屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
161 / 349
第六部『地の底から蠢くは貴き淀み』

一章-3

しおりを挟む

   3

 小鳥のさえずりの下、ゴトゴトという音を立てて、馬車がのんびりと進んでいた。
 澄み渡った秋晴れの下、この時期にしては温もりのある風がそよぎ、上着がなくても心地良い天候だった。
 森から外れた、田園を縫うように伸びた街道を、俺たちは馬車で進んでいた。
 実のところ、タキさんから依頼があった翌日の早朝に、俺と瑠胡、それにセラはドラゴンの翼でザイケン領へと向かう予定だった。
 途中で一泊は必要だが、飛んでいけば二日ほどで領内に入れるからだ。
 だが、出発を翌日に控えた夕刻に、リリンが《白翼騎士団》からの伝言を携えてきた。


「今回、わたしは御一緒できません……使い魔での同行も禁じられてしまいました」


 去り際にそう言ってたけど……なんでか無茶苦茶、悔しそうな声だった気がする。
 封蝋もない書状にはレティシアの筆跡で、『早朝にクロースが迎えに行く。同行を志願しているので、よろしく頼む』と書かれていた。
 あの動物好きなクロースのことだから、家畜たちのことを聞いて、居ても立ってもいられなくなったのかもしれない。
 瑠胡は馬車での移動は時間がかかるから困ると、少々不満げだ。俺も同様のことを思ったが、動物――特に家畜のことに関して言えば、クロースは大きな助けになる。


「レティシアの許可も出ているのでしょう。ならば、問題はありません」


 セラがクロースの同行に反対しなかったこともあり、俺たちは《白翼騎士団》の馬車に同乗することになったのだ。
 出発の日、俺たちは予想外の人物を見ることになる。


「よぉ。俺も御一緒させてもらうことになった。よろしく頼むぜぇ」


 以前、インムナーマ王国の姫君である、キティラーシア姫の誘拐事件に関わった、元主犯格の一人であるアインだ。
 茶色の髪を短髪に切り揃えた大男で、秋の深まったこの時期でも厚手のチェニックの袖を捲り、両腕を露出させている。
 厳つい顔の造りだが、砕けた表情からは人の良さが見てとれる。


「騎士団から依頼があってな。今回の件に、護衛として雇われたってわけだ。まあ、元傭兵としては、嬉しい依頼だな」


 御者台に置かれた大剣を手で撫でながら、アインはそう笑っていた。
 そんなわけで、俺たちは五人での旅路になっていた。旅の道中で、クロースから俺たちどの同行を志願した理由も聞くことができた。


「ザイケンは故郷なんだよね。だから、なんとかしたくって。それに、ランド君たちには借りもあるしさ。こういうときくらい、手助けしたいじゃない?」


 理由としては至極まともなもので、俺たちも異論を唱えることはなかったわけだけど。
 しかし、こういう言動から察するに、クロースは《白翼騎士団》の中では、一番の常識人なのかもしれない。
 馬車の客車に樽一杯の飼い葉を積んできたのは、ちょっとどうかと思ったけど。
 メイオール村を出てから五日目の夕方、俺たちはクレイモート領にあるタイラン山に近い村で、一泊することになった。
 平屋の旅籠屋だが出入り口近くが酒場で、奥に宿泊のための部屋がある。小さめの村では、よく見る造りの旅籠屋だ。
 夕食は具が野菜と川魚のスープ、それにパンと山羊のチーズという、思っていたよりは良質なものだった。料理を平らげたあと、俺たちはテーブルの上に地図を広げて、ザイケン領までの道を確認していた。
 この村から真っ直ぐに街道を行けば、ザイケン領に入る。だが冬が近いこともあって、こうした商人などが往来する街道には、山賊たちが出没することが多い。
 山賊を避けるなら街道から外れたほうがいいが、そうすると今度は狼や熊などと遭遇する可能性もある。
 話の途中で、アインは地図上にある、街道から外れた森を指で叩いた。


