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第九部『天涯地角なれど、緊密なる心』
エピローグ
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俺と瑠胡がメイオール村に帰って来た二十日後の昼下がり。
かねてより予定され、数日ほど遅れることになってしまったが、俺と瑠胡、それにセラの婚礼の式が執り行われた。
懸案だった瑠胡の指輪――キングーの手によって、海竜族の神界の砂漠に捨てられた指輪だ――は、十日目の夜にムシュフシュが持ってきてくれた。
なんでも十日も砂漠で寝泊まりしたキングーが、探し出したものらしい。
ムシュフシュによれば、指輪を見つけて帰って来たキングーは、日に焼け、そしてあばらがくっきりと浮き出るほどの痩せこけ、そして無精髭に覆われていたらしい。
そして――俺と瑠胡へ、謝罪の言葉を発していたという。
『この度は――わたくし如きが、お二人にご迷惑をおかけしたこと、心よりお詫び申し上げます。この一件で、わたしは自分の器の小ささ、そして浅はかさを思い知りました。指輪一つ容易に見つけられぬ日々の中、生への感謝、そして生きる意味について考えることが増えました。竜神・ラハブの後継に相応しい存在になるため、これより欲や世俗との関わりを断ち、修行に精進してまいります。遠く海底の神界より、お二人の御多幸をお祈りしております』
ムシュフシュを介して伝えられた謝罪文を聞く限り、どこぞの修行僧並みの悟りでも開いてしまったのかと、逆に心配になってしまう。
指輪を届けたムシュフシュだが、夜も遅いし、折角だから婚礼の式に参列してはどうかという提案をしたところ、大喜びで承諾してきた。
そんなわけで式までのあいだ、神殿で過ごすこととなった。
俺はというと、二十日間の殆どを、怪我の療養に費やすこととなった。瑠胡の血の効果があっても、急激な回復とまではいかなかった。
そのあいだ、瑠胡は俺に付きっきりと言っていいほど、側から離れなかった。もちろん、婚礼の式の打ち合わせもあったが、その場にも付いて来たほどだ。
しかも、かなり話し合いにも意欲的に参加してくれた。キングーの一件がある前は、婚礼の式には参加すると言っていたものの、話し合いには消極的だったのに、この心境の変化には、俺だけでなく、教会のジムさんやシスター・マギーも驚いていた。
そして今日、式もつつがなく行われたわけだが――。メイオール村の住人や《白翼騎士団》の面々、アインやブービィらからの祝福を受け、大いに飲み食いした。
夕方に式が終わって神殿に戻った俺は、食堂で瑠胡と肩を並べてくつろいでいた。
婚礼の式とはいえ、村で行うものだから、男である俺は小綺麗にしてはいるが、普段のものに毛が生えた程度の服装だから、着替えるも糞もない。
式を終えたままの白無垢姿だった瑠胡は、俺の右肩に頭を乗せたまま、今日の式を思い返しているようだ。
「婚礼の式、楽しかったですか?」
「ええ。予想以上でした」
「それにしても、少し驚いたんですよ。最初は消極的というか、アムラダ様への義理で仕方なくって感じに見えたのに。帰って来てからは、すごく積極的でしたよね」
この問いに、瑠胡は微笑みを浮かべたまま俺を見上げた。
「わたくしは今回の件で、思い知ったことがあるんです。こうして――ランドの側にいることが、当たり前ではないと理解しましたから。お互いが一緒にいるために、汗を流して努力をしたり、激しい感情に耐えながら相手を信じ続けること。そうした日々を過ごした果てに、つがい――人の世では夫婦と呼ばれるものになる。婚礼の式は、それを祝うためのものだと、気付いたんです」
瑠胡は言葉を切ると、俺の腕に手を絡めた。
「きっと本来の婚礼の式は、単に夫婦となる二人を祝う――それだけのものだったんでしょう。誓いとか、神への祈りなんて、きっと後付なんですよ」
「……そっか。そうかもしれませんね」
「ええ。きっと、そうです。だから二人に祝う心があれば、野花の一輪でもあれば十分なものなんでしょうね。人の歴史の中で、誓いとか豪華さが求められるようになったんでしょう。でも、その夫婦となる二人を祝うという習慣は、素晴らしいと思います」
「ああ……だから婚礼の式への対応が、積極的になったんですね」
「ええ。折角のことですから、悔いは残したくありませんもの。無事に終わって、心から良かったと思います」
そこまで話をしたところで、俺の腕に絡めた瑠胡の手が強くなった。
どうしたんだろう――と思ったところで、瑠胡は再び俺の肩に頭を預けた。
「ところでランド……婚礼の式も終わりましたし、これから時間にも余裕がありますよね」
「それは、もちろん。あれだけ飲み食いしたあとですから、まだ空腹感もないですし」
腹を擦りながら答えた俺に、瑠胡はクスッと笑った。
「ええ。だから……今から、どうでしょう」
「どうでしょうって……なにを?」
「……子作りに決まってるじゃありませんか」
瑠胡の返答に、俺は顔を真っ赤にさせた。
いやまあ、もう夫婦なんだし、今さら照れることじゃないんだろうけど――まだ日も沈んでいない時間である。
俺は周囲を見回してから、うなじのあたりを指先で掻いた。
「あの……まだ夕方ですよ?」
「あら。そんなこと、ドラゴン族は気にしません。少なくとも、神殿の中は天竜族の領域ですから。人間の価値観は、忘れてもいいでしょう?」
「……なる、ほど」
俺が照れつつも納得したとき、食堂のドアが開いた。
