32 / 32
32・ようやく
しおりを挟む
「俺、オース伯に頼んで、正式にリセの従者にしてもらえるかな」
意外な言葉に、リセは眠気も忘れて目を見開く。
「えっ……それって、もう隠れるのはやめるってこと? どうしたの、急に」
「まぁ、心境の変化というか。今まで人が群がって来て一方的に求められて、とにかくわずらわしいと思っていたけど。こそこそ隠れてるよりオース伯に仕えれば、仕事は全部オース伯を通して断ってもえるし。さっきみたいにお願いすれば、タダでワイン持ってきてくれる下僕……いや王子だっているし、付き合い方を選んでいくのはいいかもな」
「ジェイルの力をお父様や私に貸してくれるのなら。すごく心強いし、嬉しいな」
そう素直に思う気持ちは本当だったが、一抹の寂しさも覚える。
(私の従者になってくれるんだから、離れるわけじゃないけれど。だけどもうジェイルのこと、今までみたいに一日中ひとり占めにはできないんだ)
「なんだよ。浮かない顔して」
思いつめたようなリセの様子を、ジェイルは不思議そうに見つめた。
「俺が引きこもりをやめれば、少しはリセも楽になると思うけど。むしろこれからは、俺が助けてやるからさ。俺のこと好きに使っていいから、そんな暗い顔するなよ」
「だけど……ジェイルはすごく有名だから。居場所がわかってしまったら、きっとお仕事以外でもいろんな人が会いに来るよ。プライベートの方は、お父様に断ってもらうのもおかしいし」
「まぁそうか」
「今ほど一緒にはいられなくなるね……」
さびしげな呟きに、普段は鋭いジェイルの眼差しが和らぐ。
「俺のことは、今までみたいにリセが管理すれば?」
「私が? だけど自分の従者と他者が関わる権限を取り上げるって、とてつもなく悪人な気が……ジェイルは嫌じゃないの?」
「恋人に会うなって言ってもらうなら、いいかもな」
さらりと言われた単語に、リセは唖然とする。
「こっ……こ!?」
「言えないのか?」
「こ!」
「言えてないな」
「だっ、て! ……こ! ここ! こっ!」
「なれよ?」
「こ……」
リセはとりあえず、冷静さを欠いた現在の自分に「恋人」という単語がまともに発声できないことを踏まえて話すことにした。
「いっ、いつ!? それはいつの話?」
「今だろ」
「えっ! 今なの!?」
「こっちが聞きたい。いつならいい?」
「あ、えっと。その……」
「……」
「……」
長い沈黙が落ちる。
気の短いジェイルにしてはなかなか忍耐強く待ったが、やがて耐えられなくなったのか、不満げな視線をリセに落とした。
同時に、溺れ森に響いていた足音が止む。
ジェイルは喉元まで出かかっていた言葉を失った。
すぐそばで、頬をほんのり桃色に染め、少し恥ずかしそうにしたリセの笑顔がジェイルを見上げてくる。
「今、なってもいい?」
リセが緊張で少しぎこちなく聞くと、ジェイルは夢から覚めたように何度か瞬きをした。
そして、自分の投げかけていた答えをもらえたことに気づいたのか、誰にも見せたことのない顔をする。
「ようやく、笑ってくれたな」
「変かな?」
「反則だろ」
そこから先に、言葉は必要ない。
ふたつの視線は磁力のように引き寄せられると、それは幸せなキスになった。
────────────────────────────
最後までお付き合い下さり、本当にありがとうございました!
