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3・夕食
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「いただきます」
ちゃぶ台の前に座ると、食欲をかきたてる香りにのって味噌汁の熱が立ち昇ってきた。
黒塗りの椀の中でたっぷり浮いたネギの味噌汁を一口いただき、私は目を丸くする。
ネギにはしっかりとした歯ごたえがあり、噛むたび口の中で味噌のまろやかな塩味を引き立てる甘みが広がった。
私はお茶碗を持つと、ふっくらと粒の立ったごはんの湯気を顔に受けながら、大きな口で頬張る。
いい焼き色のついた魚も、白ごまを散らしたきんぴらごぼうも、みるみるうちに減っていった。
しばらく宅配ピザやファストフードが続いていたせいか、なんだかほっとする。
「おいしい」
思わずため息をつくと、冬霧は嬉しそうに目を細めた。
人はどこか違う、無邪気なのに妖しい笑顔を浮かべている。
「冬霧は、生まれたときからあやかしなの?」
「違うよ」
冬霧は口元をもぐもぐさせながら、部屋の脇に置かれた古風な戸棚の上を指した。
はがきサイズの写真立ての中に、狐の写真が飾られている。
冬景色を背に、あたたかそうなふわふわの毛並みに身を包んだその狐は、凛とした野性味のある表情でこちらをじっとうかがいながらも、少し首をかしげたその仕草に愛嬌があった。
「かわいい……!」
「綾子にもよく言われた。かわいいしハンサムだって」
私は改めて正面にいる冬霧を見つめる。
海外の美形俳優さんにも負けないような目鼻立ちの整った顔、さらさらの金髪の上には、耳がふたつピンと立っている。
どう見ても写真の狐ではない。
「どうしてあやかしになったの? もとの狐に戻りたい?」
「うん。戻れるように努力はしてる」
「方法、あるんだ」
私は夕飯をごちそうになった恩もあり、手伝えることがあればと身を乗り出す。
「努力って、どんなことをしているの?」
熱意が伝わったのか、冬霧はどことなく真面目な様子で頷いた。
「まず、口にするものは水だけだ。そして不眠不休で野原を駆けまわり、ときには熊とも戦っている」
私は箸でつまんだままになっていたごぼうをぽろりと皿に落とす。
「えっ、それ本当!?」
「うん。戦いの末、生き延びたあやかしだけが元の狐へと戻れるから」
「そうなの!? じゃあ冬霧ってごはんも食べないし、寝ないし、熊と戦ったことがあるってこと?」
「落雷と命を懸けた、一対一の真剣勝負をしたこともある」
「信じられない……! そんなの、絶対勝てな……」
ふと、冬霧が大きな口を開けて焼き魚にかぶりついていて、私は目をしばたいた。
「あれ。冬霧はさっき、狐に戻るために口にするものは水だけって……」
「うみ、食べないと腹が空くだろう。当たり前だ」
悪びれず味噌汁をすする冬霧の一言に、私は口を開いたままあっけにとられる。
今まで大真面目で聞いていたけれど……。
気づくと、顔が一気に熱くなった。
狐にからわかれている。
「……う、嘘つき!」
「嘘じゃない。俺がうみのためだけに考えた作り話だ。うみも綾子みたいに大きな声で喜んでくれたしよかった」
冬霧は天然なのか、親切をひけらかすように嬉しそうにしていて、それが余計腹立たしい。
「そういうことで、俺がなぜあやかしになったのかわからないけれど、こうやって気ままに暮らしているのでした。おしまい」
「そんな作り話ばっかりしてるから、あやかしになったんじゃないの?」
「違う。うみのこと、ずっと考えていたからだよ」
「今日が初対面じゃない」
作り話にはひっかかってやるもんかという強い気持ちで、私は最後となったきんぴらごぼうを一口でいただくと、いい音を立てながら力強く噛みしめた。
