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第九部『天涯地角なれど、緊密なる心』
四章-6
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キングーの宮殿にある個室で、瑠胡はベッドに腰掛けていた。
窓側から聞こえてくる騒音に、瑠胡はゆっくりと首を向けた。
「……なにやら、表が騒がしいのう」
「おひいさま。表でキングー様に仕えているワイアームが、なにやら騒いでいるみたいです。みんな、向こうへ行っちゃってます」
「左様か。なら、ランドが来たのであろうな」
祈るように目を閉じる瑠胡に、窓の外を見ていたムシュフシュが不安そうな顔で振り返った。
「でも、あんな大勢が行っちゃいましたよ。あんな数を潜り抜けて、ここまで来ることができるのでしょうか?」
「問題なかろう……ランドは、約束は守る。守って……くれる」
確信を以て述べる――というより、祈るような口調だった。瑠胡は窓の外には目を向けぬまま、震える手を組んだ。
*
刀身が真っ直ぐに引き抜かれたあと、俺は倒れ込むようにしながら地面を転がってから、背後へと向き直った。
腹部の傷口を手で押さえながら、血の滴る曲剣を手にしたキングーを睨めつける。
「ど……どういうつもりだ。結局、俺を殺して瑠胡を無理矢理手に入れる――それが目的か?」
「勘違いしないで下さい。これは、あなたへの慈悲です」
「慈悲……巫山戯んな」
「巫山戯てなどおりません。これであなたは、わたしと戦って死ぬことを免れる――その理由を得たのです。『卑怯な不意打ちを受けたから、瑠胡姫を取り戻すのを断念した』となれば、言い訳にもなるでしょう。わたしを恨むことで、あなたの自尊心や誇りを守ることができる。撤退をするというのであれば、喜んでメイオール村へと送りましょう」
キングーは指を鳴らすと、空間に歪みを造り出した。恐らくは、これを通り抜ければメイオール村に帰れるんだろう。
俺は傷口を押さえながら立ち上がると、大きく息を吐いた。
「この糞野郎が……俺と瑠胡のことを、なんにも理解してねーな」
虚を突かれたような顔をするキングーに、俺は左手で長剣を抜いた。
「瑠胡は、約束を破らなかった俺に惹かれた――そう言ってくれたんだ。俺から裏切らない限り、俺を裏切ることはないってな。そんな瑠胡を裏切るような真似、出来るわけねーだろ。てめぇの糞じみた薄っぺらい奸計で、俺を嘘吐きにしようとするんじゃねぇよ」
俺は刃が欠け、歪んだ長剣の切っ先をキングーに向けた。
「さあ、瑠胡を返して貰うぜ。大人しく返せば良し――じゃなきゃ、てめぇは徹底的に砕いてやるぜ」
「……愚かな。そんなボロボロの長剣で戦うなど……ですが、いいでしょう。この神剣ズルフィカルにて、あなたを打ちのめしてご覧入れましょう」
キングーは神剣ズルフィカルの切っ先を真上に向け、左手を後ろに回した。
「……互いに、剣技の勝負としましょうか。あなたも、そちらのほうが得意でしょうからね。魔術やドラゴン化はなし――いいですね?」
「いいだろう」
俺は右手で傷口を押さえながら、左腕一本で長剣を構えた。
出血が酷いが、ここで引くわけにはいかない。俺は《異能》で傷口を塞ぐ補助をしながら、油断無くキングーの動きを注視した。
僅かに腰が低くなったと思った瞬間、流れるような動きで間合いを詰めると、俺の右側から神剣を振ってきた。
長剣でその一撃を受け流した俺は、僅かに神剣が浮いた隙にキングーの左肩へと長剣を振り下ろした。
しかし痛みで上手く力が入らず、振り下ろす速度は普段の半分ほどだ。
長剣の刃はキングーの身体に食い込む前に、神剣によって防がれてしまった。長剣が真横に弾かれた拍子に身体が捻れ、腹部の傷口に激しい痛みが奔った。
「――くっ!」
苦悶の声を漏らしながら、俺は一歩だけ後ろに跳んだ。
痛みのせいで動きが鈍いと、わかってはいる。だが、《異能》で痛みを打ち消すという考えは、すぐに却下している。
