り出し物ということだな。どういう者たちか、確認しておけ。事と次第によっては、衛兵へ取り立ててもいいだろう。夕刻に兵舎へ向かった折りに、その話をしておきたい」


「畏まりました。調べさせます」


 下男が退室すると、ボロチンはカーテンを開けた。差し込む朝日に目を細めると、街並みを見下ろした。
 城塞都市の例に漏れず、建物がゴミゴミと乱立している。しかしこの街はボロチンに取って、先祖代々受け継がれてきた財産そのものだ。


(魔物なんぞに、破壊されてたまるものか)


 ボロチンはカーテンを閉めると、食事のために廊下へと出た。そこに通りかかった下男の一人が、最敬礼をした。


「おはようございます、ボロチン様」


「うむ。朝食の準備はできておるか?」


「あの……いえ、まだ支度の途中かと」


「最低限でよいから、急がせろ」


 ボロチンが手を振ると、下男は深々と頭を下げてから、廊下を駆け出した。朝食の準備をしている料理長へ、ボロチンの命令を伝えに行ったのだろう。
 そのあとを、ボロチンはゆっくりとした足取りで、廊下を歩き始めた。どのみち、食事の支度には少々時間がかかる。
 急いで行っても仕方ない――ということらしい。
 ボロチンがゆっくりと階段を降りたあと。
 ボロチンの自室の隣は、空室になっていた。元々は奥方の部屋だったが、病で他界してからは、誰も使っていない。
 その部屋のドアが、小さく開いた。白く塗られたドアの隙間から、二つの目が忙しく周囲を見回した。
 周囲に人の気配がないことを確かめたあと、マリアが部屋から出た。
 マリアは素知らぬ顔で廊下を進むと、カレンの部屋のドアをノックした。


「カレン様……起きてらっしゃいますか?」


「……ええ。入ってらっしゃい、カレン」


 マリアが部屋に入ると、寝間着の上からガウンを肩にかけたカレンが、ベッドから降りたところだった。
 カレンが赤い絨毯に素足で降りると、マリアは慌てて、横に置いてあったヒールの靴を手にした。
 そしてカレンに靴を履かせてから、カレンは小声で話し始めた。


「昨日の襲撃ですが……死者が出なかったようです」


「それは本当? 良かった……魔物の数が少なかったのかしら」


「そこまではわかりません。ですがボロチン様は下男に、昨日民兵となった者たちのことを調べさせるようです」


「昨日、民兵になった……ああ。確か、商人の方々ね」


「はい。クラネス……アリオナ、フレディ、そしてメリィ。この四名となります」


 マリアの返答を聞いて、カレンの目が輝いた。
 毎日、誰かしら死亡していた魔物との戦いに、初めて死者が出なかった。それが、この四名によってもたらされた……と、本気で思っているようだ。


「マリア……なんとかして、その方々と会えないかしら」


「それは……お父上の許可が無ければ、難しいかと。ですが……夕方であれば、その機会があるかもしれません」


「なぜ?」


 小首を傾げるカレンに、マリアは少し表情を曇らせた。


「ボロチン様は、夕刻に兵舎へと向かわれるようです。先ほどの四名を……衛兵へ推挙すると、話しておいででした」


「……お父様ったら。どうしてこう……他者の人生に横槍を入れたがるのかしら」


 溜息を吐いたカレンは、マリアに頷いた。


「……わかりました。夕刻に、その方々に遭いに行きましょう。案内と手筈を……お願いしますね、マリア」


 カレンが、おっとりと頼み事をするのは、いつものことだ。ただ、その願いの大半は、他人を気遣うものばかりで、自分の利になる内容のものは、ほとんどない。
 そんなカレンの願い事を叶えるのが、好きだ――顔が綻びそうになるのを我慢したマリアは、普段通りの無表情のまま頭を垂れた。


「お任せ下さい」
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