最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』

一章-3

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   3

 カーター伯爵家の屋敷に入ってきた公爵の馬車列が、庭の石畳で整列した。
 ミロス・カーター・グレイス公爵の馬車の前に絨毯が敷かれると、従者たちが馬車のドアを開けた。
 革製のブーツが、絨毯の上に置かれた踏み台へと降りた。


「おお、グラネンス! 久しいな!」


「ミロス公爵様、お久しゅうございます」


 金髪を撫でてから、ミロス公爵は満面の笑みを浮かべながら、出迎えたグラネンスへと両手を広げた。
 恭しく頭を下げていたグラネンスへ近寄ると、ミロス公爵は両肩に手を添えた。


「そんなに畏まらんでも良いではないか。我らは従兄弟みたいなものだろう? おお、バートン伯。そちも息災なようで、なによりだ」


「ミロス公爵様、御機嫌麗しゅうございます」


 頭を垂れるバートンに、ミロス公爵は笑いながら頷いた。


「おお、機嫌は良いぞ! おまえたちの孫が、大活躍だったらしいではないか」


 ミロス公爵はそう言ってから、顔を上げた。
 グラネンスにバートン、それに俯き加減のバランに、並んでいる使用人たち――それらを見回してから、グラネンスに問い掛けた。


「……その孫が、ここには居らぬようだが」


「そうですね……マリオーネと話が弾んでいたのかもしれませんわ。もっとも、今頃は着替えをしている最中だと思いますが」


「着替え?」


 怪訝な顔をするミロス公爵に、グラネンスは微笑みながら答えた。


「ええ。昼餐に同席させようと思いまして」


「そうか! それはいい」


 呵々と笑うミロス公爵の後ろでは、二つの小さな影が馬車から降りてきた。
 ミロスは二人に気付くと、大袈裟なほどに手を振りながら、グラネンスやバートンに影たちを示した。


「皆に紹介しよう。孫のアーサーとエリーンだ」


 二人とも、年の頃は七、八歳くらいだ。くりっとした眼はエメラルドグリーンで、金髪。
 短髪で小さなマントを羽織っている男の子がアーサー。長髪で銀製の小さなティアラをしたドレス姿の少女が、エリーンである。


