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4・留守番
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「うみは、綾子に似て堅物だな」
冬霧が漏らした言葉に私ははっとした。
「冬霧は、おばあちゃんのこと知ってるんだよね」
「うん。綾子は出かけてるんだ、ずっと。だから俺が留守番してる。それに俺はこの姿だと、狐として生活できないから」
「そう……」
おばあちゃんはもう亡くなっていて、この家と土地の名義は私のいとこの璃月さんに渡っている。
「あのね、冬霧」
冬霧は耳をぴくりと動かして、お腹を空かせておやつを待っている子どもみたいにわくわくした瞳で、私の言葉をじっと待っている。
どきん、と私の胸が高鳴った。
冬霧から期待に満ちた感情が、ひしひしと伝わってくる。
おばあちゃんのことを知りたがっているその様子を前にして、私の喉はなにかがつかえているかのように言葉が出てこなくなる。
もし事実を告げれば、冬霧の顔はみるみるうちに悲嘆に沈んでいき、冷たく凍えるような失望が私の心にも流れ込んでくるはずだ。
ダメだ。
言えない。
私は開いた口を閉じると、喉に引っかかっていたものとは違うことを話した。
「私、四月からこの家からわりと近い高校に通うんだ。それでここに住むことにしたの」
「うみ、ひとりだけで来たの?」
「そうだよ。お母さんは事故で亡くなったから」
痺れるように、ピリッとしたものを皮膚に感じる。
まただ。
また、玄関で会ったときと同じ緊張が伝わってきた。
だけど冬霧はそんなそぶりは見せずに、不思議そうに首を傾げる。
「うみのお父さんはいないの?」
「お父さんは病気になって……って聞いてる。私はまだ小さかったから、顔もよく思い出せないんだ。それで、ちょっと前までは親戚の家にお世話になっていたんだけど、ここなら学校にも少し近くなるし、春休みのうちに引っ越そうと思って」
「じゃあこれからは、うみがこの家にいるんだね」
冬霧は明るく言って立ち上がると、自分の食べた食器を流しに置き、私もそれにならって食器をさげる。
お腹が満たされたせいか、なんだかとてつもなく眠くなってきてあくびが漏れた。
「そうだ。奥の部屋はうみが使ったらいいよ」
冬霧が居間のふすまを開くと、い草の匂いと共に六畳ほどの和室が現れた。
そのさらに奥のふすまを開くと似たような和室があり、冬霧はその隅に私のキャリーケースを置く。
そして障子戸へ顔を向けた。
「今は夜だから暗いけど。朝ここを開けると風が入って来て、本当にいい気分になるんだ。試してみてよ」
私は寝る支度を済ませると、冬霧が準備してくれた布団の中に疲れた体を滑りこませた。
外はもう真っ暗なのに、薄い障子を透かしてほんのり月明りが差し込むので、不思議と目が慣れてくる。
お母さんは、私がおばあちゃんの家にいるのを知ったら驚くだろうな。
四角い囲いのついた照明を見上げながら、ぽつりと思った。
おばあちゃんには、一度も会ったことがない。
お母さんが私を授かったとき、娘を女手ひとつで育てたおばあちゃんは絶対に結婚を許さないと怒ったことを、お父さんの親戚の人たちが噂していたのをちらりと聞いた。
だから冬霧がこんなに歓迎してくれたことには、正直ほっとしている。
それに冬霧がいたら、結構楽しく暮らせるかもしれない。
そんな風にここで過ごす覚悟が決まってくると、唐突にむなしくなった。
こうやって、私はお母さんと住んでいたアパートには帰れないことを受け入れて新しい生活をしていく。
みんな私を責めずに、そうなればいいと励ましてくれた。
それでいい。
それでいいはずなのに……。
いつものわだかまりを抱えたまま、私は眠りに落ちていく。
冬霧が漏らした言葉に私ははっとした。
「冬霧は、おばあちゃんのこと知ってるんだよね」
「うん。綾子は出かけてるんだ、ずっと。だから俺が留守番してる。それに俺はこの姿だと、狐として生活できないから」
「そう……」
おばあちゃんはもう亡くなっていて、この家と土地の名義は私のいとこの璃月さんに渡っている。
「あのね、冬霧」
冬霧は耳をぴくりと動かして、お腹を空かせておやつを待っている子どもみたいにわくわくした瞳で、私の言葉をじっと待っている。
どきん、と私の胸が高鳴った。
冬霧から期待に満ちた感情が、ひしひしと伝わってくる。
おばあちゃんのことを知りたがっているその様子を前にして、私の喉はなにかがつかえているかのように言葉が出てこなくなる。
もし事実を告げれば、冬霧の顔はみるみるうちに悲嘆に沈んでいき、冷たく凍えるような失望が私の心にも流れ込んでくるはずだ。
ダメだ。
言えない。
私は開いた口を閉じると、喉に引っかかっていたものとは違うことを話した。
「私、四月からこの家からわりと近い高校に通うんだ。それでここに住むことにしたの」
「うみ、ひとりだけで来たの?」
「そうだよ。お母さんは事故で亡くなったから」
痺れるように、ピリッとしたものを皮膚に感じる。
まただ。
また、玄関で会ったときと同じ緊張が伝わってきた。
だけど冬霧はそんなそぶりは見せずに、不思議そうに首を傾げる。
「うみのお父さんはいないの?」
「お父さんは病気になって……って聞いてる。私はまだ小さかったから、顔もよく思い出せないんだ。それで、ちょっと前までは親戚の家にお世話になっていたんだけど、ここなら学校にも少し近くなるし、春休みのうちに引っ越そうと思って」
「じゃあこれからは、うみがこの家にいるんだね」
冬霧は明るく言って立ち上がると、自分の食べた食器を流しに置き、私もそれにならって食器をさげる。
お腹が満たされたせいか、なんだかとてつもなく眠くなってきてあくびが漏れた。
「そうだ。奥の部屋はうみが使ったらいいよ」
冬霧が居間のふすまを開くと、い草の匂いと共に六畳ほどの和室が現れた。
そのさらに奥のふすまを開くと似たような和室があり、冬霧はその隅に私のキャリーケースを置く。
そして障子戸へ顔を向けた。
「今は夜だから暗いけど。朝ここを開けると風が入って来て、本当にいい気分になるんだ。試してみてよ」
私は寝る支度を済ませると、冬霧が準備してくれた布団の中に疲れた体を滑りこませた。
外はもう真っ暗なのに、薄い障子を透かしてほんのり月明りが差し込むので、不思議と目が慣れてくる。
お母さんは、私がおばあちゃんの家にいるのを知ったら驚くだろうな。
四角い囲いのついた照明を見上げながら、ぽつりと思った。
おばあちゃんには、一度も会ったことがない。
お母さんが私を授かったとき、娘を女手ひとつで育てたおばあちゃんは絶対に結婚を許さないと怒ったことを、お父さんの親戚の人たちが噂していたのをちらりと聞いた。
だから冬霧がこんなに歓迎してくれたことには、正直ほっとしている。
それに冬霧がいたら、結構楽しく暮らせるかもしれない。
そんな風にここで過ごす覚悟が決まってくると、唐突にむなしくなった。
こうやって、私はお母さんと住んでいたアパートには帰れないことを受け入れて新しい生活をしていく。
みんな私を責めずに、そうなればいいと励ましてくれた。
それでいい。
それでいいはずなのに……。
いつものわだかまりを抱えたまま、私は眠りに落ちていく。
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