意外な言葉に、リセは眠気も忘れて目を見開く。
「えっ……それって、もう隠れるのはやめるってこと? どうしたの、急に」
「まぁ、心境の変化というか。今まで人が群がって来て一方的に求められて、とにかくわずらわしいと思っていたけど。こそこそ隠れてるよりオース伯に仕えれば、仕事は全部オース伯を通して断ってもえるし。さっきみたいにお願いすれば、タダでワイン持ってきてくれる下僕……いや王子だっているし、付き合い方を選んでいくのはいいかもな」
「ジェイルの力をお父様や私に貸してくれるのなら。すごく心強いし、嬉しいな」
そう素直に思う気持ちは本当だったが、一抹の寂しさも覚える。
(私の従者になってくれるんだから、離れるわけじゃないけれど。だけどもうジェイルのこと、今までみたいに一日中ひとり占めにはできないんだ)
「なんだよ。浮かない顔して」
思いつめたようなリセの様子を、ジェイルは不思議そうに見つめた。
「俺が引きこもりをやめれば、少しはリセも楽になると思うけど。むしろこれからは、俺が助けてやるからさ。俺のこと好きに使っていいから、そんな暗い顔するなよ」
「だけど……ジェイルはすごく有名だから。居場所がわかってしまったら、きっとお仕事以外でもいろんな人が会いに来るよ。プライベートの方は、お父様に断ってもらうのもおかしいし」
「まぁそうか」
「今ほど一緒にはいられなくなるね……」
さびしげな呟きに、普段は鋭いジェイルの眼差しが和らぐ。
「俺のことは、今までみたいにリセが管理すれば?」
「私が? だけど自分の従者と他者が関わる権限を取り上げるって、とてつもなく悪人な気が……ジェイルは嫌じゃないの?」
「恋人に会うなって言ってもらうなら、いいかもな」
さらりと言われた単語に、リセは唖然とする。
「こっ……こ!?」
「言えないのか?」
「こ!」
「言えてないな」
「だっ、て! ……こ! ここ! こっ!」
「なれよ?」
「こ……」
リセはとりあえず、冷静さを欠いた現在の自分に「恋人」という単語がまともに発声できないことを踏まえて話すことにした。
「いっ、いつ!? それはいつの話?」
「今だろ」
「えっ! 今なの!?」
「こっちが聞きたい。いつならいい?」
「あ、えっと。その……」
「……」
「……」
長い沈黙が落ちる。
気の短いジェイルにしてはなかなか忍耐強く待ったが、やがて耐えられなくなったのか、不満げな視線をリセに落とした。
同時に、溺れ森に響いていた足音が止む。
ジェイルは喉元まで出かかっていた言葉を失った。
すぐそばで、頬をほんのり桃色に染め、少し恥ずかしそうにしたリセの笑顔がジェイルを見上げてくる。
「今、なってもいい?」
リセが緊張で少しぎこちなく聞くと、ジェイルは夢から覚めたように何度か瞬きをした。
そして、自分の投げかけていた答えをもらえたことに気づいたのか、誰にも見せたことのない顔をする。
「ようやく、笑ってくれたな」
「変かな?」
「反則だろ」
そこから先に、言葉は必要ない。
ふたつの視線は磁力のように引き寄せられると、それは幸せなキスになった。
────────────────────────────
最後までお付き合い下さり、本当にありがとうございました!
1
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
政略妻は氷雪の騎士団長の愛に気づかない
宮永レン
恋愛
これって白い結婚ですよね――?
政略結婚で結ばれたリリィと王国最強の騎士団長アシュレイ。
完璧だけど寡黙でそっけない態度の夫との生活に、リリィは愛情とは無縁だと思っていた。
そんなある日、「雪花祭」を見に行こうとアシュレイに誘われて……?
