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第十一部
エピローグ
しおりを挟むエピローグ
俺が瑠胡たちとメイオール村に戻ってから、二十一日後。
久しぶりに手伝い屋の仕事としての農作業を終えたあと、俺は神殿への帰途についていた。
収穫のある夏期に向けて、雑草の除草や追肥などを行った。この時期に行う地味な肉体労働が、作物が育つためには重要だ。
村の外周を囲う柵に近づいたとき、ジココエルに跨がったレティシアが近づいて来た。
「ランド、久しぶりじゃな――」
俺の姿を見たレティシアは、最後の「いか」を言わなかった。その代わり、目を何度も瞬かせてから、戸惑いを露わにした。
「ランド……なんか、やつれていないか?」
「その話はやめてくれ。朝からイヤって言うほど、聞かれてるんだ」
俺が溜息をつくと、レティシアは口を曲げた。
「帰ってきてからの二十日間、なにをしていたんだ?」
「だから、その話は止めてくれって言ってるだろ」
メイオール村に帰ってきた日から――俺は約束通り、瑠胡とセラを慰める日々を過ごしていた。当初は十日間だったのが、『おかわり』で追加の十日間。
食事と風呂の時間はあったけど、睡眠時間は一日に数十分程度だ。流石に追加の十日間は、仮眠の時間は貰えたけど。
それでも途中、『もしかしたら命を落とすかも』という不安が渦巻いた。
正直……よく生きてたなぁ、俺。
瑠胡とセラの相手をしないときは、リリンが甘えに来て、一緒に本を読んだり膝枕をしてあげたりをしていた。
そんな生活を二十日も続ければ、そりゃ少しはやつれて見えるってものだ。
出会った村人の全員に『頬が痩けてる』と言われたりしたけどな。あと、目の隈とか充血した目とか、顔色が悪いとか、色々と言われたけど……。
うん、あまり気にしないようにしよう。
ふと遠い目をした俺に、レティシアは半目になった。
「なんでそんな、悟りを開いたかのような目をしている?」
「いや……なんとなく、生きてるだけで奇跡だな……と考えてた」
俺の返答にレティシアが呆れ顔になったとき、馬車列が村に入ってくるのが見えた。
隊商らしいが、それにしては豪華な馬車が混じってる。旅の貴族かなにかが、同行しているんだろうか?
ミィヤスのいる隊商じゃないから、出迎える必要はない。予定では、メイオール村に帰ってくるのは、一ヶ月後だって話だし。
もう昼も近いし、会話を終えて神殿に帰ろうとした。そのとき、レティシアが村のほうへと目を受けた。
なにかあったのかと、俺もレティシアの視線を追った。その先には、隊商から離れたらしい馬車がいる。
行商人が使う馬車より、豪華な馬車だ。村の外周に沿うように、だく足で進んでいる。
「駐屯地へ用があるんじゃないのか?」
「いや……そういう進路ではないな」
〝むしろ……こちらに来るのではないか?〟
俺たちが見守る中、馬車は進路を変更して、俺たちのところへと近づいて来た。
俺とレティシア、どちらが目当てなのか。馬車が俺たちの前で停まると、客室のドアが静かに開いた。
「お、お久しぶりです」
淡いベージュ色のドレスに身を包んだテレサが、客車から出てきた。ドレスは貴族で流行っている上下一体となったワンピース状ではなく、上下で分かれているようだ。
テレサは俺たちの前に進み出ると、両手でドレスのスカートを抓みながら、少々ぎこちないながらも膝を折って一礼をしてきた。
「ランド様、そしてレティシア様。突然の訪問をお許し下さい」
「いや、それは構わぬが……今日は、どのような用件で?」
レティシアの問いに、テレサの頬にサッと朱が差した。
ぎこちなく頭を上げると、レティシアではなく、やや上目遣いに俺を見た。
「あの……兄の件では、色々と、お世話になりました」
「いや……御礼を言われるようなことはしてませんし」
俺の返答に、テレサは静かに首を振った。
それから大きく息を吸うと、意を決したように俺を見た。
「あれから……家族で話し合いがありました。兄が……遺体も持ち帰られぬまま、死んでしまったことで、父は罪を購う手段を失いました。家の再興は、遅れてしまうのですが……没落する前に、わたしを嫁に出したほうが良いと両親が」