痛みを消してしまうと、感覚の一部をも失ってしまう。
剣と剣がかち合ったときに伝わる感触、空気の流れ、限界近くまで酷使し四肢の悲鳴――それらは、真剣勝負には必要なことだ。
五感のすべてを活かさねば、勝てる勝負にも勝てなくなる。それに、痛みは傷口からの警鐘でもある。
不必要に傷口を捻れば、出血が酷くなる。それを防ぐためにも、痛みは残したほうがいい。
いくら《異能》で傷口を塞いでも、治療したわけじゃない。無理な動きをすれば、傷口が変形して出血してしまうだろう。
だから、痛みは消せない。
俺は長剣を構え直すと、キングーへと打ち掛かった。
しかし冷静に俺の一撃を神剣で受けると、今度はキングーが鋭い一撃を放った。
俺の喉笛を狙う神剣を受け流そうとした直後、長剣の刀身が半分ほどのところで叩き斬られてしまった。
「――チッ!」
舌打ちをした俺は、半分ほどしか残っていない長剣を構えつつ、キングーとの間合いを離した。
キングーはそんな俺を見て、余裕の笑みを浮かべていた。
「そんなボロボロの剣で、神剣に敵うわけがないでしょう? 理解したのなら、大人しく家へ帰って下さい。わたしは、色々と忙しいのですから」
「なんだ……俺に負けそうな気がするから、勝負を中断したいのか? 俺の返答は変わらねぇ。瑠胡を返せ。返さない……なら、てめぇを砕くだけだ」
俺の反論に、キングーの表情が険しくなった。
「……物わかりの悪いことだ」
キングーは素早く左右に身体を振りながら、俺への間合いを詰めてきた。左、右、左、左、右――と進路を変えるキングーの動きは、滑らかで素早い。
そのキングーへ、俺は狙いを定めながら、半分ほど刀身が残った長剣を投げつけた。
「こんなもの――っ!」
キングーが飛来した長剣を弾いた隙に、俺は足元の砂丘へと左手を突っ込んだ。
「《異能》――〈砂の剣〉」
力の方向性を思い浮かべながら、俺は砂から手を引き抜いた。その手に握られていた物を見て、キングーの目が見開かれた。
「なんだと!?」
俺の手には、刃渡り一マーロンほど(約一メートル二五センチ)の長剣が握られていた。ただし刀身から柄まで、すべてが砂で構成されている。
俺は砂の長剣を構えると、無言でキングーへと擦り寄った。
「さあ、仕切り直しだぜ?」
「そんな小手先の手段など!」
曲剣を片手で構えたキングーが、再び俺との間合いを詰めてきた。左、右、左、左、右――と移動し、袈裟斬りに神剣を振ってきた。
俺は左手で構えた砂の長剣で、神剣を受け流そうとした。
だが、神剣とかち合った途端に砂の長剣は砕け散った。
「く――っ!」
俺は左腕に衝撃が伝わった瞬間に砂の長剣を手放し、神剣を避けるために大きく後ろに跳んだ。
着地した瞬間に、俺は苦悶の声を漏らしていた。神剣を避けるときに、無意識に身体を大きく捻ってしまったようだ。
ずっと《異能》で止血していた傷口が、無理な動きで開いてしまった。激痛が走った直後に、着地した周辺へと鮮血が飛び散った。
余裕が戻ったキングーが、ゆっくりと神剣を構えた。
「おやおや。やはり、そんな小手先の剣では役不足でしたね」
「うるせえ」
俺は素早く周囲を見回すと、砂地から岩肌が露出しているのが見えた。俺はキングーの動きを警戒しながら、岩肌に手を付けた。
今度は、砂ではなく岩で長剣を作った。もちろん《異能》によるものだが、先ほどのものより無骨な造りになっていた。
さっきよりは頑丈だろう――そう思いながら、俺は岩の長剣を構えた。
今度は、俺から行く。
腹部の痛みで全力疾走とはいかないが、最短距離でキングーとの間合いを詰めた俺は、岩の長剣を振り下ろした。〈筋力増強〉で強化した腕力頼りの一撃だ。
それをキングーは神剣で受けた。
バガッという鈍い音がして、岩の長剣の先端が砕け散った。岩の長剣を砕いた神剣の切っ先が、俺の喉を目掛けて突き出された。
僅かに首を逸らしたあと、切っ先が首筋の皮を浅く斬った。
血が滲むほどではないが、チクッとした痛みに顔を顰めながら、俺は三歩分だけ後ろに退いた。