悔しいけど、冬霧の出してくれたごはんは本当においしい。
ちゃぶ台の前に座ると、食欲をかきたてる香りにのって味噌汁の熱が立ち昇ってきた。
黒塗りの椀の中でたっぷり浮いたネギの味噌汁を一口いただき、私は目を丸くする。
ネギにはしっかりとした歯ごたえがあり、噛むたび口の中で味噌のまろやかな塩味を引き立てる甘みが広がった。
私はお茶碗を持つと、ふっくらと粒の立ったごはんの湯気を顔に受けながら、大きな口で頬張る。
いい焼き色のついた魚も、白ごまを散らしたきんぴらごぼうも、みるみるうちに減っていった。
しばらく宅配ピザやファストフードが続いていたせいか、なんだかほっとする。
「おいしい」
思わずため息をつくと、冬霧は嬉しそうに目を細めた。
人はどこか違う、無邪気なのに妖しい笑顔を浮かべている。
「冬霧は、生まれたときからあやかしなの?」
「違うよ」
冬霧は口元をもぐもぐさせながら、部屋の脇に置かれた古風な戸棚の上を指した。
はがきサイズの写真立ての中に、狐の写真が飾られている。
冬景色を背に、あたたかそうなふわふわの毛並みに身を包んだその狐は、凛とした野性味のある表情でこちらをじっとうかがいながらも、少し首をかしげたその仕草に愛嬌があった。
「かわいい……!」
「綾子にもよく言われた。かわいいしハンサムだって」
私は改めて正面にいる冬霧を見つめる。
海外の美形俳優さんにも負けないような目鼻立ちの整った顔、さらさらの金髪の上には、耳がふたつピンと立っている。
どう見ても写真の狐ではない。
「どうしてあやかしになったの? もとの狐に戻りたい?」
「うん。戻れるように努力はしてる」
「方法、あるんだ」
私は夕飯をごちそうになった恩もあり、手伝えることがあればと身を乗り出す。
「努力って、どんなことをしているの?」
熱意が伝わったのか、冬霧はどことなく真面目な様子で頷いた。
「まず、口にするものは水だけだ。そして不眠不休で野原を駆けまわり、ときには熊とも戦っている」
私は箸でつまんだままになっていたごぼうをぽろりと皿に落とす。
「えっ、それ本当!?」
「うん。戦いの末、生き延びたあやかしだけが元の狐へと戻れるから」
「そうなの!? じゃあ冬霧ってごはんも食べないし、寝ないし、熊と戦ったことがあるってこと?」
「落雷と命を懸けた、一対一の真剣勝負をしたこともある」
「信じられない……! そんなの、絶対勝てな……」
ふと、冬霧が大きな口を開けて焼き魚にかぶりついていて、私は目をしばたいた。
「あれ。冬霧はさっき、狐に戻るために口にするものは水だけって……」
「うみ、食べないと腹が空くだろう。当たり前だ」
悪びれず味噌汁をすする冬霧の一言に、私は口を開いたままあっけにとられる。
今まで大真面目で聞いていたけれど……。
気づくと、顔が一気に熱くなった。
狐にからわかれている。
「……う、嘘つき!」
「嘘じゃない。俺がうみのためだけに考えた作り話だ。うみも綾子みたいに大きな声で喜んでくれたしよかった」
冬霧は天然なのか、親切をひけらかすように嬉しそうにしていて、それが余計腹立たしい。
「そういうことで、俺がなぜあやかしになったのかわからないけれど、こうやって気ままに暮らしているのでした。おしまい」
「そんな作り話ばっかりしてるから、あやかしになったんじゃないの?」
「違う。うみのこと、ずっと考えていたからだよ」
「今日が初対面じゃない」
作り話にはひっかかってやるもんかという強い気持ちで、私は最後となったきんぴらごぼうを一口でいただくと、いい音を立てながら力強く噛みしめた。
悔しいけど、冬霧の出してくれたごはんは本当においしい。
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