※他サイトにも掲載しております。
「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。
腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。
魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。
多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。
婚約者から悪役令嬢と呼ばれた自称天使に、いつの間にか外堀を埋められた。
石河 翠
恋愛
王都で商人をしているカルロの前に、自称天使の美少女が現れた。彼女はどうやら高位貴族のご令嬢らしいのだが、かたくなに家の名前を口に出そうとはしない。その上、勝手に居候生活を始めてしまった。
カルロとともに過ごすうちに、なぜ家出をしたのかを話し始める少女。なんと婚約者に「お前を愛することはない」と言われてしまい、悪役令嬢扱いされたあげく、婚約解消もできずに絶望したのだという。
諦めた様子の彼女に、なぜか腹が立つカルロ。彼は協力を申し出るが、カルロもまた王族から脅しを受けていて……。
実は一途で可愛らしいヒロインと、したたかに見えて結構お人好しなヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:3761606)をお借りしております。
こちらは、『婚約者から悪役令嬢と呼ばれた公爵令嬢は、初恋相手を手に入れるために完璧な淑女を目指した。』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/572212123/582918342)のヒーロー視点のお話です。
「悪役令嬢は愛おしきモフモフ♡へ押しかけたい‼︎」(完結)
深月カナメ
恋愛
婚約者候補として王子に会い。
この世界が乙女ゲームだと、前世の記憶を思い出す。
誰かに愛されたい悪役令嬢は、王子を捨て、どうせ追い出される公爵家も捨てて
愛しのもふもふを探す。
愛されたい彼女と
愛が欲しい彼との出会い。
ゆるい設定で書いております。
昔、ここで書いていたものの手直しです。
完結までは書いてあります。
もしよろしければ読んでみてください。
皇帝から離縁されたら、他国の王子からすぐに求婚されました
もぐすけ
恋愛
私はこの時代の女性には珍しく政治好きだ。皇后となったので、陛下の政策に口を出していたら、うるさがられて離縁された。でも、こんな愚鈍な男、こちらから願い下げだわ。いつもお花畑頭の側室を側に置いて、頭に来てたから、渡りに船だったわ。
そして、夢にまで見たスローライフの始まりかと思いきや、いろいろと騒がしい日々が続き、最後には隣国の王子が求婚に来た。
理由を聞いているうちに、自分の国がかなりまずい状況であることがわかり、とりあえず、隣国に旅行に行くことにしたのだが……
先読みの姫巫女ですが、力を失ったので職を辞したいと思います 【完結済み】
皇 翼
恋愛
元・踊り子で現・姫巫女であるオリヴィエ=クレンティア。
彼女はある日、先読みの能力を失ってしまう。彼女は想い人であり、婚約者でもあるテオフィルスの足を引っ張らないためにも姫巫女を辞めることを決意する。
同作者の作品『今日、大好きな婚約者の心を奪われます』に若干繋がりのある作品です。
作品URL:https://www.alphapolis.co.jp/novel/496593841/958277293
******
・基本的に一話一話が短くなると思います。
・作者は豆腐メンタルのため、厳しい意見を感想に書かれすぎると心が折れて、連載をやめることがあります。
・一応構想上は最後までストーリーは完成してはいますが、見切り発車です。
・以前、アルファポリスに掲載しようとしたのですが、システムがバグってたっぽかったので、再掲です。
夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします
葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。
しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。
ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。
ユフィリアは決意するのであった。
ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。
だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。
風変わり公爵令嬢は、溺愛王子とほのぼの王宮ライフを楽しむようです 〜大好きなお兄さんは婚約者!?〜
長岡更紗
恋愛
公爵令嬢のフィオーナは、両親も持て余してしまうほどの一風変わった女の子。
ある日、魚釣りをしているフィオーナに声をかけたのは、この国の第二王子エリオスだった。
王子はフィオーナの奇行をすべて受け入れ、愛情を持って接し始める。
王宮でエリオスと共にほのぼのライフを満喫するフィオーナ。
しかしある日、彼の婚約者が現れるのだった。
ほのぼのハッピーエンド物語です。
小説家になろうにて重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
2人の続きが気になります
感想ありがとうございます!
書き方に拙い所がたくさんあり、二人の関係も読んでいる方にとってもどかしすぎただろうなと想像していたので、そんな風に言っていただけるなんて思ってもいませんでした。
嬉しくて、おまけの小話か、ちょっとした短編でも書きたくなってます……。
書ける自信はあまりないのですが、少し考えてみます。何かリクエストあれば一言くださいね。(無理だったらごめんなさい)
こんな風に本人のことを思って声をかけてくれる方がいたら、すぐ気付けるのかもしれないなと思いました。
感想ありがとうございました!