最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
42 / 113
第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』

二章-1

しおりを挟む


 二章 領主と娘と――歴史の破片


   1

 戦いのあと、俺たち四人は兵士たちの隊長に声をかけられた。
 魔物たちを一度凌げば、翌日までは襲撃はないって話だ。だけど、守備隊は日の出になるまでは、城塞の外で夜警をするのだという。
 戦いの疲れから地面に座り込んでいた俺たちは、不必要なほど上から目線な隊長を、黙って見上げた。


「貴様たちの働き、見事であった。まだまだ油断は出来んが、またの襲撃の際も、先ほどと同様の活躍を期待する」


 こっちとしては、曖昧な返事をするしかない。
 呆れたと言うより、まだまだ疲れが残っているからだ。言い返したり、なにかを訊いたりする気力がない。
 隊長が去って行くと、メリィさんが俺やアリオナさんを順に見回した。


「あなたたち、何者なの? ただの商人が、あんな凄い力を持っているなんて……とても思えないんだけど?」


「いえ、ただの商人なのは、間違いがないんですけどね。俺とアリオナさんは、ちょっと特殊な《力》を持って生まれてきたんですよ」


「特殊な《力》……それが、あの魔術みたいな、破壊の力や怪力みたいなもの?」


「まあ、そー思って下さい。俺の《力》は、破壊だけじゃないですけどね」


 メリィさんはなにかを考える素振りを見せたが、それ以上の追求はなかった。
 と、そこへ数人の民兵が近寄って来た。俺たちが振り返ると、先頭の男が疲れ切った顔で微笑んだ。


「あんたたち……さっきは助かったよ」


「いえ。あなたがたは……街の民兵ですか?」


 俺からの問いに、男は首を横に振った。


「いや……俺は元々、行商人だったんだ。街に来たら……ま、あんたたちと似たような目に遭ったってわけさ。ここから出たいが……俺たちは衛兵に見張られてるからな。逃げ出そうとしても、すぐに見つかっちまう」


 沈痛な顔の民兵は、俺たちの近くで腰を降ろした。


「領主のボロチンは、俺たちを使い捨てにしてるんだ。このままじゃ、いずれは魔物に殺される。あんたたちの力で、なんとかできないか?」


「なんとかって……」


「そう言われても、あたしたちはここに来たばかりで、なんの状況もわかってないんですよ? なんとかって言いますけど、なにをどうすればいいんですか」


 言葉を濁した俺のあとを引き継ぐように、メリィさんが捲し立てた。
 民兵の気持ちも、理解はできる。だけど、なんとかしろって言われたって、こっちだってなにをどうすればいいか、わからないのが現状だ。
 マルドーもそうだが街を護れって言われても、このまま防戦一方では、近い将来に疲弊するのは目に見えている。
 かといって、街から逃げ出そうとしても、衛兵のいる門を強行突破したら、お尋ね者の仲間入りだ。
 八方塞がり――今の状況を単刀直入にいれば、そのひと言につきる。
 メリィさんに反論されて、民兵は困ったように視線を下に向けた。


「……そうだよな。正直、俺たちもなにをどうすればいいのか、わからないんだ」


「失礼。魔物の出所とか、誰も調べてはいないのですか?」


 フレディの質問に、民兵たちは顔を見合わせてから、それぞれバラバラに首を横に振った。


「そんな話もあった気がしたが……」


「なにもわかっていない、としか言えなくてね。少なくとも、俺たち民兵には、伝わっていないんだ」


「そうですか……困ったな」


 黒幕がわかれば、そこを攻めるという手もあるんだけど……なあ。
 民兵たちが去ったあと、俺たちは身体を休めることに専念した。夜明けまでは、まだかなりの時間がある。
 交代で仮眠を取ろうかって話もしたんだけど、近くを通りかかった衛兵に、眠りかけた民兵が叩き起こされる姿を目撃してしまった。
 仮眠すら許されない現状に、俺たちはなんとか起き続けるべく、他愛もない話をし続けるしかなかった。
 けど、話に入れないアリオナさんは、どうしても眠りそうになってしまう。
 なんとか身体を揺することで全員が起き続け、それでもそろそろ限界が近いとなった頃、空が白ばんできた。
 魔物の死骸は、衛兵たちで片付けるようだ。最前線で戦う民兵と比べて、随分と楽な仕事だ――と、思う。
 だけど、それについて文句を言う気力なんか、ない。
 眠気と空腹……そして疲労感。
 これを毎日かって思うと、もうイヤになってきた。時間を見て、なんとか解決の糸口を見つけるべく行動をしないと、身体を壊してしまう。
 兵舎へと向かう途中、俺はそんなことを思いながら、大欠伸を繰り返した。

   *

 早朝――街の中央にある領主の砦で、ボロチンは下男からの報告を受けていた。


「ほう……犠牲者がおらぬか」


「はい。負傷者が数名出たのみ――ということです」


「ほほう……ということは今回、民兵になった者たちは、掘り出し物ということだな。どういう者たちか、確認しておけ。事と次第によっては、衛兵へ取り立ててもいいだろう。夕刻に兵舎へ向かった折りに、その話をしておきたい」


