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8章
62・気楽を愛する方のようです
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(二人はこんなに仲良しなのです。私が不届き者だと思われれば王太子さまは心配すると思います。安心してもらいたいです!)
エレファナが心を新たにしていると、向き合ったアステリオンは楽しげに話しかけてきた。
「改めて、ドルフ領主夫人……エレファナ、と言ったね。そう呼んでもいいかな?」
「はい、もちろんです」
エレファナは澄んだ声を響かせる。
そしてもう一度挨拶の礼をしようと、しとやかに立ち上がろうとした。
アステリオンは仕草でそれを留めると、ぽんぽんと弾むような軽い口ぶりで言った。
「あ、挨拶はもう先ほどしてもらったから、立ち上がるやつはしなくてもいいよ。私はアステリオン……そう呼んでくれるかな? 趣味は遠乗り、特技は多言語の習得。苦手なのは、なにもすることがないこと。好きな食べものは柑橘類だよ」
その情報だけで、エレファナはアステリオンが多忙ながらも休日に馬を駆り、時間を見つけては異国の本や人と触れ合い、食後のデザートとして器にこんもり盛られたオレンジを食べる姿まで想像した。
(充実した日々を送っているのですね!)
「私のことはセルディの愚兄のようなものだと思って、気軽に接してくれると嬉しい」
(なるほど。アステリオンさまはセルディさまにとって、兄のような存在ということでしょうか!)
「アステリオンさまとお会いできたこと、身に余る光栄です……!」
エレファナはセルディの兄貴分に会えたのだと思い、ひしひしと感動している。
セルディはアステリオンの王族らしからぬざっくばらんな挨拶に対して、一呼吸置いてから口を開いた。
「殿下、私のことをそのように思っていただけるのは光栄なことですが。しかしその気さくすぎる自己紹介は……」
「ああ、私的な方ではなくて立場的な挨拶も必要だったかな? では」
アステリオンは表情を引き締めると、一段と響く良い声で朗々と告げる。
「エレファナも知っているかもしれないが、私はこの国の王の子として一番初めに生まれただけの男でもある。だから向かい合うだけで気疲れするかもしれないけれど、それはごめんね」
「ですから殿下。私から進言するのは恐れ多いことですが、顔と声だけよそ行きにしても……」
「ははっ。いいじゃないか。私にとって、セルディは特別だからね。こうして君の夫人を紹介してもらえて本当に嬉しいんだ。少しくらい気楽に話したいのだが……エレファナもそうしてくれると嬉しいよ」
「はい、ありがとうございます」
(ホールで挨拶をしたときと印象が変わったというか、どうやらアステリオンさまは気楽を愛する方のようです。しかし私がいつものように話せば、さすがに不届き者だと思われないでしょうか?)
目が合うとセルディは笑みを浮かべて頷くので、エレファナもつられて笑顔になった。
(セルディさまが微笑んでくださいましたし、いつも通りで大丈夫なようです! あら……アステリオンさま。お顔がポリーやバートのようにむずむずしているような……?)
