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第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』
二章-2
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隊商の馬車列に戻ると、俺はユタさんに挨拶をした。
「ただいまです……そして、おはようございます」
「あら、クラネス君。おはよ」
俺はユタさんに近寄ると、兵舎で貰った革袋を差し出した。
「ユタさん、これは今回分の報酬です。みんなの食事代とかにしちゃいましょう」
「ん、そうね。それじゃあ、預かっておくわね。あ、アリオナちゃんも、おはよー」
挨拶の代わりなのか、ユタさんが笑顔で両手を振ると、アリオナさんも両手を振り返した。いつの間にやら、そして俺のしらないあいだに、二人して簡単な意思の疎通手段を共有してるみたいだ。
こうやって、隊商のみんなと交流できるのは、いいことなんだけど……。
ちょっと、胸の奥がモヤッとするのは何故なんだろう。
軽い嫉妬だったりするのか――そんなことが頭を過ぎると、自分自身への嫌悪感も芽生えてくる。
でもこれは、睡眠不足で苛々としているのも原因かもしれない。さっさと寝て、頭をスッキリとさせたほうがいいかもしれない。
そう思ったんだけど、目の端に商売の準備をしている商人の姿を見て、俺は自己の欲求を後回しにした。
ユタさんが革袋を受け取ると、俺は商人たちのいる荷馬車へと近寄った。
「おはようございます。今日もなんとか、商売はできそうですか?」
「ああ、長。ご無事でなによりです。こっちの商売は、まだギリギリ……ってところですね。なんせ、この街じゃ仕入れができませんからね。この街で仕入れて、この街で売るなんて、手間が増えるだけで利益なんか出せませんし」
「……そうですよね。そっちも、なんとか話をしないと、いけないですね」
仕入れが制限される中で、商売を続けるのは難しい。せめて、周囲の村や町から送られてくる作物の一部でも、こっちに廻して貰えるよう、頼んでみるしかない……んだけど、状況的に難しいかもしれない。
見ている感じだと、運び込まれた品々は街で管理をしていて、街の商人たちへと卸しているようだし。
部外者である隊商や行商人の分か、あるとは思えない。
もし融通して貰えるなら、今までギリムマギに来た商人たちは皆、民兵なんかやってないだろうし。
それでも交渉もしないで諦めるって選択は、選べない。商人たちだって生活はあるし、なにより長という立場が、それを許さない。
……でもまあ、なんだ。それよりも先に、まずは睡眠だ。
寝不足から来てる――と思われる、精神的な不安定さを解消しないと、交渉だって纏まらないと思う。
欠伸を噛み殺しつつ厨房馬車へ向かおうとしたとき、アリオナさんと目が合った。
アリオナさんは、ただ俺をジッと見ている。俺は少し頬が熱くなるのを感じながら、アリオナさんへと駆け寄った。
「え、ええっと……なにか用だった?」
「クラネスくん、もしかして……これから仕事?」
少し不安そうな顔のアリオナさんは、上目遣いにそう訊いてきた。
どうやら商人たちと喋っているのを見て、俺が徹夜で仕事をするものだと思ったみたいだ。
俺は小さく首を振ると、砂埃で固くなった頭髪を撫でた。
「汗と埃だけを拭ったら、仮眠するつもりだよ? アリオナさんは、ユタさんと一緒に宿でお湯を借りるといいよ」
「……クラネスくんは、一緒に来ないの?」
眠そうな顔だけど、ジッと訴えるような眼差しを向けられて、俺はヤバイくらいに鼓動が早くなった心臓を感じていた。
深呼吸をして息を整えてから、俺は首を横に振った。
「民兵の日銭は貰ってるけど、これからのことを考えると節約したいんだよね。女性陣は宿を使って貰うとして、男性陣は荷馬車で雑魚寝になるんじゃないかな」
「でも……」
アリオナさんが口を開きかけたとき、ユタさんが駆け寄ってきた。
「クラネスくん。それじゃあ、アリオナちゃんを風呂とベットに連れて行くから」
「そうですね。風呂と宿泊の段取り、お願いしますね」
俺が鸚鵡返しに言った言葉で、アリオナさんもユタさんが来た理由を察したようだ。小さく頷いたアリオナさんは、ユタさんと一緒に宿へと向かった。
とにかく、これでゆっくりと眠れそうだ。
俺が厨房馬車へと歩き始めたとき、背後から二組の足音が聞こえてきた。軽い足音から女性っぽいんだけど……アリオナさんとユタさんが、戻って来た?
