最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』

二章-4

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   4

 翌朝になり、俺たちは公爵家の馬車列と共に、町を出た。
 この町から次の街までは、それほど時間はかからない。朝一で出たから、恐らく昼前には到着するはずだ。
 街への移動中、エリーさんが馬車を寄せてきた。
 なんでも次の街で、魔術の香について調べたいらしい。そのため、商売をする時間はとれない――ということだった。
 商売の売り上げがないのは隊商としてどうかと思うけど……あの魔物寄せの香というらしいが、それについて解ることがあれば、値千金というやつだ。
 調査の件を了承したあと、エリーさんは「もう一つ、お願いしたいことがあります」と言ってきた。


「実は、公爵様に裏社会で行われている取り引きについて、なにかご存知か訊いて欲しいんです。あれは、かなり特殊なものですから……裏社会に詳しい方なら、取り引きした相手を知っているかもしれません」


「あ、なるほど。貴族なら、知っている人がいてもおかしくない――ってことですね」


「はい。調べるにしても、手分けをしたいんです」


「わかりました。素直に答えてくれるか、わかりませんけど」


 あの香の出所が掴めれば、暗殺者の正体や対策も解明されるかもしれない。
 無駄足になるかもしれないけど、やらなければ可能性はゼロのままだ。エリーさんとの会話を終えたあと、街までは平穏に進むことができた。
 トラカコという街は城塞都市ではなく、平地で栄えた街である。領主街ではないものの交易はもちろん、農作物の売買も盛んで、様々な隊商や行商人が交流を行っている。
 俺たち《カーターの隊商》にとっても、様々な恩恵を得られる街だった。
 馬車列が街に入ると、住民たちの歓声迎えられた。昨晩に公爵の馬車列から先触れが先行したらしいから、連絡を受けた町長あたりが仕込んだのかもしれない。
 大通りの中央付近まで進んだとき、公爵の馬車が止まった。
 それに合わせて、馬車列全体が停止する。なにかあったのか――と思って前を見ていたら、公爵の馬車のドアがいきなり開き、ミロス公爵が身を晒した。


「皆の者! 盛大な出迎え、感謝する!!」


 片手で馬車の天井を押さえた姿勢で、左手を広げたミロス公爵は、満面の笑みで聴衆に語りかけた。


「諸君の暮らしを護るため、我々は尽力を惜しまない。つい昨日も、このあたりを荒らすコボルドの群れを討伐してきたばかりだ!」


 ミロス公爵の演説……というのか、これ。とにかく、ミロス公爵が弁舌を振るうたびに、歓声があがった。
 いや、そういえば。コボルドの群れを斃したのって、俺やエリーさん、それにフレディとかクレイシーじゃなかったっけか。
 なんだか、上手く利用された気がするなぁ。
 群衆を抜けると、公爵の馬車列は町長の屋敷へと入って行く。塀の外から見ても、二棟の砦で構成された、かなり大きな屋敷だ。きっと、どこかの男爵の息子とかが町長になっているんだろう。
 領地の譲渡は無理でも、こうして権力を握らせておけば反感は少なくなるだろうし。
 とりあえず、俺たちは商売をすることにした。夕方までは、ミロス公爵も町長との談話などで忙しいだろうし。
 エリーさんとメリィさんは、街へと出ていった。打ち合わせ通り、魔物寄せの香について、調べに行ったようだ。
 夕方になる前に、俺は店じまいをした。ほかの商人たちは、まだ商売を続けている。そっちはユタさんに任せて、俺は町長の屋敷へと向かった。
 門番にミロス公爵への面談を請うと、予想に反してすんなりと屋敷へと通された。
 しかし通されたのは町長のいる棟の応接室ではなく、もう一つの棟だ。そこは来客を泊めるためにも使われているようだ。
 三階建てほどの建物に案内された俺は、一階にある食堂へと案内された。
 一〇人ほどが一度に食事できそうな長テーブルがある部屋には、ミロス公爵とアーサー、それにエリーンが待っていた。


「クラネス、ご苦労だったな。それで今日は、どのような用件なのかな?」


「ミロス公爵様、突然の訪問が続いたことをお許し下さい。実はコボルドの襲撃について、我々で調べていることがございます。そこで、公爵様の知恵をお借りしたいのです」


 俺の懇願に、ミロス公爵は唸りながら眉を寄せた。


「知恵を貸せと申すが……魔物寄せの香というからには、魔術や錬金術の類いなのだろう? わたしには、それらの知識はないぞ?」


「いえ、公爵様からお借りしたい知識は、魔術自体のことでは御座いません。貴族の方々のあいだで、魔術の品や……毒薬などを買うことの出来る商人や人物、店などをご存知ないでしょうか」


 ミロス公爵は、厳しい表情のままだった。


「そのような品を求める貴族がいるという噂は、聞いたことがある。一昨年には、その一つを衛兵たちに踏み込ませ、壊滅させた。だが、わたし個人としては、その手の取り引きをしたことがない」


「そうでしたか。失礼な質問をしてしまい、申し訳ございません。もしその手の商人のことをご存知なら、そこから暗殺者の正体などを探れないかと考えた次第です」


「なるほどな。すまぬが、期待に応えらそうにない」


「……いえ。こちらこそ、無遠慮でございました」


 俺は一礼をしてから、静かに息を吐いた。
 今回は不発だったけど、やはり貴族の情報網というのも侮れない。現に、裏社会の店か商人を壊滅させたというのが、その証だ。
 選択肢を間違えなければ、別の情報を得られるかもしれない。