「畏まりました。調べさせます」


 下男が退室すると、ボロチンはカーテンを開けた。差し込む朝日に目を細めると、街並みを見下ろした。
 城塞都市の例に漏れず、建物がゴミゴミと乱立している。しかしこの街はボロチンに取って、先祖代々受け継がれてきた財産そのものだ。


(魔物なんぞに、破壊されてたまるものか)


 ボロチンはカーテンを閉めると、食事のために廊下へと出た。そこに通りかかった下男の一人が、最敬礼をした。


「おはようございます、ボロチン様」


「うむ。朝食の準備はできておるか?」


「あの……いえ、まだ支度の途中かと」


「最低限でよいから、急がせろ」


 ボロチンが手を振ると、下男は深々と頭を下げてから、廊下を駆け出した。朝食の準備をしている料理長へ、ボロチンの命令を伝えに行ったのだろう。
 そのあとを、ボロチンはゆっくりとした足取りで、廊下を歩き始めた。どのみち、食事の支度には少々時間がかかる。
 急いで行っても仕方ない――ということらしい。
 ボロチンがゆっくりと階段を降りたあと。
 ボロチンの自室の隣は、空室になっていた。元々は奥方の部屋だったが、病で他界してからは、誰も使っていない。
 その部屋のドアが、小さく開いた。白く塗られたドアの隙間から、二つの目が忙しく周囲を見回した。
 周囲に人の気配がないことを確かめたあと、マリアが部屋から出た。
 マリアは素知らぬ顔で廊下を進むと、カレンの部屋のドアをノックした。


「カレン様……起きてらっしゃいますか?」


「……ええ。入ってらっしゃい、カレン」


 マリアが部屋に入ると、寝間着の上からガウンを肩にかけたカレンが、ベッドから降りたところだった。
 カレンが赤い絨毯に素足で降りると、マリアは慌てて、横に置いてあったヒールの靴を手にした。
 そしてカレンに靴を履かせてから、カレンは小声で話し始めた。


「昨日の襲撃ですが……死者が出なかったようです」


「それは本当? 良かった……魔物の数が少なかったのかしら」


「そこまではわかりません。ですがボロチン様は下男に、昨日民兵となった者たちのことを調べさせるようです」


「昨日、民兵になった……ああ。確か、商人の方々ね」


「はい。クラネス……アリオナ、フレディ、そしてメリィ。この四名となります」


 マリアの返答を聞いて、カレンの目が輝いた。
 毎日、誰かしら死亡していた魔物との戦いに、初めて死者が出なかった。それが、この四名によってもたらされた……と、本気で思っているようだ。


「マリア……なんとかして、その方々と会えないかしら」


「それは……お父上の許可が無ければ、難しいかと。ですが……夕方であれば、その機会があるかもしれません」


「なぜ?」


 小首を傾げるカレンに、マリアは少し表情を曇らせた。


「ボロチン様は、夕刻に兵舎へと向かわれるようです。先ほどの四名を……衛兵へ推挙すると、話しておいででした」


「……お父様ったら。どうしてこう……他者の人生に横槍を入れたがるのかしら」


 溜息を吐いたカレンは、マリアに頷いた。


「……わかりました。夕刻に、その方々に遭いに行きましょう。案内と手筈を……お願いしますね、マリア」


 カレンが、おっとりと頼み事をするのは、いつものことだ。ただ、その願いの大半は、他人を気遣うものばかりで、自分の利になる内容のものは、ほとんどない。
 そんなカレンの願い事を叶えるのが、好きだ――顔が綻びそうになるのを我慢したマリアは、普段通りの無表情のまま頭を垂れた。


「お任せ下さい」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

俺、何しに異世界に来たんだっけ?

右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」 主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。 気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。 「あなたに、お願いがあります。どうか…」 そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。 「やべ…失敗した。」 女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!

町工場の専務が異世界に転生しました。辺境伯の嫡男として生きて行きます!

トリガー
ファンタジー
町工場の専務が女神の力で異世界に転生します。剣や魔法を使い成長していく異世界ファンタジー

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

インターネットで異世界無双!?

kryuaga
ファンタジー
世界アムパトリに転生した青年、南宮虹夜(ミナミヤコウヤ)は女神様にいくつものチート能力を授かった。  その中で彼の目を一番引いたのは〈電脳網接続〉というギフトだ。これを駆使し彼は、ネット通販で日本の製品を仕入れそれを売って大儲けしたり、日本の企業に建物の設計依頼を出して異世界で技術無双をしたりと、やりたい放題の異世界ライフを送るのだった。  これは剣と魔法の異世界アムパトリが、コウヤがもたらした日本文化によって徐々に浸食を受けていく変革の物語です。

スライムに転生した俺はユニークスキル【強奪】で全てを奪う

シャルねる
ファンタジー
主人公は気がつくと、目も鼻も口も、体までもが無くなっていた。 当然そのことに気がついた主人公に言葉には言い表せない恐怖と絶望が襲うが、涙すら出ることは無かった。 そうして恐怖と絶望に頭がおかしくなりそうだったが、主人公は感覚的に自分の体に何かが当たったことに気がついた。 その瞬間、謎の声が頭の中に鳴り響いた。

処理中です...