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第一〇部『軋轢が望む暗き魔術書』
一章-5
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ユーキとクロースに連れられて駐屯地に戻ったリリンは、休暇中であることを理由に、そのまま自室に戻っていった。
レティシアはユーキとクロースから、リリンとデュークらが会ってしまったことの報告を受けていた。
ランドや瑠胡たちが駆けつけてきてくれたこと、デュークたちが強引な手段を使おうとしたこと――それらを無言で聞いていたレティシアは、大きく息を吐いた。
「……そうか。ランドたちに助けられたかな。それで……リリンは?」
「自室に戻ってます。その……元気は、ありません」
「そうだろうな。こんなことなら、先に注意をしておくんだった」
クロースの返答を聞いて、レティシアは溜息を吐いた。
ユーキはクロースと目配せをしてから、小さく手を挙げた。
「あの……レティシア団長。発言をしても……よろしいでしょうか」
「なんだ?」
「はい。その……リリンは、実家でなにが……あったんでしょうか? とても、仲の良い兄妹姉妹とは、思えませんでした」
「ああ……知る必要はないと思って、おまえたちには話をしていなかったな。だが、報告にあった光景を見たのなら、おおかたの推測はできているのだろう?」
返答の代わりに質問をされ、ユーキは戸惑いながらも小さく頷いた。
クロースも少し遅れて頷くと、レティシアは僅かに目を伏せた。
「まあ、そうなるな。すまないが、今はそれを否定しない――ということで返答とさせてくれ。この件はリリンの承諾を得てからでないと、話せない。それに……わたしも正直、そのことを考えるだけで気が重くなる」
レティシアの返答に、ユーキとクロースの顔がやや青ざめた。
少々のことには動じないレティシアが、考えたくないとまで言ったことで、二人が考えていたイヤな予感というのが、まだ生ぬるい――そう理解したのだ。
三人とも誰も言葉を発しない時間が、数秒ほど経過した。
沈黙を破ったのは彼女たちではなく、ドアの外にいる者だ。軽くノックする音で、ユーキは大袈裟なほど驚き、クロースは沈黙から解放されて安堵した。
レティシアは目だけをドアに向けながら、「どうぞ」と告げた。
「レティシア団長、少しいいでしょうか」
赤茶けた髪を短く切り揃えているキャットは、三人の顔を順に見回した。
「……ええっと、あとにしたほうがいいですか?」
「いや、いい。それで、用件を聞こう」
「はい、それじゃあ……二点ほど。瑠胡姫――ランドと瑠胡殿からの伝言を預かってます。リリンの過去について、話せることは教えて欲しいと。今回、もろに巻き込んだ形ですから。当然の意見だとは思います」
「……だろうな。セラは、なにか言ってなかったか?」
その問いに、キャットは投げ槍的に頷いた。
「セラにはリリンのこと、なにか伝えてます? こちらで知っていることは、話しておきます――だそうです」
キャットの返答に、レティシアは静かに目を閉じた。
セラも今はランドの妻――第二夫人的な立ち位置だが――である以上は、問われれば黙秘をするのは難しいだろう。
ランドはランドで、例え黙秘を貫いたとしても、理由さえあればセラを責めたりはしないだろう。
だが、セラとしてはそれで、ランドとのあいだにわだかまりができるのを嫌がるだろう。
(こればかりは、仕方が無い)
レティシアは溜息を吐くと、キャットに目を向けた。
「それで……二つ目は?」
「はい。リリンはどうしたんです? 帰ってきてるんですよね? なのに、部屋から物音一つしないなんて」
「な――」
レティシアは僅かに、腰を浮かした。
「まさか、リリンが居なくなったのか?」
「ああ、いえ。言葉足らずでした。部屋にいる気配はありますよ。ただ、物音とか聞こえてきませんでしたので、なにかあったのかと思っただけです」
キャットの返答に、レティシアは安堵しながらも表情は晴れなかった。
一度は素直に答えかけたものの、すぐに首を小さく振った。
「ああ……あの姉弟に会ったからな。昔のことを思い出してしまったんだろう」
「詳細は知りませんけど。でも、このままでいいとは思いませんよ」
「……そうだな」
レティシアは目を伏せると、気の重い溜息を吐いた。