切っ先から握り拳分だけを失った長剣を構えた俺に、キングーは神剣の切っ先を上下させながら、焦れたように言った。
「いい加減に、負けを諦めたらどうです? 負けず嫌いなのはいいですが、度が過ぎれば浅ましいだけです」
「うるせぇよ」
傷口を押さえる右手に、ぬるっとした感触が増えていく。それに気付きながら、俺はキングーに勝つための一手を考えていた。
急造の剣は、それぞれ別の脆さがあるようだ。その辺にある刀剣ならともなく、神剣が相手では強度が圧倒的に足りてない。
せめて、同じ強度の剣なら――。
俺は手にした岩の長剣に意識を向けた。
「《異能》……神剣化」
キングーが持つ神剣と同等の剣になってくれれば――そう考えたわけだが、《異能》が発現したと同時に、左手にバチッとした衝撃は奔った。
突然の痛みと衝撃で、俺は長剣を落としてしまった。
地面に落ちたと同時に崩れ落ちた剣と俺とを交互に見て、キングーは鼻で笑った。
「馬鹿ですか、あなたは。神剣というからには、神気を宿していなければ扱えないのは当然でしょう? そんなこともわからないんですか」
そんなこと、知るはずもない。
俺はキングーに言い返さないまま、再び砂から剣を造り出した。とはいえ、このままでは先ほどと同じことを繰り返すだけ、神剣と化すのも無理――そして、魔力もそれほど残っていない。
このままでは負ける。
そんな想いが去来した途端、瑠胡との生活が蘇った。出会いから、読み聞かせを終えた俺に甘えてきた――瑠胡が攫われる二日前までの刻が、一瞬で脳裏を駆け巡った。
俺の脳裏に、一つの閃きが浮かんだ。
砂の長剣を構えながら、俺は恐らく最後の手段であろう《異能》を使った。
「《異能》、魔剣化」
力の方向性を定めるための言葉を発した途端、俺の全身を紫電が纏った。まるで、俺の体内から放たれたような紫電が、砂の長剣へと収束していく。
視界がぼやけ始めると、俺は僅かに目を凝らした。
これは一体なんだ?
俺が自身の異常に驚いていると、頭の中に落ちついた男の声が響いてきた。
〝我が名はビクトー。護るための力なり〟
英雄ノーデンのことを考えながら《異能》を使ったからか……かの英雄の魔剣の名が出てきた。
俺が驚いていると、声は言葉を続けた。
〝おまえに、勝利を得るための力を貸そう。さあ、なにを望む?〟
魔剣を名乗る声の問い掛けに、俺は息を呑んだ。英雄ノーデンの伝承に、魔剣が喋るという下りはない。となると、これは一体――。
だが、今は悩んでいる暇はない。
それに悩む必要なんかない。返答はもう、決まっている。俺は左手に持つ砂の長剣へと目を向けた。
「誰だが知らないが、余計なことすんな」
そこで言葉を切った俺は、大きく息を吐いてから、砂の長剣を睨み付けた。
「あのな。この戦いは自分の実力でキングーを砕いてやらねえと、意味がねぇ。キングーの持つ神剣と打ち合って、壊れなきゃ十分なんだよ。いきなりしゃしゃり出てくるんじゃねぇよ、黙ってろ」
俺の返答を受けて、声の主はしばらく黙っていた。体感では二、三秒経ってから、再び声が聞こえて来た。
「いいだろう。おまえの戦い、しかと拝見するとしようか――」
声が消えたと同時に、俺の視界が元に戻った。
砂の長剣が、いつのまにか姿を変えていた。刀身は片刃で、根元から緩やかな曲線を描くように細くなっていた。
黒い刀身の長さは一マーロン(約一メートル二五センチ)より僅かに短い。鍔にあたるものはなく、柄も片手で握る分しかない。
シャスクという刀剣に似ている気がするが、これが魔剣ビクトーなんだろうか。
俺の前にいるキングーは、俺が魔剣化の《異能》を使う直前から、姿勢などが変わっていない。恐らく、あの声との会話はほんの一秒程度のことだったらしい。
俺の左手にある片刃の長剣――魔剣ビクトーを見て、キングーの目が見開かれた。
「なんです――その剣は!?」
「……さあな」
俺は答えながら、摺り足でキングーへと近づいていった。走って間合いを詰めても良かったが、腹部の痛みのせいで思いの外、体力の消費が激しい。
