【完結】僻地がいざなう聖女の末裔

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆

文字の大きさ
21 / 31

21・療養中

しおりを挟む
 遠目でも、畑という名の泥地はひどい有様だとわかった。

 丁寧に作られたうねは踏み荒らされて乱れて、潰れたモモイモも無残な残骸になっている。

 覚悟はしていたが、やはりショックだった。

「ミリム……やっぱり私、」

「ダメです」

「まだ言ってない」

「ダメです。セレルの体力の回復が優先です」

「だけど……私、平気なのに。それよりも畑の方が、」

 ミリムはセレルを支えている手で、そっと相手の背中を撫でる。

「誤解しないでください。土地改良と大農園の夢を諦めたわけではありません。セレルには一刻も早く元気になって、たねいも作りを手伝ってほしいのです。私も、父上も」

 荒れた泥地には、ひとりの赤髪の男が機敏な動きで畑を耕し、整地に励んでいた。

 ミリムは疲れも見せずに動き回る父を、じっと見つめた。

「セレルが心配なので、私は畑に出ずに看ていることになりました。半分は建前です。父上は守護獣に襲われたことがショックだったようで、私を畑に出すことを恐れているのです。そして今もめちゃくちゃになった畑にめげず、また作るんだと明るくふるまってくれます。私のためです、いつも」

 ミリムは言い切ると、セレルにさっと腕をまわす。

 抱きついてきた腕の細さにセレルははっとした。

 小柄だと思っていた自分よりちいさいその身に、複雑な思いが渦巻いている。

 この子はきっと、父親の前で泣けない。

 誰かと泣く場所を見つけられない少女の背に、セレルは不慣れな様子で手を回した。

 ミリムは鼻をすする。

「もう少し、色気のある抱き方はできないのですか」

「……ここで色気を求めるの?」

「色気というか、たおやかさというか、母性というか、愛情を表現するような抱き方です。これでは初めて抱く新生児や小動物に戸惑っている、不器用な人のようです」

「確かに、似たような状況だと思うけど」

 こんな風に人に頼られたことはなかったので、慣れないことをしているという自覚はある。

「でも、嬉しいよ」

「セレルも私を頼ってくれると、嬉しいのですが」

「私がミリムに頼っていたら、カーシェスがやたらと口うるさくまとわりついてくると思う」

「父上は単純なので、ばれなければいいのです」

 ミリムはさらりと言う。

 そのいつも通りの様子にセレルの気分も軽くなり、倦怠感がほぐれていくようだった。

「元気、出てきたかも。あのまずい飲み物のおかげかな。この調子ならそのうち、浄化モモイモも作れるよ」

「元気……」

 ミリムは栄養ドリンクが入っていたコップを見つめていたが、ふと本棚に駆け寄って、一冊の絵本を持ってくる。

「セレルのおかげです。良い考えが浮かびました」

 ミリムが勢いよく突きつけてくる絵本の表紙には「死ぬほど効く! 植物栄養剤!」と書いてある。

 セレルは眉を寄せた。

「死ぬほど効いたらダメだと思うけど」

「はっ、確かに……。ですが、参考にはなるでしょう。私はこれを精読してモモイモに試してみたいと思います」

 絵本に対する疑問は色々あったが、畑に出れずなにもできないよりは精神的にもいいかもしれない。

 やる気をみなぎらせて絵本を開いたミリムの姿に、セレルの口元がほころんだ。






 おかしい。

 ロラッドが姿を見せない。

 あれから三日が経ち、セレルはその間ずっと部屋で食事をとっていたが、もう歩いたりする分には全く問題ない程度にまで回復していた。

 ミリムは怪しげな絵本の知識をもとに植物用の栄養剤の試作を繰り返していて、今もカーシェスと共に畑に行っている。

 それを見計らってロラッドの部屋へ訪れることにしたが、やはり避けられている可能性がよぎると急に気持ちがしぼんだ。

 ノックをしようか、やめようか。

 迷っていると部屋の扉が開いた。

 硬直するセレルを前に、ロラッドがけだるそうに立っている。

「ああ、来たのか」

 セレルは慌ててなにかを言いかけたが、目を合わせる自信もなくうつむいた。

「う、うん」

「調子、良くなったんだな」

「うん」

「だけど畑仕事も禁止されているし、暇だからあの守護獣のことでも聞きに来たのか」

「……うん!」

 セレルが何回も頷くと、ロラッドは案内するように扉を開け放したまま部屋に戻る。

 セレルは拒否されなかったことに胸をなでおろしながら、後をついて行った。

 見覚えのある部屋が現れ、ロラッドに勧められるまま、丸椅子に座る。

「あの、ロラッドの怪我は……」

「別に。問題ないけど」

 ロラッドはそっけなく言うと、セレルの向かいあうように自分の寝台に腰を下ろし、側にある分厚い本を手に取った。

 見るからに古びていて難しそうなものに見える。

 そのままロラッドは本に目を落としているので、ここは「振って」みようかとも思ったが、意識してしまうとどうやっていたのかも分からず、自信がなくてやめた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

奥様は聖女♡

喜楽直人
ファンタジー
聖女を裏切った国は崩壊した。そうして国は魔獣が跋扈する魔境と化したのだ。 ある地方都市を襲ったスタンピードから人々を救ったのは一人の冒険者だった。彼女は夫婦者の冒険者であるが、戦うのはいつも彼女だけ。周囲は揶揄い夫を嘲るが、それを追い払うのは妻の役目だった。

叶えられた前世の願い

レクフル
ファンタジー
 「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

処理中です...