そう思ったのも一瞬のことで、足音がアリオナさんのものじゃないことに気付いた俺は、警戒しながら振り返った。
「クラネスさん、少しよろしいですか!?」
エリーさんを伴ったメリィさんが、俺のほうへ歩いてくるのが見えた。
眠そうな顔をしながらも、笑顔を絶やしていない。護衛としての責務ではなく、心の底からエリーさんを信頼し、付き従っているように見えた。
「ああ……はい。なんでしょう」
俺が立ち止まると、エリーさんがおっとりと会釈してきた。両手で灰色の毛並みを持つ猫を抱いているんだけど……ペットなんか飼っていたんだ。
俺の視線に気付いたのか、エリーさんは、灰色の猫へと目を向けた。
「この子は、マース。わたくしが馬車で……飼っていおりますの。よれよりも長さん、ご相談をしてもよろしいでしょうか?」
俺に会釈をしたエリーさんは、辺りを見回してから声を顰めた。
「昨晩、幽霊さんにお会いになったそうですね。幽霊さんから聞いた話、長さんはどう思われました?」
「ええっと……そうですね」
相談と言ったわりには、マルドーについての質問か。俺は回転の鈍くなった頭を無理矢理に働かせた。
「ええっと……あのマルドーっていうゴーストから、話を聞いただけですから。正直、まだ半信半疑って感じです」
「……そうですか。では、黒幕の存在というのも半信半疑なんですか?」
「……黒幕がいるのは、いるんでしょうけど。でも……それがマルドーが言うような黒幕かどうかは、わかりません。なんか、領主の娘を狙っているって言ってましたけど……魔物を召喚か造り出してるかは、わかりませんけどね。そんな技量があるなら、その娘を攫ったほうが早いだろうし」
あの魔物の軍勢を囮にして領主の砦に忍び込むとか、やり方は色々とあるはずだ。なのに、ずっと街への襲撃を続けている。
昨晩のような襲撃ばかりなら、あまりにも単調すぎる。
エリーさんは俺の意見に、小さく、三度ほど頷いた。
「そうですね。襲撃については、わたくしも違和感を覚えておりました。やはり、確かめに行きたいですわね」
「確かめに?」
「ええ。魔物が出てくる場所を」
にっこりと微笑む表情からは、想像もできない内容だ。
つまり……敵の本陣への偵察を強行しようと仰ったわけだ。いい度胸をしているのか、それとも無謀なのか。
ただ敵の本陣を突き止めるのは、確かに重要だ。
このまま防戦を続けても、ジリ貧になるだけだ。食料などの資源だけでなく、人的な――つまり、戦力も減少していくだろう。
商人を民兵にしたって、悪い噂が広まれば誰も寄りつかなくなるわけだし。
ここまでのところで、メリィさんはひと言も口を挟んでこなかった。
どうやら、仕える主を制止する気は、ないらしい――そう悟った俺は、エリーさんへと半目を向けた。
「一つだけ確認なんですけど。その場所を確かめるのは、誰なんですか?」
「……御一緒、しません?」
この話題なんだけど……ご近所へ買い物に誘うような、おっとりとした口調で言うことじゃないと思う。
目をキラキラとさせているエリーさんに、俺は溜息を吐いた。
「……あの、確認させて下さい。それは、いつ、誰が行くんですか?」
「それはもちろん、わたくしとメリィ。そしてあなたがたです」
まだ言葉の途中だけど、俺は片手を小さく挙げて、エリーさんの言葉を遮った。
「あのですね。今の状況を理解していますか? 我々は、街から出られないんですよ。強引に出ようとしても、また衛兵に止められると思います。どうやって、調べに行くんですか?」
「それは、考えて下さると助かります」
まさか、全ぶん投げされるとは思わなかった。
絶句しながら目が点になった俺に、エリーさんは微笑みを浮かべたまま、ポンと手を打った。
「昨晩の戦いで、長さんたちはめまぐるしい活躍をしたと――メリィから聞きました。このまま戦いで活躍をして信用を得られれば、外に出る機会もあると思います。そのときに、どうやって皆で調査に行くか。その方法を考えておいて下さい」
なるほど……そういうことか。といっても、そこまでいくのに、どれだけの戦いを熟せばいいんだろう。隊商としての商売のこともあるし、この街に長居をする気はまったくないしなぁ……。
「こちらは、商人の方々の商売も考えないといけません。最悪、強行突破してでも街から出るつもりです。敵の本陣のことまで、やっていられないかもしれません」
「あら。この街を見捨ててしまわれるのですか?」
「俺には、商人たちの生活を護る義務がありますから。このままだと商売すらできずに、この街で飢えることになります。そんなことは、させられませんから」
「そういうことですか……ふむ」
なにやら考えるエリーさんは、すぐに顔を上げた。
「わかりました。外に出る手立ては、こちらでも考えます。でも……本当に強行突破を考えていらっしゃるんですか?」
「そのつもりです。俺とフレディなら、門にいる衛兵くらいなら軽く蹴散らせますし」
自信満々に答えると、メリィさんが呆れた顔をした。
「昨晩のときも思ったけど……あなたたち、絶対に隊商より傭兵団のほうが向いてる気がするんですけど?」
……それは言わない約束、というやつだ。
色々と問題は山積みだけど、まずは熟睡がしたい。眠い、瞼が重い、喉もガラガラになってきた。
エリーさんたちと別れた俺は、身体を拭くことも忘れて荷物用の馬車に潜り込むと、そのまま爆睡してしまった。
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