*
ユーキとクロースにリリンを任せたあと、俺は瑠胡やセラと神殿に戻った。
デュークやジュリアと会ったときのリリンは、明らかに怯えていた。デュークの言動からも、過去になにがあったのかは確実だし、レティシアがそれを知らないはずがない。
俺は自室に瑠胡とセラを招くと、座敷に腰を降ろした。
椅子に座らず、床――畳というらしい――に直接座ることも、もう慣れてきた。なんの話をしたいかを、瑠胡とセラは気付いているようだ。
二人とも言葉は少ないが、瑠胡はセラへめを向けているし、セラは伏し目がちだ。
俺は二人が腰を降ろすのを待って、口を開いた。
「セラ、レティシアからリリンのことで、なにか聞いてませんか? デュークたちの言動や、リリンの様子を見ていると、かなり胸糞悪いことがあった気がするんです」
「ランドはレティシアから、なにも聞いていないのですか?」
「特には……ああ、あの姉弟というか、リリンの家族は糞野郎ってことくらいですね」
俺の返答が冗談か本気か読めなかったのか、セラは複雑そうな顔をした。
だけど、俺は笑みを浮かべていない。それで今の話が事実だと察したようで、セラは表情を改めた。
「リリンの家は、ラーニンスという男爵家です。リリンは末っ子で兄が二人、姉が一人います」
「末っ子ってだけで、あんな酷い扱いにはならないでしょう?」
「……はい。わたしも詳しくは知りませんが、問題はリリンが三歳のときに起きたようです。なんでもカサス男爵が確認をしていた帳簿の謝りを、何度も指摘したそうです」
セラの説明に、瑠胡が怪訝な顔をした。
「幼いながらに、大した活躍のように聞こえます。なにが問題だというのです?」
「ええ……普通なら、そういう評価なんでしょう。ですが……男爵が新たな事業を始めようとしたとき、その欠点を指摘し、事実その通りになったことが、何度もあったようです」
「あの、セラ。その説明ですと、なにが問題なのか俺もわかりません」
「つまり、貴族の誇り……を傷つけられたと、カサス男爵は考えてしまったようなのです。三歳の幼子に家長である自分の考えを否定され、それが当たってしまう。そのことが、男爵は気に入らなかったのでしょう。周囲の目もありますし、自尊心も傷ついたのかもしれません。
結局はリリンの意見を参考に、新たな鉱山の開拓は成功したらしいです。ですが、男爵はそれ以降、リリンを無視するようになりました。それに習い、兄や姉たちも同様に、リリンを無視した――そうです。そこからのことは……おそらくデュークが言ったようなことが、行われていたのでしょう」
セラは、そこで言葉を切った。
喋り疲れたというより、自分の知っている内容が、理性と良心の許容範囲を超えていて、言葉にするのを拒んだように見えた。
俺は頭の中から、胸糞悪い嫌がらせの想像を振り払った。
「……リリンはいつまで、家族の元に?」
「十歳くらいまで……です。そこでレティシアがリリンを誘ったんです。彼女を魔術師にするために、学院へ入れたのも、レティシアです。その当時から、レティシアは女性だけの騎士団を設立することを目指していましたから」
この話は、俺も初耳だった。
リリンで十歳くらいだと、訓練兵として登用されたばかりのころだ。当時の俺は闇雲に修行ばかりして、自分のことしか頭に無かった。そのころに、レティシアはもう《白翼騎士団》の設立のために動いていたのか。
ユーキやキャットなどの過去なども考慮すると、単に戦力として集めただけではなく、辛い境遇から彼女たちを救うために騎士団を設立した節がある。
とにかく現状で俺が把握できたのは、リリンを実家に戻すわけにはいかないってことだけだ。
そんなとき、神殿のドアをノックされた音が微かに聞こえて来た。
誰か来たのかと思っていると、しばらくして部屋のドアがノックされた。
「……皆様、よろしいですか?」
聞こえて来た紀伊の声に、俺たちはドアを向いた。
「紀伊か。入っても良いぞ?」
瑠胡が声をかけると、ドアが静かに開いた。
白い小袖に緋袴という、巫女装束に身を包んだ紀伊が俺たちに一礼した。
「皆様、レティシア様をお連れしました」
紀伊が一歩退くと、レティシアが部屋に入ってきた。騎士らしい鎧は身につけておらず、平服のままだ。おそらく、時間優先で着の身着のままで来たんだろう。
レティシアは暗い顔で俺たちを見回すと、軽く会釈をした。
「団らん中、すまない」
