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第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』
三章-6
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俺や瑠胡が見ている前で、ロウやミナ、それにガゴスたちがダグリヌスの前で跪いた。
『ダグリヌス――我らが創造主に拝謁でき――』
『歓喜の極みにございます』
互いに奪い合うように挨拶の口上を述べるロウとガゴスが、静かに睨み合う。
困惑の表情を浮かべたダグリヌスが救いを求める顔をすると、瑠胡が呆れと苛立ちが半々といった溜息をついた。
「こやつらの所為で、難渋しておる。二つの集落の諍いは、御主が収めよ」
「え? でも、こんなに仲が良さそうにしているのに……」
「御主の価値観なぞ、妾たちには関係がない。あやつらの諍いが収まらぬと、キノコの採取もままならぬ。なんとかせよ」
「そ、そんなの……ああ、どうすればいいんでしょう」
狼狽えながらダグリヌスは、ブツブツと独り言を呟き始めた。十数秒ほど待っていたが、ダグリヌスの様子は変わらない。
流石に焦れ始めていた俺は、仕方なく船を出すことにした。
「この場所を巡って争っているのなら、ここを共同の土地にすればいいんだ。信仰をするための場所ってだけなら、二つの部族で祈りを捧げたって、問題はないでしょ」
「そ、そうね。ええっと……この場所は、仲良く使って下さい」
ダグリヌスがロウやガゴスたちに語りかけたが……ある意味では神託に等しい言葉も、ロウやガゴスたちには伝わっていないようだ。
怪訝そうな顔を向ける四人を見て、ダグリヌスは半泣きで頭を抱え始めた。
「ああ、やっぱりダメなんだわ。エスカルゴがいないと、言葉も通じないなんて!」
鬼神として失格なんだ、生まれてきてすいません――などと喚くダグリヌスに代わり、片言ながら俺が先の言葉をロウたちに伝えた。
戸惑いながらもロウたちが納得をすると、ダグリヌスが俺の元に駆け寄ってきた。
「ありがとう! エスカルゴみたいに便利な人ね」
なんだろう、まったく褒められた気がしない。だからといって、ダグリヌスに文句を言う気もないけど。
ダグリヌスに曖昧に応じてから、俺はキノコを探し始めた。
黄色いキノコは、思いの外すぐに見つかった。なぜなら、火に炙られたキノコの香りが漂ってきていたので。
俺はロウから貰った革の袋でいっぱいになるまで、黄色いキノコを詰め込んだ。
革袋を腰に吊していると、瑠胡はダグリヌスに凜とした目を向けた。
「これで、ここでの用事は済んだ。妾たちを元の世界に戻すがよい」
「ええっと――元の場所……あの湖ですか?」
「左様だ。はようせよ」
ダグリヌスは瑠胡に頷くと、女神像へと手を挙げた。
女神像から溢れる赤黒い光が、俺と瑠胡、そして鬼神を包み込む。身体が浮き上がるのを感じたとき、眼下でロウとガゴスたちが言い争いを始めたのが見えた。
「なにやってんだ、あいつら。せっかく――」
「無駄だ、ランド。この神域では、すべてが混乱へと誘うようになっておるらしい。あやつらにとって、争っていることが普通なのだろう」
瑠胡の言葉を聞いている途中で、四人で取っ組み合いを始めていた。彼らの争いを止めようと大声を出そうとしたそのとき、視界が赤黒い光で覆われた。
次に視界が晴れたとき、俺と瑠胡はアララカン湖の畔に立っていた。
どこか無常さを感じていると、瑠胡が近寄って来た。
「それでは、レティシアらのところへ急ぐとしよう」
瑠胡は首筋からドラゴンの翼を広げると、俺を手招きした。
「このまま移動をしようと思う。ほれ、はよう妾に捕まるがよい」
捕まれと言うけど……人の姿である瑠胡に捕まるって、言い方を変えれば抱きつくに近いんじゃなかろうか。
俺が躊躇っていると、瑠胡は神糸の着物を操り、袖を俺の腰に廻してきた。そしてドラゴンの前足で俺の身体を包むようにしてから、もう一度、口を開いた。
「どうした? ドラゴンの姿で、二度も移動をしたであろうに。そのときは、平気でしがみついておっただろう。それともなにか? ランドは今の妾より、ドラゴンの姿のほうが良いと申すか?」
「いえ、その……どっちも姫様なので、どちらが良いとか悪いとかは、ないんですけど」
「ならば、良いであろう。ほれ、急がぬか」
瑠胡にせっつかされ、俺は渋々……というか、恥ずかしさを覚えながら腰に両手を廻した。首は翼や前足が出ているし、なにより細い首に体重をかけると、瑠胡が痛がるかもしれないと思ったからだ。
俺が腕を廻すと、瑠胡の両手が俺の首に廻された。身体が密着すると、衣服を通して瑠胡の体温が伝わって来た。
こういう、掘れた異性に抱きつく場面では、無邪気にはしゃげる者と、気恥ずかしさでいっぱいになる者と、二通りに分かれる気がする。
俺は間違いなく、後者だ。
しかも今は失恋の痛手もあって、惨めさも感じている。元から叶わぬ恋とは思っていたけど……心の傷は、そう簡単に癒えないのである。
こうなったら、早く出発して欲しいと思っていたが、一向に飛び立つ気配がなかった。
どうしたんだろうと視線を向けると、真っ赤になった瑠胡の耳が目に入った。
「姫様、どうかしたんですか?」
「大事……ない。しばし待っておくれ」
普段よりも呼吸が荒くなった瑠胡が、そう返事をしてから数十秒後。ようやく翼が羽ばたき始め、俺たちは空へと飛び上がった。
俺の身体は腕というより、瑠胡の袖とドラゴンの前足ががっしりと抱えてくれていた。
抱きつく必要があるのか――という疑問を乗せたまま、瑠胡はトルムイ山へと進路をとった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとう御座います!
わたなべ ゆたか です。
分割した残り半分でございます。
ここまで3000文字ちょいの予定だったんですけど。世の中って不思議ですね(すっとぼけ
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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