「バートン伯爵様、グラネンス伯爵様、お初にお目にかかります。アーサー・カーター・グレイスと申します」


「わたくしは、エリーン・カーター・グレイスで御座います。今後とも、よしなに」


「あら、可愛い。ええ、今後ともよしなにお願い申し上げます」


 二人の挨拶に、グラネンスが優雅に会釈を返した。


「それでは、昼餐に致しましょう。公爵様におかれましては、一刻も早いクラネスとの会話をご所望でしょうから」


「うむ。流石はグラネンス。まっこと、その通りだ」


「ええ、もちろん。でも、まさかクラネスに興味を持たれるとは思ってもおりませんでした。もしかして……なにか企んでいらっしゃいますか?」


 冗談の交じったグラネンスの問いに、ミロス公爵はニカッとした笑みを零した。


「企むとは、また酷い言われようだ。そんなに大したことではないぞ? ただ孫たちの近衛に、クラネスを取り立てようと考えているだけだ」


「まあ。アーサー様とエリーン様の近衛に、で御座いますか? ですが、ミロス公爵様。クラネスは――」


「ああ、皆まで言うな」


 声を顰めたミロス公爵は、グラネンスの耳に口を寄せた。


「貴殿がクラネスを後継ぎに――という噂は聞いておる。それ故に、だ。公爵家の近衛だったという経歴は、伯爵家の利になるとは思わぬか?」


「まあ」


 どこか楽しげな響きのある相槌を打ったグラネンスは、一歩だけ離れて優雅に膝を折った。


「魅力的なお話、感謝の極みにございます。ですが、アーサー様やエリーン様がクラネスを気に入って頂けるか心配でございますね」


「心配するな。二人も興味津々なようだ」


「はい。クラネス様には、わたくしの騎士になって頂きたいですわ」


「わたしは、剣技の教えを請いたいです。強くなって、お爺様を御護りするのが、わたしの目標ですから」


 公爵の小さな孫たちの言葉に、グラネンスは目を細めた。


「もったいない御言葉でございます。それでは、公爵様、それとアーサー様にエリーン様。屋敷の中へどうぞ」


 グラネンスに促され、ミロス公爵と二人の孫たちは屋敷へと入った。



 公爵の馬車列を見てイヤな予感を覚えた俺が、どうやって爺様の屋敷から抜けだそうか考え始めた。しかし考えが纏まる前に、俺は数名の使用人たちに取り囲まれ、強制的に着替えさせられた。
 上質な生地を使った、貴族らしい服装なんだけど……俺にとっては、窮屈極まりない格好だ。
 さっきマリオーネと話をしていたときに出た、時間稼ぎをされているという予感は、見事に当たっていたわけだ。
 もうそろそろ昼時だから、隊商に戻って商売したいんだけどなぁ。どうやら爺様と婆様は、それを許してはくれなさそうだ。
 マリオーネは着替えの終わった俺を見て、満面の笑みを浮かべた。


「クラネス兄さん、とてもお似合いです」


「やめてくれよ。なんか、違和感が凄いよ。後頭部も重いしさ」


 うなじに近いところで、付け毛を結ばれてしまっている。貴族らしい髪型ということらしいが、鬱陶しいことこの上ない。
 俺が肩を竦めながら窓の外を見ると、すでに爺様や婆様、それに公爵と思しき人物たちの姿は見えなくなっていた。
 屋敷に入ったのか――と思っていたら、部屋のドアがノックされた。


「マリオーネ様、クラネス様。昼餐の準備が整いました。食堂へお越し下さいませ」


 使用人の声に、俺とマリオーネは食堂へと向かった。
 食堂には長テーブルが二列並んでいて、三〇人以上が一堂に会することができる。その一つに、六人の男女が着席していた。
 こちら側にいる三人は爺様と婆様である、バートン・カーターにグラネンス・カーター、そして叔父にあたるバラン・カーターだ。
 ということは、反対側に座っている男が、公爵ということになる。その左隣にいる子どもは……息子や娘、または孫といったところだろう。
 使用人に促され、俺とマリオーネは叔父の横に並んで着席すると、婆様が明るい声で告げた。


「公爵様、お待たせいたしましたわ。先ほど参りましたのが、孫のマリオーネとクラネスで御座います」


 グラネンスの紹介で、マリオーネが椅子から立ち上がり、使用人が用意していた台に上がった。そうしなければ、テーブルで顔の半分が見えなくなってしまうからだ。
 俺も少し遅れて立ち上がる。
 まずは、マリオーネが恭しく御辞儀をした。


「紹介にあずかりました、マリオーネ・カーターでございます」


「お初にお目にかかります。クラネス・カーターと申します」


 マリオーネと俺が自己紹介を終えると、公爵と思しき男性は満面の笑みを浮かべた。


「うむ。我が名はミロス・カーター・グレイス公爵である。横にいるのは、孫のアーサーとエリーンだ」


「アーサー・カーター・グレイスです」


「エリーン・カーター・グレイスと申します。今後とも、よしなにお願い申し上げます」


 公爵の孫は、マリオーネより少し年下くらいか。二人とも行儀良く挨拶をしているけど……その目に、好奇心の光が浮かんでいるのを、俺は見逃さなかった。
 さて、どんな話の流れになることやら――と思っていると、使用人たちが料理を運んで来た。
 牛肉のパテに、ソーセージ、シチューはどうやら、穴ウサギを使ったものらしい。あとはパンに、ボウルになみなみと注がれたワイン。
 俺たちの前には、取り皿とナイフ、フォークなどの食器が並べられた。
 大皿に盛られた料理たちを、各自で取り皿に取っていく。胡椒などの香辛料は小皿に分けられ、これも各自が指で抓んで、調理に振っていく。
 祈りを捧げてから食事が始まると、アーサーが俺へと目を向けた。


「お爺様から聞いたのですが、クラネス様は旅をしておられるそうですね」


「はい。隊商を率いて、各領地を廻っております」


「では噂話として聞いたのですが、野盗を討伐したり、魔物を全滅させたという話は、本当なのですか?」


 アーサーからの問いに、俺は「ぶっ!」と口の中の空気を吐き出しそうになった。
 それらの話の出所は、きっと爺様なんだろうけど……まさか、ここで話題に上がるとは思ってもみなかった。
 俺が正直に返答すべきか迷っていると、ミロス公爵がアーサーの頭を撫でた。