白いウェディングドレスに身を包んだセラが入って来ると、俺たちのところへ近づいて来た。
「婚礼の式、お疲れさまでした。なんの話をさえていたのですか?」
「これから子作りを――と話をしていたところです」
「ああ……なるほど」
セラは俺の左側に座ると、そっと身体を寄せてきた。
「そうですか。わたしは、瑠胡様のあとですか?」
「折角の初夜ですから。一緒でいいでしょう」
「それは……いえ、瑠胡様がいいのなら」
なにか、その――なんだ。俺の意見を取り入れずに、二人で話を進めてしまっているんだけど。
俺は諦めたように、視線を上へと向けた。
どやどやとした声や足音が、廊下から聞こえて来たのは、その直後だ。少し待っていると、レティシアたち《白翼騎士団》の面々や、ムシュフシュ、そして紀伊が入って来た。
「三人とも、今日はお疲れだったな」
レティシアは労いの言葉を投げかけてきてから、俺へと微笑んだ。
「これで、自分勝手に死ねない立場になったな。どんな気分だ?」
「別に、今までだって勝手にくたばっても良いなんて思ってねぇけどな。でもまあ……」
俺は瑠胡とセラを交互に見てから、小さく微笑んだ。
「幸せ者なんだなって思うよ。人並みな返答で悪いけど」
「そうか。おまえから、そんな答えが出る日がくるなんてな」
「ランド君、成長したねぇ」
「それで、夜は! ラブラブな展開はどーするんです!?」
「ユーキ、あんたはちょっと落ちつきなさい」
「ま、幸せそうでなによりじゃない?」
各自で別々の対応(一部除く)だったが、まあ有り難い言葉ではある。
その集団から出てきたリリンが、俺と瑠胡に微笑んだ。
「改めて、おめでとうございます」
「ああ。ありがとうな、リリン」
「感謝するぞ、リリン」
俺と瑠胡の返答に満面の笑みを浮かべたあと、リリンはいきなり無表情となってセラを見た。
「……セラさんも、おめでとう……ございます」
ギギギ……と、という歯軋りが聞こえて来ている気がする。そんなリリンに、セラはやや怯みながら、ぎこちなく首を向けた。
「あ、ああ……リリン、約束は守るから、そんな顔をしないでくれ」
「……絶対ですよ」
なにか、二人で約束ごとがあるらしいけど……これは聞いても良い話なんだろうか? 下手に立ち入るのも拙いかもしれないし、ここは静観するのが正解かもしれない。
そして、トテトテと近づいて来たムシュフシュが、瑠胡に話しかけた。
「おひい――いえ、瑠胡様! 寝具を整えておいたほうがよろしいですか?」
「いえ、お客様に仕事をさせるわけには参りません。瑠胡様のお世話は、わたくしにて行います。ムシュフシュ様は、部屋でおくつろぎ下さい」
紀伊が話に割って入ると、ムシュフシュが膨れっ面で瑠胡に言った。
「瑠胡様? そこのおばさんは、なんなんです?」
「おば――!?」
紀伊は絶句したが、客人でもあるムシュフシュに文句を言うわけにもいかず、怒りを押し殺した顔をしていた。
瑠胡だけでなく、俺たち全員が対応に困っていたところ、窘めるような声が聞こえてきた。
「ムシュフシュ、ダメですよ。こちらのかたが、困っているじゃありませんか」
……ムンムさん? あれ? 婚礼の式には呼んでなかったはずなのに。
「あの、ムンムさん。いつのまに来てたんですか?」
「もちろん、婚礼の式からですわ。皆様の婚礼を、お祝いしたくて」
にっこりと微笑んだムンムさんは、手を組み合わせながら、俺たちを上目遣いに見てきた。
「それで……その。わたくしもムシュフシュと一緒に泊めて下さいませんか? 今日は婚礼の式が終わった、初夜――いえ、その、他意はないですよ?」
ムンムさんの目的を懸命に考えた俺は、一つの仮説を立てた。
今の神殿には、〈遠視〉や〈幻視〉に対する結界が施されている。だが、それは神殿の外からに対するものだ。
内側からの〈遠視〉や〈幻視〉に対しては、無防備である。
……もしかしてムンムさん、神殿内部から〈幻視〉をするつもりなのか。
ムンムさんには今日、ムシュフシュを連れ帰ってもらうとしよう。これで泊まる理由もなくなるし、色々な問題――主にムシュフシュの言動に関することだ――も解決するだろう。
まったく、婚礼の式を終えた日だっていうのに――なんで、こんなに色々と大変なことが起きるのか。
俺が溜息を吐いたとき、ふと視線に気付いた。
窓を見ると、一羽の鴉が飛んでいるのが見えた。窓の外で旋回するように飛んでいた鴉は、俺が振り向くとどこかへ飛んでいった。
まあ……いいか。
俺は深いことを考えるのを諦めて、とりあえず目の前の問題に取りかかることにした。
完
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
ここで〝完結!〟というのが一番綺麗な終わりだとは思うのですが……まだ、問題児二人分の話が終わって居なくてですね。
少なくとも、その話はやっちゃいたいな……と。
じゃあ、なんで第九部の話を先にやったのかというと、季節の問題です。春になる前にやらないといけないのに、この二つを挟むとですね……流石に冬が長すぎるということです。
……ちょっと秋が短かったかなと反省。今の日本じゃあるまいし。
というわけで、あと最低二部、お付き合い頂けたら嬉しいです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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