「無難に行くなら、街道を外れたほうがいいけどな。狼や熊も危険だが、ランドたちがいればなんとかなる。それより、山賊や野盗どもが使う弓のほうが厄介だ。森の中から矢を射られたら、躱せるかどうかは五分五分もねぇしな」


「森か。エルフたちの援助を得たいけど……流石に都合良く会えるとは限らないしな」


「左様。今回は、エルフの援助は無しと考えるべきであろう。前回は利害の一致があったが、今回は妾らの都合でしかない故、彼奴らも姿を見せぬだろう。となれば、自力で抜けるより仕方なかろうな」


 俺の言葉に瑠胡が同調すると、クロースが控え目に手を挙げた。


「あの……あたしなら、動物たちの声を聞くことができますから。狼なんかの襲撃も、かなり遠くからわかります。巧くいけば、獣を避けながら進めるかも……しれません」


「なら、決まりだな」


 アインがにんまりとした笑みを浮かべた。
 あとは各々で部屋に戻って――と思っていたとき、行商人らしき男たちが宿に入ってきた。
 商人たちが手を挙げると、旅籠屋の店主であろう中年の男が近寄っていくのが見えた。


「おやおや、久しぶりだね。なにかいいチーズはあるかい?」


「チャンド(コンテに似た、長期保存に適した水分の少ないチーズ)なら、あるよ。ただ、ちょっと遠くから運んで来てるんで、悪いけど前のヤツよりも割高になってるんだ」


 青い帽子の行商人が、荷物から乳白色の包みを取り出すのを見ながら、店主は怪訝そうに肩を揺らした。


「遠くから? なんでだい。だって四、五日もいけばザイケン産があるだろう?」


 店主の言葉に、クロースが反応を示した。
 クロースの話を聞くに、かなり広い範囲で酪農が盛んのようだから、当然のようにチーズの類いも交易の対象になっているはずだ。
 しかし、行商人は憂鬱そうに首を振った。


「いや、知らないのかい? チーズに限らず、ザイケンの肉や乳は、今は売り物にならねぇんだよ。なんか、異様な臭いがするんだよな。現地では、仕方ないから食ってるようだけど……交易の品としては、全然駄目だよ」


 そんな青い帽子の行商人と店主との会話が聞こえたのか、クロースは勢いよく立ち上がると、そのまま早足に行商人たちに近寄って行った。
 簡素だがハイント領の紋章が施された鎧を身につけた女性の姿に、行商人たちは驚いたようだ。しきりに目を瞬かせる彼らに、クロースは勢いのある声で訊ねた。


「その話、詳しく訊かせて下さいっ!!」


「あ、ああ……」


 青い帽子の行商人は、その勢いというか、迫力に気圧されながら語り出した。


「俺も詳しくはしらないんだけどね。数ヶ月くらい前から、乳に変な臭いが混じるようになっていったそうですよ。肉は、それから二ヶ月くらい……あとだったかなぁ。臭いが変わると、風味も変わっちまうでしょう? あそこの酪農家たちは、いつもと同じものしか食わせてないし、変な病気でもなさそうってんで、頭を悩ませているらしいよ。
 心ない商人なんかは、土地が呪われたって言ってるけどな。俺らは、それは大袈裟だろうと思うんだけど、現に臭いはあるわけだし……」


 青い帽子の行商人は語尾を濁したが、そのあとに続く言葉は、容易に想像がつく。
 売り物と判断できなければ、商売にはならない。大事に育ててきた家畜たちが売り物にならなければ、酪農家たちは飢えるしかない。
 ザイケン領の現状を知って、クロースの表情は見るからに沈んでしまった。故郷に住む両親も同じ境遇であるわけだから、不安と心配で心情は穏やかではないだろう。
 トボトボと帰ってきたクロースを宥めつつ、借りている寝室へと連れて行った。俺とアインとで、交代で馬車の番をすることを決めたあと、俺は瑠胡やセラと酒場に残っていた。
 ザイケンのこと――というより、行商人が口にした呪いという部分が、瑠胡は気になったらしい。
 とはいえ、答えの出る問題では無い。俺たちがそろそろ、部屋に戻ろうか――馬車の警備はアインが最初に担当した――というとき、か細い声が聞こえてきた。