「団らんはしてないから、気にしないでくれ。リリンの話をしていたところだ」
「……そうか」
レティシアはセラを一瞥すると、僅かに安堵の顔をみせた。
「そうなると、話が早くて助かる。わたしが来たのは、そのリリンのことだ。皆も知っての通りだが、リリンの家族が来ている。どうやら、家でなにかあったようでな。リリンを連れ戻そうとしている……ようだ」
「まさか、リリンを家に戻すつもりか?」
「それこそ、まさか――だ。リリンが家に戻っても、そこに安息はないだろう」
俺の追求に首を振ったレティシアは、腰から小さな革袋を外した。
「今回の件、我らだけでは対処しきれない。そこで手伝い屋として、ランドの手を借りたい。リリンの身を護りつつ、なんとか穏便にことを済ませてくれ。前金で、これだけを支払っておく」
「待てよ、レティシア。手伝い屋は、基本的に後払いだ。特別扱いはしないって、いつも言ってるだろ?」
「それは承知の上だ。今回の件、下手をすれば長引くかもしれん。前もって、おまえの時間を確保しておきたい」
「……そういうことか。リリンのことも心配だから、そんなことをしなくても優先はするけどな」
理由はわからないし聞いたこともないが、リリンは俺や瑠胡のことを慕ってくれている。
俺だけでなく瑠胡もリリンのことは、妹のように思っている。だから、彼女の危機となれば、力を惜しむつもりはない。
それじゃあ、仕事の話をしようか――と腰を浮かせたとき、瑠胡が口を開いた。
「待て、レティシアよ。よもや仕事にかこつけて、ランドを村の外へ引っ張り回すつもりではなかろうな?」
「ええ、まあ。リリンの実家は王都にあります。ですので、最悪は王都へ行く可能性は高いのですが……」
「ならぬ」
扇子で口元を隠しながら、瑠胡は不機嫌そうに言った。
これは予想外の展開だったのだろう、レティシアは戸惑うように目を瞬いた。
「なぜ……です? あなたもリリンとは親しくしているでしょうに」
「左様。妾もリリンのことは助けたいと思うておる。しかし、だ。妾とランドは、人の世の言葉で言えば、新婚ホヤホヤというものでろう。肌を寄せあい、人前でイチャイチャするのが認められる時期と聞いておるぞ? 故に、妾もできるだけ、ランドの側に居たいと思うておる。それなのに長期に引き離されるようなこと、認めるわけにはいかぬ」
瑠胡の返答を聞いたレティシアは、ぽかんと口を開けた。
俺としては瑠胡が人の世に馴染もうとして、色々と学んでくれていることを嬉しく思っている。
俺としても、その気持ちは分かる。それに瑠胡やセラと長期に渡って会えなくなるのを、寂しく思っている。
だけど、今は状況が状況……なんだけど、それを瑠胡が理解するのは、もう少し時間がかかるかもしれない。
レティシアに至っては、『また面倒臭いことを覚えてくれた』という顔をしている。
しかし反論する気配がないのは、その情報源が当のリリンか、ユーキだと理解しているからだろう。メイオール村において、こんなことを瑠胡に教えるのは、この二人しかいない。
救いを求めるようにセラを見たようだが――そのセラは頬を染め、訴えるような上目遣いの視線を返している。
それですべてを諦めたのか、レティシアは静かに、しかし重く長い溜息を吐いた。
「……わかりました。メイオール村の外に出るようであれば、宿泊なども含めて瑠胡殿とセラも同行できるよう手配致します。それならば、よろしいでしょうか」
「ふむ。それならばよかろう」
驚くほどあっさりと、瑠胡はレティシアの案を承諾した。
さて――そうと決まれば、動くのは早いほうがいい。俺はレティシアを座敷に上げると、仕事の詳細を詰めるための話し合いを始めた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
リリンの過去を語るのに、回想は書いている本人が辛くなるので説明文としました。
ただ、性的暴力はないです。見えない前提の暴力――と、思って下さい。
まだまだ内容的に、ここで書けることが少ないですね……ううむ。
仕方がないので、とりあえずelinというゲームにおけるドMコンボパフについt(以下省略
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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