「今、わたくしの隊商に所属しておる商人が、香について調査を行っております。この旅に役立てるような、対処方法が見つかればと思っております」


「そうか。吉報を期待しているぞ」


「……はい」


 アーサーとエリーンがなにかを話したいような顔をしていたが、俺は二人にも一礼をすると、食堂から退室した。
 食堂の外で待機していた門番に用向きが終わったことを告げると、また屋敷の外へと先導された。
 俺は〈舌打ちソナー〉で周囲を警戒したが、人が多くて暗殺者との区別ができなかった。
 屋敷から出た俺は、エリーさんたちの無事と収穫を祈りながら、隊商の馬車列へと戻った。
 念のため〈舌打ちソナー〉をしながら、町長の屋敷を一周してみた。塀の周囲に隠れていたり、妙な挙動をしている人物の反応はなかった。

 ……まあ、この周辺で一番妙な挙動をしているのは、俺かもしれないけど。

 俺は壁のデコボコを一瞥してから、大人しく隊商へ戻ることにした。

   *

 エリーとメリィは、トラカコの大通りから枝道に入った。
 といっても裏通りへと入ったわけではない。枝道に沿った建物の前で立ち止まったエリーは、ドアを小さくノックした。


「……どこの誰だい?」


「エリーと申します。エルファラードの、エリーです」


 エリーが名乗りをあげると、ドアの向こう側で慌てて鍵を開ける音がした。
 ドタドタという音がした直後に、ドアが勢いよく開かれた。出てきたのは、小太りで中年の女性だ。白髪のほうが多い茶色の髪を結い、平民が着るチェニックに、家の中だというのにフード付きの外套を羽織っていた。
 茶色の目を大きく見広げながら、女性は大きく息を吐いた。


「エリー……様で?」


「もう〝様〟は要らないわ、エヴァン。少し助けて欲しいことがあるの。力を貸してくれますか?」


「あ、あの……わたしでよろしければ。ああ、そうだ。お二人とも、中へどうぞ。立ち話をさせたとあっちゃ、先祖に申し訳が立ちませんから」


「大袈裟ね、エヴァン。メリィ?」


「はい」


 エリーに続いて家に入ったメリィは、ドアの鍵を閉めると長剣の柄に手をかけた。
 二階の居間に案内されたエリーとメリィは、椅子に座るよう促された。テーブルの前の椅子に座ると、エヴァンがお茶を運んで来た。
 木製の器に注がれた茶を二人が受け取ると、エヴァンは大きく息を吐いた。


「また、お二人に会えるなんて……お父上は、お元気ですか?」


「あの日に――母も」


 エリーの曖昧な返答に、エヴァンは沈痛な顔をした。


「それは……お気の毒です。それで今日は、わたくしにどのような御用件でしょう?」


「魔物寄せの香――これを作り、暗殺者などに売っている者たちのことを知らない?」


 エリーの問いに、エヴァンは小さく頷いた。


「奴らのことですね。詳しいことはわかりませんが……この国で、手広く商売をしてるようです。拠点の幾つかは、領主や貴族が指揮する衛兵によって、壊滅したようですが……」


「……そう。おまえでもわからないのね」


「申し訳ありません。故国を奪った、あの非道な奴らのことは調べているのですが……でも、もうこの国にも潜入しているようです……あ、そういえば」


 なにかを思いだしたように、エヴァンは立ち上がると、居間から出て行った。ほどなく戻ってくると、手にした羊皮紙をエリーやメリィの前で羊皮紙を広げた。
 それはこの街の地図であるらしく、地区の名前や領主の屋敷などが記載されていた。


「この街にも、奴らの拠点がありますよ。たしか……ここ」


 エヴァンの指が、街の一角を突いた。
 メリィは顔を上げると、エヴァンへと問い掛けた。


「ここには、なにがあるのですか?」


「他国から来たという、商人の家と店です。裏で貴族どもと通じて、手広く儲けているようですが……その裏で、街の廃墟や貧民街の家屋や土地を占拠していますね。昔から、やっている手口そのままです。この商人のところで、特殊な油を買った者がおります」


「……油、ですか?」


「ええ。瓶から漏れて木材や藁に降りかかると、発火するらしいです」


「……その情報は、どこで?」


 エリーに代わり、メリィが質問をした。
 エヴァンが指を鳴らすと、一羽のフクロウが家の奥から飛んできた。エヴァンの座る椅子の背もたれに舞い降りたフクロウを、エヴァンが優しく撫でた。


「夜だけですが、この使い魔でヤツの家は見張っておりますから。そこで客の姿と、微かですが会話を聞いたんです」


「そのお客の顔は見まして?」


「いえ。フードを被っておりましたから……」


 エヴァンの返答に、エリーは柔らかく微笑んだ。


「そう。ありがとう、エヴァン。やっぱり、あなたは頼りになるわ」


「そんな……勿体ない御言葉でございます」


 椅子に座ったまま深々と頭を下げるエヴァンの肩に、そっと手を添えた。


「そんなに畏まらないで、エヴァン。今のわたくしは、ただの行商人よ。でも今は……色々とあって、この国の公爵様と御一緒なのよ? 暗殺者が、その公爵様を狙っているようなの」


「ああ……それで、奴らのことを?」


「ええ。例え暗殺を企むのが、この国の住人でも……その裏で彼らが暗躍しているのなら、阻止しなければ」


 エリーはメリィと目配せをすると、椅子から立ち上がった。


「わたくしたちと会ったことは、忘れて頂戴ね。今回は、助かったわ」


「エリー様……畏まりました」


 様々な感情が一気に沸きだしたのか、ボロボロと涙を流すエヴァンの身体を、エリーは優しく抱きしめた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

念のために書いておきますが、主人公はクラネスです。エリーではありません……あくまでも念のためです。

エリーについては、少しずつ情報開示をしていく予定です。まだちょっと、修正とか調整は必要なんですけどね。
取りあえず今は、クラネスやエリーも目の前の事件に集中という感じです。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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