〝テンリューノカタガタ〟


 俺たちが声の主を探すと、テーブルの下に白っぽい肌の小人がいた。
 小人――小トロールは俺たち三人を見回すと、頭を床に付けるように平伏した。


〝ワレラガアルジ、ギランドサマガ、オヨビデス〟


 ギランドサマ……老ギランドのことか?
 俺が瑠胡やセラと顔を合わせているあいだに、小トロールは床板の一部を外し、地下に潜ってしまった。


「これは行くべき……なんですかね?」


「そうですね。呼ばれたからには、行ったほうがよろしいでしょうね」


「……念のため、クロースやアインたちに、我々が帰るまで待つように言っておきましょうか。長引くと、明日の朝までに帰って来られないでしょうし」


 セラの提案は、俺も同意見だった。
 俺たちは手分けしてクロースとアインに、用事が出来たから、帰ってくるまで宿で待っているように告げた。
 それから宿を出た俺たちは村の片隅で、首筋の鱗からドラゴンの翼を出した。ここから老ギランドという、ドラゴンの住む岩山までは数時間ほどかかる。
 今夜は徹夜になりそうだ――という覚悟を決めて、俺たちは夜空へと舞い上がった。

-------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

今回は、なんとか三千文字台に収まりました。
過去に出たキャラが頻繁に出ておりますが……大した意味はありません。今作は、「ゲストっぽいキャラを有効活用していこう」という方針でやっているだけでして。

まあ、これは「古物商に転生した~」という作品でも、似たようなことをやっていました。今回はそれを多めにやっていこうと思っている次第です。

決して、新キャラを作るのが面倒臭いとか、そういう理由では――ありません。
まったく無いかと問われたら、それは嘘になりますが。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

無職が最強の万能職でした!?〜俺のスローライフはどこ行った!?〜

あーもんど
ファンタジー
不幸体質持ちの若林音羽はある日の帰り道、自他共に認める陽キャのクラスメイト 朝日翔陽の異世界召喚に巻き込まれた。目を開ければ、そこは歩道ではなく建物の中。それもかなり豪華な内装をした空間だ。音羽がこの場で真っ先に抱いた感想は『テンプレだな』と言う、この一言だけ。異世界ファンタジーものの小説を読み漁っていた音羽にとって、異世界召喚先が煌びやかな王宮内────もっと言うと謁見の間であることはテンプレの一つだった。 その後、王様の命令ですぐにステータスを確認した音羽と朝日。勇者はもちろん朝日だ。何故なら、あの魔法陣は朝日を呼ぶために作られたものだから。言うならば音羽はおまけだ。音羽は朝日が勇者であることに大して驚きもせず、自分のステータスを確認する。『もしかしたら、想像を絶するようなステータスが現れるかもしれない』と淡い期待を胸に抱きながら····。そんな音羽の淡い期待を打ち砕くのにそう時間は掛からなかった。表示されたステータスに示された職業はまさかの“無職”。これでは勇者のサポーター要員にもなれない。装備品やら王家の家紋が入ったブローチやらを渡されて見事王城から厄介払いされた音羽は絶望に打ちひしがれていた。だって、無職ではチートスキルでもない限り異世界生活を謳歌することは出来ないのだから····。無職は『何も出来ない』『何にもなれない』雑魚職業だと決めつけていた音羽だったが、あることをきっかけに無職が最強の万能職だと判明して!? チートスキルと最強の万能職を用いて、音羽は今日も今日とて異世界無双! ※カクヨム、小説家になろう様でも掲載中

無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。

さくら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。 だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。 行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。 ――だが、誰も知らなかった。 ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。 襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。 「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。 俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。 無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!? のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

処理中です...