エレファナが気づいた通り、アステリオンはセルディが席に着くまでずっとエレファナを離さず、そして今も甘い眼差しで見つめるその姿にこらえられなくなったように、小さく笑い声をあげた。
「手紙で予想はしていたけれど……驚いたよ。セルディは人格まで変えてしまうくらい、本当にエレファナのことが大切で愛おしいのが伝わってくるから」
「はい、最近自覚してきました」
セルディも否定もせず大真面目な顔をして言うので、アステリオンは「最近なのか」と笑みを深める。
「まさかあの黒銀の騎士が、妻にみとれる男たちを鋭い眼差しで威圧したり、見ている者すらその気にさせるような情熱的なダンスを披露してくれるなんてね……。まるでエレファナを誰にも渡す気がないと、誇示しているようじゃないか」
「言われてみるとそうかもしれません。例え殿下のご命令でも、エレファナを手放すことはありませんから」
王族を前に、セルディは不敬だととられかねないことをさらりと言った。
しかしそれを見て、アステリオンはしみじみとした様子で目を細める。
「良かったな、セルディ」
エレファナが心を新たにしていると、向き合ったアステリオンは楽しげに話しかけてきた。
「改めて、ドルフ領主夫人……エレファナ、と言ったね。そう呼んでもいいかな?」
「はい、もちろんです」
エレファナは澄んだ声を響かせる。
そしてもう一度挨拶の礼をしようと、しとやかに立ち上がろうとした。
アステリオンは仕草でそれを留めると、ぽんぽんと弾むような軽い口ぶりで言った。
「あ、挨拶はもう先ほどしてもらったから、立ち上がるやつはしなくてもいいよ。私はアステリオン……そう呼んでくれるかな? 趣味は遠乗り、特技は多言語の習得。苦手なのは、なにもすることがないこと。好きな食べものは柑橘類だよ」
その情報だけで、エレファナはアステリオンが多忙ながらも休日に馬を駆り、時間を見つけては異国の本や人と触れ合い、食後のデザートとして器にこんもり盛られたオレンジを食べる姿まで想像した。
(充実した日々を送っているのですね!)
「私のことはセルディの愚兄のようなものだと思って、気軽に接してくれると嬉しい」
(なるほど。アステリオンさまはセルディさまにとって、兄のような存在ということでしょうか!)
「アステリオンさまとお会いできたこと、身に余る光栄です……!」
エレファナはセルディの兄貴分に会えたのだと思い、ひしひしと感動している。
セルディはアステリオンの王族らしからぬざっくばらんな挨拶に対して、一呼吸置いてから口を開いた。
「殿下、私のことをそのように思っていただけるのは光栄なことですが。しかしその気さくすぎる自己紹介は……」
「ああ、私的な方ではなくて立場的な挨拶も必要だったかな? では」
アステリオンは表情を引き締めると、一段と響く良い声で朗々と告げる。
「エレファナも知っているかもしれないが、私はこの国の王の子として一番初めに生まれただけの男でもある。だから向かい合うだけで気疲れするかもしれないけれど、それはごめんね」
「ですから殿下。私から進言するのは恐れ多いことですが、顔と声だけよそ行きにしても……」
「ははっ。いいじゃないか。私にとって、セルディは特別だからね。こうして君の夫人を紹介してもらえて本当に嬉しいんだ。少しくらい気楽に話したいのだが……エレファナもそうしてくれると嬉しいよ」
「はい、ありがとうございます」
(ホールで挨拶をしたときと印象が変わったというか、どうやらアステリオンさまは気楽を愛する方のようです。しかし私がいつものように話せば、さすがに不届き者だと思われないでしょうか?)
目が合うとセルディは笑みを浮かべて頷くので、エレファナもつられて笑顔になった。
(セルディさまが微笑んでくださいましたし、いつも通りで大丈夫なようです! あら……アステリオンさま。お顔がポリーやバートのようにむずむずしているような……?)
エレファナが気づいた通り、アステリオンはセルディが席に着くまでずっとエレファナを離さず、そして今も甘い眼差しで見つめるその姿にこらえられなくなったように、小さく笑い声をあげた。
「手紙で予想はしていたけれど……驚いたよ。セルディは人格まで変えてしまうくらい、本当にエレファナのことが大切で愛おしいのが伝わってくるから」
「はい、最近自覚してきました」
セルディも否定もせず大真面目な顔をして言うので、アステリオンは「最近なのか」と笑みを深める。
「まさかあの黒銀の騎士が、妻にみとれる男たちを鋭い眼差しで威圧したり、見ている者すらその気にさせるような情熱的なダンスを披露してくれるなんてね……。まるでエレファナを誰にも渡す気がないと、誇示しているようじゃないか」
「言われてみるとそうかもしれません。例え殿下のご命令でも、エレファナを手放すことはありませんから」
王族を前に、セルディは不敬だととられかねないことをさらりと言った。
しかしそれを見て、アステリオンはしみじみとした様子で目を細める。
「良かったな、セルディ」
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