「こらこら、アーサー。食事の席で、そんな物々しい話題を出すんじゃない。それは、食事のあとで話を聞こうとしておったのだぞ?」


 これは……誤魔化しができない流れだ。
 きっと、ミロス公爵は爺様か婆様から、仔細を聞いているに違いない。となると、下手に誤魔化しても、すぐに露見してしまうだろう。
 頭の中で「諦め」の文字が浮かんでいた俺は、力なく微笑んだ。


「……公爵様、構いません。面白可笑しく……とは行きませんが、その噂について、アーサー様に話をして差し上げましょう」


「それならアーサーだけでなく、我々全員に話をしてくれると嬉しいぞ」


「はい。わたくしも、そのお話を聞かせていただくのが楽しみです」


 ミロス公爵のあとを継いで、目を爛々と輝かせていたエリーンも微笑みを浮かべた。そんな二人の言動に、俺は昼餐に呼ばれた理由を理解した。
 つまり――道化役ってわけだ。
 道化というと良い印象を受けないが、つまるところ、暇つぶしの話題を提供するのが役目ってわけだ。もしかしたら別の目的があるのかもしれないが、今の情報で推測できるのは、この程度だろう。
 俺はなるべくアリオナさんとの関係を悟られないよう、言葉を選びながら、野盗の討伐のことから話を始めた。

   *

 市場の傍らで、《カーターの隊商》は商売に精を出していた。しかし、二日目ともなれば、商人たちも自分たちの商売より、買い付けのほうに力を入れ始めるころだ。
 そんな状況でも、関係無く商売ができるのは、アリオナの『力勝負』である。
 朝から、もう三〇戦を越す腕相撲に勝ち続けたアリオナは、昼になると休憩に入った。
 昼ご飯の用意をしているのは、護衛頭のフレディだ。ユタがクラネスと一緒に領主の屋敷へ向かっている今、食事の準備はフレディの仕事なのである。
 休憩となったアリオナを手招きしたフレディは、昼食のスープを差し出した。芋やニンジン、キャベツ――それに川魚のすり身が少しだけ入ったスープのお椀を受け取ったアリオナは、周囲を見回しながら問い掛けた。


「あの、クラネスくんは……戻ってませんか?」


「若ですか? いえ――」


 言いかけて、フレディは咳払いをした。アリオナに、自分の声が届いていないことを思い出したのだ。
 アリオナは、耳が不自由だ。かといって、音がすべて聞こえないわけではない。足音や風が枝葉を揺らす音などは、常人と同様に聞くことができる。
 聞こえないのは、人の声のみだ。
 それゆえに、憑き者と呼ばれ、住んでいた村では忌むべき存在として、親からも疎んじられていた。
 フレディはユタから預かっていた粘土板を手に取ると、枝を使ってアリオナに伝えることを書き記した。


『若は、まだ戻っていないようです』


「そうなんですね。昼には戻れるかもって言ってたのに……」


『久しぶりの帰宅ですから。きっと、昼食を一緒にと言われたのでしょう』


「……それだけなら、良いんですけど」


 フレディからの返答を聞いても、アリオナの不安は拭えなかった。
 今は一緒に旅をしているが、領主であるクラネスの祖父から「隊商での旅を禁止する」と言われたら……そんな暗い想像が、頭の中を渦巻いていた。
 フレディは目を伏せるアリオナに、粘土板を向けた。


『若のところへ、行ってみますか?』


「そんなこと……できるんですか?」


 アリオナの問いに、フレディは強く頷いた。


『可能です。もちろん、無理強いはしませんが』


 フレディの返答に、アリオナは大きく肩を上下させた。不安は大きいが、このままなにもせずに、二度と会えないことになったら――そう思うと、大人しく引き下がるなんて、できなかった。


「行きます。クラネスくんのところに」


 顔をあげたアリオナに、フレディは微笑みながら頷いた。


「それでこそ、若の相手に相応しいと存じます」


 このフレディの言葉は聞こえなかったが、アリオナは決意を込めた目で頷き返していた。

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本作を読んで頂き、まことにありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

水曜日に告知してあった通り、アップの時間がズレました。この時間しかないって感じでアップしておりますので、御容赦下さいませ。

「屑スキル~」と同様に本作でも、お気に入りの数が増えておりました。ありがとうございます!

励みになりますです。

さて、避け続けていた貴族社会に巻き込まれたクラネスではありますが。ああいう状況は実際、胃が痛くなりそうですね。
ただ、クラネスの仮定は――いえ、それはあとの回にて。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくおねがいします!
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