浅い呼吸を繰り返しながら、攻撃の機会を伺う。
キングーが神剣を構えたのを見計らって、俺は一息に間合いを詰めた。小さく振り下ろした魔剣を、キングーは神剣で受け止めた。
キンッ――という金属が鳴る音がして、二つの刀身が互いを弾き合った。キングーの神剣は当然として、俺の魔剣の刀身も無事だった。
――これなら、いける。
俺が連続で魔剣を打ち付けると、キングーの表情に初めて焦りが生まれた。
「この――生意気なことを!」
キングーは一度、俺との間合いを外した。それからすぐ、また左、右、左、左、右と、ジグザグに移動しながら、俺に迫ってきた。
俺は冷静にキングーの動きを目で追うと、攻めではなく護りの型へと魔剣を構え直した。
予測通り、袈裟斬りで振られた神剣を弾き返すと、魔剣の柄の先端でキングーの右手の甲を打ち付けた。
「くっ――」
僅かに苦悶の顔を見せたキングーが、神剣を構え直した。 静かに、しかし長く息を吐いてから、キングーは初めて俺を睨んできた。
「……行儀の悪い人だ」
「そうかい? 行儀が良すぎるのも問題だけどな」
キングーの剣技を把握するにつれ、弱点が見えてきた。互いの剣が互角なら、俺にも勝機はある。
「いくぜ、キングー」
俺は腹部の痛みを堪えながら、左腕一本で突きを放った。
神剣で突きをいなしたキングーが、初めて左手を前に出した。俺へ青い泡を放つと同時に、後ろへと跳んだ。
俺が反応する直前に、泡が爆発をした。
「これでどうで――」
キングーの声を聞きながら、俺はヤツへ向けて突進した。
間合いを詰めて魔剣を振るが、キングーは驚きながらも寸前で一撃を受けた。
「おい、剣技の勝負じゃないのか!?」
「勘違いしないで下さい。《魔力の才》を活かした剣技というだけです」
ヤツの戯れ言には答えず、俺は魔剣での連撃を加え続けた。
四度、五度と剣を交える中、俺はキングーの右手を三回ほど柄で打った。少しばかり赤くなった手の甲を一瞥して、キングーは眉を顰めた。
「よくも……こんな子供だましのような打撃で」
「さっきのよりは、正々堂々としてるだろ」
俺は頃合いだと、気合いとともにキングーとの間合いを詰めた。狙いは身体ではなく、キングーの持つ神剣だ。
全力の〈筋力増強〉を込めた一撃を刀身で受けたキングーだったが、右手が衝撃に耐えきれなかった。
横殴りに振った俺の魔剣が、キングーの手から神剣を弾き飛ばした。
キングーの握力が如何ほどのものか知らないが、数度も痛めつけられた手では力も落ちるはず――これまで数度の斬り合いは、この一撃のためのものだ。
二、三マーロン(一マーロンは約一メートル二五センチ)ほど飛ばされた神剣が砂の上に落ちると、俺はキングーの眼前へと魔剣の切っ先を向けた。
「……さて。剣技の勝負っていうなら、俺の勝ちだ」
「こんな筈じゃ……こんな野蛮な剣に、負けるはずがない」
キングーは俺のことを野蛮というが、キングーの剣技は実践を知らなさすぎる。それゆえに、動きは洗練されているが型通りの――悪く言えば一本調子の剣だ。
動きに慣れさえすれば、こんなに戦いやすい相手はいない。
「負けを認めろよ。これ以上は、浅ましいぜ」
「煩い! 貴様なんかに、負けてたまるものか!」
怒鳴るキングーの首筋から、魔力が迸った。渦を巻く魔力が全身を包み込むと、次第に巨大化していく。
ものの数秒でドラゴン化したキングーは、濃緑色の鱗に包まれた長い首を高く上げた。
手足はなく、サーペントに似た姿だが、背中には一対の小さな翼が見える。エラは黄金色で、尻尾の先へかけて徐々に小さくなっていた。
〝手負いの貴様など、この姿になれば!〟
「くそ――剣技の勝負じゃないのかよ」
俺はドラゴンの翼を広げると、ドラゴン化したキングーの突進を飛んで避けた。
そんな俺の姿を、キングーの目が追ってきた。
〝滴る血と、その臭いで、居場所などすぐにわかるぞ!〟
キングーの口が、大きく開かれた。ギッシリと並ぶ牙の奥が、赤く光り始めた。
――やべぇ!