「それは……」
「ですが」
テレサが、俺の言葉を遮った。一呼吸分の沈黙のあと、自らドレスの上の裾を捲った。
露出した肌には、大きな傷痕が残っていた。目を見広げた俺の顔をジッと見上げながら、震える声で告げてきた。
「お腹の傷を、どなたも気にしてしまい……一〇を超える縁談も纏まりませんでした」
この短期間に、一〇も? テレサの父であるゲルシュが、必死だったんだろうか。でもそれは、娘の将来のためなのか、それとも家の存続のためなのか――ここで考えても、わからないことだ。
しかし、ここまで話を聞いても、テレサがメイオール村に来た理由がわからない。俺たちの顔を軽く見回しながら、テレサは赤面した。
「そ、そこで……わたしから両親に提案をしまして。ある程度の身分が保障され、人柄も信頼できる御方がいると」
あ、そういう知り合いがいるなら安心か――と、俺が安堵した直後、テレサは俺に詰め寄って来た。
「ランド様、わたしを娶って下さい!」
「……え。…………へ?」
テレサが告げたことの意味が、まったく理解できなかった。
返答を待つように、彼女は上目遣いでジッと俺を見つめている。だけど、頭の中で『えーと、えーと』という言葉が渦を巻いて、なかなか返答すべき内容が決められなかった。
数秒かけて出てきたのは、素朴な疑問だった。
「あの、なんで……俺なんです?」
「他の宗派とはいえ、神殿にお住まいですから。それに……魔族の姿となった兄を人間として扱ってくれた人……ですから」
「理由は……わかりましたけど。でも、大きな問題がありますよ。こうみえても俺は一応、妻帯者ですし」
冷静に返答をした俺に、テレサは表情を固くしながら頷いた。
「……それは、理解をしているつもりです。ですが、ランド様はすでに、妻をお二人も娶られおります。ならば、二人も三人も誤差みたいなものではありませんか!」
……全然違います。
「あのですね。五割増しは、誤差って言いませんから」
「なら、わたしだけを愛して下さい!」
いや、無茶を言うな。
おも詰め寄ってくるテレサを説得しながら、俺はふと気付いた。
ああ。一見、気付きにくいけれど……こういう、他人の立場や都合を考えないところは、テレサとゴガルンは良く似ている。
そんなとき、ふと軽い足音に気がついた。
「瑠胡お姉様。やはり、ランドお兄様には、しっかりとした説得が必要です」
「ああ、例の地下室のことですね。縛り上げて――」
いつの間に来ていたのか、瑠胡とリリンがなにやら物騒なことを話し合っていた。近くにセラもいたが、二人を止めるどころか逆に興味津々だ。
なんだか……もう。
俺は身の危険を感じつつ、溜息を吐いていた。
思えば、王都タイミョンを追放されてから――このメイオール村で手伝い屋を営みながら、のんびりしようと思っていたのに……なんでこう、色々と大変なだろう。
……世の中って、上手くいかないものだなぁ。
そんな思いに駆られながら、俺はテレサを王都に帰すことに専念したのだった。
完
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
というわけで、エピローグとなりました。思えば11部……けっこうな話数を書きました。
さて――『屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです』、本編としては、ここで区切ろうと思います。
ここが一番、綺麗かな……と。
番外編というか、後日談は一回アップする予定です。瑠胡やセラの子どもを書きたい感じ。
お気に入り登録をして下さった方も250名を超えました。個人的最高記録でございます。本当に、ありがとうございます!
新作も書かなきゃ……ということで、そちらはこれからプロットやら作成開始です。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
(本編としては)ありがとうございました! 後日談は、次の日曜日くらいにアップ予定で御座います。
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