俺は滑空を利用しながら、急降下を始めた。
キングーの炎息が、さっきまで俺がいた場所を包み込んだ。
炎息は、地表スレスレまで下降した俺のすぐ後ろまで接近した。左右へ逃げるには、炎息の範囲が広すぎた。
俺は速度を増しながら、キングーとの距離を離した。
足元に迫る熱気が、徐々に薄れていく。どうやら、炎息から逃れることができた――そう安堵する暇もなく、キングーが突進してきた。
「くそっ!」
空中に舞い上がりつつ、迫る牙を魔剣で受けようとした。
しかし、元々の質量差が大きすぎる。俺は大きく弾かれてしまい、左肩から砂の上に墜落してしまった。
砂じゃなければ、大怪我をしていたところだ。
〝はっはっは――いい気味ですね。あなたなど、そうやって地べたに這いつくばっているのが、お似合いですよ〟
「い、言いたいことを言いやがって……」
右腹の痛みを堪えつつ、俺は立ち上がった。左で構えていた魔剣は、今は右手で握っている。
先ほどの攻防で、俺の左手からは血が滴り落ちていた。左手にできた傷のせいで、魔剣を握ることが難しい。
そこで左手で腹の傷口を押さえ、右手で魔剣を握っている――というわけだ。
肩で息をする俺を前に、キングーが口を広げると、その奥から光が溢れていた。俺が空中に飛んだ直後、キングーは炎息を吐いた。
俺が空中に逃れると、炎息を止めたキングーが俺を見上げた。
俺は空中を大きく旋回するように、キングーへと迫った。一直線にキングーの首筋を通り過ぎた。その際に、魔剣で鱗ごと首あたりを斬りつけると、遅れてキングーの叫び声が聞こえてきた。
〝カアアアアアアッ! お、おのれ!〟
キングーが俺へと首を向け、再び口を広げた。だが、口の奥から光が漏れているものの、炎息は吐き出されなかった。
〝なん――?〟
驚くキングーの声がすると、ドラゴンとしての身体が崩れていく。霧散していく身体――魔力の中からキングーの姿が露わになると、俺はヤツを目指して一直線に下降した。
キングーが見上げてきたが、もう遅い。俺はキングーの腹部を蹴りつけた。
「があっ!」
砂の上に倒れたキングーに近寄ると、右脚を魔剣で斬りつけた。
右脚を押さえながらのたうち回ったキングーの目には、恐怖の色が浮かんでいた。
「この……なにをした!?」
キングーの問いに、俺は左手の傷を見せた。丸く穴の空いたような傷は、俺の持つ《スキル》を使った痕だ。
「あんたの牙を魔剣で防いだ瞬間、口の中に《スキルドレイン》の棘を口の中へ放った。あれから、どこまで棘が残っているかわからないが、少なくともドラゴン化は消えたようだな」
「なんということを……貴様――!?」
怒鳴り声をあげたキングーの口から、光が溢れていた。なにがどうなったのかは、まったくわからないが……あの棘はキングー本体の口の中に刺さっているようだ。
光に気付いたキングーは、口を押さえながら俺から遠ざかった。落ちていた神剣に触れたキングーの手が、火花とともに柄から弾かれた。
「そんな……馬鹿な。神気が消えているなん――」
跪いた姿勢のキングーの顔は、真っ青になっていた。俺はキングーに近づくと、その腹部を蹴りつけた。
尖塔の壁まで転がったキングーは、俺へと左手を向けた。だが、そこからはなにも生み出されなかった。
「そんな……」
キングーは近づく俺を怯える目で見ると、右脚を押さえていない左手で頭を抱えながら、身体を丸めた。
「もうやめて! もう戦えない!! お願いだから、もう止めて……もう止めてよ!」
「それじゃあ、瑠胡の居場所まで案内しろ。じゃなきゃ、戦いを終わらす理由がない」
「だからもう、わたしは戦えないんだ! 剣も《魔力の才》も使えない、ドラゴンにもなれない……だから、もう止めて! それで……瑠胡姫も諦めて下さい!!」
「……は? 巫山戯てるのか」
俺が詰め寄ると、キングーは頭を抱えたまま、悲鳴に似た声をあげた。
「後生ですから! もう、わたしに暴力を振るわないで……瑠胡姫も諦めて欲しいんです! この通り、お願いですから!!」
呆れたというより……怒りを通り越して無感情になっていた。こいつに対する敵意だけでなく、慈悲の心も無くなっていく。
……それに、俺自身の時間もない。
俺は魔剣を振り上げると、キングーに最後通告を伝えた。
「瑠胡のところへ案内して、俺へ引き渡せ。賭けの話も知っている。時間がないだろうから、急いで案内しろ。それを断るなら、賭を無効にするために、てめえの首を刎ねる」
「ひっ――お、お願い……やめて。姫も諦めて……今までのことは、謝ってやってもいいですから」
「……話すだけ無駄か」
「お止め下さい。これ以上は、時間の無駄ですから」
背後から聞こえた少女の声に、俺は振り返った。
黒いヒジャブという衣装に身を包んだ少女が、俺に会釈をした。
「おひいさま――瑠胡姫様の元へは、わたくしがお送りします」
「ムシュフシュ!? なんでだ! やめろ!!」
キングーの制止の声に、ムシュフシュと呼ばれた少女は首を横に振った。
「それは聞けません。わたくしの役目は、瑠胡姫様のお世話です。ランド様が来たら、姫様の元へ御案内すると約束しましたので、そちらを優先致します」
「それじゃあ、今すぐに世話の役目を解く! だから――っ!!」
「それも聞けません。なぜなら、わたしは今日より、ムンム様に使える侍女になりました。ムンム様からも瑠胡姫様のお世話を仰せつかっております。それではランド様、こちらへ」
絶望感から、呆然自失となっているキングーに背を向けたとき、俺の脚から力が抜けそうになった。
戦っている最中、流石に血を流し過ぎた。体力も限界が近いからか、膝が笑い始めていた。
そんな俺に、ムシュフシュは胸を手で叩いた。
「賭けの時間まで、あと十数分しか残っておりません。時間が惜しいですので、ここはムシュフシュにお任せを」
ムシュフシュの首筋から、魔力の光が溢れた。巨大化した光は、やがて体長が八マーロン(約一〇メートル)ほどのドラゴンの姿になった。四本の脚が生えたワイアームといった身体になったムシュフシュは、俺の腰のベルトを咥えると、僅かに持ち上げた。
〝それでは、急ぎましょう〟
ムシュフシュはそう言うと、滑空するように宮殿の入り口へと飛び立った。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
やはり長くなりましたが……誤差はあったにしろ、概ね予定の文字数です。
大体、誤差一五〇〇文字くらい。まあ、誤差の大きさとしては、個々で判断基準が違いますから。ここは、「大した誤差じゃない」という認識でお願い致します。
じゃないと、泣いちゃいますので。中の人が。
本文中、キングーが最後でへたれっぽい言動をしてますが。
神話におけるキングーも、神々との戦いで怖れをなして降伏してたりします。このあたりは、史実(wiki調べ)を参考にしております。
キングーは神話だと、親の七光り、しかも母親の夫という立場で将軍になったりしてます。
簡単に言うとヘタレ根性のマザーフ(以下自己検閲)ということですね。
ちょっとキングーの説明を簡単に書きすぎた気がしますが……まあ、いいかって思ってます。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
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